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春の章その1(前編)




 ……春は曙。とはよく言ったものだが、そんな言葉が似合う小春日和な"碧蒼暦"も二十年代の半ばを過ぎて久しいとある日。

 場所は九州北西部、佐賀県から長崎県へ向かって走る"国鉄佐世保線"の内、焼き物でちょっとは名が知られている有田焼の産地がある"有田駅"を過ぎ、大村線との分岐点たる"早岐(はいき)駅"を目指す汽動車に牽引される列車の客車。

 その片隅の一席に、春の日差しを浴びる窓際の席でうたた寝をする一人の少女が居た。

 しかし、その少女の容姿は他の席に座っている客、特に同世代の子供たちとは一線を画していた。

 というのもこの少女、その髪の色たるや輝く程の白。厳密には光の反射により、白銀も同然な白というのが正しいのだろうが、その様な頭髪色をしていた。

 その頭髪色だけでも周囲の視線が向くのであるが、その寝顔を見た他の席の客をして『まるで端整なヤマト人形のようだ』と評してしまう程の眉目秀麗な少女であった。

 そんな少女が列車の揺れによって眠りから覚めたのか、少し唸る様な声を出しながら欠伸(あくび)をしつつ、閉じていた(まなこ)を見開いた。

 その見開いた瞳の色もまた他者と異なっており、鬼灯(ほおずき)を宿したかの様な朱色の瞳であり、この時点で少女が普通の人間……主にヤマト人とは異なる事が解る。


 もっとも、だからと言って特段気味悪がられる訳でも無いのだが、コレも百年を越すヤマト国と高天原との交流の成果というべきなのだろう。

 交流直後ならば、まだ距離を取っていたであろうヤマト人であるが、長年に渡る交流と相互理解の結果、ヤマト人側からして高天原側の存在に対して特に何かしらの偏見を持つ事はなくなっていた。

 つまるところ、空気や草木が普通に存在するのと変わらない感覚で接する様になっていたのである。


 さて、目を覚ました少女が周囲をキョロキョロと見て回りつつ何かを探す仕草を見せた所、彼女の元へと駆け寄る"肩に触れない程度の髪の長さ"をした別の年上と思われる少女の姿があった。


 この、恐らく"従者"とおぼしき少女もまた、他の者と異なる……厳密には明らかに違う部分があった。

 分かりやすく一口で語るならば、その衣服は何処と無く神社の巫女を彷彿とさせるかの如き衣を纏ってからである。

 だが、他の者との決定的な違いは、その巫女風の衣の、袴部分の後部。

 人間でいう所の"尾てい骨"の辺りから一本の立派な狐の体毛を思わせる色をした"尻尾"の様な物を生やしていた事だろうか?

 これを見れば、この少女が所謂"狐神"や"稲荷神"の類いであると推察が成り立つのであるが、一般的なそれと違い、この少女には俗に言う"狐耳"に当たる物が生えていないのである。

 そんな少女の姿を見た、恐らく有田駅から乗車したと思われる別の席の一般客の子供と祖父と思われる客がこの様な会話をしている。




「ねぇ、あのお姉ちゃん、どうして尻尾みたいなのが出ているの?」


「ああ、あれか? あれはたぶん"稲荷人(いなりびと)"じゃろう。お稲荷様と人の間に産まれた方、もしくはその子孫の方じゃて。こんな所で見掛けるとは、今日は実に運が良い日だろうさ。」


「いなりびと? うーん、よくわからないよぉ。」


「ん? はっはっはっ。今のお前の歳じゃ、解らんだろうな。ま、儂らが子供の頃には悪さをする妖怪やら何やらも普通に居たからな。」


「えっ、妖怪!? それじゃ、あのお姉ちゃんも妖怪なの?」


「これこれ、稲荷人を妖怪と一緒にしてはならん。曲がりなりにも豊穣を司るお稲荷様の血を引いている方なのだ。基本的には有り難い存在なのだぞ?」




 その様に孫とおぼしき子供に告げると、祖父と思われる客は従者の少女の方に向かって神社で拝礼するかの様にして手を合わせる仕草をし、孫もまたそれを真似て手を合わせる仕草を見せた。

 その様子に従者の少女が気付かぬ訳もなく、少し顔を赤らめて気恥ずかしがったのは言うまでもない。


 この様子を見ていたもう一人の少女が控え目に笑ってみせると、従者の少女は慌てて釈明をするハメとなった。



『み、"美鶴(みつる)"お嬢様、そんなに笑わないで下さい。私だって好きで狐尾を生やしている訳じゃないんですよ? そりゃ、稲荷神の係累ではありますが、寧ろ人間の血の方が濃いです。現に"狐耳状髪(こじじょうはつ)"が生えていない訳ですし……』



 その様な言い訳をしつつ、あたふたする従者の少女を見て、美鶴と呼ばれた白髪の少女は『フフッ』と笑みを溢しつつ従者の少女に隣の席に座る様に促し、この少女もそれに従って座っている。


 さて、従者の少女が着座したところで、美鶴は彼女に対して『ところで"小蓮(こはす)"、そういえば"かーさま"のお姿を見ませんが、どちらに居られるのですか?

 ちょっと気になる夢を観たので、ちょっと御訊きしたいと思ったのですが。』と訊ねている。


 その問いに、小蓮と呼ばれた従者の少女は一瞬考える様な仕草を見せた後、何かに気付いたかの様な驚きの表情を浮かべつつ『あぁっ! "いづる様"を忘れてきたぁぁ!!』と、車内の乗客全員の視線が集まってしまう程の大声で叫んでしまったのだった……
















 ……一方その頃、列車が出発した後の有田駅構内の購買店の前にて、一人の比較的長身(170㎝程)の女性が、明らかに何を買おうかと悩み気味の表情を見せていた。

 その女性の容姿たるや、腰の辺りまで伸ばした跳ねっ毛混じりのボサボサとした長髪とスラッとした手足。

 そして、気の強さが一目で分かる程の鋭い目付きと、一応美人の部類には入っているであろう切れ長よりの顔立ちをしていた。

 また、纏っている衣服も動き易さを重視した様な半袖のシャツ。そして今にも畑仕事でも行いそうな感じのズボンと、妙に田舎風味溢れる物に身を包んでいた。

 そんな彼女、先ほどから二つの駅弁を前にして悩んでいたのである。



『うぬぬ……、「佐賀牛・てんこ盛り弁当」は実に美味しそうだが値段が高いなぁ。それに対して此方(こっち)の「有明海・海の幸弁当」は安いが、海産物三昧過ぎてアタシの口に合わない。だが美鶴達の食生活とか栄養とか考えれば買うべきか……困った、実に困ったぜ。』



 この様に呟きながら、彼女は二つの駅弁の前で右に左にうろうろし、どちらを購入するか迷っていたのであった。

 もっとも、彼女は致命的なミスをしていた事に気づかなかったが、そのミスに気付いたのは購買店の店員からの一言であった。



『お客さん、失礼だが……あんたが乗ってた列車、もう既に出発してるんだが?』



 ……と。

 この一言を聞いた彼女は、一瞬驚いたかの様に眼を大きく見開き『へっ!?』という唸り声を発している。そして即座に後ろを振り向き見ると更に驚きの声を上げたのは言うまでもない。



『ぬっ、ぬぁにぃっ!? い、いつの間に発車したんだ!? 全然気づかなかった……』



 そう言いつつ、気落ちする素振りを見せた彼女に対し店員が『とりあえずお客さん、次の列車まで待ったらどうだい? お客さんの連れの人が出て行った列車に乗ってるなら、連絡して早岐(はいき)駅で待って貰えば良いだろうし』と告げている。


 だが、暫く気落ちした姿勢をとっていたこの女性、店員から斯く告げられて大人しく従わ……なかったのである。

 彼女は店員に向かって『出て行ったなら、追い掛ければいい!』と一言叫ぶと、二種類の弁当をそれぞれ二箱づつ購入し、尚且つ袋詰めしたばかりのソレを強奪気味に受け取る。

 更に料金を払う際には『おつりは要らん、取っとけ!』と語ると同時に、駅の構内へと駆け出したのである。

 当然だが、おつりを受け取らないで出ていく彼女を店員が放置する訳もなく、彼女の後を慌てて追ったのだが、店員はそこで思わぬ光景を目の当たりにする。


 ……そこには購入した二種類の弁当箱入りの袋を両手に持った彼女が列車が走り去った方角を向いて立っていたのだが、明らかにその周囲の空気の流れがおかしな事になっていたのである。

 それは謂わば"力の奔流"とでも形容すべき現象であった。彼女の周囲を空気が渦を巻く様に回っており、その中心に立つ彼女の身体から金色の光の粒の様な物が放たれていた。

 そして、その放たれている光の粒の様な物の量が目に見えて増加し、渦巻く空気の流れが激しさを増したかと思った次の瞬間、少しだけ膝を屈めていた彼女の姿は遥か空の上にあった。

 いや、厳密には発車した列車が向かった方向へと放物線を描く様にジャンブしており、あっという間に店員の視界から見えなくなっていったのであった。

 この一連の流れを見た店員が腰を抜かさない訳もなく、その場で尻餅を着いたのだが、そんな彼の口からこんな言葉が出たという……



『な、何なんだ……。ひょっとして"鬼の王"とか"超常者"の類いなのか!?』



 ……と。


 さて一方、早岐駅へと向かう列車の片隅で慌てふためき落ち着かない様子の小蓮と呼ばれる少女と、逆に妙に落ち着いた感じで小蓮を見ている美鶴という少女であったが、彼女に一つの危機が迫っていた。

 それは、客車に入ってきた一人の人物が起因であった。その人物とは……



『え~、お客様、只今より乗車券と特急券の確認をさせて頂きます。』



 何の事はない、現れたのは列車の車掌であった。

 普通ならコレを危機とは言わないのだが、美鶴と小蓮にとっては危機であった。何故ならば……




「小蓮、乗車券と特急券は?」


「お嬢様、それが私達の分はいづる様が……」


「かーさまがお持ちなのですか? 全く、かーさまも少しは私達を信じて欲しいものなのですが。」


「あはは、未だにいづる様からすれば私達は子供なのでしょうね。」




 その様に述べつつ半ば呆れ顔をする小蓮を見て、美鶴は『はぁ……小蓮に言った事を繰り返す形になりますが、かーさまはそろそろ私達を信じて欲しいですね。幼い頃なら兎も角、私も今年で十三歳になる訳ですから。』と、目線を落としつつ心の中でぼやいていた。


 もっとも、そんなぼやきを吐いている余裕はすぐに無くなる。乗車券と特急券の確認をしている車掌が段々と彼女らに近付いて来ていたからである。

 このままでは、無賃乗車をしていると思われてしまうのは自明の理。あたふたしている内にとうとう美鶴と小蓮の席に車掌がやって来たのであった……



『ん、子供だけか? 失礼だが保護者の方はどちらに?』



 この様に問い掛ける車掌に対し、少し困った表情を浮かべてみせる美鶴と、一方で如何なる言い訳をするかを小難しい表情で必死に考える小蓮。

 こんな二人の姿を見て、職業柄不審感を抱いた車掌は一つ咳払いをしつつ『なら君達、乗車券と特急券は持ってるかな? とりあえず持っていると思うが。』と、声のトーンを一段階下げ気味にしつつドスの効いた声で質問してきたのである。


 その車掌の様子に、場の空気が変わったと察した美鶴の表情が一瞬強張ったものに変化し、小蓮は如何にも焦りが滲み出るそれになっていた。

 特に小蓮の場合は心の中で『ヤバいヤバいヤバ過ぎるっ! このままでは私達が無賃乗車していると思われてしまう! 私は兎も角、美鶴お嬢様だけは何としても御守り参らせないといづる様に何と言われるか解ったモノじゃないっ!』と、心の中で叫びつつ思考を高速回転させていた。


 この様子を目の当たりにした車掌は益々不審感を強めたらしく、遂に『君達、ちょっと車掌室に来て貰おうか?』と、あからさまに無賃乗車をしていると見なしたが如き一言を発したのであった。

 このある意味死刑宣告とも言えなくもない一言を受けて、小蓮の頭の中身は混乱状態になり掛かったのは言うまでもない。

 顔面蒼白とまではいかないものの、明らかに生気が抜け落ちたかの様に脱力感が彼女を支配していた。

 だが、その一方、美鶴はと言うと、先ほどまでの強張った表情から一転して普段のそれに戻っていた。

 傍目から見れば開き直ったとも思えなくもないが、その表情にはむしろ安心感にも似た雰囲気すら漂わせていた。

 そして彼女は車掌に向かって斯く告げている……



『車掌さん、大丈夫ですよ。これは私の経験則からなのですが、私達の乗車券と特急券がもうすぐ戻ってきます。』



 この一言に小蓮は何かを察した表情を見せたが、車掌は兎も角、周囲の席に座っていた他の客達も不思議がったという。だが、彼女が告げた言葉の意味は程なく明らかとなる。

 何故なら、彼女がその台詞を述べた僅か数秒後、突如として客車の天井の上に何かが落ちたかの様な音がした次の瞬間、その天井を何かが突き破ってきたからである。

 周囲の客達が突然の出来事からざわめき驚く中、車掌の目の前に屈み込む形で一人の人物が片膝を付いて座り込んでいた。

 その姿を確認した美鶴が呆れ顔を浮かべつつ、件の人物に対して溜め息混じりの声で話を掛けた……



『はぁ……毎度の事ではありますが、登場の仕方が派手と言うか雑と言うか、もう少し平穏な登場の仕方ができないのですか? "かーさま"は。』



 彼女が斯く言いつつ話し掛けた相手の姿を見て、同様に唖然としていた小蓮もまた言葉を投げ掛ける。



『美鶴お嬢様の仰る通りですよ。私達は毎度の事なのでいいですが、周りの乗客の皆さんが驚くじゃないですか。少しは加減してください"いづる様"!』



 最後に語気を強めにしつつ、叱責気味に話し掛けた相手……

 それこそ、美鶴と小蓮の乗車券と特急券を合わせて預かっていた人物であり、彼女らの保護者でもある女性。

 その名を"東雲(しののめ)いづる"という……





 ー 後編につづく ー

 


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