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春の章その12



 先代風の鬼の王の挑発に乗ってしまったリッサ。

 怒りから"光の枝"の力を全解放し、放出された光は彼女が持つ杖に集まり、あたかも"光の剣"のごとき姿へと変化していた。

 しかし、変化したのは杖だけではなかったようである……




「あ、あれ? 目の錯覚かな? あの軍人さんの姿が揺らいだ様に見えたけど。」


「美羽音も気づいたか。私の目にもそう見えている。」


「ご当代もですか! じゃ、幻覚とかではない。だけど急にどうして……」


「アレは恐らくだが、光の屈折を伴う幻惑術の類いだと思われる。光の枝という能力を用いる者の中でもアレを使えるのは一握りの者だけど聞き及んではいる。」


「幻惑術ですか? 幻覚と違うのですね。」


「そういう事だ。幻覚は視覚だけでなくその土台である"脳の認識"を狂わせるモノだが、幻惑術は脳の認識を狂わせてはいない。純粋に視覚のみに作用する代物だ。」


「視覚のみに作用する……。では幻覚と比べて脅威ではないと?」


「まあ、そういう事になるかな? 如何に超常者の能力と言えども、我々のそれに比べれば然したる問題ではない。対処法さえ覚えていれば今の美羽音でも充分に対応できる。」




 そう語りつつ、当代の風の鬼の王は『ま、"他の世界"に持ち込まれたなら、それなりに使える能力だろうとは思うが、戦力の決定的な差にはならないだろうな。それでなくても"いづるみたいな「ぶっ壊れ」が相手"なら、全く役に立たないだろう。』と語り締めている。

 この当代の話を聞いた美羽音は『ご当代も"いづるさん"に一目置いてるのか。この感じだとご先代も似た感想を持ってる感じになるのかな? ……あの人、近しい周りの方から見ても底が見えてないんだ。』と心の中で感心と驚き半々の感想を抱いていたという。






 さて、光の枝の力を解放し、先代へと一歩一歩近づきつつ、視覚的に揺らいでいたリッサの姿は、程なく雲散霧消の如く消えていた。

 しかし、先代は全く動じる素振りは見せず、逆にその表情には笑みが溢れていたのだった……



『相変わらずの幻惑術一辺倒か。最後に戦った時から何も変わってないじゃないか。例え視覚を惑わせたとしても、実体が消滅するなどあり得ない。それに"風が、大気が、そして空間が教えてくれる"以上、例え鬼の王を退いた今の私でも、お前相手なら充分に対応できる!』



 このセリフを吐いた次の瞬間、突如として先代の左手側の空間が激しく閃光と火花を散らした。

 よく見たら、その空間のある一点に高密度に圧縮された風の流れが集中しており、この一点が閃光と火花の発生源となっていたのである。

 そしてこの閃光の向こう側に斬撃を先代へ叩き込もうとしていた人影が映し出されていた。それは先ほど目の前から姿が雲散霧消の如く消えていたハズのリッサであった。




「クッ、奇襲が読まれてた!?」


「お前、ソレで奇襲のつもりなのか? 言っただろう、相変わらずの幻惑術一辺倒か……と。ソレで後れを取る奴がいるならば、ソイツはよほどの間抜けという事だ。」


「うっ……」


「目の色に悔しさと自身に対する不甲斐なさが滲んでるな。まあ、そう思わざるを得ないのは当然だ。お前が、そしてお前の仲間達が歯向かっていたのは、言うならば"大自然の森羅万象"が人の姿をしている……元・鬼の王だった存在だからな。」


「……何て事。現役ならともかく、引退した奴にも歯が立たないだなんて。」


「そうだな、引退した私に歯が立たない。当然だが、私の後ろに控えてる当代の風の鬼の王は当然として、訳あって我々と行動を共にしている"先代の水の鬼の王"の娘にも、歯が立たないかも知れんな。」


「何ですって!? 水の鬼の王の娘!?」




 空中で斬撃を叩き込もうとして防がれていたリッサは、その反動を利用して後方に飛び退きつつ姿勢を立て直していた。

 その上で先代の後ろに控えてる二人組の内、髪の毛が短めの方の女性へと目を向けている。

 その間、僅か一秒ほどだったが、即座に先代の方に視点を戻しつつリッサは心の中で斯く吐き捨てていた……



『あのショートの髪の娘が先代の水の鬼の王の娘という事か。まさか鬼が子供を成すとは予想してなかったわ。ヤマト国、ますますおかしくなってない? それとも、コッチの感覚や認識が周回遅れとでも言うの!?』



 ……このような心の独白ののち、リッサは『……さっきの死者を冒涜するかのような発言は許しがたいけど、今のアタシ達ではアンタらに勝てないって事は理解したわ。悔しい話だけどね……。だけどね、アタシは彼らの屍の上で何の感情も無しにふんぞり返っている訳じゃない! それだけは言わせて貰うわよ。』と、最後は語気が強くなる感じで宣言していた。

 そのリッサの言葉を聞き、先代は『ふむ、無駄死にという部分はとりあえず伏せて……引っ込めておこうか。だが戦争で生き残るという事は、そういう風にも読み取れるという事を覚えておくと良いだろう。お前が生きているというのはそういう意味だからな。』と述べるなり、背後に控えていた二人の方を振り向いている。

 その上で二人に向かって『さて、とりあえず"暇潰し"の時間は終わりだ。我々はさっさとここから立ち去るとしよう。風は一箇所に留まらないモノだからな。』と話し掛けその直後、三人は空高く飛び上がったのである。


 その姿を甲板上から見上げる格好となったリッサは『……ちょ、ちょっと待てぇ! 暇潰しとは何よ暇潰しとは!! さっきまでアタシを怒らせていたのもアンタの暇潰しだって言うのか!! アンタ……ふざけるなぁ!!』と、飛び去っていく三人、特に先代に対して叫び散らしていたのだった。





 三人の姿が空に溶け込むように見えなくなった頃、リッサはまるで電池が切れた人形の如く、その場に尻餅を付くように座り込んでいた。

 するとそこにモルゲン大佐がやって来て……



『閣下、大丈夫でしたか。それよりも先ほどは焦りましたぞ。あのまま戦闘が続いたら一体どうなっていたか……』



 このように語り、続けて『それに、この偶発的な衝突が本格的な戦闘への口火にならないとも限らないのです。』と、暗にリッサの行動をたしなめるニュアンスを含んだ諫言をしている。

 だが、その事はリッサも理解していたようで『解ってるわよ大佐。流石にアイツの挑発に乗ってしまうようでは軍人失格ね。今回の件がヤマト国への表敬訪問に際して悪影響がでないようにしないとならないわ。』と語りつつ、最後に次のような事を述べている。



『幸か不幸か、アイツはアタシ達と本格的に事を構える意思は無かったみたいね。暇潰しとかで開戦なんて話、前代未聞すぎる訳だし、アタシ個人はともかくとして、合衆国政府も暇潰しで戦いを仕掛けられるだなんて屈辱にしかならないでしょうから。』



 こう述べたリッサは、大佐に今回の件はあくまで偶発的であり、本国政府に報告する時には大事にならないように……と指示を出している。

 無論、乗組員達への箝口令も併せて出すようにも指示を出していた。俗にいう"蟻の一穴"すら埋める必要があったからである。

 その命令を受けて大佐は復唱ののち、全乗組員に周知徹底させる事を述べてその場を離れた。彼としても大事になるのは避けたかった思いは一緒だったためである。


 大佐が離れ、その場にはリッサ独りが残された。彼女の視線は凹まされた甲板を向いており、その凹みを見ながら斯く思うのだった……



『全く、何も変わらないまま二十年以上が経過したって事か。軍事技術こそ終戦時からは発展してるけど、肝心のアタシ達が昔のままではね。それでなくても鬼の力は未だに強大無比。アタシ個人の感情はともかく、力が及ばない以上、今は相手の内情を見極めざるを得ないわ。はぁ……頭が痛くなる。』



 ……こう思いつつ、幾度も溜め息を吐くリッサであった。

 どうやら、親善目的の表敬訪問というだけではない様だが、背負う任務の重さで溜め息が出てしまったようである。
















 さて、話は少しだけ時を戻して佐世保の市街地を臨む烏帽子岳山頂近くの旧開拓地。

 その土地を丸ごと敷地とした"山の上の学校"の中のとある教室に、今川美紗音の姿があった。

 彼女の周りでは自分たちの学級に転入生が来るという話が数日前から成されており、核心に近い場所にいるであろう美紗音への質問が何度となくなされていた。

 その度に彼女はあれやこれやとはぐらかして来たのだが、そのはぐらかしもあと数分でおしまいという事で余裕が出てきていたようである。

 今日という日まで転入生に関する情報を秘匿し続けた美紗音の頑固さに半ば呆れ気味だった大半の学友達であったが、あと数分で全てがハッキリするという事もあってか噂の転入生の登場を今か今かと待ち構えている状態であった。


 一方、噂の転入生こと東雲美鶴はと言うと、既に学級担任(女性)と顔合わせを果たし、その案内で自らが籍を置く事となる学級へと向かっていたのであるが……




「いや~、まさか"東雲先輩"の娘さんを預かる事になるとは、予想外の極みってヤツだよ~。話を代表から聞かされた時には目が点になったから驚いたのなんの……」


「先生さまがかーさまの後輩だったのは予想していませんでした。恐らくかーさまも存じていないかと。」


「まあ……ね、そりゃそうでしょ。如何に先輩後輩といっても、歳が2つ、学年が2つ違えば接点は希薄だからね。ただ、先輩にはちょっとだけ助けて貰った事があったから、それに関しては凄く感謝してるのよ?」


「かーさまに助けて貰ったのですか? 揉め事にでも巻き込まれたとかですか? 先生さま。」


「うーん……美鶴さん、その先生さまは無しで。私はそこまで頭が高い存在でもないし。普通に"中堀(なかほり)先生"と呼んでくれて良いのよ?」


「あ、そういう事ですか。先生という身分でしたので、こちらが目上相手という事で控え目に接するべきだと思っていたものなのでつい……」


「まあまあ、私に気を使ってたの? そんなに固くならなくて良いのよ? それよりさっきの話だけど、確かに貴女の言う通り揉め事とか……荒事とかに巻き込まれた感じね。」




 美鶴の学級担任となる中堀という女教師は学生時代のいづるの後輩だったという。

 この時、彼女が巻き込まれた揉め事や荒事の詳細を聞く事は時間の関係で無かった美鶴であったが、内心でいづるが関与する以上、相手取った側の存在の末路を予想せずにはいられなかったようである。



『何があったかは何となく予想できてしまいますね。……かーさまに絡まれた方々、御愁傷様です。もはや自然災害に手足が生えた存在に遭遇したモノとして諦めて下さいとしか言い様がありません。』



 このような事を思いつつ、美鶴は中堀の案内で校舎内を移動していった。

 そして、とある教室の前に来たところで中堀が立ち止まりつつ美鶴へと話し掛けてきた。



『美鶴さん、ここが今日から貴女が学ぶ事になる"一年甲組"よ。今から私が先に入るから、教室内から貴女を呼ぶまでここで待っててね?』



 その話を聞き、美鶴が承知すると、中堀は一足先に教室の扉を開けて室内へと入って行った。

 なお、美鶴の姿は室内から見えない位置にいたため、出入口に近い場所の生徒もこの時点では美鶴の姿を確認していない。


 さて、中堀先生の挨拶と教室内の面々からのそれに対する返礼の声が聞こえ、少し雑談を挟んだ後、遂に美鶴が呼ばれる事となる。

 当然、入った教室内には見知った顔である美紗音の姿もあったが、同時に美鶴にとって新たに友人となる人物達の姿もそこにはあったのだった……






 ― つづく ―


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