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春の章その11



 自転式跳躍機構を搭載した戦艦である"ユニオン"の甲板上。同艦の乗組員達が外に出て、異常の有無を確認して回っていた。

 そして一通り見て回ってあと、班長といえる上官にその事を報告し、一息いれていた……まさにその時、突如として艦首側から"何かそれなりの質量の物体が甲板に落ちて衝突した"が如き激しい音が響き聞こえてきた。

 それと同時に艦全体が揺れ、その揺れが収まるのを待って、乗組員達は衝突音が聞こえた艦首側へと続々と向かったのである。


 その艦首部の近く、当艦の一番砲塔の側に駆けつけてた乗組員の中に一人の高位の軍人がいた。

 その軍人は『何事が起きたか! 直ちに報告せよ。』と見た目の冴えなさとは裏腹にハッキリと命を出していた。

 その軍人を見て、乗組員の一人が『た、大佐……はっ! 今我々も到着したのでハッキリとは……』と述べた事から、件の大佐と呼ばれた男……当ユニオン艦長でもある"ブルーノ・モルゲン"は、自ら衝突音の発生源となった艦首部へと、複数の乗組員を伴って赴いたのだった。






 モルゲン大佐が来た時、艦首部付近は何かの衝突に伴う熱と空気中の水分の蒸発により湯気がもうもうと立ち上がっていた。

 そんな湯気の中に人影があるのを見た大佐は、腰の拳銃に手を添えつつ、他の拳銃を手にしていた乗組員達と共に少しずつ間合いを詰めていった。

 本来ならば、本格的な武装を装備した乗組員を呼ぶべきところだが、急な出来事だったためかその余裕も時間も無かったようである。


 そうして間合いを詰めつつ、大佐が湯気の中の人影に対して『何者だ!? この艦がアメリカ合衆国海軍に属していると知っての暴挙かっ!』と怒気を含みつつ問い質している。

 その大佐の問いに対して、答えたのは湯気の中の人影ではなく、彼らの頭上から聞こえてきた女性の声であった……



『す、すみません!じゃなくて、こういう時は確か"アイムソーリー"だったか? 外来語の勉強を十分にやってなかったから、正しいかどうか解らないけど。』



 大佐達が思わず頭上に視線を向けると、そこには自分たちのいる甲板に向かって降下してくる二人の人物の姿があった。

 そして、湯気が立ち込める場所と大佐達の間に降り立ったが、その人物達を見て乗組員達は『オゥ、ビューティフルレディ……』と思わず口に出していた。

 アメリカの軍人達をして"美しい女性"と言ってしまうくらいに見た目が良かった、その二人の女性の内、髪の毛が短い方の人物が『突然の事で驚かせて申し訳ない。このような参上の仕方をするつもりは無かったのですが、"ご先代"さまが勢いに乗りすぎたみたいで……』と、申し訳なさそうに発言した。

 もっとも、ヤマト語で語ったため、アメリカの軍人達には何の事やらさっぱりという感じであったが、大佐だけはヤマト語を理解できたらしく即座に斯く切り返している。



『何者か知らぬが、軍艦の甲板上はいわば所属国の領土のようなもの。そこに誰の許可もなく唐突に、更にこのような形で降り立ったとは。これでは密入国と何ら変わらん。事と次第では……』



 事と次第では……と言い、続けて何かを言おうとした時、湯気の中の人影の方から『随分と堅物な軍人だな。風のような思考の柔軟性と臨機応変さが足りないのではないのかな?』という一言が発せられ、その直後湯気が一気に吹き飛び、隠されていた姿を現したのである。

 その三人目の人物が湯気を吹き飛ばした後、彼女の足元及び周囲の甲板は明らかに大質量の物体が衝突して付けられた凹みの様にも見えた。

 これを目の当たりにした大佐は何かを察したのか? 即座に周囲の乗組員達に下がるように指示を出している。

 その上で彼は『もしや……"鬼の王"、特に"Queen of the Wind Ogre"か?』と問い質している。

 大佐のその一言を聞いた他の乗組員達、見る見る内に顔色が青ざめ出していた。何故ならば"Queen of the Wind Ogre"といえば、過去三度に渡りアメリカ海軍を相手に蹂躙の限りを尽くした、いわば不倶戴天の敵とも言える存在だったからである。

 そんな存在が突如としてユニオンの甲板上に現れたのだから、乗組員達の心情たるや如何ほどのモノであったか、推して知るべしである。


 大佐からの問い掛けに、凹んだ甲板から身を乗り出してきた女性が『ふ~ん、そっちからそういう風に呼ばれている事は知っていたが、いざ実際に面と向かって言われるとこそばゆいモノがあるな。』と語り、続けて『yes.I am the queen of the wind ogre.……で良いのかな?』と付け加えて語った途端、大佐の後方の乗組員達が阿鼻叫喚の状態になってしまった。

 要するに"風の鬼の王"である事をあっさり認めた事から、一般のアメリカ軍人のトラウマが想起されてしまったようである。

 この結果、乗組員達がこの世の終わりのような狂乱状態になってしまう中、大佐だけは彼女が発した続きの一言を聞いていたという。



『……もっとも、正確には"元"なんだけどね。今は当代の王の後見人みたいな立場だが。』



 この一言を聞いて理解した事から、大佐は内心はともかく、平静を保つ事ができたという。

 とはいえ、このままの状態では話にならないと判断し、彼は彼女達が現れた理由を訊ねようとしたのであるが、その行動は唐突に響く金切り声によって中断する事となる……



『アンタ! 何の了見でここに来ているのよっ!! アタシが居る事を解ってて来たのなら良い度胸してるじゃない!!』



 大佐がその声が発せられた方を向くと、丁度一番砲塔の天板の上に仁王立ちしている見知った上官の姿がそこにはあった……




「かっ、閣下!」


「下がりなさい大佐。ソイツの相手はアンタには無理よ! それよりすぐにこの混乱を沈静化させなさい。これは命令よ!」


「ハッ、了解しました!」




 上官からの一言を受けて、大佐はその場から下がる事となる。

 彼としては、上官の足を引っ張る事が解っていたので、無理に我を通さずに信頼する上官にこの場を預けるのが上策と判断したのであった。


 大佐が混乱する乗組員達の下に向かうのと入れ換わるように、今度は彼の上官である人物……"ラウリッサ・W・パーシング(愛称はリッサ)"が三人の不法侵入者の前に立ち塞がるべく、一番砲塔の天板から甲板上に飛び降りてきた。

 その彼女の姿を見て、先代の風の鬼の王が懐かしいモノを見るかのような視線をリッサへと向けていたのだった。




「久しいな。確か……パーキングだったか?」


「パーシングよ! なに人様の名前を間違えているのよ!」


「おおぅ、そりゃ済まなかったな。なにぶん人間の何倍も生きていると色々と物覚えが悪くなるみたいでな……」


「はぁ? よく言うわね。アンタ達鬼は長生きする上に肉体的若さを維持できるんでしょうが! そう簡単にボケる訳が無い事くらい先刻承知なのよ!」


「ハハッ、こりゃ参ったね。我々の事をよく解っているじゃないか。それよりお前の方は……歳の割には随分若く見えるな。何を食っているのだ?」


「別に食い物関係無いでしょうが! ったく、アンタねぇ、解った上でそういうとぼけた事を抜かしているのをコッチが見破れないと思って?」


「ふむふむ、確かに……。君を含む"光の枝騎士団(=フォトンブランドナイツ)"の者達、所謂"超常者"は色々特殊だからな。」




 ……と、先代の王は語ると続けて『私が見る限り、君は自分自身に対して"賦与能力"を行使しているのだろう? そうでなければ見た目もヨボヨボの老婆になっているハズだからね。』と述べている。

 これを先代の後ろで聞いていた美羽音は、横に立つ当代の王に思わず訊ねていた……




「ご当代、あの女の人はご老人なんですか!? それに賦与能力とか何とか、何の事やらサッパリなのですが。」


「ん、美羽音は知らないみたいだな。これはご先代から聞いた話なのだが、光の枝騎士団を称するアメリカを含む"連合軍"の一部の兵士は特殊な能力を持っていたんだ。我々の側ではそれを"超常者"と呼称していたけどね。」


「超常者!? ん? ちょっと聞き覚えがあるのですが……」


「察しが良いな美羽音。そうだ、超常者はヤマト国にも存在している。もっとも、ヤマトの超常者達は戦争の具にはなってはいないが。」


「確かに……。私が知る限り、超常者と思われる者はその力を大手を振るようには行使していませんでした。アメリカなどでは違うのですね?」


「そういう事だな。連合軍側では積極的に軍人として取り立てている。今ご先代と相対しているパーシングという女も、あちら側の超常者の一人であり、光の枝騎士団を称する特殊部隊の一員だった……と聞いている。」


「聞いている? という事は……」


「ああ、私は主にヤマト国内の治安維持などが主任務だったからな。そんなわけで実物を見るのは初めてだ。そして、超常者が持つ特殊能力を自分自身に賦与する形で使っているところも含めてな。」




 そう語り終えると、二人は再び先代とリッサの方へと視線を向ける。

 リッサは二人の会話が聞こえていたみたいで『ずいぶんとお喋りしてくれたみたいね。ってか、アタシらの事をよく知ってるじゃない。』と語る。

 それを受ける形で先代は『長年戦って、君や仲間達に関する研究や対策を練っては来てる。今やヤマト国では常識みたいなモノで、一般国民ですら超常者の事は一通り知られている。未だに軍事機密の一部にしている君たちの側が遅れていると、私は思うがね。』と述べ、暗にリッサを挑発しているのだった。

 もっともリッサの側もそれが挑発である事は理解しており、先代の話を軽く無視していた。






 さて、先代とリッサの会話を伴うにらみ合いは続いていたが、改めてリッサの方から『それより我が国の軍艦の甲板を凹ませたのは如何なる理由からかしら? また戦争をしたいと思ってる?』と、皮肉混じりの一言を発している。

 それに対して先代は『ふっ、まさか。確かに私が現役の風の鬼の王であれば、"一人一国(いちにんいっこく)"の取り決めでヤマト国に対して独立した立場で好き勝手ができただろうが、今はそうではないからな。』と述べ、更に……



『まあ、仮に今、四度目の戦役が起きても我々の側が勝つ事は間違いないという自信はある。ま、とりあえず甲板の件に関しては私の勇み足みたいなモノだと思ってくれ。』



 ……と、少々軽口気味で述べたモノだから聞いていた側のリッサは表情はともかく、その瞳には少し怒りの色が滲み出ていたという。




「アンタは、アンタ達鬼共はいつもそうよ。力があるが故に自然と傲慢な態度を取る。そんなアンタ達がアタシは許せないのよ。」


「おっ? 少し語気に怒りが滲み出ているな。……なら、その怒りを吐き出してみたらどうだ? 見たところ、地位が高くなって責任が重くなり、昔みたいに自由が利かなくなっているのだろう?」


「くっ、好き勝手やってるアンタと一緒にするな! アタシには……」




 リッサがそう言った瞬間、先代の口から所謂"悪魔の囁き"と言える一言が放たれる。

 それはまさにリッサの同胞を数多葬り去ってきたからこそ出た一言であった……



『軍人の務めとやらの為に無駄死にしたお前の同胞が、今のお前を見たらどう思うかな? "我々の死と引き換えに得た椅子の座り心地は気持ち良いか?"と、三途の川の畔で怨み言の一つや二つ吐き捨ててるだろうさ。』



 ……と。

 それを聞いた瞬間、リッサの表情が明確に怒りを伴ったモノへと豹変し、それと同時に彼女の身体から激しい光の奔流が噴き出したのである。

 その様子に気づいたモルゲン大佐が慌てた様子で『閣下なりません! 今、ここで戦うなど……』と叫んだものの、彼女の耳にはその声は届かなかったようである。

 リッサは手に持っていた杖を剣を構えるように持ち変えつつ『そこまで言うなら相手になってやるわ。アンタのその減らず口、今度こそ削り取ってやる!』と吐き捨てつつ、先代へと一歩また一歩と近づいて行く。


 その間、剣を持つ様に手に握られていた杖には、彼女の身体から噴き出した光が集束し、あたかも"光の剣"を想起させる姿へと変化していたのだった……






 ― つづく ―


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