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春の章その10



 美鶴の転入学に伴う学生寮への入寮を翌日に控え、関係者各人は準備に追われていた。

 那苗と小蓮の両人は学生寮の守衛兼神社の巫女さん見習いという二足のわらじを穿く事となり、特に学生寮の守衛の仕事に関する手続きから一足早く学生寮に顔を出していた。

(この時、新任の守衛さんが来るという事で歓迎会が行われていたらしく、特に稲荷人である小蓮は物珍しさや、見た目の良さもあって在寮生から質問攻めに遭っている。もっとも、最上級生の面々とは同世代という事もあってか、互いに距離を取りつつ相手の人柄を見極めようとしていたとか。)


 そして美鶴自体は入寮に際して持ち込む荷物の確認を、水梨家の唯一電気が通っている広間で行っていたのであるが……




「美鶴、そなた手荷物が少ないのな。いづるから買い与えられなかったのかの?」


「あ、サーナさま……で良いのでしょうか? 呼び方。」


「おぅ、様付けでもさん付けでも何でも良いぞ~。ただし、流石にポン神とかポンコツとかは勘弁な。一応これでも我は……」


「存じ上げていますよ? 貴方様が如何なる存在であるかについては。ですので安心してください。」


「おおっ! ソナタは実に礼儀を知っておるようじゃな。あのいづるに育てられたとはとても思えぬ。実に清々しく感じるぞよ。」


「お褒め頂きありがとうございます。それより聞きたい事があったようですが、これはかーさまの方針みたいな物でして、極力生きる上で不要な物は購入しないという事でこれまで過ごしてきたのです。」


「何と!? いづるの奴め、ガラに合わぬ清貧生活なんぞやりよってからに。碧月帝から支援を受けていた癖にケチ臭い事を……」




 そう言いつつ、いづるの方針に不満を感じたサーナは美鶴に対して『美鶴よ、今後我が絡むからには寂しい想いはさせぬぞ? もし何か必要な物があれば遠慮なく我を頼るが良い。用意できる物は我の手で用意しようぞ。』と述べ、美鶴を支援する事を明らかにしている。


 サーナからのその提案に、美鶴は謝意を述べつつ『サーナさまが本気で支援したら、却って私の方が対応できなくなりそうです。ですので私が本当に必要とする場合に限り、私の方からお頼みしますね。その際には良しなに。』と返答を述べている。


 これらの手短な会話をやりつつ少ない手荷物を纏める美鶴を見ながら、サーナは『いづるが如何なる子育てをしたかは知らんが、子は育つという事か。しかし親に似ずに良かったわい。コレであ奴に似ようモノならどうなった事やら……』と思うのであった。


 そんなサーナの内心を知ってか知らずか、広間に入ってきたいづるが『おいポン神、お前もお前で過保護じゃねーか? とりあえず心配は無用だぜ?』と語りかけると、サーナは即座にムッとした表情を見せ、美鶴が双方の間に入って仲裁するという光景が生じたのであった。






 さて、ここでヤマト国の学制に関して少しだけ触れよう。

 かつて、ヤマト国の学制は大別すると『小学、中学、大学』の三つに別れており、この内小学に関しては各種普通小学校(呼称は初等学校・初級学校・国民学校と別れているが基本的に同じ)と尋常小学校に別れていたとされる。

 この学制は西暦でいう1990年代まで続いたものの、初代碧月帝の即位以降の学制改革の過程で大きく変更される事となった。


 即ち各種普通小学校が一般小学校(単に新制小学校)に。

 尋常小学校が新制中等学校(単に中学校)に。

 中学が高級中等学校(単に高校)に。それぞれ変更されたという。


 これにはヤマト国の外側、つまり当時の敵国だった連合国側の学制を秘かに観察して、使えるモノは採り入れて行こうという碧月帝の"新取(しんしゅ)の精神"が影響していたという。

(なお、これらの改革の結果、いづる自身は旧学制を経験することはなかったという。)


 しかし急進的な改革に対する抵抗は旧来の価値観を持つ者を中心に色々とあったらしく、所謂"男女共学"に関しては新制小学校こそ達成されたが中等学校以降となるとヤマト国の各地域間や、都市部と地方などで落差が生じる形となった。

 当然上位の高級中等学校(高校)や大学では寧ろ男女別学が当たり前の状況がこの時点(碧蒼暦二十年代)でも続いているという。


 さて、美鶴が通う事になる山の上の学校だが、学制に従うならば新制中学校と高級中等学校を一纏めにした特殊学校である。

 そして基本的に女学校に該当していた代物でもある。なぜ共学ではないかと言うと、この学校が高天原の関与が強い学校だったからである。

 当代の碧月帝の肝いりもあって設立された新設学校であるが、高天原側の統治層が主に女性中心だった関係で自然と女学校という事になったらしい。

 また、この学校はそういう経緯から出来上がった関係上、生徒の中には特殊な力を持つ者が幾人か存在しているという……




「ところでいづるよ、美鶴が通う学校とやらには何やら妙な気配を離れた場所からでも感じ取れるのじゃが、一体コレはどういう事じゃ?」


「あ? ああ、あの気配の事か? 学校の代表がアタシの古馴染みなんで、別の日に顔を出した時にちょいと聞いてみたのさ。そしたら……」


「そしたら……何なのじゃ?」


「何の事もない。生徒の中に長命種(神族)出身の者、兎人族出身の者、伊鈴婆と同じ鬼族出身の者などもいるって事みたいだぜ。」


「何と……。我の末裔筋の者もいるという事か? そんなところに美鶴を放り込むのか。大丈夫かの?」


「大丈夫でね? 一応一般人も通っている学校だし。何よりそういう一般人連中の方が生徒の数に占める割合は圧倒的に多いって事だし。まあ、普通学校と変わらんと思って差し支えないだろ?」


「ふむ、左様か。とりあえず美鶴は普通に過ごせるとみて良いかの?」


「親としてはそうだと願うところだぜ。」




 いづるとサーナがこんな会話を間近でやっているのを聞いていた美鶴であったが、特に意見を述べる事はなかったという。

 明日以降、未知の経験が続発するであろう事から、内心そちらの方に対する期待が(まさ)っていたからであった……
















 一方その頃、美鶴の部屋友として入寮する事となった今川美紗音も、必要な荷物の整理をしていた。

 もっとも、彼女の場合は持ち込みたい代物が多かった為に、その取捨選択に苦慮していたようである。

 この数日、彼女は生徒として普通に学校に通いながら入寮準備をしていた。

 当然の事だが、美紗音が入寮するという話は同じ教室の生徒には知られていたが、なぜ今になって入寮するのか?という事に関して美紗音は周りには理由を黙っていたという。

 ただ、彼女曰く『まあ、とりあえず楽しみにしていて下さい。』という一言だけ述べていたとか。

 もっとも、学生寮在住の生徒から『見知らぬ娘と今川さんが一緒に学生寮に来ていたみたいだよ。』という話が漏れ出て来た事から、彼女の学友の中で勘の鋭い者は『今川さんは転校生の部屋友に指名されたのでは?』と推察していたようである。



『……それにしても、みんな勘が鋭いというか、話が漏れるのが早すぎるよ。基本的にお喋りさんが寮生に多いのが東雲さんにとって良くない方向に働かなければ良いのだけど。』



 このような独白を一人吐きつつ、荷物を纏めていく美紗音。

 しかし、大切な稲荷グッズの幾つかを置いて行かねばならない事に、少しだけ頭を抱えていたようである。

 彼女にとっては宝物であっても彼女の両親……特に母親である美清からすれば有象無象の一部に過ぎないため、彼女の意向を無視して棄てるのではないか?

 そういう恐れを抱いていたのであった。


 親子とはいえ、かたや先代の水の鬼の王。かたや鬼の血が薄く、感性は普通の人間と変わらない人物となれば、意見対立の類いが起きてもおかしくはなかった。

 その事を思うと溜め息を吐かない訳にもいかない美紗音であった。そして……



『はぁ~、せめてこんな時に"姉様(あねさま)"がいてくれたなら、母様との間に立って下されるのになぁ~。……真っ先に母様と喧嘩して家出してしまわれたけど、今頃どこで何をしているのかなぁ……』



 ……と、思いを口に出していたのだった。
















 美鶴と美紗音の二人が学生寮に入寮した日、つまり美鶴が転入学した日と同日、佐世保から遠く離れた"南鳥島"の近海。

 天気晴朗なれど波は高くない静かな海は、一転して雲沸き立ち雷雲が立ち込め出していた。


 そして激しく海が荒れ狂い、その勢いが絶頂に達した……次の瞬間、鮮烈な閃光と轟音を伴い何かが弾けた。

 それらが収まり終わった後、その海域には一隻の巨大な軍艦がその威容を現していた。

 それはアメリカ合衆国が国威発揚と持てる技術の全てを投入して建造した新型戦艦……



 ―― ユニオン級超大型戦艦一番艦ユニオン ――



 ……この巨艦が南鳥島の近海、かろうじて領海外の海域に転移してきたのである。

 転移完了後の艦内で乗組員らが各部チェックをする一方、この巨艦の総責任者にしてアメリカ海軍少将を示す階級章と幾つかの勲章を軍服に着けている一人の女性軍人が艦内の自室で一息休憩をいれていた。

 最初の転移実験後、通常航行と転移を交互に行いながらヤマト国へ向けて近付いて来ていたが、今回の転移で一通りの実験は終了となった。

 当面の目的を果たし、休憩を取っていた女性軍人……名を"ラウリッサ・W・パーシング"というが、その彼女のリラックスしていた様子が突如として一変したのである。



『っ!? この気配、この感覚は……"奴"が近くに来ているの!?』



 この一言を発するや否や、彼女は素早く休憩室から一本の杖を持ちつつ飛び出し、一目散に甲板へと向かい走り出していた。






 一方、航行するユニオンを南鳥島の近くの上空から見下ろす"三つの人影"があった。

 その人影の内、見掛け上一番若い人物が『ご当代、あのアメリカの大きい軍艦に何か用があってここに来たんですか?』と、隣に立つ人物に訊ねている。

 訊ねられた側の"ご当代"と呼ばれた人物は『それは私も解らないね。全ては"ご先代"さまが決めている事。今回は私達は一切手出ししない事になってるからな。』と語り、その視線を"ご先代"と呼んだ人物へと向けている。


 ご当代と呼ばれる人物も、ご先代と呼ばれる人物も、共通するのは綺麗な青みがかった長めの黒髪が風に吹かれてたなびいている事。

 そして、両者とも古きヤマト国の民族衣装を動きやすい様に手直しした、蒼色を基調とした服装を身に纏っている事。

 この事から、彼らがただ者ではない事を示唆していた。なぜなら……




「しかしご当代、良いのですか? ご先代の一挙一動次第では、四度目の戦役の引き金をひく事にもなりかねない様に思うのですが。」


「心配性だな"美羽音(みはね)"は。ご先代とて今さら戦争をやりたいとは思わないだろ。ただでさえ面倒臭がりなところもあるし、何より"当代の鬼の王"である私が王としては若すぎるゆえ後見人をしているのに、勝手な事をやるわけにもいかない。」



 二人の人物の内、美羽音と呼ばれる"肩に触れる程度の長さをしたボサボサの髪型"をした、他の二人と似た意匠をした衣装を纏う人物が何やら心配する発言をしたところ、ご当代と呼ばれる者はその発言に対して心配無用と言わんばかりの返答をかえしている。

 そして二人の発言を聞いていた"ご先代"と呼ばれる者が一言……



『美羽音は確かに心配性だな。案ずるな、今回は旧き戦友……。敵であったが、その者にちょっと"挨拶"をするだけだ。大事にはならないから安心しろ。』



 この様に発言し、心配性の者を落ち着かせている。

 その上でご先代と呼ばれる"彼女"は『さてと、早速だがアメリカの英雄様の"(つら)"を二十数年振りに見に行くとしようか。』と語ると、次の瞬間一陣の風の如く眼下の巨艦へと向かって降下したのである。

 そんな彼女を追って"ご当代"と呼ばれる"女性"と美羽音も続けて降下を始めるのであった。






 美鶴が学生寮に入り、併せて転入学した日と同日。

 西太平洋の真っ只中で、もう一つの再会劇がなされようとしていた……






 ― つづく ―


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