春の章その8
「……よりにもよって、学校の代表ってのをやってるのがお前とは思わなかったぜ。この"お花畠"っ!」
「お花畠ではありませんっ! "北畠"ですわっ! ……って、このやり取りをやるのは何年ぶりなのかしらね。」
学校の代表が在する執務室に案内された東雲いづる。
室内に入り部屋の奥、窓を背にする形で執務用の机があり、その窓側の椅子に座る一人の女性の姿、そして顔を一瞥するなりいづるの口から出たのが先ほどの一言であり、それに反応して条件反射的に反論したのが"北畠"と呼ばれた女性であった。
両者のやり取りを一通り見聞きして、いづるを案内していた鈴鹿は『ほら言っただろ? お前が良く知る人物だと。』と、明らかにおどけ気味に軽口を叩いてみせていた。
そんな鈴鹿に対し『てめぇ、鼻っから知ってたな!?』と文句気味に突っ掛かろうとするいづるの姿を見て『お止めなさい東雲さん。』という一言を発し、いづるの行動を制する学校の代表の女性という光景が見られたのだった。
落ち着いたところで、三人は執務机の前方に配されている来客用の長椅子に対面式に座り会話を開始していた。
いづるが未だに微妙な不満顔をしていたものの、そんな彼女を無視する形で学校の代表の女性から次のような事が語られた……
『全く東雲さんは学生時代と変わらなさすぎ。まあ、それはともかく、東雲さんに一言いわねばならない事があります。……わたくし、今は"お花畠"じゃなくて"北畠"でもないですのよ?』
その言葉を聞いたいづる、一体どういう事だと言わんばかりに不思議そうな表情を浮かべたのであるが、彼女の次の一言を聞いて驚く事となる。
『アテの無い旅鴉なんかやってるから招待状すら出せませんでしたわ。……んっん~、わたくし十数年前に結婚していますのよ?』
この一言を聞いたいづる、一瞬思考が停止したような表情になった次の瞬間『なっ、なにぃ!? お花畠が結婚しただぁ!?!?』と、部屋の外にも聞こえる位の大声で叫んだのであった……
さて、件の学校の代表の女性、結婚前の名前は"北畠ともの"といい、いづるにとっては中等学校、高級中等学校(単に高校と呼ぶ場合あり)時代の学友の一人であった。
初対面の頃、彼女や仲間の学友達はいづるがのちに"護国の鬼姫"と呼ばれる存在となる事を知らなかった。もっとも、程なく色々な出来事を通じて知っていく事となる。
その過程で意見や立場の違いによる衝突も多々あったものの、それらを経験して互いを理解するようになっていったのだった。
そんなとものであるが、高級中等学校を卒業後、親の勧めもあって実家である北畠家の分家筋に当たる"浪岡家"の子息とお見合いをする。
彼女がどちらかというと気が強いところがあったのに対して、浪岡氏はそれを受け止め逸らせる柔軟な気風の持ち主だった事から、結果的にウマが合ったらしく、お付き合いを経て婚約に至ったのだという。
結婚式と披露宴を行うに辺り、彼女は学生時代の友人達にも招待状を送った訳だが、案の定いづるだけは旅の空の下だった為、彼女はこの事実を今の今まで知らなかった……という訳である。
「よりにもよってお前が人様の嫁とはなぁ。時代も変わったっつーのか、アタシが浦島太郎過ぎるっつーのか。」
「単に旅鴉だっただけでしょう? とりあえず結婚式や披露宴にはそちらの鈴鹿さんが代理出席する事でなんとかなりましたが。」
「代理出席でなんとかなるものなのかよ。」
「ワリと何とかなりましたわ。……まあ、唯一皆が驚いたのは当代の"水の鬼の王"が参加した事でしたわね。貴女の代理とはいえ、現役の鬼の王が来たので浪岡家側も腰が抜けてましたのよ。そうですよね鈴鹿さん?」
「ああ、そうだったな。ま、黙っていればバレずに済んだのだが、東雲の他の学友が私を知っていたため、私を見るなり思わず口に出してしまった事で会場が酷く騒がしくなってしまってな。」
「……その口に出したスットコドッコイ、アタシの勘が確かなら恐らく"諸岡"の奴だろ。あの野郎なら言いかねん。」
「あら、流石は東雲さん。良く解ってるわね。諸岡さんの勇み足で披露宴は大変でしたわ。まあ、披露宴にお招きしていた……あの俵ヶ浦のご隠居様が上手く場を静めましたけど。」
「俵ヶ浦の……ああ、ヴァルターのオッサンか。確かにあのオッサンなら何とか収拾させられそうだな。その手の荒事の経験ありそうだし。」
そう語り終えたところで、いづるはその流れから『ところで話に出てきた諸岡の奴、元気にしてるか? 無駄に元気なところと時折飄々とする野郎だったが、懐かしくなってきたぜ。』と語ったところ、とものの口から一言……
『あ~、東雲さんには残念なお知らせがありますわ。その諸岡さんも今は人様の嫁になってますのよ?』
……という発言が出た。
当然、いづるの思考が凍り付いたの言うまでもなく、少しの沈黙ののち『ぬ、ぬわにぃ~!? モロモロも人様の嫁だぁ!?!?』という大声を張り上げたのであった。
一方その頃、今川家の美紗音の部屋では、招かれていた美鶴と小蓮の両人が眼を丸くしていた。
というのも、彼女の部屋に置かれている"お稲荷様グッズ"の数々を前に、言葉が出なかったからである。
「美紗音さん、貴女が小蓮と初対面した時の反応の理由が分かった気がします。これだけ集めるという事は、つまるところ稲荷神の信徒という訳なのですね。」
「東雲さん、信徒だなんて硬い言い方は無しですよぉ~。昨今の言い方では"マニア"とか"ヲタク"とか、そんな呼ばれ方をしているのです。」
「マニア、ヲタク……何なんでしょうか、その横文字単語は? 小蓮は知ってますか?」
「えっ? 私ですか!? 急に話を振られても……。ただ、恐らくいづる様も存じ上げない言葉だとは思います。」
「かーさまが知らない。……つまり小蓮も知らないと?」
「申し訳ありませんお嬢様。私も勉学不足なので……」
美鶴と小蓮の会話を聞いていた美紗音はちょっとだけ笑顔になっていたが、すぐに気を入れ直すと『昨今のハイカラ言葉は解りませんか。マニアは外から持ち込まれた言葉ですが、ヲタクは内国産の新造語でもあるんですよ?』と説明している。
それを聞いた両人は互いに眼を合わせつつ驚きの表情を見せていた。
「小蓮、私達は今、新たな知識を仕入れたと思います。マニアにヲタク、覚えておいて損はないかと。」
「そうですねお嬢様、私も同感です。……それにしてもマニアにヲタクですか。古の"織田信長"さまも色々集めるのが趣味だったと聞き及んでいますが、今だとまさにマニアでヲタクという事になるんですね。」
「織田信長っ!? あの"第六天魔王"と呼ばれた天下人とかいう方ですか?そんな方もマニアでヲタクとは……世の中広い事を再確認させられます。」
美鶴のその真面目な表情を伴う発言に、小蓮は相槌を打ちつつ肯定の意を示していた。
そんな二人を見ながら美紗音はと言うと……
『あ、あれ? 何だか真面目に話をしてるみたい。マニア、ヲタクの話から織田信長が出てくるなんて、それはそれで雑学に長けているような……。ま、まあ、東雲さんは兎も角、小蓮様は流石に稲荷神の縁者なだけあってご存知なようで、改めて惚れ惚れ致しますわ。』
……と、少々脱線気味に二人……厳密には小蓮を主に見ていたという。
そんな会話を、たまたま部屋の外の通路で立ち聞きしていた兎人族の女性が一人……
『……何話してるのかと思えば、美紗音の趣味に関するモノだったか。何やら織田なんとか言う輩の名前まで出てくるとは、全く蒼の月は穢れの事を度外視すればまさに摩訶不思議な場所だな。』
……と、長年軍役に就いていた那苗には、いささか理解が及ばない世界がある事を感じない訳にはいかなかったようである。
さて、学校の代表の執務室で会話を続けていたいづる達。
その過程で代表でもある"浪岡ともの"は『東雲美鶴……さん、ね。まさか東雲さんに"訳あり"の娘さんがいると聞かされた時は正直驚きましたわ。そして東雲さんが立派に親を務めている事に。』と、感嘆を込めるように発言している。
この発言に『おい、アタシが親をできないとでも思ってたのかよ。幾らなんでも侮り過ぎじゃね?』と不満気に語るいづるであったが、即座に鈴鹿から『それだけお前が自由人過ぎると周りから見なされているんだよ。』と釘を刺され、いづるはブーブー言いつつ膨れっ面になっていたという。
そんないづるを見て、とものは『色々あったとはいえ、美鶴さんという娘を大事に守り育ててきた事実は、東雲さんの人生経験的に極めて大きい意味を持ったみたいですね。それに反応を見る限り、とても大切にしている様に思われますし。……ただ、少し過保護気味な感は否めませんが。』と思うのであった。
その上で彼女は『この度、東雲美鶴さんを我が校の学生寮でお預かりするからには、決してご母堂が心配するような事にはならない様に最大限の配慮は致しますわ。そういう点では安心して下さいな。』と、事務的発言ながら多少は感情を乗せた一言を述べている。
もっとも、いづるには他人行儀な感じに聞こえたようで『お~い、えらく硬い言い回しだな。もう少し砕けた言い回しでも良いだろ?見知らぬ相手なら兎も角、アタシが相手なんだし。』と、不満あると言いたげな言葉を投げかけている。
そんないづるに今度は鈴鹿が『お前なぁ……、浪岡代表にも立場という物があるんだ。美鶴嬢の事に限るなら、私的な言い回しで済ませる訳にもいかないだろ。社交辞令というヤツで聞いておけ。』と突っ込まれてしまうのだった。
結局、なんだかんだありつつ、美鶴の学生寮への入寮(及び美紗音の入寮の件も含む)の手続きは代表権限で決裁される事となり、とものは両人が見てる目の前で学生寮を管理している職員に連絡を取り、空き部屋の確認などの指示を出していった。
そんな彼女の姿を見ながら、いづるは『お花畠も変わったな。……いや、立場が変えさせているとも言えるのかも知れねぇ。アタシは……こいつから見たら変わらないでいるって感じか? それは良い事か悪い事か解らん、全然わからん。』と、神妙な表情になりつつ考えていたのだった……
全ての話が片付き、いづると鈴鹿は執務室から退出しようとしていた。
そんな別れ際にとものが『あ、そうそう、諸岡さんの事なんだけど、結婚して今は"近島"姓を称してるわ。もし貴女が面会を求めたいのなら、わたくしの方から連絡するけど……』と告げている。
これを聞いたいづるは『あ~、今はそんな名字なのか。……いや、面会云々は追々で良いぜ。当面は佐世保に留まる事になるからな。顔合わせなんて何時でもできるだろ? とりあえずモロモロにはアタシが佐世保に戻ってるとだけ言えば良いぜ。会う会わないは本人が決めるだろうし。』と答え、とものもそれに関して承知するのだった……
一連の話を済ませ、学校の敷地から出ようとしていたいづると鈴鹿の両人。
だが、そんな二人の姿を秘かに見る人影があったのである。果たして何者なのであろうか……
― つづく ―




