春の章その6(前編)
『いよぅ、我が悪友よ。相変わらず元気にしてるかぁ~?』
客間に入り、互いの視線が交わった瞬間、その客人の口から出たのは、おふざけ気味ながら最低限の礼儀は弁えている……ハズの挨拶であった。
この挨拶を受けたヴァルターは『当たり前だ。元気も何もこの前の年末年始に一時帰国した時に顔を会わせてるじゃないか。これで元気にしてなければよほどの問題だ。』と、こちらも少し悪態をついてるかの様な雰囲気で応じていた。
そしてヴァルターは客間を一通り見渡した上で『……ふむ、とりあえず客間に変な仕掛けはしていないな。以前来た時は人様の書斎に無断侵入する為の隠し通路を勝手に設置してやがったからな。』と、何やら意味深な発言をしている。
これを聞いた件の客人、酷く悲しい表情を見せるなり『おおぅ、我が悪友よ~、そいつは酷い言いザマだぜぇ~。オイちゃんが悪友と簡単に会える様に拵えた秘密通路なのに~。』と語っている。
だが、ヴァルターは即座に『お前の嘘泣きなんぞに騙される俺だと思っているのか? このスカポンタン! 無断で通路を拵えるとか単なる不法侵入目的の犯罪者と何ら変わらんぞ!』と、怒気込みの突っ込みをしていた。
このヴァルターの反応を見て、件の客人は『……むぅ、流石は悪友、簡単には騙されんか~。』と先ほどまでとは打って変わってケロッとした反応を見せ、ヴァルターを呆れさせていたのだった……
さて、ヴァルターの下にやって来たこの白髪混じりの髪の毛ボサボサの……
例えるなら往年の名音楽家"ベートーヴェン"の様な怪しげな容姿の人物、名を"オイゲン・フランツ・アルトホルン"といい、彼とは数十年来の友人関係にある人物……平たく言うなら"幼友達"とか"腐れ縁"とでも言うべき間柄であった。
1980年代、彼とヴァルターは"ノイエ・プロイセン"とも呼ばれる"プロイセン共和国"に本拠を構える"アイゼンシュタイン商会"という企業で幹部社員として働いていた。
当時、この企業は欧州各地の名だたる軍需系企業を次々と買収し、欧州随一の巨大企業となっていた。
その企業でヴァルターは営業と渉外担当の、オイゲンは技術開発の、それぞれ責任者として手腕を振るっていたのである。
後年、ヴァルターはプロイセン共和国政府から駐ヤマト国全権大使に指名され、商会の代表だった"ルードリヒ"の了解を得た上でヤマト国へと赴いたが、オイゲンは引き続き商会の幹部社員として辣腕を振るい続けた。
その後、ヴァルターの招きでヤマト国を何度か訪れる事はあったものの、今回の様に自分から来るというのは極めて珍しい事だったらしい。
そこでヴァルターはオイゲンが来た理由を訊ねたのだが……
『ん? オイちゃんが来た理由か? 悪友の顔を見に来た……というのはついでさ。本命の理由は商売関係だったりする。』
……と、返事を返している。
その発言を聞き、ヴァルターは『ふむ、商売関係となるとウチで造ってる"ファイティング・ウォーカー(FW)"の……新型機種辺りか?』と言うと、オイゲンは『流石は悪友、良く解ってらっしゃるってヤツだぜ。』と、ニコニコしながら言葉を発したのだった。
するとヴァルターはその答えを聞いて更に『ヤマト国の国防部門……には売り込めないハズ。となれば香港の"民国"政府辺りか? "帝国"は昔の一件もあって代表の強い意志で避けているハズだからな。』と言うと、オイゲンはその問いに対して肯定の意を示したのだった……
「いや~、悪友が渉外担当から外れてからというものの、代表とオイちゃんが中心になってそういう役回りをやってるが、ホント大変なんだよな~。」
「当たり前だ。しかし代表はともかく、お前が売り込み仕事とはな……ってか、俺が抜けても大丈夫な様に渉外部門を強化したハズなんだけどな?」
「確かに強化してたよな。だが悪友、それが永続すると思うか?」
「何っ!? まさか組織改変とかで崩されたとか言うのか?」
「まあ、そんなところだ。厳密には株主共の横槍だけどな。」
「チッ……あの傲慢チキな奴らか。全く目先の事しか考えられん奴らはコレだから困る。」
「まあ悪友の不満は分かる。……とりあえずそんな訳で、今回はオイちゃんが香港に赴いて新型機種の売り込みをやったってワケなのさ。」
「ふむ……で、今はそれが片付いたからこっちに来たワケだな?」
「そゆこと~。それと悪友、まだ話足りない事があってな、そっちが本命なんよな。」
そう言い終えると、先ほどまでのおちゃらけ気味の表情が一変し、鋭い目付きをした"老技術者"の顔になったオイゲンを見て、ヴァルターはただ事ではないと察した。
その上で何事があったのかをオイゲンに訊ねたところ、彼の口から出てきたのは……
『最近、ウチの若手連中がロシアに接近している。』
……という一言だった。
それを聞いてヴァルターも表情が明らかに変わったらしく、思わず『おい、何の冗談だ? よりにもよってロシアだと!? 連中が度々ウチの機密情報を盗み出そうとしていた事を知らない訳じゃ無いだろうに。一体全体どういうワケなんだ!?』と語気を荒げたのだった……
先の第三次戦役勃発から程なく、"ソビエト連邦"という大国が内部の混乱から崩壊し、幾つかの国に分裂した。
だが、その中枢部と言える"ロシア"だけは分裂を免れ大国としての立場を維持していた。
しかし、分裂した影響は大きく、ロシアは早々に反ヤマト国同盟(所謂"連合軍")から離脱する事となり、それ以降基本的に中立を保つ事となった。
それ以降、ロシアは国内を安定させつつ、経済の回復と周辺への影響力確保を主軸とする政策を採り、その一環として南東部で国境を接する"帝国"と"人民国"の2つの勢力に接近。
彼らの間の問題解決に主導的な役割を果たし、遂には"民国"との対立に於ける同盟締結にまで漕ぎ着ける事となる。
こんな事などもあって第三次戦役終結後、世界は"色々あって弱体化した"アメリカを中心とする"西経連合"、ロシアを中心とする"東経同盟"、そして"ヤマト国"の三つに別れる危うい均衡の下での平和体制へと移って行ったのである。
(もっとも、危ういのは連合と同盟の関係であり、ヤマト国は基本的に不干渉の立場であった。)
その対立の最前線にプロイセン共和国があり、アイゼンシュタイン商会が存在していた事が問題となってくる。
戦役終結から数年後、人型歩行兵器(FW、多目的戦闘歩行機とも言う場合あり)を取り扱っていた商会の機密情報に接触し、あわよくば盗み出して自軍の強化に繋げようと、ロシアはソビエト時代から続く強力な諜報組織を使い、情報の奪取を図ったのである。
彼らが何故動いたかと言うと、先の帝国と接触を持った際、彼らが商会からリースしていた人型兵器を目の当たりにした事が主な要因であったという。
(もっとも、この時彼らが見た人型兵器は一度商会側の工作によって破壊されたあと、使える部品を繋ぎ合わせて復元した代物である。)
その兵器としての先進性を垣間見たロシアの軍人や技術者達は、自国でもソレを作れないものかと画策し、色々あって諜報組織に商会が保有するこの兵器の資料の奪取を依頼する事となったらしい。
依頼を受けた側の諜報組織は軍部の依頼という事で多少は警戒したものの、探りを入れる目的で軽く商会内部に手を突っ込んだところ、予想外の成果を得てしまい軍部や技術者達を喜ばせる事となってしまった。
他方、機密情報の一端を奪われた事に気づいた商会側は、情報に触れる権限を持つ人物を制限したりするなど、情報セキュリティの向上などを施して対抗。
こののち、双方の間で激しい諜報防諜工作が繰り広げられ、時には刃傷沙汰に発展する事態も発生する事となった。
この事態はプロイセン政府経由で西経連合各国も知るところとなり、彼らをも巻き込んだ国際諜報戦へと発展。
後日"冷戦"と呼ばれる武力を伴わない戦争の状態へと移って行った。
(この過程で、商会は人型兵器に関する一連の情報をアメリカ支社へと移し、同国の国防省や情報総局との共同管理のもと、更なる厳しい情報管理下に置く事となった。その際、関係するオイゲンを初めとする関係者も、特例としてアメリカ国籍を得ていた……)
さて、そんな事があって暫くの時が流れ、商会内部のロシアに対する姿勢に変化が起きていた。
ルードリヒやオイゲンなどの当事者世代と、そういう揉め事を詳しく知らない若手世代とでロシアに対するスタンスから勢力争いの様な事が起きつつあったのである。
当事者世代側はソビエト連邦以来のロシアを根本的に信用しておらず、若手世代がロシアからの干渉を受けてロシアの代弁者化していると見ていた。
一方、若手世代側はというと、確かにロシア側からの誘い水は受けていたものの、そういう流れとは関係無く単純に商会の販路の更なる拡大を考えており、ロシアという"手付かずの市場"に魅力を感じていた様である。
当然だがヴァルターは当事者世代側の派閥に属していた(対立勃発時には大使となっていたが……)関係から、若手世代側の行動に関して軽挙妄動と見ていたが為、声を荒げたのである。
「悪友、声を荒げるのは解る。だが、問題は更に深刻だぜ?」
「何っ!? それは一体どういう事だ?」
「連中の主張に理解を示す幹部が増えてる。お陰で幹部会の場が東西両勢力の代理戦争の場と化しているってキタもんだ。」
「何だと? 既に幹部会にも食い込んでいるのか!?」
「おうよ。お陰で代表もオイちゃんも連中を抑えるのに必死って訳さ~。更に間の悪い事に新規の株主の中にロシア系の新興資本家が食い込んでる。」
「はぁ? ロシアの金持ち共が食い込んでるだぁ? ったく、それはどうみてもアッチの政府や軍部の差し金だろうが。なんで株を簡単に……」
「それが資本主義社会ってヤツだぜ悪友。主にヨーロッパの主要市場で普通に株の売買が出来る訳だから、食い込んでくる事は予想できた。」
「……つまり、その食い込み具合が想定以上だったって事か? やれやれ、経理部門の連中の見積りが甘かったってところか。」
「まあ、そういう事だな。幸い、我が社の株式の過半数以上の株はルードリヒ代表個人が持っている。このお陰で株主総会とかで大きく揺さぶられる事は無いが、渉外部門が崩された事を見ても解る通り無視できるレベルじゃ無くなって来ている。」
「……はぁ、やれやれ面倒な事になってるじゃねえか。それで現状お前や代表周りはどうしているんだ?」
「オイちゃん達か? まあ可能な限りの対抗策は練ってるってトコかな? それに必要とあれば連邦政府に働き掛ける事も念頭には入れている。」
「連邦政府……アメリカ政府か? 確かに事が事だからその辺りも含めた策は用意しておくに越した事は無いが……大丈夫か?」
「ん? 確かに奴らの食い込み具合は日々強くなってるのは確かだ。だけど状況が爆速で悪化する前兆は無いっぽいから、その点では安心してくれってヤツだぜ。」
そう宣言するオイゲンを見て、ヴァルターは『こいつが変に自信たっぷりな物言いで話すと却って心配なんだよな~。天才奇才系特有の足下の穴に気づかないって感じで。』と、心の内で思うのであった……
ー 後編につづく ー




