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春の章その5(前編)



 一方、大人達の会談の場から離れ、神社の境内の一角に移動していた美鶴、小蓮、美紗音と、あとからやって来た那苗の四人は、聞きかじっていた大人達の会話の内容から出るであろう結論を予想していた。

 もっとも、四人の中で唯一の"大人"であった那苗ならば何か知っているだろうと見て、彼女に対する質問がなされたのは言うまでもない。

 それに対し、簡易式の巫女風装束に着替えていた那苗は次の様に述べている。



『あー、私らが部屋を出るまでの、あの面々の発言から恐らく皆も察しているとは思うが、美鶴嬢の学業に関するモノ。つまり時期的に中等学校への転入学に関する話だな。ただ、いづるって奴の反応などを見ると当事者には秘密裏に話が進んでいた訳だ。』



 こう述べて那苗は三人の反応を待つ姿勢を見せた。

 最初に発言したのは小蓮であった。彼女は『いづる様やお嬢様の意見を聞かずに勝手に話を進めていたというのですか! いささか酷くありませんか? こういう話は本人達の意見や意思を尊重するものだと思いますが……』と述べ、問題ありだという意向を露にした。


 それを聞いていた美紗音も『そうですね、小蓮様の仰る通りかと私も思います。美鶴さんの意思や美鶴さんの母様の意思を蔑ろにするのは、あまり誉められたものじゃないです。かくなる上は私の方から母様に掛け合ってですね……』と、段々鼻息やら語気やらが荒くなるかの様に意見を述べている。


 こういう意見を一通り聞いた那苗は、当事者である美鶴に意見を求める事とした。

 先の二人は、主に美鶴の意思を無視して話を進めていた大人達に対する不満を表明していたが、当の本人がどのように思っているか確認を取っておきたいと考えていた。

 美鶴がまだいづるらとの自由な暮らしを望むならば、帝から命じられた"美鶴の護衛役"という役目を維持しつつ、その点を踏まえて上申(上奏)する事も念頭に入れていた。

 那苗から話を振られた美鶴は、少しの間考え込んでいたが、その後つぎの様に発言したのだった……



『……確かに、かーさまや小蓮との旅の日々は私にとってはかけがえの無いモノです。ま、同時に色々面白可笑しい大変な日々でもあった訳ですが。』



 そう語った上で更に『しかし、旅には一応終着点というモノがある訳で、もしかしたら今日この時がその時なのかも知れませんね。だとすれば、私はその流れに身を委ねる……。それが今の私がなすべき事なのでしょうから。』と言いしめた。


 それを聞いた美紗音は表情に出す事こそしなかったが内心『……美鶴さん、随分と落ち着いた感じで語ってるなぁ。本当に同世代とは思えないよ。』と思っていたとか。


 他方、小蓮はというと『お嬢様……そこまで考えていたなんて。昨日までならこんな事を口に出すこと無かったでしょうに……。今日の僅か数時間で腹を括ったという事だとしたら、お嬢様が成長している事を意味するのでしょうが、同時にこれは嬉しいやら悲しいやらというモノですよぉ。』と、心の中で感慨に耽っていた。


 彼女らの反応を確認して、那苗は『どうやら美鶴嬢が学業に臨む事に関しては特に拒否する物では無さそうだ。この感じなら、すんなりと話が纏まるだろうな。』と思いつつ、次の様に発言した。



『とりあえず美鶴嬢が納得しているのならば、この話は納まるところに納まると思う。まあ、あとの細かい所は今話し合いをしている方々のほうでどうにかするでしょう。あとは流れに任せるのが良いかと。』



 那苗が畏まった風にそのように語ると、一同は軽く頷いて肯定の意を示した。

 そして程なく鈴鹿が一同を探しにやって来たのを見て、大人達の話し合いも終わった事を感じ取ったのであった……






 それから少しのち、全員が社務所を兼ねる今川家の客間に集まり、話し合いの結果を大人達を代表して美清が美鶴に告げていた。




「……という訳で、美鶴さんには美紗音と同じ学校に転入学する形で入って頂きます。併せて学校付属の学生寮に入寮する事になります。ここまではわかりますね?」


「はい。話の主な内容は理解しました。」


「よろしい反応と御返答です。さて、学生寮に入寮するに際して、寮の部屋は相部屋になるので私の娘である美紗音を部屋友……、横文字で言うところのルームメイトというモノでしょうか? 一緒に付けますね。」


「はい、わかり……え? 美紗音さんがご一緒なのですか?」


「母様!? それは初耳なのですが……」




 話の中で美鶴と相部屋になると聞かされて、美紗音は思わず声を発した。

 そして続けて『多少遠いとはいえ、自宅から登校しているのに急に入寮となると色々と準備とかあると……』と口に出したものの、この母親はやはり元・鬼の王であった。

 ニコニコ笑顔とは裏腹に、実の娘に言葉にならない威圧感を向け、それに曝された美紗音は敢えなく陥落したのか、彼女は小声で『わ、わかりました。学生寮に入寮します……』と言う羽目となってしまった。

(なお、この様子を目の当たりにしたいづるは『実の娘にもこの威圧感をぶつけるのかよ。相変わらずえげつないというか何というか……』と、内心で呆れ気味の独白を吐いていたとか。)


 そして他の面々に関して、その役割が与えられる事となる。

 那苗は美鶴の護衛役を与えられていた関係から、学生寮の守衛の仕事を兼務する事を命じられる。

 もっとも、それはあくまで美鶴の護衛役を前提とするモノであった。


 その話を聞き、いづるが『そこのちっこい兎人がそういう形の役割だと、守衛としての役割が疎かになるんじゃねぇの?』とツッコミを入れてきた。

 それに対して鈴鹿の口から『守衛は何も一人ではない。学生寮の庶務を担当する者は複数人いる訳だから、守衛とて那苗ひとりでやる必要は無いのだ。それに彼女には此方の神社の巫女の手伝いもやって貰わねばならんのでな。』という言葉が出てきた。


 サラッと語られた話を聞いて、美鶴は那苗の方を向きながら小声で『そんなに沢山の仕事を引き受けて大丈夫なのですか? もし疲れるならば、断っても良いと思うのですが……』と、心配混じりに話し掛けた。


 その問い掛けに那苗は『ご心配には及びませんよ。若い頃からこういった仕事の兼務には慣れてますので。』と、一言返答をして美鶴を納得させている。


 一方、いづると小蓮の二人に関しても何らかの仕事を与える事となるのだが……




「いづる様、私はどうなるのでしょうか? お嬢様の御世話を長年してきた訳ですが、学生寮に入られるとなると……」


「あ? 今まで通りで良いんじゃね? お前は美鶴の近くに居て、美鶴を見守る。ちっこい兎人のねーちゃん(那苗の事。なお彼女の方がいづるよりは年長者である)と役割が被る部分はあるだろうが、今まで一人でやってた事を二人でやる分、負担は軽減されるだろ?」


「確かにそうかも知れませんが、那苗様は見た感じ只者ではないみたいで、私が足手まといにならないか心配になります。」


「あ~、人生経験の差って奴か? そこは、そうだな……、お前が兎ねぇの弟子にでもなるつもりで行動を共にすれば万事解決ってヤツだ。」


「はぁ、そういうモノなのでしょうか?」




 二人がこんな会話をしていたのを那苗が聞き逃す訳も無く、彼女は即座にいづるに対して『そこの稲荷人を弟子みたいな感じで私の手元に置くのは構わないが、ひとつだけ不快なのは私の事を"兎ねぇ"呼ばわりした事だな。稲荷人は真面目そうだからそういう呼び方はしないだろうが、そっちのガサツ女に"兎ねぇ"呼ばわりされる謂れは今のところ無いと思うぞ?』と、暗に不満を滲ませつつ抗議の意を示している。


 その発言に対し、いづるはと言うと『別にいいじゃん。アンタ少なくともアタシよりは年上みたいだし、兎ねぇ呼びでも問題無いって。今後はアタシなりに敬意を払うつもりだぜ?』と答え、那苗や他の数人を呆れさせていた。






 この後、小蓮も学生寮にて庶務の仕事をやりつつ、美鶴を見守る役割を担う事が決まる。

 庶務というが、わかりやすい例だと学生寮の屋内外の清掃や見廻りなどらしい。

 ここには守衛の仕事も含まれている訳で、那苗のやる事を見よう見まねでなぞる形となる。

 また案の定、今川家が管理している神社の巫女の見習いも併せてやる事も決まってしまう。

 此方に関しては小蓮の都合が付けば……という条件であったが。


 そして、最後はいづるに関してなのだが……




「さっきの話の再確認になるけど、アタシも基本的には美鶴の見守りが(おも)って感じか?」


「まあ、そうなるな。もっとも東雲が手枷足枷を付けたくらいで黙って従うとも思えんが。」


「おい鹿野郎、まるでアタシを手足の生えた特別天然危険物みたいに見てるだろ?」


「何だ、今さら気づいたのか? 東雲、お前はもう少し自分が周囲に与える影響を考えた方が良いぞ? 貴様の一挙一動でこの世界の未来を左右できるだけの影響力があるのだからな。」


「おおっ? アタシってそんなに影響力あったかぁ?」


「あるに決まってるだろ、このとんちんかん! 例えばお前の旅先での出費、一体誰が立て替えてると思ってるんだ!」


「あ~……"帝のねーちゃん"か?」


「はぁ、お前なぁ……。解っているなら少しは自重する事を学んだ方が良いぞ。やんごとなき御方の懐をアテにするとか、"三千世界"広しと言えどもお前くらいなモノだぞ!」


「別にいいじゃねえかよ。ねーちゃんが『旅先で何か困ったら、遠慮なく私を頼ってね。』って、わざわざ話をしていたんだし……」


「だからといってアテにし過ぎにも程があるだろ。ここに来る途中でも、汽動車に牽引された客車の天井に穴を開けたのだろう? その修理代金が畏れ多くも帝の私費から出ることについて少しは良心の呵責を持って貰いたいモノなんだが……」




 ……と、いづると鈴鹿の間で何度目かの言葉のドッジボールが繰り広げられたのだが、話が終わりそうに無かった事から美清が割って入った事で一応鎮まる事となった。

 なお、この間、会話の内容を理解していた美鶴や小蓮らは、苦笑いやら気恥ずかしさやらが入り混じった反応をしていたという。


 結局、いづるの役割に関しては美鶴との距離を置く形での見守りを主軸としたモノに落ち着く事となる。

 これまで保護者としてある意味"過保護"な部分があったが、今後は美鶴を信じつつ温かく見守ろうという姿勢に移行する事が決まったのだった。

 そしてもう一つ、いづる自身の行動に関しては自由裁量を認めつつ極力佐世保から離れない事を求め、いづる側もそれをさも当たり前の様に承知したのであった。


 このいづるの反応を見た伊鈴は『昔のこの子なら、「アタシの手足に枷をつけるのかっ!」って啖呵を切って反発してたハズなんだけどねぇ。……やはり"碧月の帝"が予想した通りの感じに収まったって事なのかねぇ。』と、心の中で呟いていた。


 また、伊鈴の隣に座っていたポン神様ことサーナも『ほぅ、いづるが斯様な約定に従うとはな。以前のこ奴ならば不満を吐いて暴れたとしてもおかしくは無かっただろうに。暫く見ぬ内に色々と角が取れて丸くなったかの?』と、伊鈴と似たような感想を持ったとか。






 そして時刻は夕方となり、美鶴の転入学などの手続きに必要な時間が一週間少々掛かる見込みであるという話を以て一連の話が終わった事から、その間いづるらは伊鈴が住む山奥の家に宿泊する事となった。

 もっとも、いづるにとっては佐世保在住時代の自宅でもあったので、十数年ぶりの帰宅でもあったという。


 しかし、ここで美鶴は『かーさまの実家……というのでしょうか? そこに行くにしても、今からだと時間が掛かって夜遅くに到着するのでは?』と、突拍子も無い常識的な発言をしてしまう。


 それを聞いたサーナが『案ずるな美鶴よ。我が力を以てすれば距離という"常識も概念"も無意味ぞ。』と語りつつ、自身が立つ場所の前方の空間に向けて軽く右手を振ってみせた。

 すると次の瞬間、その空間に見えない壁があり、その壁が裂けたかの様に切れ間が現れ、その幅が拡大していく……




「こ、これは一体!? かーさまはこれはご存知ですか?」


「ん? ああ、アタシはよく知ってるぜ。ってか、美鶴が見るのは初めてか? ……あ、他にも初めて見るって顔をしてる奴が何人かいるみたいだが。」




 いづるがそう言った事から美鶴が周囲を見渡すと、確かに美紗音や那苗、小蓮らがひどく驚いた表情を浮かべていた。

 特に美紗音は即座に母親の美清に対して先ほどの自分と同じ様な事を訊ねていたようである。

 そして那苗や小蓮に至っては……




「こ、これって空間と空間を繋げている門の様なモノなのでしょうか?」


「稲荷人、それを私に聞くな。私も見るのは初めてなんだ……。むしろお前の主人の方が色々知ってそうだぞ?」


「え? ……確かにいづる様、全く驚いてませんね。それに先々代と先代と当代の水の鬼の王の方々も、まるで当たり前のモノを見てるかの様な態度をしてる。」


「鬼の王の面々、胆がすわり過ぎだろうに……。それにしてもあの底の知れないちっこい奴、長命種みたいだが改めて何者なんだ? 私が知る限りあんな奴見たこと無いんだが。」


「え? 那苗様も見たこと無い方なんですか? あの小さな方は。」


「ああ、兎人兵として長らく長命種の方々に仕えた経験があるにはあるが、あんなちっこい奴は見た事が無いんだよ。お前の主人はどうやら見知ってるみたいだが……」




 ……最後にそう語りつつ、那苗は改めてサーナの方へと視線を向けていた。

 どうやら世の中には稲荷人も兎人族も知らない代物がゴロゴロ転がっている。

 そう思わない訳にはいかない二人であった……






 さて、空間の切れ間が拡大し、その切れ間の向こうの風景が見えてきた。

 そこに見えた風景を見て、いづるは『うわっ、相変わらずのあばら家だなぁ~』と呟き、その呟きが聞こえたのか伊鈴が『あばら家で悪かったねぇ。アンタ、そのあばら家で暮らしていた事を忘れた訳じゃ無いだろうね?』と言い返している。


 するといづるは『はっ、忘れてねぇよ。忘れられる訳ねぇじゃんか。』と、多少バツが悪いとか気恥ずかしさとかが入り混じった返答をしたのであった。


 さて、出来上がった空間の切れ間……門と形容するが、その門から見える風景が屋外であった事から、それに気づいた小蓮が慌てて社務所の玄関に置いてる自分たちの履物を取りに行き、程無くいづる関係者一同が門へと入る事となるのであるが……




「あら~、よくよく考えたらウチで夕食を食べてからで良かったような。」


「母様、今になってそれを言うのですか!?」


「僭越ですが御先代、夕食に関しては我々の分しか作っておりません。新規に数人分追加で作るのは時間的に……」


「あらあら、そうなの? それは残念ね。」




 今川家一同のこんなやり取りを見聞きして、伊鈴が『案ずるには及ばないさね。此方に来る前にあたしの方で夕食を用意しているからさ』と語ると、今川家側はとりあえずホッと胸を撫で下ろしたという。


 そして、いづる一行が開けられた門を通って伊鈴が暮らす"あばら家"へと向かうのだが、別れ際に美紗音は小蓮に対して『次にお会いする時はもう少し多めに時間を作ってお話しましょう。』と話し掛ける。

 それに対して小蓮の方も基本的に承知するのだが、その際に"美鶴を通した上で"という付帯条件を出している。


 それを聞いて美紗音はちょっと残念そうな反応を示したものの、今後の事を考えれば美鶴との付き合いは避けられないので、その条件を概ね飲む事となったのは言うまでもない。


 いづる一行が門の向こう側に移った後、空間の切れ間が急速に萎み遂には何事も無かったかの様にそれが消えた。

 何も無い空間を見つめていた美紗音はすぐに美清に促される形で社務所を兼ねている自宅の自室へと向かう。

 そして娘の姿が視界から消えたのを見届けた美清に対し、鈴鹿の口から『御先代、これから色々と動き出しそうですね。』という言葉が漏れてきた。

 それを聞き、美清は『そうね、ここ数年いづるさんにも内緒で準備してきた事がやっと動き出すわね。』と語り、更にこう付け加えている。



『美鶴さんに人並みの"学生生活"を過ごして貰うという傍目から見れば当たり前の事だけど……彼女にとっては新たな立場で、人との交わりを行うという貴重な経験をね。』



 それを聞き、鈴鹿も肯定の意を示し、側で片膝をついて二人の話を聞いていた那苗も気持ちを新たに自らに課せられた役目を全うする事を心の中で誓うのであった……






 ー 後編につづく ー

 


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