万引き少女を助けたら学年一の美少女だった件
「あれ、マヨネーズが…無い」
夕食を作る為に冷蔵庫を覗いて、思わず一人呟いた。
仕方が無いので財布を持って近くのコンビニへと歩いて向かった。
高校に入ってから、一人暮らしを始めて二年目になる。
普段は健康に気を使いながら、ちゃんと自炊をしている。
真夏の夜中、やっと気温が30度を下回るくらいの時間帯。
まだ深夜ではないが、珍しく車のない駐車場。
灯りに虫が群がっていた。
ただマヨネーズを買いに来ただけのつもりが、今日はコンビニに来て棚に並ぶパンを見てしまった。
これから自分で面倒な夕食を作るよりも、眼の前にある雑炊パンのほうが美味しいのだろう、残念ながら今日の夕飯は決まってしまった。
人の居ないレジ。
奥に店員が居ないかコッソリと覗き込もうとした時、入口から怒号が聞こえてきた。
「君商品盗ったな、早く出しなさい!」
こんな事実際に有るんだな。
なんて思いながらそっちを見ると、学制服を着た少女が項垂れていた。
その制服には見覚えがある。
何故なら、俺が通っている学校の女子制服だったから。
それに、少女の特徴的なプラチナブロンドの髪と美人なハーフ顔、スレンダーなスタイル。
入学当初から未だに話題の絶えない美少女。
名前は月城美琴。
クラスこそ違うものの、話題は俺の耳にもよく届いていたので名前は知っている。
店員さんは真面目に仕事をしてるだけだが、その光景はあまり見ていたい物では無かった。
パンの一つや二つ、万引きする奴も珍しい。
それはそうと、何で入口でやってるんだ?
出入りの邪魔になっていることに気付いてない。
まあ人も居ないし、奥に引っ込んで親呼んで…なんて事をするほど事態を大きくしたくないのだろう。
俺はそんな状況を見て思わず、ため息を漏らした。
二人に近付いて、店員さんに千円札を差し出した。
「払うんで、もういいでしょ」
割って入ると、店員は俺を睨みつけた。
でも、やはりこれ以上の騒ぎになるのは店員さんから見ても面倒の様だ。
特に突っかかることはせずに対応してくれた。
ふと、隣で静かにしていた月城さんに小さく袖を引かれる。
「あ…あの…」
「ん、どうした?」
「………いや…」
何か言いたげな表情をしているが、手を引っ込めた。
店員さんからお釣りを受け取り、月城さんの手をとってコンビニを出た。
自宅近くの公園に行き、ベンチに腰を下ろす。
「ほら、これ」
月城さんが盗ったメロンパンを手渡すと、彼女は俺の隣に座った。
「……変わってるね、君」
「ん、そう?」
「普通、あの状況見て奢らないでしょ…」
「どうだろう…。はいこれも」
返事をしながら、月城さんにカフェオレを差し出した。
「…えっと?」
「ん、パン食べる時って飲み物欲しくならない?」
「いいの?」
「もう一つ買ったし」
レジ袋から取り出して2つ目を見せると月城はカフェオレを受け取った。
それからは何も話さず、しばらくしてパンを食べを終えた。
スマホを取り出すと、時刻は21時を回っていた。
「それで、月城さんは帰らなくていいのか?」
そう聞くと、キョトンとした表情で聞き返してきた。
「…私、名前言ったっけ?」
「同じ高校の同級生だから。二年生で月城美琴を知らない奴は居ないと思うけど」
「そっか…。君の名前は?」
「如月隼」
「…知らないなぁ」
「クラス違うし知らなくて当然。それより帰らなくて良いのかって」
再度聞き直すと、月城さんは暗い表情で呟いた。
「んー…帰りたく無いんだよね…」
「親と喧嘩でもしたのか?」
「大体、そんな感じ」
「へえ…」
そうはいっても、ずっとここに居る訳にも行かないだろう。
「あのさ、如月君は家族と暮らしてるの?」
「いや、高校入ってからは一人暮らし。その方が都合が良くてな」
「そっか。じゃあ君の家泊まっていい?」
「……え?いや、何を言ってんの?」
一体どこのどいつがほぼ初対面の女子高生を家に上げるんだ…ろう。
…いや、こういう美少女は大抵の男が家に入れそうだ。
その後どうなるかも…簡単に想像がつく。
「何しても良いから…さ?」
そういう事も…込みで言ってる様だ。
家に帰りたく無い、というのも相当な感情らしい。
俺は深くため息を吐いてからベンチを立った。
「…泊まるのは良いけど、部屋荒らすなよ」
「あ、やっぱりヤル気?」
「ヤらねーよ。できれば帰ってほしい」
「じゃあ、何で泊めてくれるの?」
「…親の近くに居たく無い時期があるのは分かるから…」
俺がそう言うと、月城さんもそれからは特に何も言わずに俺のそばに着いてきた。
それからだけ少し歩く。
「…マンション?」
「そうだけど」
「一人暮らしでマンションって大丈夫なの?家賃とか…?」
「契約自体は親だし仕送りもあるよ。ほぼ使ってないけど…」
月城さんは不思議そうに首を傾げたが、俺は気にせず部屋に向かった。
「ただいま」
誰も居ない自宅の玄関で呟くと、後ろから小さく「お邪魔します」と続いた。
「…広いね…ってか、男の子の一人暮らしってもっとグチャっとしてると思ってた」
「だから荒らすなって言っただろ?」
「荒らせる程、物もないじゃん」
「掃除が苦手だから物を少なくしてるんだよ」
「ふーん…納得」
リビングにはテーブルと椅子、TVとソファ。
水回りの物も必要最低限。出来るだけ清潔に保っているし、土日は基本掃除か仕事。
「それじゃあ、お風呂借りていい?」
「良いけど…服はどうする気?」
「もちろん、君の借りるよ?」
「いや、もちろんじゃないだろ。サイズ合わないし、そもそも下着とかどうする気だよ?」
「私さー…ブラ付けてもスカスカなんだよね」
そう言って無い胸を張る。
あまり主張することでもないだろうに。
貧乳を否定する気はない。
けど、俺が言いたいのはそうじゃない…のは分かってて言ってるのだろう。
「…好きにしてくれ」
「じゃあTシャツと短パン借りるよ〜」
そう言って俺の寝室から服を持って風呂場に向かった。
好きにしろとは言ったが、こう自由に歩かれると不思議な気持ちになる。
「自覚があるんだか無いんだか…」
家に帰りたく無い…と言っていた。
事情は知らないし、聞く気も無いが…まあ、明日には帰ってくれる事を祈ろう。
どうしてかどっと疲れが襲って来たのでソファに座ると、いつの間にか置いてあった月城さんのスマホが鳴った。
通知が来た連絡の欄には、「お母さん」と表示されている。
「…親の心子知らず、それは逆も同じか」
きっと大変なんだろう、彼女もその親。
ふと、寝室のパソコンが付けっぱなしだった事を思い出した。
元々コンビニに行く予定は無かったし、こんなに遅くなるとも思って無かった。
寝室…部屋の隅にはL字型のデスクとゲーミングチェアが置いてある。
すぐ近くにはにはベッドとタンス、クローゼットが並んでいる。
パソコンの画面には終わったばかりの配信画面。
それと水着の美少女が描かれている。
世間からは神絵師と呼ばれる様になり、仕事量も増えた。
一方で美術学部とかがある学校には行かなかった。
高校に入った時点でイラストの依頼を貰う様になっていたから、単純に時間的余裕がある高校に行きたかった。
校則がゆるく、部活も強制では無く偏差値も平均的で近場。
実家を出ることにはなったが、遠い訳でもない。
絵描きの配信をしながら雑談したりして。
まあ、今の環境にも馴染んできた頃だった。
「これ、如月君が書いたの?」
「うおっ…!?ビックリした…」
突然後ろから声をかけられて、ビクッと心臓がはねた。
振り向くと、濡れた髪にタオルを巻いた月城さんが立っていた。
黒い無地のTシャツと同じ様に黒い短パン。
何故、抵抗もなく着てられるのか分からない。
「え?ごめん。あっそうだドライヤーある?」
「脱衣室の棚に無かったか?」
「見てくる」
慌ただしく部屋を出ていった。
彼女が部屋に戻ってくる前にしばらく付けっぱなしだったパソコンの電源を落とす。
後で色々聞かれても面倒だけど。
「…俺も風呂入るか…」
着替えを持って部屋を出ると、脱衣室から月城さんが出てくる。
「如月君も入るの?」
「そりゃ入るだろ…」
「女の子先に入れて何する気かな〜?」
「…何が?」
「えっ…?」
何を言っているのだろうかこいつは?
風呂場で風呂入る以外に何をしろと言うんだろうな?
「えっと〜…何でも無い、テレビ見てるね」
「ああ…うん」
脱衣室に入ると、近くの洗濯カゴにパステルカラーのショーツが入っている。
まさか自分の部屋でこんな状況を目にする事になるなんて思っても見なかった。
恋愛経験の無い男子高校生の一人暮らしの部屋。
こんな光景があって良いものだろうか。
「…羞恥と遠慮を知らないのか?」
カゴに入っているということは「洗え」って事?
いいや、後で聞けば。
シャワーを浴びてから体を洗う為にボディタオルを持ってからふと疑問に思った。
「…あいつ普通に使ったのか?」
シャンプーもボディソープも、ボディタオルも。
だとしたら少し使うのに躊躇いが生じる。
潔癖という訳では無いが。
「ヤバイ奴…って泊めてる俺も相当か…」
それにしても、こんなに独り言が多い日も珍しい。
それもこれも月城さんが俺を振り回すせいなんだけど。
それからしばらくしてリビングに戻ると…一体何が有ったのか、月城さんが静かにソファの上で体育座りをしていた。
「テレビ見てるね」とか言っていたくせにはテレビ点いて無かった。
「…どうした?」
「……ん……」
隣に座ると、俺の膝に頭を乗せてきた。
いわゆる膝枕の体勢になったが、本当にどうしたのだろう?
この体勢からすることとしたら何か。
何となく思い付いたので優しく頭を撫でる。
もし相手が彼女とかだったらこういうスキンシップは良いんだろうけどな。
月城さんは何も言わずに瞼を閉じた。
「…おい、寝る気か?」
「うん…まだ寝ないよ。ただ落ち着くなって思って…」
「それ寝る寸前だろ」
「そうやって話してくれれば寝ないって」
「あっ…そう。月城さんはここで寝るか、それともベッドで寝るかどっちがいい?」
「ん…。一緒にベッドで寝るのはダメかな」
「はぁ…良くそんな事に平然と言えるよな。つーか、この真夏にそれは暑いだろ」
「…そう言えばもうすぐだね、夏休み」
「ああ…確かに。ってか話逸らすなよ」
「良いじゃん、一緒に寝ようよ」
「お前、今日だけで俺に心を許し過ぎだろ…」
「……ふふ…うん、そうかもね。家族と居るより落ち着いてると思うよ。私お母さんに膝枕なんてしてもらった事無いもん…」
「そりゃ、高校入ってそんな事しないだろ」
「そうじゃなくて、人生で一度も無いなって話。 多分、如月君が初めてかな」
そう言いながら月城さんは俺の膝の上で仰向けになった。
撫でていた手を除けると、月城が瞼を上げた。
吸い込まれる様な青い瞳と目が合う。
俺は自然と感想を漏らした。
「…綺麗な目だよな」
「そうかな…?」
「ハーフだっけ」
「お母さんが…ね。私はクオーターっていうのかな?」
「クオーターか。だとしたらかなり珍しいよな、その目とか髪は…」
「顔は日本人。だから余計に変でしょ?上に兄が二人と姉が一人居るけど、皆普通に純日本人って感じなんだ。だからとは言わないけど…。兄妹の仲でもハブられてるって言うかさ、そういう節はあって。小中学校でも結構イジメられたよ」
「そっか…。苦労してるんだな」
「ううん、そうでもないよ。慣れてるから」
それは慣れて良い物ではない気がする。
それに「慣れてる」という言葉が出るくらい長い間経験しているのも。
可哀想という言葉を使うのは失礼だろうか。
「…でも、この目を綺麗って言われたのは初めてな気がするな。ちゃんと人に見せたことって無かったし」
「…その目の色とか…嫌なのか?」
「私も普通だったらな…とは何回も思ったよ?髪を染めようと思ったこともあったけど…普通に校則違反だし。カラコンもね…学生だとダメだから」
現代社会において、髪や目の色で差別する様な人は殆ど居ないだろう。
でも…小中学生の頃ではそういった理解も浅い。
今は違くても、昔から長々とそんな事を言われていれば自己肯定を高めるのは難しい事なんだろう。
「でも、高校入ってからは流石に無いだろ?」
「ん……。私、高校入って後悔してるんだ」
「何でまた?」
「私の場合さ、共学でも女子校でも…まあ当然のようにイジメられるんだよね。特に女子校って酷いらしいし」
「偏見だな…」
「…偏見かな?まあ、イジメは今も結構多いよ」
「多いの?聞いたことないけどな」
「カースト上位の女共が、男子に気付かれる様にやるわけないじゃん」
「あっそう…なんだ」
「まあ、私もどれくらいされてるのかちゃんと分かってる訳じゃ無いんだよね。さっきも言ったけど…なんか慣れちゃってるからさ。けどまあ女子のイジメは陰険だよ〜」
「お前も女子だろ」
「ほら私って、特別感あるじゃん。顔もカワイイからさ。自然と男の子から寄ってくるんだよ」
特別感がある事も、顔が可愛い事も否定はしない。
当然モテるんだろうなとも思う。
夢見る男子高校生の理想に近しい美少女であることは紛れもない事実だから。
ただ、自分で言うのは少し違うと思う。
自己肯定感が低い訳では無さそうな反面、ただ客観的に事実を並べてるだけにも見える。
「やっぱりそのせいでイジメの標的になる事は多いよ。何かを阻止したいんだろうねー…」
「…それ、誰かに相談しようとは思わなかったのか?」
「イジメなんて所詮は子供の悪ふざけだもん。親も先生も本気で取り合う事はしないよ。大事にならない限りは、だけど」
「大事になれば場合によってはテレビとかニュース行きだもんな」
「でもさ、大事になるって事は、大抵イジメは終わってるってことだと思うんだよね」
「………自殺とかか…」
「うん。私も何回か考えたなぁ。今はもうそんな気は無いけどね」
「…立ち直ったとかそういう事?」
「ちゃんと立ち直ったのは今日。なんなら今、慰めてくれる人が出来たから」
そう言って自然な笑み浮かべた。
あざとさも無く、純粋に嬉しそうな思わず釣られる様な、可愛らしい笑顔。
誰に向けられた笑顔なのかが分かると、少し顔が熱くなって思わず目を反らした。
「俺に慰めろって?」
「他に誰が居るの?」
「彼氏でもつくれば?モテるんだろ?」
「……その答えはいじわるだよ…」
彼氏なんてまた作ったら作ったで、何かしらの標的にされるんだろう。
日常を縛られるなんて大変な事されてるんだと思うと…嫌気がさす。
今の何となく、ふわふわした俺の感情は同情なのだろうか?
少し間を置くと、月城さんは俺の手を取って自分の額に置いた。また撫でろって事だろうか?
「如月君は、ここまで色々聞いてくれるのに…何で帰りたくないのかは聞かないんだね」
「…別に、聞く必要無いと思ってるから」
「…じゃあ…私が聴いてほしいって言ったら?」
「その時は聴くよ」
「じゃあ、聞いてほしいな」
「…いいよ。話して」
月城さんは一呼吸置くと、ゆっくり語り始めた。
「さっきさ…自殺しようとしてたんだ。色々辛くなってきて…もうどうなっても良いけど、ここにだけは居たくないって思っちゃって」
「もしかして俺、さっき地雷踏んだ…?」
「ううん、言ったでしょ?君のお陰で立ち直ったって。本当に…全部どうでも良くなってさ。でも死にたいとは思っても、お腹は空くんだよね」
「それでメロンパンかよ」
「好きなわけじゃ無いけどね、ただ目についたってだけ。それに、君の家に来たのも…何されてもいいかなって本当に思ってたから。どうせ、後で死ぬんならしたことない経験をしても良いかなって」
「……それはどう反応するのが正解?」
「反応しなくても良いよ。そう、さっき『相談しようとは思わなかったのか』って聞いてくれたよね…」
「もしかして、相談したのか?」
「うん。全然聞き入れて貰えなかったけどね。お母さんはそもそも聴いてくれなかったし、先生は『うちの学校にイジメは無い』の一点張りだし」
話しているうちに、月城さんの声は今にも泣き出しそうに震えていた。
「それなのに、自分の意見は無理矢理にでも通そうとするんだ…。っ…何で…こう、親って身勝手なんだろうね。…別に私は産まれたいとか、産んでほしいなんて頼んでない…のに。物心ついた頃からずっと辛い事しか知らなかった。いっそ産まれてこなければ良かったって…何回も思った」
月城さんの頬を伝う涙を拭ぐってあげると、少し恥ずかしそうに笑った。
月城さんが言っている状況や現象。
確か「ネグレクト」と言った物だろう。
彼女はイジメによる身体的、精神的な傷を負い、親や先生、周囲からも心理的な虐待を受けていた。
それは彼女の両親や周囲が意図的に起こした物ではなく、時間と共に起きてしまったもの。
外見的な特徴はその一端に過ぎず、結局のところ原因は積み重ね。
幼少期から表面上、気付きにくい。
周囲の誰も気付かないくらいの軽度の虐待が続いた結果。
溜まりに溜まった物が溢れ出しただけ。
人間に限らず、あらゆる生物のどこにでも、ネグレクトというのは存在している現象らしい。
ただ、それで自ら死に向かおうとする生き物は人間だけだろうな。
「けどさ、君と話して…ちょっと落ち着いたんだ。…んっ。多分、真正面から私の事を受け入れてくれたのが…如月君だけだからかな…」
「……気付いてないだけで、俺だけって訳じゃ無いんじゃないか?」
「ん…そうだとしても、私にとっては君だけ。家族よりもよっぽど特別だよ」
「…そう言われて悪い気はしないけどな…」
呟くと、月城さんは小さく欠伸をした。
泣き疲れて眠気が来たんだろう。
「そろそろ…寝るか」
「うん…」
「ベッドは使って良いから…」
「ダメ、一緒に寝るよ」
「いや、おい…」
月城さんは強引に俺の引っ張って寝室に入った。
俺を引っ張りながら倒れ込む様にしてベッドに横になると、抱き付きながら俺の胸に顔を埋める。
「…月城さん…?」
「………すぅ…」
「……寝付くの早いな…」
やっぱり泣き疲れてたのか。
精神的にも辛かったんだろう。
ただ、彼女の感情は伝わった。
月城さんが俺を特別だと思って居るのであれば、その間は彼女の側に居てあげよう。
そう思いながら、俺も瞼を閉じた。
◇◇◇
ほんの少しだけ、違和感を覚えて目を開けた。
カーテン越しでも伝わる陽の光を感じながらぼやける視界。
普段は無い感触と温もり。
目のピントが合うと、正面にはプラチナブロンドの髪。
可愛らしい寝顔の美少女が居た。
頭は冷静、状況は理解出来ている。
特に理由も無く、美少女の頭を撫でる。
「…こう見ると、本当に可愛いんだけどな…」
無意識的に呟く。
ふと月城さんの瞼が開き、青い瞳と目があった。
すると月城さんは顔を近付けてくると、柔らかい唇が俺の唇と触れ合った。
ほんの数秒のフレンチキス、それだけで俺は完全にフリーズした。
「おはよ、隼君」
「……えっ…?」
「…おはよう」
「お、おはよう…」
俺の返事に満足したように笑みを浮かべた。
甘える様に足を、手を握って指を絡めてくる…まるで恋人の様に。
「あの…月城さん…?」
「…美琴…って呼んでほしいな…」
「…大丈夫か?」
流石にどこかおかしい。
昨夜と比べても、明らかに異変が多い。
少なくとも、昨日はここまで甘えて来なかった。
……いや、かなり甘えられた気がするな。
「…可愛いって言ってくれたじゃん」
「聞いてたのかよ…」
「ふふっ…隼君〜…」
胸に顔を埋める様に抱き着いてくる。
うれしそうな笑顔と純粋な好意を向けてくる。
昨日までとは違う。
感情というものが一日でここまで変化する物だったとは知らなかった。
そう言えば、彼女にとって俺は特別な存在らしい。
自分という人間を認めてくれた、側にいることを許してくれた存在。
言ってしまえば、自分の居場所。
居ていい場所、辛いときに帰ってこれる場所。
俺にそんな感情を抱いている様に感じた。
チラッと時計を見ると、時刻は7:15。
土曜日。
高校は休みで、俺も月城さんも部活はやってない。
「月城さんは…」
「美琴、でしょ?」
「……美琴…は今日はどうする気?」
「ここに居ちゃだめ?」
「…親に連絡は?」
「……まだ、してないよ」
「あんまり口出しする気はないけど、美琴はそのままで良いのか?」
「…あの……さ」
「うん」
「一緒に……家に来てほしいな…なんて」
「……結局、泊めたのは俺だもんな…。分かった」
俺が体を起こすと、美琴も一緒に起きて俺にもたれ掛かる。
まさか、ここまで甘えられる程に好かれる事になるとは思ってなかった。
俺が思っていた以上に、彼女は精神的に追い詰められていたんだな。
「……服、どうしよ…」
「あっ確かに。その服俺のだったな…そう言えば」
どうしたもんかな。
こればっかりは仕方ない。
「美琴の家に行く前に服だけ買いに行こう、その時は制服来てな」
「うん、そうする」
そんな感じで、俺は苦労するであろう新しい一日に踏み出したのだった。
◇◇◇
朝食を食べて外出の準備を整える。
それから美琴の服を買いに行って、その後で彼女の家に向かった。
「ここだよ、私の…『美琴!!』えっ…?」
家の前につくと…乱暴な手付きでドアが開き、一人の女性が出てきた。
ブロンド髪のハーフ顔の美人な女性だ。
俺のことは目に入ってないらしく、美琴の目の前に立ち止まるなり、バチッ!と勢いよく彼女の頬を叩いた。
俺は思わず、返しでもう一度叩こうとした女性の手を掴んだ。
「ちょっ…!何やってんだよアンタ!」
「なに、誰よあなた?」
「美琴の彼氏だけど!」
咄嗟にそう言った。
美琴は俯いたまま、彼女の母親は鼻で笑うと流暢な日本語で話す。
「彼氏?何を言ってるの。認める訳無いでしょ?」
「アンタなんかに認められたくないな」
一日帰って来なかった、朝になってやっと帰ってきた自分の娘に対して、はじめにやることがビンタ。
これが本当に母親のやる事か?
どう考えてもそうはならないだろう。
俺は普段ならば絶対に芽生え無いような激情にかられていた。
俺は睨みつけてくる毒親を無視して、美琴の傍に寄った。
「…大丈夫か?ったく…こんな奴の下で良くちゃんと育ったな」
「ちょっ…隼君…」
「貴方何様のつもりかしら?私の育て方に対して他人に口を出される筋合いは無いわ!」
「自分の子供をアクセサリー程度にしか思ってないアンタに、子供の育て方なんか口出ししても無駄だろ」
優秀な子供は自分が育てた。
自分が育てたから優秀だ。
自分の子供であれば、こうでなければならないというこだわりを、思想を持っているんだろう。
こういう相手には話をするだけ、時間の無駄。
良案では無いが、現状維持よりはマシな筈。
取り敢えずは眼の前に居る愚親をどうにかすれば良い。
「美琴、必要な荷物持って来い」
「えっ…?」
「しばらくはウチで生活しろ。こんな人の所に居たらまた何考えるか分からない」
「で、でも…」
「いいから」
「何を勝手な事を言ってるの!このグズ、私の言う事だけを聞きなさい!」
「…へ?」
その発言は子供に対してしていい物じゃ無いだろう。
ただ…美琴には悪いが、十分な発言は引き出せた。
いや、一般的な母親の延長線上に居るかも怪しい。
本当に度を越してる。
今の一言で、ある程度の背景は分かった。
取り敢えずこの人は警察に突き出せる。
周囲の家の人も聞いてる事だろう。
これは明確な虐待。
「大体…美琴!昨夜は何処に行ってたのよ!」
「美琴は俺の家に居させたんだよ、アンタ自分の娘を間接的に殺す事になってたんだぞ?」
俺の言葉で何があったのか少しは察したのだろう、また美琴に寄ろうとしたので、俺は彼女を隠す様に前に出た。
「…邪魔しないで頂戴!なんなのよアナタ!」
「こっちの台詞だよ、なんなんだアンタ?娘の異変にも気付かない、帰って来たら罵声浴びせて思い通りに行かなきゃ叩くって…美琴の事なんだと思ってんだ」
ネグレクトだとは思ってけど…それだけじゃ無い様だ。
少なくともこの人は、自分の娘は殴ろうが罵詈雑言を浴びせようが最終的には思い通りに動くと思っている。
何もかも強制させる気でいる。
もしかしたら、美琴の兄弟姉妹も被害にあっているのかも知れない。
「取り敢えず、美琴の事は放って置いてくれ。アンタの所に居させると悪影響しかない」
「ああそう、勝手にしなさい!そして二度と帰って来ないで!!」
美琴の母親はヒステリックに叫び、家に戻って行った。乱暴な手付きでドアを閉めると…物に当たっているのか、家の中からガシャガシャと物音が聞こえた。
美琴は物音に体を震わせて、涙目で俺の腕にしがみついている。
優しく抱き寄せて、その場を後にした。
◆◆◆
自宅、部屋に入るなり俺は美琴を優しく抱き締めた。
「えっ隼君!?」
「ごめん、無理に帰らせて。こんな状態だったとは思わなかった。もう少し考えてから行動したほうが良かったよな。普通に考えて家出とか自殺を考えるレベルなら虐待があってもおかしくないし…」
「隼君が謝ることじゃ…」
「この家は自由に出入りして良い。美琴が安心して居られる場所にするから」
ゆっくり離れると、美琴の顔は耳まで赤く染まっていた。
「…それ、ほぼ…告白してる…よね」
さっき咄嗟に彼氏だとも言ってしまった。
この際俺にとっても彼女にとっても良いかも知れない。
「…俺で良いなら、いくらでも支えるよ。彼氏として、美琴の事を傍で支えたい」
「隼君…」
「今は、同情とか一時の感情に流されてるだけかも知れない。美琴への興味を無くす時が来るかも知れない。だからその時は…」
俺は一息ついて、笑みを浮かべた。
「俺が一生離したくないって思える様な笑顔で居てくれ。今朝、見せてくれたみたいに」
◆◆◆
side 〜月城美琴〜
隼君の家に帰る道を歩いている間、彼は腕に抱きついていた私の頭を撫で続けてくれた。
まさか…私のためにそんなに怒ってくれるとは思って無かった。
私を守る為に体を張って、咄嗟に彼氏とまで言った。
思い出すと顔が熱くなる。
母のことはただ、ひたすらに恐怖の対象だと思っていた。
でも、隼君が傍に居ると…とても心強くて、守られていると強く感じた。
丸一日にも満たない付き合いの中、私は彼に…他の誰にも感じたことのない胸の高鳴りを感じている。
心が私に言っていた。
今、握っているこの手は離しちゃいけない。
彼への気持ちを曲げちゃいけない…と。
こんな私でも、彼なら見てくれる。
誰よりも……愛してくれる。
「…美琴?」
突然、隼君が私の顔を覗いた。
「な、なに?」
「ウチ着いたけど…大丈夫か?」
私が考え込んでいる様に見えた様だ。
心配そうな表情で私を見ていた。
「うん、大丈夫……」
部屋に戻ると、隼君に突然抱き締められた。
「えっ隼君!?」
「ごめん、無理に帰らせて。こんな状態だったとは思わなかった。もう少し考えてから行動したほうが良かったよな。普通に考えて家出とか自殺を考えるレベルなら虐待があってもおかしくないし…」
「隼君が謝ることじゃ…」
「この家は自由に出入りして良い。美琴が安心して居られる場所にするから」
そんな事を言い出した。
ここに居ても良いと言ってくれるのは居心地がいいからとても嬉しい。
ただそれ以上に、次の言葉に困惑した。
「…それ、ほぼ…告白してる…よね…」
言いながら顔が熱くなるのを感じた。
真剣な眼差しで隼君は私の手を優しく握った。
「…俺で良いなら、いくらでも支えるよ。彼氏として、美琴の事を傍で支えたい」
「隼君…」
「今は、同情とか一時の感情に流されてるだけかも知れない。美琴への興味を無くす時が来るかも知れない。だからその時は………。俺が一生離したくないって思える様な笑顔で居てくれ。今朝、見せてくれたみたいにさ」
恋人として、私を支えたい。
そう言ってくれた。
今朝の事。
私は、隼君に「可愛い」なんて言われて、思わずキスをした。
彼は…私の笑顔を見て、離したくないと感じたと。
つまりはそう言っている。
考えれば考える程恥ずかしくて、ただそれ以上に嬉しくて。
今朝の様に…いや、今朝以上に衝動が止められ無くて。
互いの心の奥底に触れ合い、深く、柔らかく、求め合う様な口付けをした。
◆◆◆
「…明日から夏休みに入りますが、羽目を外し過ぎない様に。学生の身であることを理解し、節度を持って過ごす事…。以上」
終業式が終わり、ホームルームも終わり。
高校ニ年生の夏休み…となると、マトモに遊べるのも最後になるだろう。
三年になれば大学受験やら就職活動やらで遊ぶ暇なんか無くなる。
俺は将来の事は殆ど決まっている様な物だけど…まあ、世間的には例外だろう。
それに、今日は一つ決めている事があった。
荷物を持って教室を出ると…一人の少女が別のクラスから走ってくる。
「隼君!」
周りの目なんか気にせずに飛び込んでくるのは…名前を月城美琴と言う。
入学当初から未だに話題の絶え無い美少女。
現在は俺の恋人。
俺達の関係は夏休みまで、周囲に知られたくない…なんて、美琴が言い出したんだけとな。
帰るまで我慢できなかった様で…周りに見せつける様に抱きついて来た。
「…人目は気にするんじゃ無かったのかよ?」
「学校早く終わるって考えたら我慢できなかった」
テヘっと舌を出すその仕草は美少女だから許されるんだろうな。
俺はため息を吐いて、軽く美琴の頭を撫でてやった。
実は隠れファンが多いボッチ上級者と校内トップクラスの美少女が肩を並べて帰宅する光景を呆然と眺める同級生達。
美樹は校門前まで歩くと、少し声のトーンを上げた。
「ねえねえ、明日デートしようよ!二人でナイトプールとか行かない!16歳でも入れる所!」
それからも美琴は学校から離れるまでは少し大きめの声でカップルだとアピールし続けた。
「…お前、あからさまに声デカくしたな…」
「だって、ぱぱっと噂が広まってくれた方が楽でしょ…?夏休み明けに告白とか面倒だし」
「モテると大変だな」
「知らないの?隼君もファン多いんだよ?」
「なにそれ初耳。俺、高校じゃ友達居ないし…」
「隼君ってさ、意外と自覚無いよね」
「何のだよ?」
「んー…教えない」
そういう美琴はとても可愛らしい笑顔だった。
あの日、俺が言った様に。
この笑顔は俺にしか向けられない。
美琴が一度は失いかけたその表情を、俺は守り続けたいと思っている。
「ねえねえ、隼君」
「ん?」
「メロンパン買って帰ろうよ、あとカフェオレとか」
「良いよ。じゃあ、コンビニ行くか」