バラードが始まる前に…
__怪獣ってなにでできているの?
__有機化合物と精神的高揚。そしてすてきなものいっぱい。
怪獣。
それは少女と巨影の姿を併せ持ち、星から星へ銀河を旅して自己進化の道を探求する奇跡の生命体。
彼女たちは時に恋をし、時に愛を唄い、そして時に全てを喰らい尽くしながら宇宙に混沌をもたらしていました。
これはそんな怪獣の中でも一匹の…とある困った怪獣から始まる物語。
戦い、傷つき、疲れ果て、“地球”と言う惑星に流れ着いた彼女はあろうことか下等生物に__
◆
__緊急怪獣警報です ただちに防衛軍の指示に従い避難してください
けたたましいサイレン音と伴って無機質なアナウンスが日曜の繁華街に鳴り響く。
“ソレら”は隣接する山間部より突如その姿を現した。
「か、怪獣だ!!五体もいるぞ!!」
異変に気づいた誰かが声を上げる。それに釣られるように街の人々に悲鳴と混乱が伝播していった。
山を突き破るほどの巨影が五つ。いずれも全く同じ姿形をしている。
トカゲのような鋭い頭部、流線を描く体躯に大槍のような尻尾、そして大地をがっしりと掴む強靭な後脚。
その姿は概ね、太古の時代この地球に君臨していた“恐竜“のものだった。__その規格外の巨躯を除いて。
『ヒャッハー!!“人間ビュッフェ”だぁ!!!』
『ギャハハハ!!こんな辺境の星でまさか餌場にありつけるたぁなぁ!!!』
巨影は互いに人間には聞き取れない波長で言葉を交わしながら、都市への進撃を始める。
木々が踏み倒される異様な轟音と巨体からは想像のつかない速度で迫るその姿が民衆のパニックをさらに加速させた。
怪獣。そう呼称されるこの巨大生物は数年前より幾度となく地球に姿を現し、そのたびに人類に壊滅的な被害をもたらしていた。
◆
一方その頃。ビルの屋上を凄まじい速さで飛び移りながら怪獣の発生地点に向かう一人の女の姿があった。
金色の髪とポップな服装を身にまといつつ、賢人のように凛々しく大海のように逞しいその女は全力疾走でビル群を飛び越えていく。
やがて女は怪獣たちを一概に目視可能な高層ビルの屋上で足を止めた。
五体の怪獣たちは既に街に侵入し、逃げ惑う人々を嘲笑うかのようにじりじりと追い立てていた。
『ヒャァ!!もう我慢できねぇ!!!』
そのうちの一体が鋭利に伸びた一本爪を振り翳し、逃げ遅れた集団に狙いをつける。
その光景を燃えるような瞳で睨みつけた女は何処からかチョコバーを取り出し、平手で剥き出しにすると__
「“弱肉強食”ッ!!」
叫ぶようにその言葉を発して齧り付いた。
瞬間、景色が赤色に染まり女は黒い影に覆われる。影の塊と化した“それ”は形を変え膨張しながら一瞬のうちに地上に降り立った。
赤く染まった背景が元の色を取り戻すと共に岩石のように荒々しいシルエットに変わり果てた巨影はその全貌を現す。
そこにいたのはもう一体の怪獣だった。
五体の怪獣よりも一回り大きいその怪獣は直立歩行の姿勢で周囲の全てを見下ろすように佇んでいた。
丸みを帯びつつ重厚な頭部に鋭く大きな眼、巨木のような後脚と比して異様に小ぶりの引き締められた細身の前脚、後頭部から後背部にまでかけて露出する背ビレのような突起物。そして、全身が真っ赤な外皮に覆われていた。
不意に赤の怪獣が地を蹴り、跳んだ。その足先が今まさに人間を刈り取らんとする一匹の顔面に直撃する。
『グァッ!!!?』
蹴り飛ばされる形となった長爪の怪獣は派手に宙を回転しながらビル群に突っ込んだ。
『何だ!?テメェ!!?』
他の怪獣たちも一斉に赤い怪獣を凝視し始める。
『チィッ…!アタイらより先に他のヤツが居やがったか……!!』
『ヒャハッ!関係ねぇ!!たかが一匹嬲り殺しにしてやんぜ!!!__ン?』
真っ先に先陣を切ろうとした一匹が違和感を感じて不意に視線を落とす。
違和感の源は地上の人間たちだった。赤い怪獣を見た途端その表情から恐怖心が消え去っている、それどころか希望を取り戻したように顔を輝かせていた。
「“タイヨウさま”…!“タイヨウさま”だ!!みんな!“タイヨウさま”が助けに来てくれたぞ!!早くあっちに逃げるんだ!!」
集団の一人がそう声を上げると、人間たちは一目散に赤い怪獣の方角へと走り出した。
『アァン…!?コイツはどういうことだ…!?』
『なんで人間どもがアイツのところに__まさか…“飼っている”のか…!?人間どもを…!?』
『……オイ!黙ってないでなんとか言えよババア!!』
赤い怪獣はただ静かに他の怪獣を睨みつけた後、しばらくしてからようやくその口を開いた。
『…よし。あそこまで離れれば安全ね。__ちょっとアンタたち!!』
ドスの効いたハスキーボイスが怪獣たちの“聴覚”に響き渡る。
その怪獣は周囲を威圧する素振りを見せながら人間たちの避難が完了するのを待っていた。
『ギャーギャー喧しいっての!!!アンタらみたいなのに四六時中構ってたら人を愛す暇だってありゃしないわよ!!!』
さっきまでの厳かな佇まいとは打って変わって赤い怪獣は物凄い剣幕で他の怪獣たちに詰め寄る。
『愛…?人を…?何言ってんだコイツ…??』
『あ…ああ!!アタイ、知ってる!コイツ“レッコ”だ__“親殺しのレッコ”だ!!』
『…“レッコ”?あの“怪獣同盟”を裏切ったっていう下級戦士か…!?』
『ヒャハハハ!!じゃあコイツを消せば褒美が貰えるってことじゃねえか!!』
『イイねェソレ!!さっさとぶっ殺してこの星ごと土産にしてやろうぜ!!__ヒャッハーッ!!!』
__ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!
五体の怪獣たちは一斉に吼えると頭頂部からモヒカンのように色とりどりの炎を噴出させた。さらに素早い身のこなしでフォーメーションを展開し、赤い怪獣を取り囲む。
自分よりも大きな敵には脳を同期させて寸分違わない連携で獲物を仕留める、それが戦闘というより狩猟に特化した怪獣たちのスタイルだった。
『死ねッ!!』
正面に陣取った怪獣が唸り声と共に派手に飛びかかった。それと同時に、背後に構えた怪獣が気配を消しながら接近し一本爪で赤い怪獣の首元を狙う。
正面からの大振りの攻撃を敢えて躱させ、その隙に背後からの一撃で致命傷を与えるという算段である。
しかし、赤い怪獣__“レッコ”は右腕の掌で正面から来る攻撃を受け止めた。
一本爪が掌に深々と突き刺さる。
レッコはそのダメージをものともせず、それどころかそのまま拳を固めた。
『ギッ!?』
異様な感覚を覚えた長爪の怪獣は咄嗟に爪を引き抜こうとする__が、抜けない。
飛びかかったはずの怪獣がいつのまにか片腕で持ち上げられる形になっていた。
__ブンッ!
鈍い音と共に掴まれた怪獣が残像と化す。
次の瞬間、その怪獣は背後に迫っていた怪獣と激突した。
レッコが刺された右手を怪獣ごと振りかぶったのだ。気配を消したつもりで近づく背後の怪獣へ向けて。
『アギャッ!!』
骨が軋む音と共に二体の怪獣が吹っ飛ぶ。
乱暴に爪が引き抜かれたレッコの右手からは流血が見られたが、流れ出た血は蒸発するように白い気体を放ち、たちまちに傷口を塞いでしまった。
『まったく、舐められたものね。__アタシを倒したければまどろっこしいこと抜きで死ぬ気でかかってきなさい!!!』
雷鳴のような音と共に大気が轟く。レッコが天に向かって咆哮したのだ。
『ク…クソがっ…!!オイ!テメエら!!こいつにアタイらを怒らせるとどうなるか教えてやれ!!!』
一瞬、気圧されるようにあとずさった怪獣たちもすぐに威勢を取り戻し、再度フォーメーションを組み直す。今度は縦一直線の陣形。後方の怪獣たちを死角で隠し、奇襲する作戦だった。
『シャアッ!!』
先頭の怪獣がすれ違いざまにレッコを斬りつける。レッコは浅く斬られながらも最小限の動きでそれを躱した。
続いて二撃、三撃と後続の怪獣たちが強襲を仕掛ける。いずれもレッコは巨体に似つかわない繊細な軸移動でこれらを受けきった。
そして四撃目__レッコはこれまでと違って大きく身体を逸らし攻撃を避ける。完全に回避したのも束の間、レッコはバランスを崩したように倒れかけた。
『貰ったァッ!!』
五体目の怪獣が一撃で勝負を決めようと大きく跳び上がる。次の瞬間__
『グァッ!!?』
レッコの牙が怪獣の首元を捕らえていた。
レッコは敢えて隙を見せることで大振りな動きを誘ったのだ。
五体目の怪獣はそのまま宙吊りにされるように咥えられたまま高い位置に掲げられた。
高熱を帯びたレッコの牙が怪獣の厚い外皮を最も容易く貫き、頸椎まで達する。
『ギアアアア!!おッお前たち!!見てないで助けろ!!たすけ……!』
__ゴキッ!!
何かが折れる音と共にレッコに咥えられた怪獣は叫ぶことももがくこともやめた。
怪獣は死体を残さない。既に事切れた怪獣の肉体はレッコの口の中で爆発した。
爆炎を物ともせずレッコはゆっくりと残りの怪獣へ向けて歩き始める。
『チッ…!あの役立たずが…!!怯むな!!たかが一匹だ!!』
怪獣たちも攻撃の手を強めた。
追撃、追撃、追撃、どれもレッコの喉元へは至らない。
全て両腕、尻尾、頭蓋に阻まれ、それどころか地面や建物に打ち付けられることで逆にダメージを受けている。
『クソッ!なんで届かねえ!たかが下級戦士一匹に…!!』
『おい!こうなったらアレをやるぞ!星ごとダメになるかもしれねえが関係ねえ!!』
『ヒャッハー!!派手にやるぜ!!』
四体の怪獣たちは攻撃をすっぱり切り上げるとレッコから距離を取り、扇状に並んだ。
一斉に息を深く吸い込み胸部を妖しく光らせる。
『『『『灼け死ね!!!』』』』
大気が燃え盛る。怪獣たちの口から放射された四色の炎が直線状にレッコに命中する。
怪獣には人間が観測できる物理法則など通用しない。四体の怪獣から放たれた炎はものの数時間で地球全体に延焼し、全てを消し炭にするまで消えることはない。そういうものだった。
その炎を受けてさえ、レッコは平然とそこに立っていた。
『温いッ!!』
__シュポーーーーッ!!
業火を受けながら、レッコは背ビレの付け根から蒸気のように白い気体を放つ。全身に纏う赤色は、太陽のように光を帯び始めていた。
そして、炎の先にいる怪獣をしっかり見据えながらその口が開かれた。
『ガッ…ハッ…ギアアアア!?』
レッコの口から放射された光の吐息が炎を突き破って怪獣の一匹を粉砕した。
放射烈線__それはレッコが体内で異次元に蓄えた水分を自身の生成する特殊な原子と反応させることで発生するエネルギーであり、口部から放たれるそれは当たったもの全てを《融解》や《崩壊》の過程をすっ飛ばして《消滅》させる正真正銘の破壊光線である。
『ギィィィィ!!!?』
『ア゛ア゛ア゛ア゛!!?』
レッコはそのまま首を振り回して残りの怪獣たちを光線で薙ぎ払った。怪獣たちは建物ごと両断されるように光線を浴び、次々と爆散する。
やがて災害のような光線は途切れ、レッコと半身を失った残りの一匹だけがそこに居た。
『ヒャハ……ヒャハハ…!なんで…なんで下級戦士ごときがこれほどまでの力を……?』
一匹は息を絶えさせながらレッコに問いかける。
『……そう。アンタには理解できないでしょうけど教えてあげるわ。』
レッコが地面に這いつくばる怪獣の頭上に足を上げる。
『アタシは《人類》に“恋”をした!!』
その言葉を最後にレッコはとどめの一撃を振り下ろした。
__数刻後。
怪獣たちの戦いによって破壊されたはずの街を一人の女が軽やかな足取りで歩いていた。
街は最後の怪獣の爆発と共に何事もなかったように修復され、人っ子一人いない街道を金髪の女__“レッコ”は鼻歌で『怪獣のバラード』を口ずさみながら去っていった。
◆
むかしむかし、ちょっとだけむかし。
戦い、傷つき、疲れ果て、“地球”と言う惑星に流れ着いた怪獣がいました。
見知らぬ世界、孤独にうちひしがれた彼女は雨の中、とある青年の歌に救われ__
あろうことか人間に恋をしてしまったのです!