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百虫少女  作者: ホロウ・シカエルボク
復讐
8/56

2

翌日、午前中にチェックアウトをして、そばにあったレストランでブランチを済ませた千佳は繁華街と思しき場所へと向かった。そうして周辺をきょろきょろと見回し、メイン通りを見下ろすのにちょうど良さそうな、二階にバルコニーのようなスペースを設けたカフェかバーのような店の跡があるビルを見つけた。入口まで歩いて行ったが、そのビルにはもう入居者はなく、入口は封鎖されていた。

「今日からしばらくこのビルに住むことになるわね。」

お風呂はどうするの?とラインが割と真剣な調子で聞く。お風呂代くらいあるわ、と、千佳は苦笑する。

ビルの裏口に回れないかとあたりを散策してみると、小さな飲み屋が軒を連ねた、長屋のような路地に出た。まだ昼間とあって開いている店はなく、そしてほとんどの店はもう、営業を止めているようだった。その路地の中ほどが、ちょうど目的のビルの真裏になった。千佳はあたりを見渡して人目がないのを確認すると、バッタのようにぴょんと大きく跳躍して、次の瞬間にはそのビルの屋上に立っていた。

「あなた、もう使いこなしてるわね。」

あんまり練習する必要、ないみたい。と、千佳。

「こうしたいって思うと勝手に身体が動く。」

「もう同化しているんだわ。あなたの本能になっているのね。」

「どうですか、博士?」

「経過は上々である。」

二人は笑って、景色の中に消えた。「擬態」である。そしてゴキブリのように壁をかさかさと伝い、バルコニーへとたどり着いた。千佳は試しにそこから見下ろしてみた。人の通りはまだまばらだった。その、ひとりひとりの表情ははっきりと見て取ることが出来た。夜になって、あちこちの店が明るいネオンを灯せば、もっとよく見ることが出来るだろう。

「なんだか私、視力良くなったみたい?」

トンボの目よ、とラインが言う。

「ここから知った顔を見つけるなんて造作もないことよ。」

便利、と千佳はにこにこした。


じゃあ、夜までのんびりしますか、と千佳は言い、大きなガラス窓の隙間をするりと抜けて、店の中へと滑り込んだ。無人になってまだ日が浅いらしく、綺麗なものだった。

「寝泊まりには申し分ないわね。」

銭湯行こうよ、とラインが言う。お風呂代があるうちに生活を整えないとラインがヘソを曲げそうだ、と、千佳は苦笑した。



銭湯でサッパリしたあとは、洋服を何着か買った。コインランドリーを使えばしばらくはしのげるはずだ。そしてビルへ戻り、バルコニーから夜の街が眠りにつくまで人の通りを見下ろしていた。その日は収穫なしだったが、そうやってたくさんの人の蠢きを見下ろしているのはなんだか楽しかった。

「この人たち、なんでこんなに浮かれてるの?」

きっとなにも考えてないのよ、と千佳は答えた。ラインは思わずという感じでフフッと笑った。



目標の一人が姿を現したのは、張り込みを初めて三日目の夜のことだった。あの二人だ、と、千佳はラインに告げた。

「あの二人が私を担ぎ上げてあなたの前に落としたのよ。」

じゃあ、感謝しないと、とラインはふざけた。千佳は笑って、それから狙いを定め、二人の髪の毛に蜘蛛の糸を付けた。

「どうするの?」

「ちょっと…面白いこと思いついて。」

そう言いながら千佳は、二人の髪の毛に繋いだ糸をくいっと引いた。二人が頭を押さえ、同時に振りかえる。その一瞬だけ擬態を解いて、にやりと笑って見せた。二人の男は蒼褪め、あっという間に走り去っていった。

「これであっちから訪ねて来てくれるかもね。」

大胆なことするわね、と、ラインは呆れた。それから、千佳の心の中に渦巻いている激情を感じ取って、それ以上はなにも言わなかった。



一方、逃げ出した二人は、自分たちの住処である雑居ビルの近くで、死ぬほど走って乱れた息を整えていた。見たか、と、ナナフシのような男が言い、鼻の高いパグのような男が、小さく、何度も頷いた。

「絶対に見た。見間違いじゃない…この前の女だ。」

死んでたよな?とナナフシが念を押す。絶対に死んでた、とパグが絶望的な表情で言う。

「ずっと死んでたじゃないか。俺たちの後ろで…落とす時にはもう冷たくなっていたじゃないか…!」

声がでかい、とナナフシは注意して、あたりを見回す。二人の、尋常じゃない雰囲気に興味を持って見ていた数人が、そそくさと歩き出す。あのビルに行ってみよう、と、ナナフシが意を決して呟いた。嘘だろ?という顔をしてパグはナナフシの顔を見た。

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