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百虫少女  作者: ホロウ・シカエルボク
復讐
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1

その夜、街の明かりが届かない高さ、人間には目視出来ない程度の高さあたりを、ふわふわと飛ぶ千佳の姿があった。「丸い羽よりは長い羽のほうがいいと思う」とのラインの助言で、カミキリムシの羽を使うことになった。と言っても、背中に羽が生えてくるわけではなく、飛行はイメージによって成り立っているという感じだった。そのへんの感覚は、ラインにも上手く説明出来ることではないようだった。

「いや、これは…最高ね。」

ラインが返事をしないので、千佳は名を呼んでみた。ああ、とラインが答えた。

「昨日も言ったけど、あなたちょっと不思議な性格してるわよね。普通はもっと取り乱したりするもんじゃないの?」

あぁー、と千佳は長い相槌を打った。

「言いたいことはわかるわ。」

それから千佳は一度、自分の向かう方向を確かめて、改めて話し始めた。

「私ねえ、いつもなんだか、自分が自分じゃないみたいな、そんな気がしてたのよね。どこに居ても、なにをしてても。友達と遊んでても、勉強してても、学校に居ても、家に居ても。幽体離脱して、そんな暮らしをしてる自分を不思議そうに見てるみたいな、そんな人生だったのよ。」

「…それは昔から?」

んー、と千佳は少し考え、そうね、と肯定した。

「前に母さんが言ってたわ。なにかこう…ここにはないものを見てる感じがする、って。私それを聞いて、バレてる、って焦ったのよ。」

千佳は懐かしむような口調でそう言った。それは無自覚にではあったが、千佳がこれまでの人生が終わったことをすでに消化している証でもあった。ラインは内心、そんな千佳を凄いと思った。

「拉致されて、殴られたり…いろいろされてるときも、ああ、醜いなぁ、ってぼんやり考えてただけだった。とにかく醜かったわ。欲望とか、見栄とか、そういうものに踊らされてる人間って、本当に醜いのよね。こいつつまんねえ、って、何回も言われたわ。余計なお世話だっていうのよ、ねえ?」

そうね、とラインは笑いながら答えた。

「でもね、私、凄く楽しいのよね、いま。」

そんな気分を表現するように少し身体を揺らすように飛びながら、千佳はそう言った。

「どうしてかわからないんだけど、凄く楽しいの。いま初めて生きる場所を見つけたみたいな、そんな気がしてるのよ。」

ああ、と、ラインは思った。この子は私と同じなのだ。ほんの少し、違う何かを持って生まれ、そのせいで、ひたすら傍観を続けて、不思議な運命に脚を踏み入れた。ラインは、こういうのを人間は運命と呼ぶのだろうか、と。

「ライン?」

千佳が話しかけている。ああ、ごめん、とラインは詫びる。

「結構考え込むタチなのね?」

まあね、とライン。

「研究所育ちの蜘蛛なもので。」

あはは、と千佳は笑った。


目的の街に着いたのは三時間ほどあとのことだった。夜だというのに明るい街で、降りる場所を選ぶのに苦労した。

「地方都市、ってところかな。」

これからどうするの、とライン。

「とりあえず今夜はどこかに泊まって、のんびりお風呂に入りましょう。」

賛成、とラインは食い気味に言う。


千佳の選んだ服は研究所の人間が着ていたものに負けず劣らずシンプルな味気ないデザインで、それが千佳の年齢を少しわかり辛くしていた。童顔の二十歳、と言えば言える、そんな感じだった。千佳自身は特に意識していたわけではないのだが、ホテルのフロントに怪しまれずに部屋を取るには、そんな装いは非常に役に立った。捜索願とか出されていたら少し困ることも出てくるかもしれない、と千佳はエレベーターで部屋に向かいながらそんなことを考えた。まあ、自分の能力をもってすれば、仮に保護されそうになっても逃げることは難しくないだろう。そう考えてひとまずは安心した。



「なんとかして早めに復讐を遂げるべきね。」

ラインも同じことを考えていたようだ。バスタブに身体を沈めて、少し湯を堪能してからそんなことを話しかけてきた。うん、と千佳も同意した。

「時間が経つほど難しくなる。バイト代だってそう何日もはもたないし。」

「手掛かりは?この街というだけ?」

あるようなないような…、と千佳。

「繁華街からあまり遠くないところにある、雑居ビル。彼らは数人でそこに住んでいるみたい。喫茶店とか、そういう店の話を幾つかしていたから、そんなものを辿っていくことになるわね。」

「それって…まともな仕事をしている人たちじゃないんじゃないの。」

多分ね、と千佳は無意識に自分の指先を見ながら答えた。

「アニキ、とか、そういう存在がいるみたい。なんとか組とかじゃなくて、その子会社みたいな…組が買ってる不良みたいな、そういう人たちなんだと思う。」

じゃあ繁華街を見張ってみればいいわね、とライン。千佳も頷く。

「いやいや、しかし…面白くなってきたじゃない。」

ラインは浮かれた調子でそう言った。楽しんでるのは私だけじゃないらしい、と千佳は思った。


でも油断は禁物だ、と千佳は気を引き締めた。探している間に向こうに先に見つけられたら、面増臭いことになる。

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