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百虫少女  作者: ホロウ・シカエルボク
死後の息吹
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6

それまで自分が住んでいた街から二駅ほど歩き、千佳は量販店で安い服を一揃い買った。それから銭湯を探し、丁寧に身体を洗い、昨日の汚れを落とした。この身体はもう生きてはいないのだわ。全身を泡で包みながらそんなことを考えた。ラインは空気を読んで沈黙していた。まだ午後の早い時間で、他に客は居なかった。ありがたい、と、千佳はのんびりと湯船で身体を伸ばした。

「お風呂ってなかなかに気持ちのいいものね。」

「蜘蛛はお風呂に入らないものね~。」

「これはあなたに感謝だわ。どうにかしてお風呂のある部屋に住みたいものだわ。」


もちろん、これは会話のスタイルをとってはいるが、実際に口に出しているわけではない。千佳の頭の中で、念話的に行われているのである。


お風呂ねぇ…と、千佳は考えた。そう、復讐を終えたあとも、私たちにはまだまだやることがある。浮浪者のように廃墟に住んでもいいけれど、どうしたって目立ってしまうだろう。普通の人のように仕事を見つけて、住処を確保した方がいい…。ねえ、と千佳はラインに話しかける。

「外見の印象を少し変えたりとか、出来るかしら?」

うーん、とラインは考え込んだ。

「いわば擬態だからね。出来るかもしれない。でも出来るとは言い切れない。」

「かなり必要になると思うのよね、この先。」

そうね…とライン。

「一段落したら試してみたほうがいいかもね。復讐するまでは今のままで行くんでしょ?」

わかってるじゃない、と千佳は笑いながら言う。

「それが醍醐味ってもんよ。」


脱衣所に戻り、買ったばかりの服を着るとようやく気持ちが落ち着いた。これでひとまずは人間界に紛れ込める。あーら、綺麗になったわね、と、番台の老婆がにこやかに言う。

「入って来た時は野良犬みたいだったもんね。あたしは内心驚いてたんだよ、なにがあったんだろうって。」

山で軽く遭難しかけたんですよ、と千佳は明るく返した。大変だったねえ、と老婆は返す。

「スマホとかあっても遭難するものなのね。」

そうですよ、と千佳。

「私もびっくりしました。てんで役に立たないんだもの。電波まるで入らなくて。」

油断は禁物ってやつだね、と老婆。まったく、と千佳。


番台の老婆に駅の場所を教えてもらい、銭湯を出た。駅は歩いて十分ほどということだった。そんなに大きな街ではないらしい。都会と都会の間。駅のついでに出来たみたいな小さな街だ。駅には簡単に着くことが出来た。路線図で確認してみると目的の街もすぐに見つかった。

「じゃあ、夜になったら向かいましょうか。」

「電車に乗らないの?」

「空、飛んでみたいからね。」

「なるほどね。人は飛べない生きものだものね。」

「蜘蛛だってそうじゃない。」

「蜘蛛は飛ぶわよ―羽はないけどね。糸を使って風に乗って、ちょっと飛んだり出来るのよ。」

へぇ、と、千佳は驚いた。

「知らなかった。」

そうだ、とライン。

「そのうちスパイダーマンやりましょうよ。摩天楼に糸を張って移動しまくるのよ。」

千佳は笑う。

「結構ミーハーなのね、あなた。」



千佳は夜までをのんびりと、初めて訪れた街で過ごした。喫茶店でコーヒーを飲んだり、商店街を歩いたりした。目的のない散歩は楽しかった。

「そうだ、スマホ…。」

鞄の中を漁り、スマホを取り出す。手帳タイプのケースを開くと、画面はものの見事に割られていた。

「あーあ。」

そう言いながら目についた不燃物の置場に投げ捨てる。

「いいの?」

「いいのよ。むしろ、壊されていてよかったわ。」

あの男たちは、GPSとかそういうものを警戒したのかもしれない。気づかなかったけれど、結構早い段階でそれは壊されていたのだろう。もしも壊されていなかったら?両親や友達からの、山ほどの着信やメールを目にすることになっただろう。そんなものを見てしまったら、復讐もなにもかも投げ出して家に帰りたくなってしまっていたかもしれない。


こんな気分はこれで終わりにしよう、と千佳は唇を引き結んだ。復讐が済んだらいままでの私を捨てよう。髪を伸ばして外見を変え、新しい名前を付けよう。なにか仕事を見つけて、新しい人生に飛び込もう。もうすぐ稜線に隠れる太陽を見ながら、千佳は改めてその覚悟を決めた。

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