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少女は少しの間、女郎蜘蛛の提案について考えてみたが、事実上それは二択ですらなかった。その話に乗らないのならこのまま死を迎えて、もしかしたら食われてしまうだけなのだ。それに、もしも本当に復讐を成し遂げることが出来るのなら、抵抗も出来ず好き放題されて殺された留飲も少しは下がるだろう。とはいっても、少女の中にあるのは、彼らに対する憎しみとかいうものではなかった。もしかしたらそれは、どこか他人事といってもいいような純粋な正義感から来るものだった。つまり、彼らはなにか報いを受けるべきだ、こんなことをしてのうのうと暮らしていくなんて、許されてはならないことだ、そういう気持ちだった。少女はもう、自分の死を消化していたのだ。
いいわ、と少女は答えた。正直な話、この奇妙な女郎蜘蛛とおまけの人生を生きるのは相当に楽しいだろうという予感がした。殺されてこの蜘蛛の目の前に滑り落ちたのも、もしかしたら運命だったのかもしれない。
「提案を受け入れてもらえて嬉しいわ。」
女郎蜘蛛は本当に嬉しそうにそう言った。
「それにしてもあなた、なかなか変わった子ね。」
そうかもしれない、と、少女は客観的な返答をした。
「話はあとにして…急がなくちゃ。少し、気持ち悪い思いをすると思うけど、我慢してね。」
女郎蜘蛛はゆっくりと壁を離れ、横たわる少女の方へとやって来た。たくさんの糸を使って彼女の上半身だけが起きるかたちを作り、放射状に糸をあちこちに繋いで固定した。それから一番前の脚で少女の口をこじ開け、少しずつ彼女の中へと潜り込んでいった。
(ねえ、あなたそこから全部入れるの?)
もちろんよ、と蜘蛛はクスクス笑った。
(私たちはね、どんなわずかな隙間でも、それがたとえ自分の身体よりもずっと小さなものでも、通り抜けることが出来るわよ。覚えておくといいわ。きっと復讐の役にも立つはずよ。)
知らなかった、と少女は正直に答えた。蜘蛛は楽しそうにまたクスクス笑った。
そして蜘蛛は、ごく当たり前のことのように、全身を少女の身体の中へと滑り込ませた。あれこれ調整するからちょっと待っててね、と、身体の中で声がした。
(そういうのってさ、やっぱり、配線を繋ぎ直すとか、そういう作業をするわけ?)
当たらずとも遠からず、って感じね、と、女郎蜘蛛は答えた。
(私が私の中に蓄積した遺伝子情報を持って、あなたの中に溶け込む、同化する、っていうふうに言った方がいいかな。魂が同じものになって、でも私とあなたのセクションは保たれていて、二人の意識はそれぞれ同時に稼働している。わかる?)
(マルチタスク、ってことかしら?)
蜘蛛はまたクスクス笑った。
(ねえ、やっぱりあなた、ちょっと変わってるわ。)
人の言葉を話す蜘蛛にそんなこと言われてもね、と、少女は返した。ごもっとも、と蜘蛛は相変わらず浮かれた声で答え、そこからは作業に集中した。
静かに、水の入ったバケツに絵具が落ちて溶けていくように、なにかが少女の身体の中でゆっくりと広がって行った。途切れていた回線が再び繋がれ、全身を懐かしい信号が駆け巡った。少女はまだじっとしていた。折れた首がまだ繋がっていない気がしたからだ。それに、切られた腱も。こういうのってもとに戻るのかしら、と少女は首を傾げた。ただでさえ信じがたい状況ではあるのだが、そのさなかにあってもそこまでの奇跡が起こるとは考えにくかった。でもそれはちゃんと起こった。
「お待たせ、動いていいわよ。」
蜘蛛の声も以前よりもずっとクリアに聞こえるようになっていた。ハンズフリーで会話をしているようなものだった。少女は一度、横になったまま伸びをして、それからゆっくりと立ち上がった。蜘蛛が何かしたのか、身体を支えていた糸はするすると解けて地面に落ちた。首を左右に曲げ、腕を片方ずつ回し、何度か足踏みをして、思い通りに動くことを確かめた。けれど感触があまりはっきりしなかった。軽くなったせいじゃない?と蜘蛛は言った。
「いまのあなたの身体の構造は、それまでとは全く違っているの。余分なものを省いて、本当に必要な機能だけを残したのよ。その方が同化しやすいからね。」
なるほど、と、少女は言った。
「とりあえず着るものを手に入れましょう。研究所の中に入って…廊下の右奥に研究員のロッカーがあるわ。その中に着られる服が残っているかも。」
待って、と少女は異を唱えた。
「何十年も前の服でしょ?綺麗に残っていたとしても着る事なんて出来ないんじゃない?」
なに、言ってるの、と、蜘蛛は答えた。
「私たち、糸なら無限に持っているのよ?」




