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第16話 事件の終わり

「……僕は小野市連続殺人事件の犯人、日岡瀬名だからだ」

 警察官の広野大和は、同じ警察署に所属する三木遼磨や恵比寿伸也と共に事件の捜査を行っていた。

 そんなある日、以前聞き込みを行った日岡瀬名が事件の証拠を掴んだとの連絡が来た。大和は彼に同行する形で神社に向かった……正確には、誘き出された。

「ほう、君が犯人か」

 助けの来ない場所で刃物を向けられ、大和は危機に陥った。

 しかし彼はどういうわけか、堪え切れずに笑い始めた。

「はははっ、面白いことを言うね君は! 殺人犯になるよりも俳優(アクター)を目指す方が向いているんじゃないか?」

「舐めているのか、君は」

殺されそうな状況になっているのに、この男は何を言っているのだろう。大和の言葉に腹を立てたのか、瀬名の鉈を握る力が強くなる。

「もう一度言おう、僕は君を消す。事件の解決はさせない」

 瀬名の言葉にも顔色一つ変えず、大和は片手で警棒を取り出した……もう片方の手には、隠しているが録音機を持っている。

「やってみなよ、セナ・ヒオカ」

それが始まりの合図だった。瀬名は大和に、鉈を振りかざして襲いかかった。

「はあっ!」

 だが、大和は警棒を使って鉈をいなし、力を分散させた。瀬名の体が一瞬よろめいたが、それでも諦めずに鉈を振り続ける。

「それじゃあ僕は殺せないよ?」

「うるさいっ!」

 大和は録音機を持っている手は一切使わず、瀬名の攻撃を防ぎ続けている。徐々に瀬名は焦り始めるが、そんな彼を嘲笑うように大和は後ろに回り込んで蹴りを加えた。

「ぐうっ……!」

 受け身を取ってすぐに立ち上がったが、完全に瀬名は大和に翻弄されている状態だった。

「絶対にここで殺してやる、あの警察官のようにな!」

「警察官……? ああ、あの人のことか」

 大和は数ヵ月程前、パトロール中に殺害された警察官のことを思い出していた。

「残念だけど君じゃあ無理(インポッシブル)だよ、もう時間切れだ」

 瀬名は首を傾げた。その直後、今まで風の音しか聞こえてこなかった神社に男の声が響き渡った。

「広野、どこにいるんだ!?」

 それは、大和を探していた恵比寿伸也の声だった。


「お前、まさか……」

 そう、大和は瀬名の姿が見えなくなった隙を見計らって、録音機を起動すると共に、伸也に連絡を取っていたのだった。

 瀬名は辺りを見回した、伸也に見つかるのは時間の問題だった。

「こんな所で捕まってたまるか!」

 仕方なく大和に背を向け、彼はもう一つの出入り口に向かって逃げ始めた。

 大和は録音機を切り、瀬名を……追いかけなかった。

「君の行く末には興味が無い。ただこれで、セナ・ヒオカが犯人である証拠ができた」

 大和は立ち尽くしたままそう呟き、伸也が来るのを待った。

「さあ、これからどう動く?」

「おーい、広野!」

 そしてようやく伸也が現れ、二人の警察官は合流することができた。

「刃物を持ったセナ・ヒオカに襲われた、もしかすると犯人はあいつかもしれない」

 大和が事情を説明すると、案の定伸也は大きく驚いた。

「何だって!?」

「セナ・ヒオカは南口の方から逃げている、急いで追いかけるよ!」

 そして大和はようやく、瀬名の後を追って走り始めた。伸也も突然のことに戸惑いながらそれに続く。


「以前、広野は日岡瀬名の家に事件の聞き込みに行ったんだよな!?」

 伸也は急いで走りながら、前にいる大和に話しかけた。

「そうさ、だからきっと狙われたんだろう!」

 しかし、この道は先程歩いてきたものよりも草木が生い茂っており、辺りが見えづらい夜では一層歩きにくくなっている。

 瀬名の姿も全く見えない、どこに行ったのだろうと伸也は疑問に思った。

「見えた、出口だ!」

 二人はようやく踏切前の出口に辿り着いたが、ここを通ったはずの瀬名の姿はやはりなかった。

 伸也は辺りを見回した。もしここにいないのなら、遠くに逃げられる前に早く追いかけないといけない。

「こっちにパトカーを停めてある、追うぞ」

「ラジャー……!」

 大和も瀬名を探すために、伸也と共にパトカーに乗った。

 そんな二人の様子を、陰から静かに見つめている人物がいた。

「こんな所で、捕まってたまるか……!」

 瀬名はパトカーが近くを通り過ぎたのを確認し、別の方向に逃げ始めた。

「早く、家に帰らないと」


「うーむ、いないね」

 夜道でしばらくパトカーを走らせたが、瀬名はどこにも見当たらなかった。ピンク色の軽自動車が通り過ぎた後に伸也は一旦車を停め、これからどうするか考えた。

「警察署への連絡も済ませておいた。取り敢えず彼の家に向かえば、何か分かるかもしれない」

 伸也はハンドルを握りながら、助手席に座っている大和に聞いた。

「そうか、じゃあそっちに向かおう」

 パトカーは方向を変え、瀬名の家に向かって走り出した。

「さて、上手く立ち回ってくれよ」

 大和は録音機を握った。どうにかして時間は稼いだが、彼には向こうの家がどうなっているのか全く分からない。

「しかし僕を呼び出して殺そうとするとはつれないね、せっかく助けてあげようと思ったのに」

 伸也に聞こえない声で大和は呟き、不敵な笑みを浮かべた。そう、彼は事件解決とは別の目的があった。

「しかし面白くなってきたじゃないか、ベイベー」

 こうして、事件は突如として大きな動きを見せることとなった。


「ん、何だ?」

 夜になり事務所の電気を消そうとした純は、何やら外の様子がおかしいことに気付いた。

「パトカー……!」

 詳しい様子は分からないのだが、パトカーが二台程事務所の前で停まっている。そこから警察官が出てきて、何やら話し合っている。

「うち……じゃないな、真澄さんの家か?」

 純は嫌な予感がした。まさか、真澄や瀬名が事件に巻き込まれたのかもしれない。

 野崎が殺害されてからまだ間もないのに、今度は何があったのだろうか。

「もしもし深山、俺だ!」

 携帯で紫音を呼びながら、純は事務所を出てパトカーの様子を見に行った。

 一方、パトカーから出てきた数名の警察官はインターホンを押して真澄の家のドアを軽く叩いた。

「警察の者です、どなたかいらっしゃいますか?」

 しばらくすると、足音が聞こえてきてドアがゆっくりと開けられた。

「はい、どうされましたか?」

 ドアの向こうから、真澄が困惑した顔で現れた。

 ちなみに今日の彼女は、黒いトップスに花柄の白いスカートを穿いていた。腰のあたりにはアクセントなのか黒いリボンが付いている。

「申し訳ございません、このような時間に。少々お聞きしたいのですが、日岡瀬名さんがどちらに行ったかご存じでしょうか?」

「えっと、瀬名は今出かけていますが……」

 警察官たちの雰囲気から、真澄も何か異常事態が起こったのではないかと感じた。彼女は声を震わせながら聞いた。

「瀬名に何かあったんですか、何か事件ですか?」

 警察官も言葉に迷った。瀬名が犯人だったと、言い出すことができなかった。

「あの、非常に申し上げにくいのですが……」

「待って下さい、一体これは何なんですか!?」

 困った表情で動けなくなる真澄を見かね、純が横から割って入った。しかし彼のことを知らない警察官たちは、突然現れた男を遠ざけようとする。

「関係者以外は離れて下さい……」

 その時、パトカーに乗っていた別の警察官がそれを制した。

「待って下さい、彼は関係者ですので!」

 それは先程瀬名を追いかけていた恵比寿伸也だった。この家に向かう途中、応援に来た警察官と合流していたのだった。

 純も少し遅れて彼の存在に気付き、手を振った。

「恵比寿さん……と、その隣にいる人は?」

「お初にお目にかかるねジェントルマン。僕は広野大和だ」

 そして、伸也の隣には大和が同乗していた。


彼はパトカーから降り、純と握手を交わした。

「探偵のジュン・アカイシだね、話は聞いているよ」

「ああ、どうも」

 何も分からないまま大和にお辞儀をする純だったが、すぐに正気に戻った。

「それで広野さん、どうしてこんな夜に大勢の警察官が押しかけているんですか?」

 真澄はどうやら無事のようだが、肝心の瀬名がどこにもいない。すると大和が状況を説明し始めた。

「少し前にセナ・ヒオカから連絡があった。連続殺人事件の犯人に繋がる証拠を見つけたと言って、僕を名指しで呼んだのさ」

純と真澄は目を丸くした。二人とも、そんなことは初耳だったのだ。大和はそんな彼らの反応を見ながら話を続ける。

「そしてセナと共に約束の場所に向かうと、彼に刃物を突き付けられた。彼は自身のことを、連続殺人事件の犯人だと名乗った」

 純は驚きで言葉を失った。だがそれ以上に驚いていたのは、彼の後ろにいた真澄だった。

「そんなわけありません、瀬名が犯人だなんて! きっと何かの間違いですよ、そうでしょう!?」

 大和は首を横に振った。伸也もかける言葉が見つからず頭を抱えた。

「残念ながら。僕はそこで殺されかけましたが、シンヤのお陰で助かりました。現在我々はセナの行方を追っています。もちろん……捕まえるためにね」

「そんな!」

 行方を追っている、そして見つければ捕まえる。大和の無情な言葉が、真澄の心をさらに追い詰めた。

「瀬名から直接話を聞かせて下さい、あの人は人を殺すようなことは絶対にしません! お願いですから、一度瀬名に合わせて下さい……!」

 最後は声が掠れてしまった。その時一人の警察官が無線を取り出し、何やら裏でやり取りを始めた。

「しかし日岡瀬名が見つからない以上、私たちでは何もできません。ここにもいないとなれば、一体どうすれば良いのか……」

 誰も瀬名の行方を知らないとなると、手当たり次第に探すしかないのだろうか。

 そんな時、先程まで連絡を取っていた警察官の一人が戻ってきた。

「待ってくれ! たった今、日岡瀬名が見つかったそうだ」

「本当か!?」

 伸也が事情を詳しく聞こうと近付く。純と真澄もそちらの方を向いた。

「ただ、首から血を流していて……」

 そこから先を警察官は離せなかった。その状況に耐えかねたのか、真澄が瀬名の安否を聞いた。

「瀬名はどこですか、ちゃんと生きてるんですよね!?」

 真澄も、そして純も警察官の言葉で瀬名の状態を察していた。もしかしたら、まさか。

「首から血を流して、亡くなっていたらしい……」

 信じたくなかった、瀬名が真実を話さずに死んでいったなんて。だが名も知らぬ警察官によって、衝撃の事実が告げられてしまった。

「そんな、どうして?」

 純が愕然とする中、真澄は俯いて何も言わなかった。もう、何かを追及する気力すら失われていたように。

「赤石さん!」

 そして、ようやく紫音が家の前に辿り着いた。が、抜け殻のようになった真澄や純を見て、彼女はただならぬ雰囲気を感じ取った。

「あか、いしさん……?」

 そこから何も言えなくなった紫音に向かって、純は僅かに口を開いた。

「日岡さんが遺体で見つかったらしい、たった今……」

「えっ?」

 直前にやり取りをしていた紫音にとっても、瀬名の死は信じ難いものだった。最後に見せてくれた笑顔が、もう戻ってこないだなんて。

「あれが、最後だったなんて……」

 紫音の言葉を瀬名は冗談のように受け止め、笑っていた。だが、彼女の悪い想像は現実になってしまった。

 純は悲しむ彼女に、もう一つの事実を伝える。

「それだけじゃない、日岡さんは刃物を持って警察官を襲ったんだ」

「それは……どういう?」

 純にも、まだ何がどうなっているのか分からなかった。

だがこれは夢じゃない。警察官が押しかけてきたのも、真実を伝えられて動揺する真澄の姿も、全部現実なのだ。だから、今の彼にはそれを受け入れることしかできない。

「瀬名は自分が犯人だって、連続殺人事件の犯人だってそう言ったんだよ……!」

 その瞬間、紫音は自分の周りの視界がぐらりと歪むような感覚がした。


「瀬名……そんな、嘘よ!」

 そして、瀬名は神社の近くにある森の中で発見された。

 話に合った通り、彼は血の付いた鉈を持っており、首から血を流した状態で倒れていた。警察の者たちが現場を取り囲む中、真澄は一歩離れた位置で彼の遺体を見ていた。

 そして、彼女は崩れ落ちてしまった。

「ううっ、瀬名、せなぁ! 目を開けてよ、いつもみたいにこっちを向いて笑ってよ、ねえお願いだから、目を覚ましてよぉ……!」

 真澄がここまで感情を露わにして泣き出すことは無かった。だからこそ、純にも紫音にも、その光景がより痛ましく見えた。

「まさか、犯人が日岡さんだったなんて」

 死んだ瀬名が黒いフードを被っていること、そして鉈を持っていること。それは間違いなく、彼が犯人であることを意味していた。

「俺も深山も、そして、警察の人も日岡さんが犯人だと見抜けなかった」

 犯人だと分かっていれば一人でも犠牲者が減っていたかもしれない、真澄もここまで悲しむことが無かったのかもしれない。

「う、うああっ……!」

「これは、最悪の結果だ」

 瀬名とあまり関わらなかったことを、純は今になって後悔した。でも、もしあの時に戻れたとして結果は変わっただろうか。

「日岡さんの、嘘つき……」

 紫音の言うとおりだった、彼は、とんでもない嘘を残して死んでいったのだ。純はそれを理解するのと共に、自分の無力さを痛感することとなった。

「最初から、こうするつもりだったのか?」

 瀬名は純の言葉に対して何も言わなかった。虚ろな目で、どこを見つめて居るのかもわからない。

「瀬名がいなくなったら、私何にもできないよぉ……!」

 真澄がそう叫んでも、返ってくる言葉は無かった。


「そうですか、犯人が……」

 純はその後、御影清良にも電話で事件の真相を伝えた。

「警察の見立てによると自殺ではないか、ということです。日岡さんが殺人事件を起こした経緯については捜査中だと」

 瀬名の遺体が見つかってから一晩が明けたが、真澄はあれから家に籠って姿を見せない。心配だが、ここで下手に関わろうとすると余計に傷付けてしまうのではないかと純は怖かった。

「そうですか。日岡さんが犯人だということについては間違いありませんか?」

 おそらく向こうには伝わらなかったと思うが、純はしっかりと頷いた。

「録音機に音声が残っていました。あの人の声で、自分は犯人だと言っていました」

 大和との一部始終は録音されており、純たちもそれを聞いた。当然、真澄はそこでまた泣いてしまったことは言うまでもない。

「分かりました。川田製作所の一件についても、もう少しで解決できそうです」

 純は暖かいお茶を啜った。昨日の出来事がフラッシュバックしてきて、こうしないと気持ちが落ち着かない。

「何か手伝えることはありませんか?」

 事件が終わっても、まだ解決するべき依頼はある。そう思って純は聞いた。

「いえ、ここは私にお任せ下さい。川田との決着をつけたいのです。それに……」

 そこで清良は一旦黙り、しばらくしてから続けた。

「赤石さんも、無理していますよね?」

 純は驚いた。自分で無理をしているつもりは無かったのだが、野崎の死や瀬名の一件を受け、精神的な疲れが声に出ていたのかもしれない。

「お役に立てずすみません。でも、御影さんだけで大丈夫ですか?」

 純の質問に対して、清良はこれ以上無い程誇らしげな声で答えた。

「大丈夫ですよ、私は不死身ですので」

「不死身って……」

 あまりにも大げさ過ぎる表現に、純は堪え切れずに笑ってしまった。

「後は決定的な証拠を見つけて捕まえるだけです、問題など起こるはずが無いでしょう」

「まあ、それはそうですけど」

 清良の前向きな姿勢に、純も少しだけ元気づけられた。そこからしばらくやり取りをした後、純は電話を切った。

「ん?」

 そして何気なく受話器を置こうとした時……清良と通話をしている最中に、一件の着信が来ていたことに純は気付いた。

「真澄、さん」

 その着信は、どういうわけか真澄からのものだった。


「うーん、何かおかしい気がする……」

 一方、紫音は自室で昨日起きた事件について状況を整理していた。

「まず広野さんは以前日岡さんの家に行って取り調べを受けた。広野さんが呼び出されたのは多分そのため」

 瀬名が犯行に及んだのは取り調べを受けた時に、自分の犯した罪がいずれ明らかになってしまうと思ったからだろうか。

「それが失敗したから自殺したってこと? でも何か不自然だなあ……」

 そもそも、瀬名は確か粟生ではなく神戸の方に住んでいたはずだ。だとすると、純が高校時代に起きた事件は今回のものとは違うということになる。

 ただ、少し前に起きた警察官殺害事件での映像が残っているが、その時の犯人のシルエットと、遺体で発見された瀬名の姿はよく似ていた。

「ああ、考えれば考える程分かんなくなってくるよ……!」

 きっと自分は、あの瀬名が殺人事件を起こしたという事実を受け止められないのだろう。だから、こんな風に彼が犯人じゃないと想像をして……

 すると、祖母の凛子がお菓子を持って部屋に入ってきた。

「紫音!」

「うわっ、おばあちゃん!?」

 前触れも無く現れた凛子に紫音は驚いた。ただ、これは彼女が考え事をしていて気付かなかったからかもしれない。

「悩んでる時は、これでも食べて元気出して」

 机の上に小さなお菓子が置かれた。ちょうど甘い物が欲しかったので、紫音は凛子に感謝した。

「ありがとう、助かったよ」

 凛子は笑顔で頷き、また静かに部屋を去っていった。


「真澄さん?」

 純は真澄の家の前に着き、インターホンを押して彼女を呼んだ。しばらく返答は無かったが、家の中から足音が聞こえてきた。

「ごめんね純、突然電話して」

 実は、二人は電話でこのようなやり取りをしていた。

純が電話をかけると、真澄はすぐに出てくれた。だが電話の声もどこか元気が無く、彼は心配になった。

「気にしなくて良い。何かあったのか?」

 近所に住んでいるからという理由もあるだろうが、彼女が電話をかけてきたのは珍しかった。

「突然だけど、今から家に来てくれないかな? 一人だと寂しいし、色々変なことを考えちゃうからさ」

 直接伝えることもできただろうが、きっと今の真澄は家から出ることが難しいのだろう。

「分かった、今から行く」

「ありがとう、それじゃあ待ってるね」

 そして今に至る。しばらく待っているとドアが開き、少々疲れた顔の真澄が出てきた。

「おはよう。ごめんね、朝から呼んじゃって」

 寝不足気味にも見える、昨晩の事件から寝付けなかったのだろう。

「そこは気にするなって言っただろ?」

 純はリビングに案内され、ソファーに腰を下ろして一休みをした。

 そういえば、最初ここに来た時は瀬名に色々と勘違いされて絡まれたような気がする。

「もういないんだな、あの人……」

 真澄に聞こえないように、純は一人でそう呟いた。

瀬名の死は純にとっても信じられないことだったが、少しずつ実感が湧き始め、そして悲しくなってきた。

「私さ、警察の人に色々聞かれたんだ。瀬名が犯人だったことを知らなかったのかとか、家の中に証拠は無いか、とかね」

 気付くと、真澄は純の向かいにあるソファーに座っていた。

「そんなこと言われたって、私には何にも分かんないよ……!」

 真澄は両手で顔を押さえて泣き始めた。純はすぐに立ち上がり、彼女の方に近付いた。

「瀬名が悪い人だって、殺人鬼だって私は知らなかった、分からなかったのよ! 私の中ではまだ瀬名は優しい人で、大切な人。でも時間が経つと、そんな優しかった瀬名がどんどん私から消えていくの……!」

 純は泣き続ける彼女の背中に触れ、優しく撫でた。

「瀬名が私の中から消えちゃったら、私はまた一人になる。それが今は一番嫌なの、辛いの、苦しいのよ!」

 大丈夫だ、そんなことは無い。純はそう断言できなかった。

 彼もそうだった。最初は瀬名が犯人だったことも死んだことも信じられなくて、何か悪い夢を見ているようだった。でも徐々に実感が湧いていき、現実になっていく。

「ねえ純君、私はこれからどうすれば良いのかな?」

 そして真澄は、涙で崩れた顔を純に向けた。その姿は非常に痛々しく、見ている純の方まで涙が出てしまいそうだった。

「……」

 でもそんな気持ちをぐっと堪え、純は泣いている真澄にこんな言葉をかけた。


「日岡さんはもう帰ってこない、あの人のしたことも取り返しがつかない。これはどう頑張っても覆せない現実だ。だから、俺たちはそれを受け止めて生きていかないといけない」

 現実から目を背けてはいけない。純はそう感じて、真澄に敢えて思っていることを素直に話した。

「俺も同じだよ。探偵として犯人を突き止められなかった、事件を止められなかった。だから、真澄さんと一緒に現実を受け止めて生きていく」

 一緒に。一人になることを何より恐れていた真澄にとって、その言葉は心の奥深くにまで突き刺さった。

「そう、私は一人じゃないのね。良かった、嬉しい」

 真澄にどう伝わるか不安だったが、どうやら落ち込んでいた彼女を励ますことができたようで、純も安心できた。

「ありがとう、純君」

 彼女は笑っていた。泣きながら、笑っていた。


「ねえ、実は純にお願いがあるの」

 真澄はしばらくして落ち着いた後、純にそんな話を切り出した。

「ん、何だ?」

 自分にできることなら協力してあげよう、純もそう思いながら真澄に笑顔を向けた。

「何度もお願いをしちゃってごめんね。実は三木城に、純君と一緒に行きたいの」

「三木城……どうして?」

 純は首を傾げた。三木城は小野東高校のさらに南にある場所なのだが、彼も行ったことが無い。

 いや……もしかしたらあるのかもしれない。

「私と純君の思い出の場所よ。でも、純君には記憶が無いのね」

 思い出の場所。そこに行けば、もしかすると自分の忘れていた記憶が蘇ってくるかもしれない。純はその頼みを受け入れ、彼女と共に三木城に行くことにした。

「分かった、俺も行くよ」

「ありがとう。それじゃあ、明日家の前で待ってるね」

 こうして、純は久しぶりに真澄と出かける約束をしたのだった。


 続く

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