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第12話 始まった捜査

 神戸から粟生に引っ越してきた少女、深山紫音。

 新しい生活にも慣れ、今では祖母とも良好な関係を築いている。そんな彼女だが、今は探偵事務所を経営している赤石純と知り合い、二人で探偵の仕事をしている。

 まだまだ仕事にも慣れず、誤解や口論で衝突することもあったが、事件を解決して町を守るため、純と紫音は協力して困難に立ち向かうことを約束したのだった。


「すいません突然。小野警察の者です」

 警察官の三木遼磨と恵比寿伸也は、七年前に小野東高校で起こった事件を捜査していた。

 当時の被害者は、高校生の武田葵と男性教諭の二人。最近発生している通り魔事件と接点がある可能性が高いのではないかと、彼らは被害者と接点があった人物を探っている。

 今遼磨と伸也がインターホンを鳴らしたのも、その人物を呼ぶためだった。

「はい」

 出てきたのは、以前マンションの事件で会ったことのある女性だった。

「あら、ご無沙汰しております。どうかなさいましたか?」

 佐渡満、彼女は葵の部活の先輩であり、死亡した教諭の第一発見者だった。


 今の満は、マンションではなく一軒家に住んでおり、この数ヶ月でお腹にいた赤ちゃんも産まれていた。特にトラブルも無く、一人増えた家族で平和な生活を送っている。

「こんにちは。以前のマンションの件ではないのですが、少しお聞きしたいことが……」

「分かりました。どうぞ、中でお話しましょう」

 警察官の二人は中に案内され、リビングの椅子に座った。

「ありがとうございます。ええと、こちらはお子さんですか?」

 そして、部屋に置かれたベビーベッドには赤ちゃんがいた。

「はい、勝といいます。先月産まれまして、退院からもひと段落しました」

 彼女は笑顔でそう答え、遼磨たちにお茶を出した。

 まったくの別件ではあるが、遼磨たちが満に事件の聞き込みをするのはこれで二回目だった。あまり、こういうことで何度も伺うのも申し訳ないような気がする。

「そうですか、おめでとうございます」

 伸也の言葉と共に、警察官の二人は出産を祝った。そして、遼磨が早くも本題に入る。

「今回このような形で伺ったのは、小野東高校での事件についてです。小野市通り魔事件と関係があるのではないかということでして」

 満は何回か頷いた後、真剣な顔になって聞いた。

「私に聞くということは、事件の概要を知ってるんですね?」

「はい。佐渡さんが殺害された竹田さんの先輩だったことは知っています……そして、男性教諭の遺体の一部の発見者であることも。」

 一部、と遼磨はぼかした言い方で伝えた。

 朝、男子トイレの個室が何故か閉まったままになっていることを生徒が発見。一時間経っても応答がなかったので、生徒たちが中を確認した。

 そこには男性教諭がおり遺体で発見された…だがこれは胴体のみだった。

「私の家の門の上。そこに器用に置かれていたんですよ、先生の一部がね」

 そう、満は早朝に、家の門の上に置かれた首を発見してしまった。その際も警察官が押し寄せ、話を聞こうとした。

 だが満は当初、とても他人と話せるような状態ではなかった。

「竹田さんとは仲が良かったそうですね。事件前にビーチに出かけたり、お泊りをしていたことがあると同級生から聞きましたよ」

「そこまで知っていたんですか。あれは秘密だったのに、どこからばれたのやら……」

 満は頭を抱えるような仕草をした。今までは冷静に話していたが、少し子供らしさを交えたような態度に変わった。

「葵とは高校時代からで、短い付き合いでしたが楽しかった。彼女の絵は練習を重ねるうちに上達していく。そして何より、葵は私のことを尊敬してくれていた」

 夏休みは須磨の海岸に行って遊び、葵が泊まりに来たときはくだらない話をずっとしていた。満が遼磨たちに話したのは、そんな彼女との思い出だった。

「私はついに、葵のことを好きだと言ってしまった。あの子も私も女の子なのにね、どうしても可愛くてつい。おかしいでしょう?」

「いえ、そんなことはないですよ」

 彼女は犯人を恨んでいた。まだ葵と一緒にやりたいことは山ほどあったのに、それを奪っていった。それだけではなく、先生を殺害した上で家の前に首を置いて。

 犯人が裏で笑っていると思うと、満は吐き気がした。

「でも、貴方はこの事件で犯人に狙われていた可能性が高いんです。それが今回の通り魔の犯人と、同一人物かはまだ分かりませんが」

 言えないことだってきっとあるだろう。だが事件に最も近いであろう満に、どうしても話を聞きたかった。

「何か知っていることがあれば、何でも教えて下さい」

 遼磨は頭を下げ、満に頼んだ。

「とはいえ、証拠として伝えられるようなことはありません。私は以前彼氏と付き合っていたこともありましたが、向こうの都合で別れましたし……誰かに恨みを抱かれるようなこともしていません」

 しかし、遼磨たちが望む答えは得られなかった。

「あの先生は少し乱暴で、みんなからの評判はよくありませんでした。だから、特定の誰かとトラブルがあったということも無いと思います」

 伸也はそれ以上聞こうか迷ったが、彼女の心の傷を深くするのは避けた方が良いと感じた。

「分かりました。何か気付いたことや、話したいことがありましたら、連絡していただければ対応します」

「ごめんなさい、有益な情報がなくて」

 まだ捜査のために聞き込みをしたい人物はいるので、ここで長居するわけにもいかない。二人は改めて礼をしたうえで、その場を立ち去った。


「終わった?」

 警察官が去っていった後、主人がリビングに顔を出した。

「うん。知ってることは話したけど、あんまり役には立たなかったみたい」

 満はベッドで寝ている赤ちゃんをゆっくり撫で、寝顔を眺めた。警察とは事件についての話をしていたが、そんなことも知らずに勝は幸せそうな顔で眠っていた。

「そうか……勝のためにも、事件が早く解決して欲しいな」

 そして、満の夫は再び部屋に戻った。それを確認した後、満はリビングで一人考え込んだ。

(通り魔と高校の事件、犯人が同じかもって言ってたなあ。あのことは伝えるべきだったかな?)

 彼女にはまだ、遼磨たちには伝えていないことがあった。

 葵と良好な関係を築いていた満にとっては、最も「邪魔」であった存在。しかしこの情報で警察が即座に動かなかった場合、逆に犯人に目を付けられる可能性がある。

「ようやく子供が産まれたっていうのに、また事件か……それに、これは下手をすると私も狙われるかもしれない」

 平穏な日々が戻ったと思っていたのに、逆戻りしたようで満は安心できなかった。

 馴染んだ町から離れるのは少し惜しいが……状況が悪くなるようなら、身の安全のためにも引っ越しを考えるべきだろうか。

「以前の事件も、あいつがいたから起こった。犯人かどうかは分からないけど……あいつの名前がどこかで出たら、ここから逃げよう」

 それが、満の出した結論だった。


 満の家を出た後、遼磨たちはとある場所を目指して歩いていた。

「佐渡さんだが、どう思う?」

 道中、遼磨は少し気になって伸也に聞いた。

「高校の事件については、間違いなく重要人物だと思いました。元々亡くなった教諭の第一発見者であったことや、竹田さんの部活の先輩……美術部の部長だったことは知っていました。しかし今になって、彼女は竹田さんとより深い交友、あるいは恋愛関係すらあったと言っていましたので」

 伸也は少し意外ではあったが、今までの中では最も有力な情報が得られたように感じた。

「犯人は佐渡さんに恨みがある人物。あるいは、佐渡さん本人ではないかと考えました」

「そうだな、あの人が犯人だというのは嫌な話だが……」

 遼磨はふと、満の優しそうな笑顔を思い浮かべた。

「さて、赤石君のところにも行ってみるか」

 純も小野東高校の卒業生で、かつ葵とも同級生だ。二人は気を取り直して、赤石探偵事務所へと向かった。


「赤石さん、教えて下さいよ。真澄さんに伝えたかったこと」

 一方、純と紫音は探偵事務所にいた。つい先程二人は和解したのだが、紫音にはまだ気になることがあった。

「ああ、そうだったな」

 仲直りをした際、純は「真澄さんに伝えたいことがあった」と話していた。その答えを聞くべく、紫音は純の顔を見つめた。

 さっきはちゃんと説明すると言ったが、どこから話したら良いだろうか。

「まず俺は高校の時、家の窓から落ちて記憶を無くした」

 しばらく考えた後、純はここから説明し始めた。

「さらっと重要なことを……」

「悪い、ここは言うべきか分からなかった。そこでどうするべきか困っていたら、真澄さんに助けられた」

 高校の頃のことは何一つとして覚えてなかったが、真澄がいたおかげで今の自分があることを、純は紫音に話した。

「けど、真澄さんは記憶を失う前に俺と何をしてたんだろう。それが分からなかったから、ある日聞いたんだけど答えてくれなくて。結局卒業の日になっても、何も教えてくれずに真澄さんは姿を消した」

 今になってようやく思い出せたのは、純と真澄が初めて出会った時のこと。だからこそこの地に留まり、純は彼女と会える日を待ち続けていたのだ。

「そして日岡さんというお相手を見つけて帰ってきたのが、今の斉藤さんなんですね。結局、赤石さんはそのことについて聞いたんですか?」

 そのこと、というのは昔聞けなかった純と真澄の関係についてだ。だが、答えは大体予想がついた。

「記憶を失う前、俺は真澄さんの恋人だった。俺があの人のことを覚えてなかったから、真澄さんからしたらショックだったらしい」

 しかし、彼女は再び純に告白をしてきたのだ。神戸に行った帰り道、電車の中で。

「真澄さんは、俺のことが好きだと言ってきた。けど、俺は日岡さんのために断ったよ」

 紫音は相槌を打ちながら聞いていたが、そこで表情が少し緩んだ。

「なるほど。赤石さんは悪くなかったということで安心しました」

(しかし、斉藤さんはどうしてそんなことを?)

 だが、まだ疑問に思うことはあった。

 今の言い方だと、真澄の方が瀬名を無視して純と出かけたことになる。彼女は瀬名のことをどう思っているのだろうか。

 しかし、今の純にそれを追求するのも意味が無いだろう。

「じゃあ、記憶を失った経緯について聞いても……」

 紫音が次の質問をしようとしたその時、事務所のドアがノックされた。

「待って、ちょっと出てくる」

 事前の連絡はなかったが、このタイミングで依頼者だろうか。分からないが、純は早歩きでドアに向かった。


「三木さんに……恵比寿さん!? 一体どうしたんですか?」

 ドアを開けると、そこには遼磨と伸也の姿があった。

「君に聞きたいことがあったんだが……赤石君、今は大丈夫か?」

 遼磨は何やら焦っているような様子だった。純は心配になったが、取り敢えず彼らを事務所に招き入れた。

「俺なら全然。どうぞ、入ってください」

 紫音も遼磨たちの姿を見て、笑顔でお辞儀をした。

「こんにちは」

「君もいたのか、こんにちは。元気そうで何よりだよ」

 小野東高校の関係者への聞き込みは朝早くから行われている上、この後もまだ続くためにあまり時間に余裕がない。遼磨と伸也の二人が慌てていたのは、そういう理由だった。

「三木さん、聞きたいことというのは?」

「ああ、今捜査をしていてね。小野東高校で起きた事件についてだ」

 そして、遼磨は七年前に起きた事件について話した。

 竹田葵という生徒と男性教諭が死亡し、犯人の手掛かりは見つかっていないこと。そして、それが今回の通り魔事件と関係があるのかもしれないということを伝えた。

「あの……その通り魔事件のことですが、目的を持った殺人事件ではないかと思うんです。」

「ん、それはどういうことだい?」

 通り魔事件、という彼らの言葉に紫音は反応した。

「被害者には共通の、右腕が切断されているという共通点があります。これで同一犯だということが明白になるため、犯人は混乱している地域や警察を狙っているのではないかと思ったんです。まだ証拠が見つからないので、憶測の域は抜け出せませんが」

「なるほど、以前も警察官が殺害されていたな。そこも情報を集めなおして、事件の捉え方を変えるべきかもしれん」

 今後犯人がどのような動きをするかで、目的が分かってくるかもしれない。犠牲者が出ることは阻止した上で捜査しなければ、と遼磨は改めて感じた。

「話を脱線させてすみません。小野東高校の件ですが、赤石さんは何か知ってるんですか?」

 紫音は横にいる純に尋ねた。記憶を失っていたと言っていたが、事件について覚えていることはあるのだろうか。

「確かに、事件があったから気を付けろということは聞きました。でも起きた当初のことは覚えてないんです」

 遼磨たちが首を傾げる中で、純は続けた。

「俺はお袋……母さんが病気で死んだことに耐えられず、家で飛び降りました。高校時代の記憶は無いです。」

「えっ……!?」

 初めて知った事実に、遼磨と恵比須は驚いた。だが、それ以上に驚いたのは紫音だった。

(あの明るい赤石さんが。)

 純の父、吾郎もこのことを知っていたのだろうか。もしかすると、当時純を助けられなかったのを後悔していたのかもしれない。

 親子の苦悩を思い浮かべると、紫音は心が痛んだ。

(赤石さんが私を励ましてくれたのも、自分が同じ経験をしたからなのかな。)

「俺が探偵になれたのは、真澄さんが助けてくれたこともある。けれどもう一人、俺を助けてくれた人がいます」

 紫音がそんな考えを巡らせている間も、純は話し続けた。

「昔通ってた喫茶店のおばちゃん、野崎さんっていう人なんですけどね。記憶を失ったことを知って、これでも読んで元気出せって。ホームズの本を、何冊か貸してくれたんです」

 純は本棚の方を見た。事務所を設立した際も、野崎氏は本を何冊か分けてくれたことがあったのだ。

「探偵を目指すことができたのは、俺に優しくしてくれた真澄さんと、支えてくれた親父と、そして探偵という道を教えてくれた野崎さんのおかげです」

 そして真澄とも再び会うことができた今、純が探偵としてここに留まったことは意味のある行動だったと言えるだろう。

「まあ、俺何にもできてないから。今思えば野崎さんに申し訳ないです」

 純は話し終わった後、苦笑いしながら目を逸らした。

(野崎さんか。赤石さんって、今まで色んな人に支えられてきたんだなあ。)

 紫音は、純の歩んできた人生をようやく理解できた。そして、自分が探偵として純を助けるということの意味を。

「あっ、俺も何か変な話をしちゃったな、ごめんなさい、事件のことはよく分かりません」

「ああいや。こちらこそ、辛い過去を掘り下げてしまったようで、申し訳ない」

 遼磨は頭を下げた。

(しかし、七年前の事件ですか。予想はしていましたがこの犯人、底が知れません。)

 紫音は有益な情報が得られたという嬉しさと、不安な気持ちが入り混じっていた。もしかすると、自分たちが見えているのは氷山の一角に過ぎないのか?

「恐ろしい……」

 誰にも聞こえない声で、彼女は呟いた。その時、事務所の電話が鳴った。

「ん、新しい依頼かな?」

 もしかすると、以前会った芦屋財閥の人からかもしれない。そして、遼磨たち二人は席を立った。

「まだ聞き込みがあるので、今日はこの辺りで。また、何か分かったら連絡を」

「ありがとうございました」

 純は電話の対応をするので、もうここにいる理由はないと思ったのか。二人は事務所を去り、純は電話に出た。


「はい、もしもし」

 すると、以前聞いたことのある声が聞こえてきた。

「もしもし。芦屋財閥の御影という者です」

 電話の主は一蔵に仕えるメイド、御影清良だったのだ。

「あ、御影さん!」

 以前会った時は紫音が話していたため、彼女と純がちゃんと話すのはこれが初めてだ。

 その会話を、紫音は無言で眺めていた。すると、後ろから誰かが歩み寄ってきた。

「警察の人たちって、もう行ったのか?」

 それは、純の父親の吾郎だった。どうやら、二階の部屋で寝ていたところを降りてきたらしい。

「はい。何か警察の方に話したいことでもあったんですか?」

 紫音は振り向き、吾郎にそう聞いた。

「そうか、それは残念だ……ちょっとこっちに来てくれるか?」

 吾郎は残念そうに肩を落とした。そして何を思ったのか、部屋を出て廊下に向かった。

「何でしょう?」

 紫音は不思議に思いつつ、彼の後を追いかけた。


「今日このようにご連絡をしたのは、一度お会いする機会を頂きたいということなのです」

 一方、純の電話はまだ続いていた。

「それって、川田製作所についてですか?」

 そういえば、芦屋財閥からの依頼は「川田製作所を倒すのに協力して欲しい」という趣旨のものだったか。純はそれについてだと思っていたが、清良の反応は違った。

「それも大事ですが、小野市で起きている事件のことです……ご存じですよね?」

 何と、清良は連続殺人事件について話がしたいという要件だった。彼らが殺人事件について知っていて、そのことを聞いてくるとは思っていなかった。

「はい。けど、どうしてそのことを……」

 事件の存在自体は向こうも情報が入ってくるだろう。とはいえ、川田製作所関連の対応で忙しいはずの清良が何故このタイミングで事件の話題を出したのか。

「私も、この事件を解決したいのです。詳細は追って連絡しますので、その際に可能な日時をお願いします」

 清良は肝心なことは教えてくれなかった。純はまだ釈然としなかったが、断るわけにもいかなかった。

「か、可能な日にちですか? 分かりました」

「ありがとうございます、それでは失礼します」

 そして電話が切れ、純は一人部屋に取り残された。

「何で、あの人たちが事件のことを」

 遂に、芦屋財閥がこの殺人事件を解決するべく動き出したのだろうか。事態は目まぐるしく動いており、少しついていけないように感じる。

「大ごとになり始めたな……」


 そして、紫音は廊下で吾郎と話していた。

「純が家の二階から飛び降りたと聞いた時は、本当に驚いた。今思い返してみれば、その前から気分が悪そうな顔をしていた」

 吾郎は当時出かけていて、帰ってきたときには純が庭で倒れていた。頭から血を流していた際、頭の中が真っ白になったそうだ。

「あの時、止めることができたら。そう思っているんですか?」

 吾郎は、即答に近い形で頷いた。

「ああ。それに、純が俺を意識して笑顔で振る舞っていたことも辛かった。嬢ちゃんが来た後は、そういう表情もしなくなったかな」

 普段はふざけたことを言っていて、たまに喧嘩することもある。やはり、無理をしているのか。

「それで、警察に伝えたかったことって?」

「それはな、この飛び降りについてだ。一つ不可解な点があったんだよ」

 不可解な点。純がショックを受けることを恐れ、吾郎は飛び降りについてあまり純に追求しなかった。

 だが、それでも分からないことがあったそうだ。

「チェーンが割られていたんだよ。それも、真っ二つに」

「チェーン、ですか?」

 これを自殺未遂と捉えると、確かに不可解な点だった。

「となると、赤石さんの家に誰かが侵入したってことに……」

「だが、鍵はかかっていた上に家には荒らされた形跡も無かった。そして、通行人が飛び降りの瞬間を目撃している」

 つまり誰かが入れるはずもないのに、チェーンだけが破られているということだった。

「奇妙ですね」

 誰かが窓から入ったのなら、チェーンに手を出した理由が分からない。そして、目撃者が自殺だと言っているのだ。

「赤石さんが自分で壊した……いや、それも意味が分かりませんね」

 考えれば考える程、謎が深まるばかりだ。

「もし誰かが、純の家に入ったのなら……嬢ちゃん、そいつの正体を突き止めてくれんか?」

 吾郎の顔は、いつにも増して真剣だった。

「そいつがもし純を追い詰めたのなら、絶対に許すわけにはいかない」

 大切な息子のために、吾郎は紫音に頼んでいるのだ。それなら……

「分かりました。必ず、真相を突き止めます」

 それなら、紫音が拒否する理由はどこにもなかった。


「七年前の事件。そして、何故か消えてしまった赤石さんの記憶……」

 紫音は祖母の凛子に、お使いを頼まれていた。だが、今日のことが頭から離れなかった。

「誰かが関与している可能性も考えられますが、今のままでは情報量が少な過ぎますね」

 純が言うには、近日中に清良がこちらに来るらしい。もしかすると、彼女と協力して事件解決に踏み込めるかもしれない。

「いけない、考え事してた」

 紫音はコンビニに辿り着いた。

 探偵事務所や凛子の家の辺りは地味に立地が不便で、五分や十分で気軽に行ける店が少ない。大きな買い物は歩いてでもスーパーに行かないといけないが、毎日の仕入れ程度は近くのコンビニで済ませている。

「パンは甘くないものを。それと、ハンバーグはこっちかな」

 屈んで商品を取ろうとすると、隣に若い女性がいることに気付いた。

(いけない、早くどかないと。)

 紫音は素早く立ち上がり、レジに向かおうとした。

「あら、紫音ちゃんじゃない」

 すると、その女性に呼び止められた。

「ん? あっ、斉藤さん!」

 薄いベージュのストライプシャツに、ズボンは黒のワイドストレート。小さな黒いカバンを持った女性、斉藤真澄だった。

「こんな所で会えるなんてね! 紫音ちゃんもお買い物かな?」

 前回のことがあって顔を合わせづらかったのだが、真澄は変わらず親しげに接してきた。

「はい、晩と翌朝の分を。斉藤さんもですか?」

「まあ、私はお腹が空いたから何か買おうかなって」

 真澄は冷蔵庫の方へ歩き、サンドイッチのようなものを取った。

「海老カツサンド。やっぱり、何か食べたい時はこれに限るわね」

 そして、二人はレジに向かった。


「今日ね、警察の人が来たのよ」

 帰り道、真澄はそんなことを口にした。

「そういえば、斉藤さんもあの高校でしたよね? それに、美術部に入ってたって」

 真澄は以前も話していたが、美術部の人間だった。葵の同級生で、満とは二年後輩にあたる。

「竹田さんは明るくていい子だったよ、私はあんまり関わってなかったけどね」

「そうなんですか。赤石さんのところにも来ましたけど、有力な情報は無さそうでしたよ」

「うーん、やっぱりそうだよね……」

 記憶の件には触れなかった辺り、真澄も気を遣っているのだろうか。

「そういえばね、その警察の人が面白かったの。広野さんって人なんだけど、僕に君の証言(エビデンス)を聞かせてくれ、とか。今時そんな言葉使わないよ、もう!」

「あははっ、そんなことがあったんですか」

 少し空気が重くなったのが気になったのか、彼女は明るい調子で言った。

「私もこれから忙しくなりそうですが、頑張って事件を解決します」

「おおっ、私も応援してるよ」

 真澄も紫音の目標を応援してくれている。何だか、疑いの感情を向けていたのが申し訳なく感じた。

「紫音ちゃん。実はね、ずっと聞きたいと思ってたことがあったんだ」


 そして突然、真澄は紫音の顔を覗き込んだ。

「何ですか、いきなり?」

 こうして見ると、彼女の顔は綺麗だった。じっと見つめられると恥ずかしくなりそうで、けれどその美しい瞳は確実に相手の心に刻み付けられる。

「紫音ちゃん……昔何かあったんだよね?」

 本当に突然、真澄は核心をついてきた。

「そんなことないですよ。私は今、優しいみんなといられてとても幸せです」

「今は、そうなのよね。でも昔は違う、だから純君と分かり合えなかったりする」

 真澄は遂に立ち止まり、紫音の頭を優しく撫でた。そして、なんと紫音を抱きしめた。

「今、紫音ちゃんは警戒した。緊張したからじゃないよね? 何かされると思った、だから体がびくってなったのよ」

 今のは反射的な行動だったが、心を見抜かれている。そのまま何も言えないまま、紫音は硬直した。

「大丈夫、私は貴方のことを愛してる。貴方のことを知りたいし、もっともーっと一緒にいたい。誰にも話さないよ、いいでしょ?」

 ふと、紫音を包んでいた不安が安心に変わった。暖かい、甘い声に溶けてしまいそうだ。

「どうして、私にそこまで……」

「貴方には、私と同じ匂いがする。私、紫音ちゃんのこと好きかなあ」

 徐々に、紫音の判断能力は欠けていく。向けていた疑いの感情など、今はどうだっていい。今はただ、本当の気持ちを伝えたい。

「私、変な妄想してたんです。父さんや母さんが、私のことを追い出そうとしてるって」

「それで?」

 真澄は笑うことなく、自分の話を聞いてくれている。

「みんなにいじめられて、もう嫌になって逃げてきました」

 多くは語らなかったが、真澄には想いが伝わったようだ。

「今まで寂しかったのね、紫音ちゃん。私も、その気持ち分かるよ」

 彼女は紫音を抱いたまま、今度は背中を撫でてきた。

「話してくれてありがとう、紫音ちゃんは一人じゃないよ」

「斉藤さん……!」

 紫音は涙を流しかけたが、頑張ってこらえた。彼女に抱いていた懐疑心は、いつの間にか消え去っていた。

「ふふ、ふふふっ……!」

 それを見届けた真澄は顔を俯け、優しく微笑んだ。


「ありがとうございました。少し、心が楽になったかもしれないです」

 二人は真澄の家の前に着いた。ここから紫音は、凛子の家に帰っていく。

「大丈夫よ。少しでも紫音ちゃんが楽になれたのなら、私も嬉しいな」

 真澄は手を振って、紫音を見送った。

「じゃあ、またね」

「それでは」

 紫音は元気に溢れた笑みで、真澄に別れを告げた。さっきの表情と比べると、格段に明るくなったように見えた。

「いい顔ね、紫音ちゃん」

 真澄は粟生の景色に背を向けつつ、家の鍵を開けた。


 続く

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