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healer ≠ ノットイコール ヒーラー  作者: 須能 雪羽
第三幕:原因を探ろう!
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第34話:想像力でできること

 翌日さっそく。ダレンさんにも付き添ってもらって、師匠と一緒にイトイアを分けてもらいに行った。

 町の外にある広い畑には、腰くらいまでの低い木が緑を繁らせている。これがやがて、枯れて茶色になるのだそうだ。

 この中のひと株か、贅沢を言えばふた株をもらえれば、それだけでありがたかった。何のお礼もできないのに、図々しい話だけれど。


「そんなケチくさいことを言わず、全部持ってってくれ」

「ええ? 全部って、果実をですか? まだ実ってませんし。僕が言っているのは、株を譲って欲しいと」

「分かってる。だから根っこから抜いて、全部持って行けと言ってるんだ。治癒術師なら、ここで育てるより実りを良くできるだろ?」


 事情を話すと、先方のご主人はいきなりそんなことを言い出した。

 本当に全部もらったとしても、植える場所がない。それにこの人が、収入源を失ってしまう。


「ひと株か、ふた株だけで本当にいいんです」

「そう言わず、持って行けよ。マルムさまが仰ってることなんだろ? それなら半端なことは出来ねえ」


 こんなやり取りが、何度も繰り返された。ご主人も意地になっているのか、引き下がる様子はない。わからず屋は僕のような気にさせられる。

 師匠はその様子を、呆れたように眺めるだけだった。


「分かった。じゃあやはり、ふた株を分けてもらえないかな。それで必要となったら、また受け取りに来るから」

「必ず来るのか?」

「ちょっと試したいことがあって、その結果次第なんだ」


 見かねたダレンさんが、執り成してくれる。それでもご主人は食い下がった。段々と語気も強くなっていく。


「それじゃあ来ないかもしれないじゃないか」

「そうだね。でも実験の結果次第で、どうなるか分からないんだよ。先にもらってしまうと、ムダになるかもしれない」

「ムダになったっていいさ。持って行けよ」


 この熱意は、成果を期待してなのだろうか。いや熱意というか、有無を言わせず無理やりな態度に思えてきた。

 温厚なダレンさんだからいいけれど、相手によってはケンカになったかもしれない。


「いい加減にしろい。紹介した俺に、恥をかかすんじゃねえ。心配しなくとも、マルムさまには俺が言っといてやる。押し売りしてたってな」


 年齢の割りに丈夫そうな、師匠の怒声が響く。それほどの大声ではなかった。腹に堪えるという感じの、迫力に満ちていた。

 聞いて畑のご主人は、声を失った。でもそれは、気圧されたからではないらしい。


「そ、それは困る。ふた株だよな、ふた株。持って行けるように、すぐ用意するから。変なことを言わないでくれよ!」


 マルムさまに言わないでくれ。その部分をもう一度言って、農具小屋へ走り去った。鍬やらロープやらを持ち出して、遠くで作業していた息子さんも大声で呼びつける。

 荷車も引っ張り出して、瞬く間にイトイアの株が三つ(・・)載せられた。


「くれぐれも、マルムさまによろしくな!」


 態度を急変させたご主人の見送りを背に、帰路へ着く。荷車は重くて僕には引けなかったので、ダレンさんがやってくれた。


「どいつもこいつも、困ったもんだ」

「まあ、気持ちは分かりますよ」


 吐き捨てた師匠に、ダレンさんが柔らかく答えた。何のことだか、あのご主人がああなるのも分かると。


「気持ちって?」

「あん? あいつも下衆だったってことだよ!」


 聞いた僕にまで、師匠の雷が落ちた。ダレンさんは当然に前を向いて、どんな顔をしているのかも分からない。

 僕は後ろから押しているので、彼の背中を見続けることになる。教えてもらえないか、期待をこめなかったと言えば嘘になるけど。


「この国を治めるのは聖王せいおうさまだからね。教会が絡むと、色々あるんだよ」

「聖王って、王さまも聖職者ってことですか?」


 これに頷いて、それ以上はダレンさんも答えてくれなかった。

 ――協力しないと罰せられる、とか?

 それにしては、みんな嫌々という風ではなかった。ならば得があるのかと思ったけど、あの貧乏そうな修道院を見るとどうも違う。

 分からないまま、僕たちは帰り着いた。


「じゃあ、やってみます」


 表の畑に、イトイアの株を降ろす。二人にお礼を言って、実験は僕だけでやろうと思った。どれだけの時間がかかるか、分からなかったから。


「それじゃ悪いけど。ごめんよ」


 他にも用があると、ダレンさんはどこかへ行ってしまった。もちろんそれでいい。

 しかし師匠は、「暇だからな」と残る。そこになぜか、ホリィまでやってきた。これまで特に接点はなかったそうだけど、もう互いに遠慮なく話している。

 彼女が大人びているのもあるけど、師匠の話題が幅広い。


「ああ、そうだな。この川は細っこいくせに暴れん坊でな。河口まで行かねえと町はない」

「なんで暴れるのさ」

「小せえ川が合流するんだよ、何本もな。その上、曲がりくねってる。若えころから、ちょくちょく面倒みてるが。まだまだかかるな」


 治水工事まで参加していたらしい。左官さんで、農家にも顔が利いて。若いころは、もっとパワフルだったんだろう。


「おい。何だか知らんが、実験とやらはやらんのか」

「い、今からですよ」


 ――おまけに勘がいい。

 けれども本当に、僕は僕の仕事をやらなくては。イトイアの株に触れて、治癒術師シンの知識へ問いかける。


【イトイア。果実からは、膨張性に優れた繊維質が採れる】


 いや違う。いま知りたいのは、そういうのじゃない。この株の成長を早めるには、どうすれば。果実をたくさん採るにはどうすればいいのか。


【イトイアの成長を促進。果実の倍化採取。イメージを送り込む。生命力を増幅させる】


 ――イメージを送る? こういう姿になれと、想像すればいいのかな。

 悩んでいても仕方がないので、触れる手を両手に増やし、貧弱な想像力を最大に動かした。

 緑の葉がやがて枯れ、根から吸い上げた養分が果実に変わる。

 たくさん。たくさん。たくさん。

 全ての枝に。枝が足りなければ、枝もたくさん。それこそ花のような、真っ白な糸が溢れかえる。

 そんなイメージを膨らませていく。


「お、おい」

「木が!」


 見ている二人の驚く声がする。

 僕は想像をするのに、いつしか目を閉じていた。開けてみたいのだけど、きっとそれはダメだ。

 マルムさんが言った通り、僕の中から何かが吸い出される感覚があった。それはまだ、収まっていない。

 大丈夫。ダレンさんの薬を作ったときは、初めてで身体も驚いたんだろう。今回は疲れた感覚や、眠気もまったくだ。

 結局、時間にして二分ほど。その感覚が消えた。


「シン! すごいよ! 寝てないでほら! 見てみなよ!」


 容赦なく叩きつけるホリィに促され、それでも恐る恐る、目を開く。

 そこに枯れた木など見えなかった。真っ白な。そう、まるで雪だるまみたいに白い塊がそこにある。

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