中庭で白衣のお姉さんが俺を待つ
午後の講義を終えた俺は約束通り、お約束の中庭に直行。
姉貴からの大いなる誤解を解けたのは関谷だけだったが、時間が解決してくれることを祈るしかない。
そこそこの人数がいる大学なので、姉貴はともかく特徴の無い俺を気にする奴はいないだろうという、独自判断によるものである。
不安はあったものの、学生くつろぎの中庭に着くとそこにいたのは、見知らぬ白衣のお姉さんだった。
「キミ、そこのキミ」
そして何やらテノールのきいたドス声で、誰かを呼び止めている様だ。
こんな低い声は姉貴じゃない……仮にそうだったとしても、関われば危険だと俺の中の声が囁いている。
『くぉらぁぁぁ!! シカトするでない! キミだよ、キミキミキミ!』
自分以外に誰かいるかと思えば、見事に誰もいなく、やはりあの無理やりな声は桃未から発せられたものらしい。
「……一応聞くけど、ボイスチェンジャーを使用ですか?」
「ノンノンノン! キミぃ、密かに通信ボイトレしていたのだよ。舐めたらいかんぜよ!」
「で、その怪しげな白衣は何?」
「ほほぅ! お目が高いねぇ。お姉さん、見直すよ? 見直しちゃうよ?」
お目が高いも何も、普段着ていない白衣を着て気取っている桃未を見れば、どう考えても異様と言わざるを得ない。
「はいはい、どこの貸衣装?」
「こう見えて、桃未さんは頭が高いのだよ、キミぃ?」
「頭脳明晰と言いたかったのかな?」
「それそれ! それだよ! さぁ、ひれ伏すがよいぞ~。ほれほれ、わたしの前で膝をつくのだ~」
「……何で?」
「くっ、おのれ生意気だぞ! 真緒くんのくせに~」
どうやら白衣を着たわたしは偉い。だから敬えとでも言いたいのか、腕組みをしつつ地団駄を踏んでいるようだ。
白衣が何なのか聞いても教えてくれそうに無いが、白衣を着た姉貴は一見するとデキるお姉さんなだけに、ここは素直に膝をつくことにした。
「おぉ、ういやつよのぅ。よしよし……」
「くぅぅ……何も白衣を着て撫でなくても良くないか?」
「だって、真緒くんってば怒って口を聞いてくれなかった!」
「え、いつ?」
「さっき! 声をかけたのにフルシカトとは、いい度胸じゃねえか!」
「あんな聞いたことのない声で呼ばれたら戸惑うだろ」
「そういうことを言うキミは、頭なでなでの刑に処す! 明日も明後日も中庭に来たまえ」
「……明日は無理だ」
「なんだとぉう!!」
「休日は部屋の中で過ごしたいし」
曜日すら無関係な姉貴に思えたが、俺の発言にやや悩み、気付いたのか顔を赤くしてまごまごし始めた。
「じゃ、じゃあ部屋で――」
「だが断る! 寝るだけの休日だから、勝手に入らないでくれよな」
「はうっ! ぬぉぉ……手強くなりおってぇぇ」
高校時代の俺とは違う……と思いつつ、すぐ傍で身悶えて悩む姉貴はやっぱり可愛い。