秋の魔王討伐ツアー
『秋の魔王討伐ツアー』
そんなポスターが町内会の掲示板に貼られていた。隣には秋の運動会の参加申し込み。消防団の団員募集。角の爺ちゃんの訃報もあった。
魔法討伐ツアーの内容を見てみると、朝七時に出発して、紅葉狩りした後にキノコ狩りしてから昼食、記念館でお土産を買ってから魔王討伐、その後旅館の温泉に入って宴会場で夕食、帰りは九時になるそうだ。
ええっと、どういう事?
俺が高校を下校して、電車、バスを乗り継いで、もうすぐ家に帰り着くという所で町内会の掲示板を見たらそんな物が貼ってあった。
俺は次の廃品回収の日時を知りたかっただけなんだが。
えーと、廃品回収の日時は。あぁ、月末の日曜か。いい加減、通販の段ボールを片さないとなぁ。
それにしても、魔王討伐ツアーのポスターはしっかり作られている。パソコンで素人が片手間に作ったという感じはしない。紙や印刷されている色の質感も、プロが仕事で使う印刷機を使って作ったという感じだ。素人が作るとしたら、そう言った紙も印刷技術もあり得ない筈だ。
まぁ、俺が知らないだけで、素人でもこれぐらいは出来るのかな? 実際、内容は悪戯以外の何物でも無い。
魔王討伐ってなんなんだよ。この日本に魔王が現れたのか? 確かにもうすぐ中間だよ。英語と数学は魔王級だよ。勇者が退治してくれないかな? MODが使えるんなら俺がやってもいいけどさ。
誰かの悪戯のポスターは忘れて家に帰ろうとした。
ちょっと関心を示しちゃったのが癪なんで、そのポスターを指で弾いてから帰ろうと思った。
うん。ちょっとだけ格好良い仕草かと思ったんだよ。
だけど、その行為が拙かった。指が触れた一瞬の間で、俺は光に包まれた別の場所に立っていた。
「魔王討伐ツアーはこちらになりまーす」
なんか、三角の小さな旗を持ったバスガイドさんが白い手袋で二階建て観光バスの入り口に案内していた。
「え? なに?」
「魔王討伐ツアーはこちらになりまーす」
「あ、あのー?」
「魔王討伐ツアーはこちらになりまーす」
「………」
「魔王討伐ツアーはこちらになりまーす」
「俺、参加申し込みして無いんだけど?」
「ポスターに触って頂いたことが申し込みになりまーす」
「参加費とか払ってないんですが?」
「あのポスターからなので無料になりまーす」
「あの? 出発は朝の七時とか?」
「はい。まもなく出発しまーす。ご乗車になってお待ちくださーい」
え? 今、夕方だろ? もう一時間もしないうちに昏くなるだろ。何言ってんだ?
もう一言言ってやろうと思った時には、バスの椅子に座っていた。どうなってるんだ? やけに座り心地がいいのが癪に障る。
一応バスガイドもバスの前方の方にいるみたいなんだけど、なぜか俺は椅子から立つ気力が沸かない。なんだよコレ。
「え~、皆様、左手をご覧ください」
唐突にバスガイドのアナウンスが車内に響いた。
「左手、見えて参りましたのが紅葉狩りの会場でございます。皆様、紅葉狩りのご準備を怠りなく~」
なんだよ、紅葉狩りの準備って。赤く染まった紅葉をみるのに、どんな準備が必要なんだよ。
そう心の中で突っ込んでいたら、いきなり見えていた状況が変わった。
俺の目の前には秋の紅に染まる山と森。
深々とシートに座っていたはずなのに、バスの外で立っている俺がいる。瞬間移動なら座った姿勢じゃないのかよ。俺は立ち上がった記憶は一切無いぞ。そう言えば座った記憶も無いのにシートに座ってた。
で、この紅葉を見て回ればいいのか?
さっさと回って次に進めば、早く帰れるんじゃないかな? とか思っていた若かりし頃の自分を責めたい。一分前の自分だよ!
歩き出した途端に木々がざわめき、不自然に揺れ出した。なにか、霊的なモノ? とか恐怖を覚えたんだが、出て来たのは紅葉の葉っぱだった。
紅葉の葉っぱが俺の方に飛んで来た。
それだけだったよ?
ただ、鈍い音を立てながら高速回転して一気に俺の方に飛んで来た。
なんだよ! 手裏剣かよ!
かろうじて避けた紅葉の葉っぱが、地面に突き刺さったのを見て、血の気が引いたのを覚えてる。
ヤベェ! 死にはしないだろうが、大怪我じゃすまない感じだ。
「お、おい!」
腹の底から声を出して、振り返った所にバスは無かった。
「どちくしょー!」
それでもバスのあった所に走った。足下に紅葉が何枚も突き刺さる。
「どうなってやがる!」
元バスのあった所には一枚の楯があった。
「あ? これで身を守れってか?」
返答があるはずも無いのだが、楯はありがたいので掴んで構える。
楯は丸く、まるで樽の底板をばらけないように補助の板を打ち付けただけ、という簡素なモノだった。それでも持つ所が革で出来ていて、左腕に固定的に装備出来るように革のベルトが二本、中央と端の方に一本ずつ着いていた。
二本共に左腕を通すと、腕全体で楯を支える事が出来、真ん中の一本だけを握るようにすれば、手の先で楯を振り回したり、移動させたり出来るわけか。
今は片手に剣、片手に楯、と言うわけじゃ無く、楯一枚だけなんで、基本は左手で真ん中のベルトを掴み、右手で補助するという使い方しか出来無い。
と、とにかく、この楯一枚でこの窮地をくぐり抜けなくてはならない。
何処に行けば安全だ?
そう思っていた所でソレを見つけた。
【←順路】
そう書かれた看板。
頭にくる! それに従うしか方法が無いのが、余計に頭にくる。きっと、端から見たら、俺のデコに血管が浮き出ていただろう。
「だらっしゃー!」
意味のわからない叫び声を上げ、楯を前面に構えて走り出した。
走っているせいで視界が安定しない。幾つか紅葉が楯に突き刺さる感触を覚える。その数が多くなったのを感じて先を見ると、紅葉手裏剣を撃ってきている大きな木を見つけた。
見つめると同時に、目の前に画面が現れた。まるでヘッドアップディスプレイだ。
何事かとその画面を見つめる。
【オオモミジ 樹齢八十五年 カエデ科 葉は対生で手のひらを広げたような、七から九裂に分かれる】
植物辞典かーい!
いや、俺も、敵のステータスが判る内容とか期待してたけどさぁ。出て来たのが植物辞典じゃ、俺にどうしろって言うの?
例えば属性とかさぁ。あ、木の属性だよな。うん。木だし。
弱点は…、火とかだろうな、やっぱり。
え、えーと、そ、そう! 森の中では火は使えないから、それ以外の弱点が知りたい! ほら、あるでしょ? オオモミジ胃袋にコンデンスミルクを二リットルぐらい注ぎ込むと気持ち悪くなって倒れる、とかいうのが。それ以外だったら、魔物なんだから核となる魔石を砕くか、取り除くかすると倒せるとか。
うん。そういう弱点。
うん…、まぁ、目の前のオオモミジの木の幹に、でっかくて艶々した赤い宝石みたいなのがあるね。
あ~、あれを壊すか、取り除くと倒せる?
何か道具が欲しい。手に持っているのは丸い木の楯。赤い宝石みたいなモノを叩き壊すのに都合の良い角は無い。足下は一面の紅葉の枯れ葉だし、歩いてきた感触では土と木の根だと思う。どこかに都合の良い石とかがあるかも知れないけど、ソレを探して紅葉の枯れ葉を掘りまくるのは無理だろう。今も木の楯に紅葉手裏剣が突き刺さってきているし。
あれ?
紅葉手裏剣は木の楯に突き刺さるほど固い?
俺は慎重に、紅葉手裏剣から身を守りつつ、木の楯から一枚の紅葉手裏剣を引っこ抜いた。
うん。固い。薄いけど、木の楯を内側から引っ掻いて見ても、木の楯よりも固いのが判る。でも、持ちにくい。持ち方を工夫しないと自分の手を傷つけてしまいそうだ。それに気を取られると力を込められない。なかなか難易度が高いな。
とにかく、赤い宝石みたいなのを抉り出す手段が出来たので、紅葉手裏剣を掻い潜りながら、木の本体へと走った。
あっ。
木の本体の直ぐ目の前まで来たのはいいけど、この場所だと目の前の木がある方向以外から攻撃が押し寄せる。
仕方なく、木に背中を預け、飛んでくる紅葉手裏剣を楯で防いでいく。
そして、その行為に慣れ始めてから片手間で赤い宝石みたいなモノをほじくり出す作業にかかった。
ホジ、ホジ、カン、カン、カン。ホジ、カン、カン。ホジ、ホジ、カン、カン、カン。
ホジ、ホジ、が俺が穿る音で。カン、カン、と言うのが紅葉手裏剣が楯に突き刺さる音だ。
紅葉手裏剣は平べったくて薄い葉っぱがそのまま固まったモノみたいで、結構な数が当たっているけどそれで重くなるとか、取り回しが難しくなるとかは無い。その辺は楽でいいんだけど、赤い宝石みたいなモノはかなり奥まっているようで、なかなか掘り出せない。
俺は、なんでこんな事をやっているのだろうか? と考え始めた頃、やっと赤い宝石みたいなモノがポロリとこぼれ落ちた。
「おっと」
落ちた宝石みたいなモノを下に落っことさないために、急いで手を回したら、手に持っていた紅葉手裏剣を落としてしまった。
また武器としての紅葉手裏剣を引っこ抜かないとならないかな? なんて考えていたら、楯に突き刺さっていた紅葉が全て柔らかく、普通の葉っぱの堅さになっていた。
どうやら、木の宝石みたいなモノで固くなっていただけだったようだ。
突き刺さった部分があるから、木の楯から紅葉の葉っぱが生えているように見える。妙な感じだ。でも、小さなナイフよりも頼りないモノとは言え、武器が無くなったのは心許ない。
何か木の枝でも拾っておこうか?
そう思いながら【←順路】と書かれた看板に従って歩き出す。
オオモミジの赤い宝石のようなモノは、上着の内ポケットに入れておく。ここならそう簡単には落ちないだろう。
足下に何か武器になる様なモノが無いかと探しながら歩いて行くと、地面に何か置いてある。落ちているとも言う。
近づいてみると、それは楯だった。
「またかよ」
今度の楯も木製だけど、若干円弧がかっている。簡単に言うとパラボラアンテナみたいな皿の様な曲線的な面を持つ丸い楯だ。周辺をぐるりと金属で補強され、真ん中にも十字に金属が貼り付けられている。
持ち上げてみるとズシリと重い。今まで使っていた楯が本当に樽の蓋を楯っぽく装飾しただけのモノ、と言うのが良く判る。
今まで使っていた楯を横に置いて、新しい楯を左腕に装着してみる。
大きさは同じ様な感じだけど、はっきりと頑丈さが判る。ガチで殺しに来る剣や斧を凌ぐには最低でもこれぐらいは必要だったんだろうな。
っと、感心していたら横に置いた楯が消えた。
武器が無い現状、両手楯というのも有りかと思っていた所だけに悔しい。両手楯が無理でも、バラして棍棒代わりになるかと、消えてから思いついたのがなおさら悔しい。
辺りを見回して見ても、紅葉した木々と枯れ葉のみだ。
それでもと、さらに足下をチェックしながら歩いて行くと、前方に小さな動くモノが目に入った。
大きさから、ネズミとかリスとかかな? そう思って周囲を見回して行くと、その動くモノの正体がわかった。
動くキノコだ。
確か、紅葉狩りの後はキノコ狩りだったな。
ネコぐらいの大きさのキノコが蠢いている。どうしよう。戦うのか?
ネズミかリスかと見えたのは頭の傘の部分だけだったようだ。この手のキノコのモンスターにありがちな、顔や手足などは見当たらない。足の部分は細かい根っこのようなモノが短く生えている。あ、石突きって言うんだった。
槍の尻、剣の鞘の先、杖の地面に当たる部分の、金属で補強されてる所も石突きって言うんだってね。
その動くキノコがこっちに向かってきた。
と言っても、足が有るわけじゃ無いから身体全体を使って跳ねるように移動するという感じだ。その跳ねるのも、身体全体の五分の一ぐらいかな。漫画みたいにピョーン、ピョーンと跳ぶわけじゃ無く、一回のジャンプが一歩分の歩幅ぐらい、という感じだ。もちろん、キノコのサイズで。
表現すると、チョコン、チョコン、と跳ね回って遊んでいる感じがする。
でもまぁ、きっと、攻撃されるんだろうなぁ。
あ、あのキノコは、胴体が白くて頭の傘が真っ赤だ。その真っ赤な傘に白いツブツブが疎らにちりばめられている。あ、あのキノコはピンクだ。真っ黄色や、紫色もある。ファンタジー定番のデフォルメってヤツかな?
まずは、どんな攻撃をしてくるのか、じっくりと見てみよう。
と、思ったらヘッドアップディスプレイの鑑定が開いた。
【ベニテングタケ ハラタケ目テングタケ科 筋肉の痙攣、消化器系の中毒、精神錯乱などを引き起こす毒性を持つ】
【サクラタケ キシメジ科 消化器系の中毒、分泌系の異常を引き起こす恐れがある】
【シモコン キシメジ科 消化器系の中毒、分泌系の異常を引き起こす恐れがある】
【ウラムラサキ ヒドナンギウム科 食用可】
うおぉぉぉい! ほとんど毒キノコじゃねぇか!
なぜか、綺麗な紫一色のキノコが食用可能ってのが嫌だわ。
え、ええと、毒キノコ……、どうすりゃいいんだ?
……………………………………、食わなけりゃいいじゃん。
ゲームだと毒胞子をばらまく、ってのがお約束だけど、見た目的にももっとリアル志向なんだろう。人間をキノコにする毒胞子を放つ、とかいう鑑定が出て来たらヤバかったけど、胞子でどうにかなるわけじゃ無さそうだ。
まぁ、吸い込むのは最小限にした方が良いのは変わらないけどな。
まず、楯で体当たりに備える。ハンカチを右手に持って、口と鼻を押さえる。突っ込んできたキノコを足蹴にして倒していく。っと想定。
うん。これでいいな。
そう思っていた時代が俺にもあったと歴史書に記されていました。
途中までピョコピョコ飛び跳ねてると思ったら、途中で傘の部分だけを飛ばして来やがった。スポーツ競技の円盤投げって感じの速度だ。完全に油断していたから、楯の真っ正面で受けるのがやっとだった。
当然、弾き飛ばされた。
まぁ、楯が頑丈だったおかげで、俺自身には強い力で突き飛ばされて少し後ろに尻餅をついたという程度だったけど。
さっきまでの楯だったら一発で砕かれてたかも、っと思うとゾッとした。
この楯でも、真っ正面から受け続けるのは得策では無いだろう。出来れば楯を使わないで避け、出来無ければ楯で円盤を受け流す様にした方が良い。
急いで立ち上がって、次の円盤に備える。
来た。
今度は平らに近いほど傘が開ききった円盤だ。あんなのを覚悟も無しに真正面で受けていたらヤバかったな。
冷静に。でも身体の緊張は高く、そして柔軟に。
楯は飛んでくる傘に対して、直角に面を向けるんじゃ無く、左右どちらかの斜めに傾けて、当たる瞬間に楯を押し出す様に力を掛ける。傘の回転に逆らわない様に、傘が左から右に回転しているのなら楯は右を前、左側を後ろに傾けて、身体も右に逃げるようにする。
ギュァァァン!
一瞬で色々な音が聞こえたような気がしたけど、なんとかやり過ごせた。
また次の備えないと。
ピョコピョコ跳ねているキノコが傘を飛ばすと、残った胴体が力なく倒れて動かなくなる。なんか、哀れみを感じる。しかし、毒とか関係無いよなぁ。
何度か楯で円盤を弾き、逸らせ続けている。しかし、延々と受け続けるわけにも行かないだろう。紅葉の時みたいに、親玉というか、大元というか、本体みたいなモノが有るんじゃないのか? とにかくソレを見つけなくては。
ノシ、ノシ、ノシ。
あ、歩いてきた。手を振っているわけでは無さそうだ。
二十から三十メートルは先だろうか。木々の間からその姿を見せた。
デカい。人間の大人ぐらいの高さはある。胴体は相撲取り以上の太さ。しかも五体が分かれている人型で、手の先、頭の先にキノコの傘がいくつもある。いわゆる鈴生り状態だ。
あ、手の先の傘の一つがこぼれ落ちて地面に着くと、そこで数秒で胴体のあるキノコに変わった。
そして手の先から分裂したキノコがピョコピョコ跳ねて近づき、傘を円盤にして投げつけてきた。
全てはあいつから分裂して襲って来たというわけかぁ。
さて、あの人型巨大キノコをどうやって倒す? 大きな七輪の上に焼き網を置いて、そこに寝転がす、ってのが理想だが、手元にはなんの道具も無い。次点で金属製の串に刺して、ってのがあるが、これも準備不足だ。
なんて、取り留めの無いことを考えていたら、キノコの攻撃が変わった。
小さいのは今まで通り傘を円盤投げして来るんだが、大元の巨大キノコが突進して来やがる。あの勢いで体当たりを受けたら、楯で受けきっても確実に押し倒されてしまう。その無防備になった所に小さいのの円盤が投げつけられるとか、かなり恐ろしい未来が想像できる。
しかも相手は俺を狙って確実に攻めてきている。相手の出だしを見極めて余裕で避けるなんて、ゲームの中だけの事。実際は右に避けるか左に避けるかをギリギリまで引きつけて、直前で敵を瞞すように避けなければならない。
それでも完全に避けきるなんて不可能だ。
武術の達人が素人の突貫体当たりを避けるのであれば、完全に避けきるとかも出来るんだろうけど、現実は避ける俺がド素人だ。
だから完全に避けきるとかは諦め、ぶつかる寸前に左右どちらかに身体をずらす事にした。
ずらす時に、足が地面から離れない程度に軽くジャンプする事も忘れないように心がける。踏ん張らずに体重を軽くして、柳に風のごとく身体全体で受け流す事を理想とした。
うん。完全にソレを体現出来るほどの達人じゃないんでね。
まぁ、一応の成功は見たかな。
巨大キノコは、ドガッ! っという音を立てて、楯でガードした俺を左に弾いた。
少し腕が痺れたかな? というレベルのダメージでやり過ごせた。でも、コレもいつまでも続けてられない。
しかも、キノコの傘の円盤投げに対してはしっかりと踏ん張ってからいなし、巨大キノコの方は身体を浮かせて逃げる、という対応を取らないと大きなダメージになる。
正直いって疲れる。早く弱点を見つけなくては。
オオモミジの木みたいに、真ん中に宝石みたいなモノでも無いか?
あるな。
えっと、身体の正面? と、背中側? の二カ所に赤い宝石みたいなモノがある。
アレを取ればいいのか?
オオモミジの木は堅かったから素手じゃ無理だったけど、キノコなら素手でも行けるか? まずはやってみないと判らないか。
円盤を楯でいなしつつ、巨大キノコの動きに注意する。一度俺に体当たりして行き過ぎた巨大キノコは、身体を反転させる事も無くそのまま俺の方に突進して来た。
前とか後ろとかの概念が無いのかよ。
一応前後に赤い宝石みたいなのが付いているから、裏表が同時に『前』というわけか。つまりはリバーシブルきのこ。
全然お得感の無い巨大キノコが俺に体当たりする。
ソレを楯で受けきって、身体を流させると同時に一気に追いかける。キノコは一度停止してから俺に突進するつもりだったらしく、今は無防備な背中を俺に向けている。そこに手刀を突き刺し、赤い宝石を引き千切り取り出す。
意外に柔らかく、砂に手を突き刺すよりも楽に取り出せた。
かに風味かまぼこに箸を突き刺すような感覚だったのは内緒だ。
しかし、一つの宝石を取り出しただけでは終わらないようだった。
分裂した小型のキノコからの円盤攻撃を捌きながら、一度距離を取る。すると、巨大キノコがぐるりと身体を回した。
あ、前後の後ろの宝石を取ったから、後ろが見えなくなったのか? 試しに横に移動すると、俺の方向に宝石を向けるように身体を回した。
確定。
原理とか理由とか判らないけど、あの宝石で見ているワケだ。アレを取ると動かなくなって、倒したことになるみたいだから、あの赤い宝石自体が本体という所だろう。
たまに来る円盤をいなしながら、突進してくる巨大キノコに注意を払う。そして突進して来た巨大キノコに楯を当てて体重を乗せ、右に躱す。そこで距離を取らずに追いか、ついさっき、宝石を抉り出した跡に手刀を突き刺す様に構える。
巨大キノコが振り返るまでの一瞬を我慢して耐え、振り返った瞬間に手刀を突き刺した。
手に固い宝石の感触を感じた所で握り込み、引きずり出す。
パタ。ドタン。ドテ。
小型のキノコが倒れる音がする。
そして、巨大キノコもズドンと倒れた。
終わった。
俺は巨大キノコの赤い宝石みたいなモノを胸ポケットに入れ、まるで初めからありましたよ、と言っているように目に入った【←順路】の矢印に従って歩き出した。
戦っている時は絶対に無かった筈なんだけどなぁ。
少し進むと、紅葉の枯れ葉の上に一振りの剣が置いてあった。
握りは両手で握ると少しだけ余るという長さで、ツバの部分は一本の金属棒という簡単な形。剣本体は六センチ前後の幅で分厚く、俺の肘から手を広げて伸ばした中指の先ぐらいの長さだ。
しっかりと手に取って構えてみる。
重い。
当然だけど、鉄パイプのように中が中空じゃなく、みっちり身が詰まっている鉄の棒だ。感覚的には二キロ弱って感じかな。両手なら余裕そうだけど、たぶんコレは片手剣の類いだと思う。
昔は、こんなの持って殺し合いしてたんだねぇ。まぁ、金属製の全身鎧でガードしてたんなら、これぐらい無いと殺し合いにならなかったんだろうなぁ。
とりあえず、これで武器が手に入った。けど、この流れで行くと、次はこの剣が無いと戦えない相手が出るって事か?
顔を上げると、いつの間にか【順路→】の看板があった。いつの間に…。
今度は右方向に進路変更なんだな。
えっと、紅葉狩りしてからキノコ狩り。掲示板のポスターにはこの後昼食して記念館でお土産購入の時間があるって書いてあったなぁ。まぁ、その後魔王討伐らしいけど…。
先行きの不安を抱えて歩くと、木々の隙間から建物が見えてきた。もしかして昼食会場? 団体様OKの食事が出来る店ってのが一般的だけど、紅葉狩りで紅葉と戦う事になっているから一般的な考え方はしない方がいいよな。
見えてきたのは古民家をデザイン的に取り入れた大きな建物で、どこぞのファミレスかという感じだった。
紅葉した森に建物はその一軒だけ。順路の矢印にもあったからここに入れば良いんだろう。
あ、旅館にあるみたいな歓迎看板がある。しっかり『秋の魔王討伐ツアー御一行様』とか書いてあった。
ちきしょう。
なんか負けたみたいな気分になりながら中に入るとだだっ広いスペースには何にも無い。いや、真ん中にテーブルが一卓、椅子が一脚だけ置いてテーブルの上に山形に折られた名札が有り、『秋の魔王討伐ツアー御一行様』と書いてある。あそこが指定席か。って、指定席以外に何も無いって、なんだよ。
まぁ、こんな所に一般客が来ることも無いだろうけど。
一卓だけの指定席に近づく。
正直油断していた。うん。警戒すべき状況なんだけど、食事と言う事で油断してた。
何十枚もの皿が積み重なった二メートルぐらいの塊がガチャガチャ音を立てて迫ってきた。油断してたから完全にあっけにとられてしまった。なので、ソレを見た瞬間に腰が砕けて座り込んでしまった。
尻餅をついたような格好のまま皿の塊を眺めていると、その後ろに色々な形のコップを重ねた塊も出て来た。
思わず呆けてしまいそうになったけど、持っていた剣と楯が俺を正気に戻した。
いや。本当に正気かは判らないけど。
とにかく、モンスターのとの室内戦というワケだろう。俺は力が抜けそうになる手足を強引に動かし、立ち上がって構えた。
まず、向こうがどんな攻撃をしてくるかを考える。まぁ、皿なら皿を一枚ずつ円盤投げして来るだろうな。うん。今までのパターンだとそうだよなぁ。
そして思っていたとおりに皿が飛び出してきた。
ソレを楯で受ける。キノコの傘よりも衝撃は少ない。けど、楯に当たった皿がかなり細かく砕けたのは、それなりに強くぶち当たったって事だろう。
勝利条件は?
オオモミジや巨大キノコみたいに赤い宝石は無いようだ。なら皿を全部砕いたら? 細かい破片が襲って来た場合を考えるとかなり憂鬱になるけど、楯に当たって砕けた皿を見るに、砕けた時点で行動力を失う感じだ。
かなり希望的観測が入るけど、まぁ、試してみないとなぁ。
そして俺からの攻撃を始める。
皿やコップが跳んでくるのを、避けたり楯で防いだりしつつ、接近して剣を振るう。まずは確実に当たるように横薙ぎ。
当たった。けど、皿が二、三枚吹き飛んだだけだった。
まぁ、焦らなければコレで良いか? なんて思ってたら、奥の方から二体目の皿の塊が出て来て、蠢きながら俺の方に迫ってくる。
ヤバい。どんだけ数が出てくるか判らない。なら、もっと効率的に倒さなければならない、はず。
今度は真上から振りかぶって振り下ろす。
ガシャン! と音を立てて皿が割れていくが、十枚以上二十枚未満という感じだった。
あ、割れた皿が排斥されて割れていない皿が追加されてく。いわゆる再生能力か? かなり違う様な気がするけど、結果は似たようなモンだった。
つまり、再生? される前に全部を叩き割らなければならない、と言うワケか。
まぁ、判るけど、そのための筋力が足りない。いや、この場合は剣の破壊力か?
ふと、手元の装備を見つめる。剣と楯。中世の西洋式戦闘装備だよなぁ。この剣で、日本の剣道の様な振りかぶって打ち下ろす『めーん!』と言う攻撃方法は違うんじゃね?
たしか、剣自体をぐるぐると振り回して、回転による速度と遠心力が乗った勢いをそのまま敵にぶつける、というのが西洋剣の理想的な攻撃方法だったはず。
乱戦になるとそういう余裕も無くなるらしいけどね。
とにかく、俺自身の筋力だけじゃ皿は倒せないから、なんでもやってみるしか無い。
まず剣を振り上げ、頭上で円を描く様に振り回し、どんどん勢いを増していってその勢いを殺さないように皿の塊の頭上がら振り下ろした。
お! 今度は七割方皿を砕いた。
と、見る間に補充されていく。
この機とばかりに普通に剣を振り下ろして、三割ほどに減った皿の塊をドンドン砕いていく。
そして皿の塊が動かなくなった。っというか、一枚も残っていないと補充されない、って感じだ。
とにかく攻撃方法はコレでいいらしい。
そう思って安心したのもつかの間。新たなモンスター? が現れた。
それは縦長の箱がメインで、その横にホウキ? とちり取り? が付随している。あ、雑巾とモップもある。
その掃除用具がどんな攻撃をしてくるんだ? そう構えて様子を伺っていたら、ごく自然な流れで砕けて散った皿を片付け始めた。モップで拭いて雑巾で仕上げている。
なんて丁寧な仕事だ。
「あ、ご苦労様です」
俺の前を通り過ぎる時に思わず挨拶してしまった。
これで心置きなく戦える。とかって、無理矢理戦闘モードに切り替え……。
てか、ガチャガチャと掃除する音と動作が気になって戦いづらい!
で、一通り掃除が終わるまで待ってた。俺も、皿の化け物も、コップの化け物も。
掃除が終わった後は掃除用具の化け物は部屋の隅に移動して待機するようだ。ゴミ箱にはゴミ箱の容量よりも多くの皿が入ったと思うけど、特に中身を捨てに行く様子も無かった。きっとそういうモンなんだろうな。うん。考えるのは無駄だな。
戦闘再開。
剣を振り回してからの体重を乗せた攻撃方法が有効、というか、それじゃ無ければダメージにならない事が判ったのでさっそく剣を振り回す。
今度は剣を振り下ろす直前の動作の時に、身体を回転させてその勢いも乗せてみる。一瞬とは言え、敵に背中を向ける怖さもあるけど、それぐらいじゃ無ければ倒せない頑丈さと再生力を持ってるからねぇ。
そして実行。
今度は八割方叩き壊せた。身体を回転させなかった時は七割だったけど、今度の攻撃は数では無いダメージを負わせた感じだ。再生も直ぐには始まらない。
俺も少し三半規管に不安が残ったけど、残った二割の皿を普通に叩き割って倒しきった。
気付いたら皿の化け物が似たい増えていた。コップの化け物も一体増えて二体になってる。ちくせう!
あ、掃除用具の化け物は今度は動かなかった。戦闘が終わるまで待っててくれるようだ。
とにかく戦闘を終わらせるべく、俺は剣を振り回し始めた。
そこに、皿が飛んで来た! しかもコップも!
急いで楯で受け止める。
あ、避けた方が早かったか? 判ってはいたことだけど、こう立て続けに変化があると慣れない内は混乱する。
振り回し始めた剣も止まってしまった。また初めからだ。
ここで頭を整理する。化け物は俺の方に迫ってくる。皿やコップを飛ばして攻撃してくる。俺は剣を振り回しつつ、楯で攻撃をいなしながら化け物に剣を喰らわす。
うん。こう考えると単純な事だな。
そのために、俺は剣を振り回しながらも攻撃を避けるか、楯で受け止めるか判断しつつ、化け物本体に回転力と体重の乗った攻撃を加えなければならない。
あ、いきなり難易度が上がったような。
ネックは振り回す剣だな。単に振り回すだけじゃ意味が無く、俺自身が剣の遠心力に振り回される直前ぐらいの勢いを持たせなければならない。化け物にインパクトする瞬間になら、遠心力で振り回されるぐらいの勢いがあるのが理想だけど、化け物からの攻撃がソレを許してはくれないだろう。
なら?
振り回す剣の角度を臨機応変に変えていくしか無い。
俺もやり始めて気付いたけど、重い剣をギリギリまで早く振り回すと、なぜか移動が阻害される。肩を中心に振り回しているが、その肩を中心に動かないようにすれば、俺自身は肩の回りを回って動くことは容易だ。
つまり、剣を回し始めたら、あまり大きな移動は無理というか、剣を回す勢いをかなり殺すことになるようだ。
要は、化け物に攻撃する直前までは軽く振り回して、直前に勢いを増してから身体の回転を合わせ無ければならないというわけだ。
難易度がさらに上がったような…。
とにかくやるっきゃ無い!
俺は剣を軽く振り回しながら化け物からの投擲攻撃の狙いを付けさせないように、踊るように移動する。
化け物への攻撃のタイミングを見ながら続けていたら、剣舞という言葉の意味を体感として感じた。言葉では判っていたつもりだったけど、単にひらひらと舞うだけじゃなく、敵になるモノの動きを見極め、そのタイミングを調整しつつ、意味のある攻撃を加えなければならない。
やってみて判った。さらに難易度が高い。高すぎる。
それでもやらなければならない、と言う事で、振り回している剣の動きを阻害しない事と、化け物の投擲攻撃から身を守ることだけを考えながら舞ってみた。
相手がトロく、攻撃も単調だった事が助かった要因だな。
剣を振り回す事を重点にした剣舞モドキでも、なんとか化け物を倒せた。
追加も併せて、皿の化け物が六体。コップの化け物が三体。
終わった時には荒れた息を整えるのがキツかった。まぁ、掃除用具の化け物が片付けている間は何も無いだろう。もしかしたら、片付け終わった掃除用具の化け物と戦う事になるのか? とか思ったけど、ソレを考えるのはまだ先だったようだ。
掃除が終わった時。俺の息が整ってきたぐらいで、次の化け物が現れた。
えっと、アレはナイフの塊だな。あっちはフォーク。その隣は箸か。
まぁ、お約束? だとは思うけど、今度は洒落にならないだろう。コンバットナイフじゃない、普通の食事用のナイフとフォークだけど、アレが勢いよく跳んでくるとしたら充分な凶器になる。
あ、しかも皿やコップよりも早い!
ヤバい!
皿との戦いの時は試行錯誤と様子見のような剣舞だったけど、今度は慣れていない剣舞でも全力でくるくると回らなければならない。
皿との戦いが終わって、一息付けたことが余計だったか? 筋肉が所々悲鳴を上げているし、全力の力が入らない。息も直ぐに荒れてきて、マラソンでもしているような息づかいになっている。
それでも全力で回って回して剣を叩き付ける。
あ、皿だと割れば良かったけど、金属製のナイフとフォークじゃどうしたら良いんだ?
それでも剣を叩き付けると、折れ曲がったナイフが床に散らばり、動かなくなった。
ああ、とりあえず形を歪める程度でいいのか。でも、皿は積み重なっていたけど、ナイフやフォークは入り組んでたくさんある。箸なんか、金属製のモノもあるし、割り箸風のや菜箸、塗り箸、プラスチックのまである。あ、子供用なのか、ピンクのプラスチックの箸には何かのキャラクターが描かれているようだ。良くは見えなかったけど。
とにかく、数を打ち込まないとならないようだ。
振り回して体重を乗せて叩き付ける、という振り方じゃ無く、強く振り回すのは変わらないけど、数を出す様な振り方に変えた。
というか、体力的にソレしか出来無い。
そして苦闘の果て、なんとか三体の化け物を倒せた。
最後は、寄り集まろうとしたフォークを一本一本、丁寧にへし曲げる戦いとは言えない破壊行為だった。
まったく。皿やフォークとかを叩き切るなんて、なんてマナー違反なんだろう。
もうフラフラ。息も絶え絶えで、立っているのもやっとの状態で舞っていたら、掃除が終わったようだ。
掃除用具との戦いかな? とか思ったら、掃除用具の化け物は奥へと戻って行ってしまった。
次はなんだ? と半ば絶望の気持ちで待ち構えていたら、なんと指定席の椅子が動いた。
あ? 今度は椅子とテーブルが相手か?
そう思って待ち構えているが、何も起こらない。改めてテーブルを見ると、なんと食事が用意されていた。
つまり、飯食って休憩? ほとんど俺の願望でそう決めて、椅子に座ってテーブルの上を見る。
四つに仕切られた一段の重箱に、色鮮やかな煮物、練り物、揚げ物が溢れるように盛り付けられている。横には具だくさんの豚汁。キノコの入った炊き込みご飯もある。彩りとして真っ赤な紅葉の葉っぱが添えられていた。
飲み物はポットで纏めて置かれ、好きなコップを取って、好きな飲み物を選べるようだ。緑茶、紅茶、コーヒー、コーラ、オレンジジュースにビールやウイスキー、日本酒まである。
この和食の前には緑茶一択だろう。異論は認める。好きに飲め。
俺はナイフとフォーク、それにスプーンと共に置いてある箸袋に入った割り箸と、一緒に置いてある箸置きを取る。
割り箸は根元の所だけがくっついていて、箸先は円筒状、手に持つ所は角を取った四角形というこった作りだった。
まずは一旦、箸は置いておき、両手を合わせて「いただきます」する。食材になったお肉さんの元や種からおいしく成長したお野菜。お野菜を作った農家の方々やソレを運搬してくれた輸送業者の皆さん。献立を考えてくれた方々や調理してくれた方々。盛り付けて俺の前まで持って来てくれた方々に感謝を込めて、頂かせて貰う。
…………………………。
UーMAーIーYOー!
美味しい。
落ち着くまでに半分ぐらいは食べてしまった。残り半分はしっかりと味わって食べよう。
そして軽く二人前ぐらいはあった食事を全て食べきってしまった。うん。ほら、成長期だから。
緑茶もかなり上等な葉っぱを使っているようで、抹茶とは似て異なる緑の風味がしっかりとすっきりさせてくれるお茶だ。昼食はこのお茶だけ、って言われても、味わえば納得出来るぐらいのモノだ。ああ、だけど、コレを飲んで慣れてしまうと、家で飲むお茶に満足出来無くなるかも知れない。
いや。たぶん、もうなってる。
まぁ、本当にそれぐらいのお茶だった。他の食事も本当に美味しかったんだけど、フラフラな状態で掻き込んだせいでお茶のような感動は感じる暇が無かった。
始めにお茶を飲んで落ち着いていればなぁ。
後悔、矢面に立たず。
とにかく美味しかったんだから、それだけでも良いだろう。と、「ごちそうさま」して立ち上がった。
あ、体中の疲れや痛み、怠さが全く無くなってる。
あれ? アノ食事って回復薬にあたるモノだったわけ?
身体の状態を確認して振り返ると、そこにはテーブルも椅子も何も無かった。せめてジュースの一杯でも持ち出せていたら、何かの役に立ったのにぃ。
まぁ、本当に持ち出しが可能だったかは判らない。今までの状況的に持ち出しは無理だった可能性のが高い。
と、自分を納得させる。
見回すと、広い部屋には何も無い。入ってきた出入り口だけしか見当たらないのでそこから出る。
入った時は直ぐ外だったはずなんだけど、そこは食事スペースよりもやや広い感じのお土産売り場だった。
………………まぁ、いっか。
人間、諦めると動じなくなるモンだなぁ。………………そろそろ泣いてもいいよね?
とにかくお土産物だ。
だが、俺は瞞されないぞ。きっと名前だけが違う同じ饅頭の詰め合わせとか、適当なキャラクターを描いてその地方の名前を入れただけのマグカップとか、何処ででも作れそうな木工細工やモビールなんかが、化け物になって出てくるんだろう。そうだ! そうに違いない!
で、待ち構えてたんだけど何も出て来ない。あれ? 違った?
気を取り直して売られているお土産を見てみる。饅頭、煎餅、餡子やジャムが挟んであるスポンジケーキ風のお菓子、どんな意図で作ったのか不明な置物、立体的に見えるように工夫した風景画などなど。あ、三角形のペナントだ。定番の木刀もあるし、刀を模した布製のぬいぐるみもある。
定番過ぎて、ここでお土産として買っていこうなどとは絶対に思わないな。
誰かに『お土産よろしくね~』とか言って送り出されたのなら、饅頭の詰め合わせでお茶を濁すのも有りだろうけどなぁ。
あ、お土産にあのお茶でも売ってないかな? まぁ、ウチの近所でもグラムうん千円以上出せば買えそうな気もするけど…。いや、ウチの近所でグラム三千円以上のお茶を扱ってる店なんてないわ。
うん。お土産に買うには果てしないほどの金額になりそうだから、考えないでいよう。みんなビンボが悪いんやー!
まぁ、それはさておき、どんなお土産が売っているか見てみる。
『魔王饅頭』『勇者煎餅』『討伐モナカ』
て、定番過ぎる…。
『紅葉型手裏剣』『キノコ円盤』『食器セット』
た、確かにここのお土産だ。
『勇者セット』『剣士セット』『賢者セット』『魔法使いセット』
い、いったい何を考えてるんだろうなぁ。
『魔王様ブロマイド』『四天王ポストカード』『バスガイドさん等身大ポスター』
四天王がいるんだ……。面倒くさそうだなぁ。
とりあえず、バスガイドさんポスターは確保しないとな。値段はいくらだ? 手持ちで足りるのか?
『バスガイドさん等身大ポスター 一枚 魔石二十一個』
魔石? 二十一個? 魔石って紅葉やキノコから取ったこれか? 今三個しか持ってないぞ? 他は?
『魔王様ブロマイド 三枚セット 魔石一個』『四天王ポストカード 四枚セット 魔石一個』
ま、魔王様…。
『勇者セット 魔石三個』『剣士セット 魔石三個』『賢者セット 魔石三個』『魔法使いセット 魔石三個』
ああ、やっぱり強制イベントで、勇者セットを買わないとならないわけか。
一番初めの所に戻って、紅葉とキノコを七回繰り返せばバスガイドさんポスターが手に入らないかな?
ここでグダグダ言ってても仕方無いので、勇者セットと書かれた札を手に取る。『この札をレジまでお持ちください』っと書かれているから、コレを持って行けば良いんだろう。
手には勇者セットの札。それと何故かバスガイドさんポスターの札。
「あれ~。おかしいなぁ~、手に取ったつもりが無かったのになぁ~」
誤魔化せるか? 頑張れ! 俺!
『お勘定』と書かれた看板を目安にカウンターに行き、勇者セットの札とポスターの札を置いた。その後、その横の釣り銭トレーの上に魔石と思われる赤い宝石モドキを三個置く。
すると誰もいないのに札と魔石が消えた。
一拍置き、目の前に光の球が現れる。そして俺の胸の中に移動していった。
まった動けなかった。驚いたと言うのもあるだろうけど、何かが行動を阻害していたような感じだ。でも、勇者セットというモノが俺の中に入ったという事で良いのだろうか?
でも、何も変わらない。
あれ?
どうすれば良いんだ? いや、それより、どうにかなったのか?
とにかく『勇者』になったと言うフラグが立った、って事で良い?
なんか、勇者にしか使えない魔法が使えるとかを期待したんだけど、そもそも、ここでそう言った期待をするのも間違っているのかも。
諦めて、移動を始めようと思ったら、カウンターの上に巻かれた紙の筒の様なモノがあった。
ポスター! やったね!
手に取って見る。『魔王様ドキドキ等身大ポスター (十六禁)』
しっかりと振りかぶり、思い切り床に投げつけた。
ちなみにだけど、お土産屋の壁に魔王のポスターが貼ってある。人間体型だけどイノシシ顔ででかい犬歯が生え、鳥の鶏冠らしきモノがあり、内蔵剥き出しの身体に蛇や馬、羊、猿とかの顔がいくつもへばりついている。簡単な構造のローブみたいなモノを着ているけど、びっしりと魔方陣みたいなモノが書かれていて、とてもお茶目なことをする存在には見えなかった。
で、これがどうすれば十六禁になるんだろう。十八禁なら判らなくも無いけど、どっちにしろ見たくは無いな。
かなり肩すかしを受けた感じで、力なく出口へと移動。
入ってきたはずの場所が、『魔王城入り口』になっていた。ちゃんと上に看板も付いてる。左右には『入場無料』『おこしやす』とかの看板もある。他にも『熱烈歓迎』『出玉爆発』『毎週日曜日はポイント三倍』『宝箱有ります』とかもベタベタ貼ってある。
魔王様。見た目は厳ついのに扱いが軽くない?
入ってみると、中は城と言うよりもダンジョンだった。
長方形の石のブロックを積み重ねただけ、という感じの壁や床。天井は高く、暗くて良くは見えない。壁には等間隔で受け皿が飾り付けられ、炎が燃えて灯りの役割を果たしている。でも、受け皿に油が有るわけでも無く、炎も宙に浮いている。たぶん魔法とかで維持しているんだろう。
横幅は広く、学校の教室の前の黒板から後ろの黒板ぐらい。約十メートルぐらいか。
先は三十メートルぐらいで真っ暗になっている。試しに歩いてみると、歩いた分だけ灯りが灯る仕掛けのようだ。エコだね。
そして少しだけ歩いた所で前方に蠢く影を発見。でも、何かがいるのは判るけど何がいるのかは判らない。
仕方無く、戦闘態勢のまま前進。十メートルぐらいにまで近づいた所で判明したのは一匹の昆虫、トンボだった。
かなりの大きさで、羽をハの字の様に休めているが、その長さは俺の身長よりも長い。しかも胴体全体が赤い!
アレは赤とんぼだ!
決して動きが三倍とかじゃない。角も無いようだし。
でもアノ大きさで迫られるのはキツいかも。そう思って見つめていたら、久しぶりのヘッドアップディスプレイが開いた。
【アキアカネ トンボ科アカネ属 成熟すると赤くなるため、桜の開花と同じように気象庁が季節観測の対象にしている】
へー。トリビアだねぇ。
ってか、ここでは倒すべき敵だろう。弱点は? そう思っていたらもう一度ヘッドアップディスプレイが開いた。
【水田に使われる農薬が原因の一環として、生息数が激減している】
へー。トリビアだねぇ。
って、違うって。弱点だよ、弱点! って、もう襲って来たー!
巨大トンボはババババッという重低音を響かせて飛び上がった。そして飛び上がった空中で一旦ホバリング。その一拍置いてから俺の方に一直線に襲いかかってきた。
元々でっかい複眼が巨大化でさらにデカくなっているのがイヤーッ!
思わず楯で自分の視界を完全封鎖。拙いやり方だとは判っているけど、思わず目を背けたくなる顔だったんだよ。
グワシッ!
?
何か感触がおかしいと思ったら、トンボが楯を六本の足で掴んでた。
あの昆虫独特の足が、楯の六方向から見え隠れしてるんだよ。一瞬、台所の黒い悪魔を思い出し、パニックになりかけた。
とにかく、楯に張り付いた巨大トンボをなんとかしようと、見えないまま楯の上から剣を突き刺してみた。しかし、剣が触れる前に巨大トンボは離れてしまった。
今はホバリングと瞬間的な移動を繰り返してる。
えっと、トンボは下にいるヤツを獲物、上にいるヤツを警戒すべき敵と認識するとか聞いたことがある。けど、ダンジョンみたいなこの場所では敵となる鳥が介入して来るとかは無いだろう。
他にトンボの弱点は? トンボを素手で捕まえる時に、トンボの目の前に指先を持っていき、グルグル回すとトンボが目を回して捕まえやすい、って話も聞いたことがある。実際は速い動きには直ぐに反応するけど、ゆっくりだと非生物として余り注意深くは認識しなくなる傾向があるらしい。
動かなければ良かったんだ。
俺は楯をやや上に掲げ、その上に剣を乗せ、いつでも剣を突き刺すことが出来るようして、動きを止めた。
かなり焦れた。トンボのアノ顔。特に複眼をじっくり見ちゃうと嫌悪感で焦ってしまう。でも我慢。我慢を続けると、トンボが近づいて楯の上に止まって動かなくなった。
剣先を向けているのに、動いていないと本当に警戒しないようだ。
俺は微妙に動こうとする身体を押さえつつ、それでも最大の力を込めて、一気に剣を突き刺した。
ビビビ!
胴体からは外れたが、羽の付け根にはかすったようだ。
上手く飛べなくて真横に不規則に飛んでいく巨大トンボを追いかけて、地面に止まった所でさらに剣を叩き付けた。
うん。かなり不衛生な状況になった。暴力的表現と言うより、不衛生と言った方がかなり当てはまる状況だ。
でも、しっかりととどめに頭の部分を剣で叩き潰した。
さっき食べたお昼ご飯が勿体ないので、吐き気だけは強引に押さえたけどね。まぁ、押さえられる範囲で収まった。
身体を起こして、剣に付いたトンボ汁を剣を振って吹き飛ばそうとしていた所で、巨大トンボが剣の汁と共に消え、同時にピロン、と言う音が聞こえた。
そして何も見ていないのにヘッドアップディスプレイが開いた。そこには、
【アキアカネを倒した。経験値五十を獲得。次のレベルまで あと五十】
なんだこりゃ。
紅葉やキノコを倒した時には出て来なかったぞ。何が違うんだ? あ、勇者セット? もしかしたら、あの勇者セットとやらで、経験値を稼ぐ事が出来るようになったとか?
だとしたら…。
「ステータス!」
と、叫んでみた。
【勇者 Lv1 経験値50/100】
やっぱり出た。それにしても、ほとんど何も無いのと同じだなぁ。それでも後トンボ一回でレベルアップか。レベルが上がるとどうなる?
まぁ、レベルアップすれば判るか。なら、次の敵を倒すだけ。
でも、ステータスという割にはHPや状態が表示されないのは手抜きだよなぁ。
そう思いながら進むと次の敵らしき影が前方に現れた。さらに近づくと姿がはっきりする。
トゲの塊。
なんだ? ウニの化け物か? 大きさはやっぱり巨大で、地面からトゲの頂点までが俺の身長よりも高そうだ。ウニだと饅頭型の本体にトゲが生えている形になるが、目の前のトゲの塊は球形の本体の回りにほぼ均一にトゲが生成されているという印象だ。
ウニじゃ無い? とにかくトゲでの攻撃をしてくるんだろうな。トゲを飛ばしてくるかな?
構えて、トゲの塊の動きを待つ。すると、トゲの塊がコロコロと転がり出した。そして途中から勢いよく俺の方に突っ込んできた。
楯を前面に押し出したまま、真横に避ける。巨大キノコと似たような早さだったんで、幾分かは楽に躱せた。
俺の後方へと勢いよく転がったトゲの塊は、器用にもその勢いを保ったまま大きく曲がって俺の方向に再び進路を合わせた。
どうやって動いているんだ? とか思ったけど、キノコや皿と戦った後だから、どうでもいいやと気持ちを切り替えられた。
大事なのはどうやって戦うか。だな。
邪魔なトゲを削って、本体を攻撃しやすくするのが正解か? トゲは気にせずに本体を攻撃するのが最短だろうけど、あいにく俺が持っている剣だとやや短い。届くことは届くけど、突き刺すとなると身体にトゲが突き刺さる微妙な長さだ。
やっぱりトゲを削るしか無いな。石畳に当たる音を聞いても、かなり固いトゲと思われるので、振り回して体重を乗せた剣をすれ違いざまに叩き付ける必要がある。
なんか、今までの紅葉やキノコや皿との戦いが役に立っているのが妙に腹が立つ。
まるで俺を鍛えているようだ。
そうなのか? 違うのか? その真偽を確かめないとな。
そして、その成果を証明するように突進して来たトゲの塊を避けつつ、トゲの部分を削り取った。
削れたのはトゲの一部。だけど、そのせいで球形では無くなったために回転が出来無くなったようだ。また再生するかも知れないと思い、間髪入れずに二撃目を入れる。
今度もトゲを削るだけ。
そしてトゲに自爆攻撃する心配が無くなった所で剣を突き刺した。
妙な手応え。
生物的な感じじゃ無い。
でも、活動出来無くなるぐらいに『破壊』しなくてはならない、という前提の元、突き刺した剣をさらに押し込み、それから足蹴にしつつ剣を斜めにしてトゲの本体を割った。
あ。ウニじゃ無い。栗だった。
つまりトゲの塊はイガグリのイガだったわけだ。
割った中には栗が三個。真ん中のは剣を突き刺して中が溢れている。
確か、熟すと繭が割れるから、そこから広げるようにして収穫するんだったっけ。まぁ、熟すのを待つ気も無いし、収穫出来る大きさでも無かったけど。
剣を使って中の栗を完全に取り出すと、そこで栗が消えた。
ピロン。
【クリの実を倒した。経験値四十五を獲得。次のレベルまで あと五】
と、トンボよりも五だけ少ないのかよ。畜生。
ここで、ふと考えた。一度戻ってトンボとクリを討伐し直すとどうなるんだろう?
経験値でレベルアップ制をとっているのならそれが出来るはず。
疑問に思ったのなら検証作業を直ぐ実行。
と言う事で戻ってきた。ここには順路の看板も無いからやっぱり出来るみたいだ。
そして目の前にトンボが現れた。
同じように一度威嚇して飛び上がらせ、いつでも剣を突き刺せるように構えてじっと動かない。トンボが楯の上に掴まって動かなくなり、羽を少し下げた所で剣を突き刺す。
たいして力の無い俺の突きだから、さほどダメージにはならない様だけど、羽の付け根に突き入れれば一時的には飛べなくなるようだ。そして地面に落ちた所で剣を思い切り振り下ろす。
今回もトンボ汁が飛び散ったが、しっかりと倒せれば消えると判っているので遠慮しない。
【アキアカネを倒した。経験値二十五を獲得
勇者はレベルが上がった
第一位階の魔法が使用可能になった
火の魔法 水の魔法 風の魔法 土の魔法 光の魔法 闇の魔法 が解放された】
魔法来たー!
ああ、三十にもなっていないのに魔法使いになってしまった。あ、いや、勇者だった。
さっそく魔法を使って見よう、と思ったけど、使い方が判らない。
呪文を唱える? その呪文が書いてない。スロットに登録して短縮キーを押す? どこにあるっちゅーねん。
ヒントは無いか? ヘッドアップディスプレイに表示された文言を見てみる。第一位階? これは、まぁ、魔法のレベルみたいなモノだろう。言ってみれば火の魔法レベル1とか言う感じかな。
レベルが上がれば魔法の威力も上がるってワケだろうけど、使えない魔法のレベルが上がって、なんの役に立つんだ。
結局、魔法は使えないという結論に達して、仕方無く先に進むことを再開した。
チュートリアルステージをどこかで跳ばして来てしまったかなぁ。
再開してまた栗の実との戦い。
要領が判れば別に難しくも無い。獲得経験値は二十。トンボは一回目が五十で二回目が二十五。栗の実は一回目が四十五で二回目が二十。これって、苦労した分だけが経験値になるって事かな?
現実的ではあるけど、ゲーム的では無いよなぁ。
まぁ、使えないけど、魔法はゲーム的だけどね。
栗の場所を後にして進むと、次は虫。大きな羽と長い後ろ足が特徴の鈴虫だった。
そして羽を広げて立てると、こすり合わせるように細かく羽を震動させた。
リーン! リーン!
うん。遠ーくで聞く分には良い音色なんだろうな。でも、巨大化しているし、その間近で聞くとなると、ガラスを引っ掻いたような気に障る音が大音量で浴びせられる。
とんでもない音響兵器だ。
煩いんじゃなく、いや、煩くもあるんだけど、気に障る方が大きい。長時間、間近にいるだけでおかしくなってしまう。
両手は剣と楯で塞がっているから耳を塞ぐことも出来無いので、速攻で倒すべく突進して剣を振り下ろした。
しかし、剣を振り下ろそうとした所で、一瞬で鈴虫が消えた。
消えた?
改めて周りを見ると、俺の後ろの方に着地する鈴虫が見えた。
あ、跳ねたのか。
鈴虫の一種は成虫になった直ぐなら羽で飛ぶことも出来るらしいが、基本は飛ばないで跳ねるだけらしい。
跳ねる時だけは音を鳴らさなかったけど、着地して落ち着いたらまた音を鳴らし出した。
チッ。思わず舌打ちが出る。
攻めても跳ねて逃げられる。なら、着地地点を狙うか? あの跳躍の着地地点を予測するのはキツそうだけど、巨大化しているせいで動きはギリギリ目で追える。
ならやってみる。
俺は剣を振り回しながら鈴虫に向かい、剣の届く距離で振り下ろした。
同時に鈴虫が消える。
判っていれば、消えた瞬間に上を見るだけ。予想道理、空中だと簡単な進路変更ぐらいしか出来無いようだ。
大凡の着地地点が判ったんで、その場所にダッシュで向かう。間に合え!
鈴虫が着地する瞬間には間に合わなかったけど、こちらに振り向こうとする状況には間に合った。
とにかく剣を当てる。ただそれだけを目的に剣を振り下ろした。
危険を察して再び跳んで逃げようとしたんだろうな。
剣を振り下ろす力と、鈴虫が跳ぶ力が丁度噛み合ったようだ。
鈴虫は頭の部分だけを残して、胸から下が跳躍していった。
哀れな…。
とにかく鈴虫の頭を剣で潰して最後のとどめを刺す。昆虫って頭を潰しただけだと完全に死んだ事になりにくいって聞いたことがある。なので身体の方も潰さないとならないか? そう思ってたけど、頭を潰した段階で鈴虫は消えた。
【スズムシを倒した。経験値五十五を獲得。次のレベルまで あと九十五】
あ、レベルが上がった時点でのステータスを見てなかった。初めは五十でレベルアップだったから、たぶん次は百五十って事なのかな。だとすると、レベルが上がった時点で経験値リセットって事で、経験値の持ち越しが出来無いって事なのかなぁ。
序盤の戦いやすい敵を相手にレベルアップしてから次の街に行く、というパターンな俺としては、一度戻ってレベル上げしてから進むかを考えてみた。
トンボ、栗、スズムシ。
うん。レベル上げは次の敵を見てから考えよう。出来れば昆虫系じゃないと良いなぁ。
しかし次はバッタだった。
まぁ、なんとなくだけどスズムシよりは気分が悪くは無い。けど、所詮は昆虫。アップにするとやっぱりグロい。
戦う相手だから、だろうけど、巨大なんで細かい所が良く見えちゃうんだよ。もしも後ろ足で直立二足歩行したら、俺の身長に近いかも、ってぐらいの大きさがある。
基本は草を食べるらしいけど、あの大きさだと食べなくても噛みつかれればかなりのダメージになるだろう。そしてスズムシよりもジャンプする、はず。
戦い方はスズムシと同じ筈。だけど、身体がスズムシよりも太くて頑丈そうだ。
まずはジャンプさせて、着地地点を狙おう。と、思って斬りかかったら、なんと俺の方に体当たりするように跳んできた。
ドコッ!
ギ、ギリギリだった。
楯を構えながらだったんで、ギリギリ楯で受けて、右上方へと受け流せた。
それでも完全に受け流せたわけじゃ無く、かなりの衝撃を受けて斜め後ろに弾き飛ばされて尻餅をついてしまった。
やっぱり、少しずつ強くなって行っているのか。
スズムシと同じようには行かない。
腕はまだ痺れているけど、動かないわけじゃ無い。どんな戦い方にする?
考える暇も無く再びバッタが跳んできた。今度は距離があったし、剣を振り下ろそうとした動きをとっていなかったのであっさりと避けられた。でも小学四年生ぐらいと同じぐらいの体格のバッタが野球のボールのような速度で跳んでくるのはかなり怖い。ぶち当たった時の衝撃も強いし。
あれ? 別に剣で傷つける必要無いんじゃない? とどめには剣も必要かも知れないけど、行動不能にするための大きな攻撃を楯でするのはどうだろう?
いわゆるシールドバッシュ。基本は楯で受け止め、押し返す動きだけだけど、勢いを付ければ相手にダメージを押しつけることも出来る。
…っと良いなぁ。
もう一つ浮かんだ戦い方があったけど、ソレは保留にした。
根性でバッタの跳ぶ速度に合わせて剣を振り下ろす、と言うモノだったから。このまま行けば、ソレも習得しないとならなくなるかも、という不安が…。
とにかく、バッタの攻撃を楯で受けきってみよう。今まではフットワークを軽くする様に心がけていたけど、今度はインパクトの瞬間にしっかりと踏ん張らないとならない。
キノコの時も似たような事をしていたけど、今度は受け流すんじゃ無くて受け止め、弾き返すというかなりの力業。失敗したら直ぐに窮地に追いやられる。気を引き締めないとな。
まずは攻撃してくる距離を測ろ…、どわぁぁぁぁ!
距離とか関係無かったよ。こっちを視認した途端に攻撃してきた。バッタって、こんなに攻撃的じゃ無かった気がするけど、こう言う場所にいる化け物だから、そういう風に改造されてるのかも。
とにかく、少し距離をとって、勢いが削がれた状態で受け止めてみよう。
バッタは方向転換を終えようとしている。その間にゆっくりと後退して距離をとる。しかし、大きく距離を稼げた感じはしない。まぁ、狭い場所だしなぁ。
それでもバッタは攻撃してくる。
俺は構えた楯に体重を乗せるようにしてバッタの攻撃を受け止めた。
ドン!
ハンマー攻撃を楯で受け止めるとこんな感じなのかなぁ、という音が響いて、楯から圧力が消えた。
その瞬間に剣を思い切り振り上げ、それから楯を横にずらしてバッタを確認。おそらくバッタがそこに居るだろう、という予想だけで剣を振り上げたから、もしもバッタがそこに居なかったら致命的な隙を見せることになる。
でも、まぁ、バッタはそこに居た。
なので、振り上げた勢いを殺さずに剣を振り下ろした。
が、少し予想と違った所にいたようだ。剣はバッタの胴体をかすってバッタの足を切り砕いた。
バッタの左側の前足と中足を失ったバッタはまともに立てなくなった。それでもジャンプで避けようとしたのか、斜め上に跳んで行って地面に横倒しになった。
コレをチャンスと見て、ダッシュでバッタに走り、何処でも良いからと剣を叩き付けた。
剣はバッタの頭を直撃。バッタの頭がかなりヘコんだ。
それでも大きなダメージにはならなかったようだ。痛みを感じていないのか? もしくは痛みが鈍いとかかな?
幸い動きだけは鈍くなったから、何度も剣を叩き付けて頭を潰した。
最後は餅つきの気持ちだったのは内緒にしておこう。
【トノサマバッタを倒した。経験値六十五を獲得。次のレベルまで あと三十】
やっぱり倒す相手の強さと経験値が順当に上がってる。きっとこの後の化け物との戦いも難しくなっていくんだろう。
うん。苦手とか言ってられない。一度戻ってレベルを上げよう。
と言う事で鈴虫の所まで戻ってきた。
うん。しっかりといたよ。何処にも損傷が見られない完全状態の鈴虫。
やっぱりジャンプした鈴虫との追いかけっこ。要領は判っているけど、だからと言って片手間に倒せる相手でも無い。
【スズムシを倒した。経験値三十を獲得
勇者はレベルが上がった
火の魔法 ファイアーコントロール
水の魔法 アクアコントロール
風の魔法 ウィンドコントロール
土の魔法 ソイルコントロール
光の魔法 ライトコントロール
闇の魔法 シャドウコントロール
を覚えた
神聖魔法 が解放された】
おお! 魔法が!
って、コントロール? 制御?
えっと、たぶん、これだけじゃ魔法は使えないんだろうな。うん。判ってた。な、泣いてなんかいないよ! グスッ。
魔法が解放。それからコントロール。うん、次辺りに魔法が実際に使えるんだろう。
い、いいじゃ無いか、夢を見たって。
とにかく戦って経験値を稼ごう。次は栗の実だ。
【クリの実を倒した。経験値二十を獲得。次のレベルまで あと二百三十】
くそう。次のレベルまでは二百五十が必要なのか。今やっと二十を獲得。
【アキアカネを倒した。経験値二十を獲得。次のレベルまで あと二百十】
アキアカネは一番初めは五十の経験値だった。二度目は二十五。三度目が二十と言う事は、やっぱり倒すための苦労がそのまま経験値になるってワケだ。
【クリの実を倒した。経験値十五を獲得。次のレベルまで あと百九十五】
【スズムシを倒した。経験値二十五を獲得。次のレベルまで あと百七十】
【トノサマバッタを倒した。経験値四十五を獲得。次のレベルまで あと百二十五】
あー! レベルアップ作業がこんなに面倒だなんて思わなかった。いや、実際、面倒だとは思ったけど、自分の身体で実際に動くとなると、面倒くささがとんでもないレベルだ。
それでも、泣く泣くもう一往復。
三度目のトノサマバッタを倒した所でレベルアップした。
【トノサマバッタを倒した。経験値三十を獲得
勇者はレベルが上がった
火の魔法 火の顕現
水の魔法 水の顕現
風の魔法 風の顕現
土の魔法 土の顕現
光の魔法 光の顕現
闇の魔法 影の顕現
神聖魔法 セイントコントロール
を覚えた
空間魔法 が解放された】
えーっと、顕現って何? 現れるって事?
どうしよう。やってみる?
ファイアーボールじゃ無かった事に落胆しつつも、一度試してみようと思った。で、楯を持っている手に剣を持たせて、片手を空ける。そして手のひらを上にして広げ、そこに火が出来る事を想像した。
「火よ!」
やってみたら手のひらの上に火が出てきて燃えている。
「うをおおお?」
って驚いたら消えちゃった。
もう一度。
「火よ!」
と言うと、また手のひらの上に火が灯った。モノは、壁に有る灯りと同じ様な感じだ。あ、見えてたから参考にしたって事かな。
試しに大きくなる様に念じたら、そのまま大きくなっていった。
うん。徐々に大きくなるイメージで想像したら、その通りになった。
手のひらの上に火が灯っているけど、手のひら熱くない。いや、火が近くにあるのに顔も熱くない。これって、ただ見えているだけ? コレだったら単なる灯りとしてしか使えそうも無い。
しかし、魔法の炎は術者を燃やさない、というファンタジーを読んだ覚えがある。
まぁ、自分を焼かないのは良いとして、ただ火が灯っているだけってのは意味が無い。コレが飛んでいけばファイアーボールとかって誤魔化せるんだけど。
って想像してたら手のひらの上の火が飛び出した。
あ、想像したとおりの動き。と言う事で操作してみることに。
なんか心で動かすラジコンみたいだ。上下左右に簡単に移動する。あれ? 一定の距離の所で操作が上手くいかない。ああ、コレが俺の魔法操作の限界距離ってワケか。それでも火は燃えているから、顕現させた火そのものはもう少し先まで持つんだろう。
と言う事で距離を測ることにした。
ここの通路は約十メートルぐらい。なので始めに通路の壁に背をついて、反対側の壁に向かって火を動かしてみた。
結果、グルグルと俺の周囲を動かせるのは約三メートル。三メートルのちょっと手前から投げるように火を押し出すと、放物線を描いて飛んでいき、壁に当たって拡散した。
当たった所を、近づいて見てみると、微かだけど焦げている。やっぱり、術者を焼かない仕様のようだ。ならば次は火の威力の調整だろう。
手のひらの上に火を出して、『俺にはなんの影響も出さないように超高温になれ』と適当な考えを念じてみた。すると、赤っぽかった火が黄色になり、どんどん白っぽくなる。
同時に、周りから風が集まり、上にドンドンと流れていく。じょ、上昇気流?
慌てて火を消したんで、風は直ぐに収まった。
ヤバい。火は俺自身を焼かなかったけど、しっかりと周りを焼いていたようだ。まだ魔法の火を出しただけで、何も焼かなかったから良いけど、何かに燃え広がったら今度は燃焼で二酸化炭素が発生する。場所にもよるけど、密閉された空間や空気がよどむ場所だと酸欠の危険もある。
薪に火を付ける程度なら一般的な火のイメージの赤い炎で良いんだけど、攻撃に使うならさっきのような黄色から白の色の炎が良い。だけど、あまりに大き過ぎると二次被害が出る。
ならパチンコ玉ぐらいの大きさなら? と、思いついたんで実行してみる。
『パチンコ玉の大きさの高温の炎!』という想像通りに手のひらの上に白く光るモノが現れた。
ソレを動かし、思い切り一直線に飛んでいくイメージ。
うん、成功。
敵が三メートル以内にいれば、高温の炎を張り付かせて焼き尽くすことも出来るけど、それ以上離れていたらぶつけた瞬間にしか威力が発揮出来ない。十メートル以上先なら、投げる強さにもよるけど、地面に落ちて拡散だろう。試した所、十五メートルぐらいで何にも当たっていないのに拡散していた。
つまり、有効射程十メートル程度のファイアーボールというわけだ。
低レベル魔法使いの火の攻撃魔法としては上等な部類だろう。
火が上手くいったんで、次は水の魔法。
水も操作出来るのは三メートルぐらい。三メートル以内なら水の塊を出して、一気に霧散させる事も出来た。ただ、強引に『蒸発しろ』と念じたけど、ほとんどが霧散して周りがほんの少しだけ冷えた感じがしただけだった。
結局出来たのは、水道のホースで蛇口全開で出す程度の水流だった。
風も似たような感じで、土は手の届く範囲で一時的な竈を作るか小石程度を弾き飛ばすぐらいで、手でやった方がお手軽だなぁという感想に終わった。
光は本当に明かりのみで、闇は手近に影を作るだけだった。
きっと、レベルが上がれば良い事もあるさぁ。と自分を慰めるのも慣れてきた事が悲しかった。
とにかく攻撃手段が増えたことは間違いない。
ゲームなら攻撃魔法の使い勝手を確かめるために、また戻って同じ敵と戦ったりするんだけど、いい加減同じ敵と戦うのも苦痛だ。一番初めに戦った時の半分以下の経験値しか得られないから、余計に苦痛に感じる。
と言う事で先に進むと、次の敵が見えてきた。
銀色? 細長い。しかも三つぐらい有る感じだ。なんだ? とさらに進むとその姿がはっきりしてきた。
三匹のサンマだよ。
特徴としては下顎の方が少し長く、長い胴体は同じ様な太さで直線的だ。
それが二メートルぐらいに巨大化している。しかも三匹。
初めての一対複数の戦いか。
って、地面に落ちている様にしか見えないんだけど、どう戦うんだ? っと思っていたら、三匹が浮かび上がり、空中を泳ぎ始めた。
凄い勢いで空中を突進してくる。しかも三匹。
えっと、もしかして突き刺し攻撃? めっちゃ、焦りながら避けているけど、一体が二メートルもあるから楯で受け止めるのは無理だろう。三体は今は揃って泳いでいるけど、個別に連携とかするのかな? するようだったらヤバい。
なら、複雑な連携をされる前に倒さないと。
しかし、三匹纏めて空中突進攻撃をしてくるんで、避ける幅が大きい。楯で反らす事ぐらいは出来そうだけど、受け止めたら弾き飛ばされてしまいそうだ。なので剣を突き出すタイミングがとりにくい。重い剣だからどうしても一テンポ遅れてしまう。腕のように軽々と振り回す筋力は持ってないよ!
レベルが上がれば筋力も上がるかな? とか都合の良い事を想像してたけど、魔法が増えただけだった。
あ、魔法があったんだ。
俺は剣を楯の方の手に持ち替え、空いた手のひらに白くなるほどの炎を出して、手のひらの移動と合わせて動く様にと念じて顕現させた。
左手には木の楯。右手には炎の楯だ。
離れた場所で方向転換して、再び俺の方に突進してくるサンマを避けつつも、炎の塊で撫でるように手を差し出す。
ジュッ!
水分が一瞬で蒸発する音がして、良い匂いも漂った。
ヤバい。醤油と大根おろしとカボスが欲しい。カボスが無ければスダチでも良いぞ。
ほどよく焼けたサンマは地面に落ちて消えた。倒せば消えるというお約束がこれほど憎いと思った事は無い。
とにかく残りは二匹。
仲間が焼きサンマになったにも関わらず、二匹のサンマは同じように突っ込んできた。でも、戦い方が判ったからにはもう雑魚でしか無い。
ピッチングマシンの速い球と同じぐらいの速度で二メートルの杭が飛んでくるのは恐怖ではあるけど、倒せたという安心感が俺に余裕を持たせる。魔法を使える様にしておいて良かった。
そして難なく残りも倒せた。
【サンマAを倒した。経験値八十を獲得。次のレベルまで あと三百二十】
【サンマBを倒した。経験値八十を獲得。次のレベルまで あと二百四十】
【サンマCを倒した。経験値八十を獲得。次のレベルまで あと百六十】
うおっ! ここに来て大量の経験値。あ、そうか、ここをクリアして始めて魔法が使えるようになるのか。
一度戻って経験値稼ぎをしたため、一ステップ先取りしていたって事だね。
ただ、そうすると、魔法を使わないでサンマを倒す技量を習得出来なかった事にもなるのか?
たぶんサンマの速度に合わせて剣を振るう、とか言うのだった可能性もある。次に進んで、また戻って剣のみで倒すか?
うん。やめよう。面倒くさい。
あまり戻る必要の無いシステムみたいだけど、やっぱり心の余裕は必要だろう。と、言うことで三つ進んで二つ戻るぐらいのペースで行けばいいんじゃ無いかと皮算用する。
面倒くさいのやキモいのだったら戻りたくは無いと言う本音付きの予定だ。
そして進む。
次はイチョウだった。緑では無く黄色い葉を飛ばしたり、固い銀杏の実を飛ばしたりしてきた。
その次はデカい角のある鹿。次はヒヨドリの群れ。その次はなんと案山子だった。
【カカシを倒した。経験値二百八十を獲得
勇者はレベルが上がった
神聖魔法 神聖顕現
空間魔法 ルームコントロール
を覚えた
第二位階の魔法が使用可能になった
複合魔法二種 が解放された】
複合魔法ってのは火と風を同時に出して合わせるとかいうモノだろう。問題は神聖魔法だな。幽霊を祓うという系統の神聖か、それとも治療魔法とかの系統かで使い勝手も変わってくる。
まぁ両方試してみよう。
手から出すと言うのも良いけど、今回は手に持った剣から出してみることにした。
剣を掲げ、幽霊系統を祓う光が出るイメージ。
すると、剣から純粋な白い光が溢れた。
『ああ、争いなんて意味の無い事だ。心は平穏な安寧を求めているのだから、このまま光に溶けてしまおう。ああ、幸せだ~』
っと、ヤバい!
今、一瞬、生きたまま成仏する所だった!
魔法を切ったから今はそうでも無いけど、発動中はめっちゃ幸せを感じてた。これなら本当に幽霊が浄化されるよ。生きている相手でも、コレなら余計な争いは収められる感じだ。
神聖魔法。マジ、ッパ無いッス。
これぐらい巫山戯ないと、神聖魔法の虜になって自滅しそうだ。健康を害さない麻薬みたいなモノで、常用習慣になりそうでヤバい。
気を取り直して、今度は治療系統を試してみよう。
今までの戦いの中で、特に手とかには擦り傷や痣が多い。特に楯を構えていた左腕には革で出来た帯との間で痣が出来ている。楯を地面に置くのは怖いので。右脇の下に挟んで左腕の袖をめくりあげ、痣になった所を剥き出しにした。
全てを癒やす暖かな光をイメージ。
右手は剣と楯で塞がっているので、痣の出来た左腕を目の前に掲げているだけなんだけど、左腕が光に包まれて行く。そして身体全体もほんのりと暖かくなり、緊張や筋肉疲労、痛みなどで軋んでいた所が強制的にほぐされる感じがする。
見ている目の前でも痣が消えていった。
っと、もう大丈夫と思った所で魔法を切らないとな。過度な治療魔法は肉体を壊す可能性がある。ソレがコレに該当するかどうかは判らないけど、治療中は気持ちいいから、浄化の魔法と同じで常用中毒になる可能性もある。
使うのと使われる両方で、かなりの精神的な強さが求められる魔法だ。
治療の気持ち良さは、ほどよいマッサージ程度だから直ぐに切り替えられるけど、浄化はマジでヤバい。
空間魔法と複合魔法は、顕現していないからまだ使えないだろう。空間魔法って転移とかかな? 無限収納のアイテムボックスかな? ワクワクが止まらない。
次へと進む。
次の敵は人間だった。いや、間違い。人形だった。しかも全身をびっしりと菊の花で覆った人形。いわゆる菊人形だね。それが菊の花びらで花吹雪を使って幻惑してくるなんて。
その次は柿、アケビ、サツマイモの三点セット。柿は渋柿みたいだし、アケビは戦っている最中に割れて中から種で攻撃してきたし、サツマイモは地面に潜り、ツタで縛り付けてくるという変則攻撃で苦労した。
そのおかげでレベルも上がり、空間魔法が顕現した。
でも、アイテムボックスは出来無くて、俺が認識出来る範囲で空間を繋ぐ事が出来るだけだった。具体的に言うと、俺の認識出来る空間は今は見えている場所の約二十メートル四方。見えない地面の下や壁の向こうは認識出来ない。認識出来る範囲であれば、身体一つ分の移動で二十メートルを移動出来るようになる。
緊急避難には使えるけど、普段は特に必要の無い魔法だ。二十メートルなら歩いた方が楽だ。
次へと進むと雰囲気が一変した。
今までと同じ様な石畳なんだけど、全体として円形の闘技場を思わせる作りだ。そしてど真ん中に何かが立っていた。
近づいて行くとはっきりしてくる。いくつもの看板とお立ち台だね。
看板には『ようこそ』『四天王登場』『暴牛のバイオレンス=ブル』『四天王の中では最弱』『ここがお前の墓場だ』『逃げるなら今のうち』『あのよろし』
四天王なんだ~。それにしてもツッコミどころの多い看板だ。暴牛のバイオレンス=ブル? 激痛のハードペインとか言うのと似たような匂いがするな。四天王最弱って、後から出て来た四天王が言う台詞じゃないのかなぁ? 最後のあのよろしってなんなんだよ。
じっと見つめていたら久しぶりのヘッドアップディスプレイが開いた。
【あかよろし 明らかに優れている様】
え? あかよろし、って読むの? あ、よく見ると『の』の上に小さな横棒が書いてある。アレで『か』と読むのかぁ。
なんて感心してたら、お立ち台がゆっくりと下がってきた。同時に看板群も消えていく。
そしてお立ち台の上に立っていた存在がはっきりする。
牛だ。
乳牛系じゃなく、闘牛とかバッファローとかいう系統の牛を強引に直立二足歩行にした格好をしている。古代ローマのコロッセオで戦ったグラディエーターの様な格好をしているが、明らかに牛だ。俺の胴体と同じぐらいの鉄の塊のハンマーを持っている。その手は太い指が二本だけ。その二本、両腕で合わせて四本でハンマーの柄を握っている。
ハンマーの柄を握りだけならアレでも良さそうだけど、明らかに細かい運用は考えていない作りだ。つまりパワーで押し切るタイプなんだろう。あ、元々が牛だから偶蹄目って事か。
その牛がハンマーを振り上げて突進して来た。
足で走っての突進なのに、いきなりサンマと同じぐらいの速度だ。その突進のままにハンマーを打ち込んできた。
命からがらで避ける。
楯でいなすとかも無理だ。少しでも触れればその勢いのままに叩き付けられる。
なら魔法だ。
土の魔法で落とし穴は無理でも、足を躓かせる窪みや突起は作れるか? 突起だと体重と勢いで蹴散らされるだろうから、窪みの方が良いだろう。
一個だけだと意味が無さそうなので複数個をランダムに空ける事にする。あの牛の頭なら、足下をしっかりと見るとかは難しそうだ。
さらに、光の魔法で明かりを出し、出来るだけ俺から離れた場所に出現させて状態を維持する。初めは三メートルぐらいだったけど、今は十メートルが友好操作距離だ。
そして土魔法で掘った穴に来るように俺自身の位置取りを整え、牛の顔近くに光をちらつかせる。牛と俺の距離は二十メートルぐらいか。光は十メートルぐらいしか離せない。なので、丁度中間ぐらいの位置で光をヒラヒラと舞わせて牛の気を引く。
「ぶもぉぉぉぉぉ!」
牛の雄叫びか? 牛が叫んで俺に突進して来た。
牛が十メートルぐらいに来たら光を一瞬だけ明るすぎるぐらいに閃光させて魔法を消す。
目くらましだ。
そして牛が躓いて盛大な音を立てて倒れた。
チャンス!
めい一杯高温にした白く輝く炎の塊を顕現させ、俺から離れた位置にキープ。一気に操作して牛の頭に張り付かせた。
ぶつけると弾けて消える場合もあるので、出来るだけギリギリの位置をキープするのが難しい。それでも高温で牛が焼かれていく。柔らかい牛肉の場合はレアが美味しいんだけど、こいつはどう見ても筋張って固そうだ。故にウェルダンの上を行くベリーウェルダンだ。
「グワァァァァァァ!」
あれって牛の悲鳴かな? 一声泣いたと思ったら、腕が焼かれるのもかまわずに炎の塊をなぎ払いやがった。
その所為で炎の魔法がかき消された。
「フーッ! フーッ!」
牛の荒い息づかいが十メートルぐらい離れている俺にも良く聞こえる。怒っているというレベルじゃ無いな。憤怒という感じだ。
頭の半分が焼けただれているのも怖い。俺がやったんだけどね。あ、片目が白く濁ってる。残っている方の目もダメージを受けているだろうから、視力はほぼ無くなったと見ていいだろう。
なら蛸殴りだ。火の魔法だけどね。
そして何発も動けなくなった牛に炎の塊をくっつける。焼かれるたびに牛は腕やハンマーで周りを払うけど、消されてもまた魔法を撃つだけだ。
そして全身から白煙を上らせながら牛が倒れた。
【暴牛のバイオレンス=ブルを倒した。経験値千を獲得
勇者はレベルが上がった
複合魔法二種 火+風 火+水 火+土 水+風 水+土 風+土
を覚えた
次元魔法が解放された】
レベルも上がったし次に行こうとしたら、牛が倒れた場所に何かがあるのが見えた。
見ると何かの塊の様だけどはっきりしない。剣先でツンツンしてみるが動く気配はない。なので剣先を使って持ち上げてみたら革のコートだった。ビジネスマンが着ていそうなおとなしめのデザインだけど、普通に一般でも通用しそうなコートだ。
【暴牛の革コート 衝撃緩和能力(大) 防寒性能(中) 四つのポケットはそれぞれ個別の空間収納(小)になっている】
おお! いわゆるドロップアイテムか。しかも性能が良い。
剣や楯を地面に置くとそれが消えてしまう可能性があるので、ずっと手に持ったままだった。ポケットとは言え、自前の空間収納にしまうのであれば、たぶん消えないと思うので、さっそく試すことにする。
コートを持ち上げて、ポケットに剣を突き刺して収納する。
手のひら一つ分ぐらいの大きさしか無いはずのポケットに八十センチ以上ある剣が全て入ってしまった。凄い。実は裏に突き抜けていた? とかの可能性をコートを振って確認してみたけど、コート自体の重さしか感じなかった。
反対側のポケットに、今度は楯を収納してみる。
剣ならポケットの口に入るけど、楯だと見ただけで判るほど無理がある。なのにすっぽりと収納された。まるで青いタヌキ型ロボットのポケットみたいだ。
そして両手が自由になった俺はそのコートを着てみることにした。
前は開けたままだけど、普通の着心地の革のコートだ。特に臭い匂いは無いし、肌触りも良い。普通に革製品の匂いだけだ。
ポケットに手を入れて見る。
頭の中にポケットに入れたモノの雰囲気が伝わってくる。右手のポケットには剣。左手のポケットには楯が入っているのがしっかりと判る。そのままポケットの中で手を広げ、剣と楯を握って引っ張り出してみた。
本当に取り出せた。凄い。
手を入れた感触から、何故かポケットの性能が判った。
持ち上げるのに苦労するような物は無理だけど、片手で無理なく持ち上げられる程度の重さと大きさの物なら五個前後は収納出来るようだ。五個前後と言うのは、収納した物によっては二枠使ったりする場合もあるかららしい。三枠使う様な物は収納出来ない。そして、小さな物なら一枠の中に纏めて収納する事も可能なので、物の大きさで使い方が変わるようだ。
とにかく便利だ。衝撃緩和もあるのでこのまま着ていこう。
牛のコロッセオを抜けると、そこは林道だった。
なんだコレ?
左右は相変わらず十メートルぐらいなんだけど、周りは全て紅葉した木々で埋め尽くされている。試しに木の間を抜けようとしてみたけど何故か進めい。とりあえずそういう仕様らしい。
上は紅葉した葉っぱで覆われているけど、太陽の光? らしきモノがしっかりと照らしている。
ここじゃ、火の魔法は使えそうも無いな。
足下は普通の土の地面だけど、半分ぐらいは落ち葉で覆われている。コレに火が付いたら、と考えるとちょっと怖い。魔法の火は自分を焼かないけど、周りに延焼した場合にソレが適用されることは無いと思う。
どんな戦い方が出来るか考えながら歩いていたら、前方に敵らしき影を見つけた。
さっきまでは暗めの地下ダンジョン風だったけど、今は野外の紅葉した林道だ。暗く何も無かった石畳の場所と比べたら、ここは色々な色彩があって認識が甘くなる。近場で組み合えば別だけど、遠くに隠れるとかだと判りづらい自然の迷彩だ。
いや、まぁ、判りづらいんだよ? 本当に。
明るい黄色と赤が入り交じった紅葉の風景の中に、トウモロコシが敵として現れるとか、ってどんな状況だよ。
文句を言っても聞いてくれる相手がいないので取っておく事にする。
トウモロコシは長さ一メートルちょいぐらいで、葉に包まれたまま状態で飛んできた。
しかも六本も。
さっそく衝撃緩和能力(大)の出番か? そう思っていたけど、途中で包葉が剥けて中の黄色い実があらわになった。そしてさらに飛んで近づくと、中の種が弾けて周りに拡散した。
弾けて飛ばされた実が周りに当たるとさらに爆裂した。
クラスター爆弾かよ。それか、爆裂種とかいうポップコーン用のトウモロコシか。
ほとんどは俺以外の場所に飛び散ったし、俺の所に来たのも楯で防げたけど、倒すとなるとどうすれば良いんだ?
剥けた抱葉と芯だけになったトウモロコシが飛んで戻っていく。その途中で抱葉が芯を包む。もしかして、アレで中の実が復活してる?
無限に食べられるトウモロコシなら魅力だけど、無限生産されるクラスター爆弾が敵になるとかは勘弁して欲しい。幸い、一つ一つの実の爆裂自体は大したことが無い様だけど、連続で来られるとまず詰む。
そう思っている間にも、二本目、三本目のトウモロコシが発射されている。
楯とコートで防いでいるけど、このままじゃ拙い。一応攻撃パターンは判ったから、爆裂の実を発射する直前に近くに寄って楯で耐え凌ぎ、芯だけになった所で剣で叩き切るのがいいだろう。
うん。まぁ、トウモロコシが一本だけならね。
実際は他のトウモロコシが直ぐ次に控えているから、俺からの攻撃タイミングが非常に短い。
場合によっては攻撃を中止して次のトウモロコシの攻撃を防がないとならない場面が多かった。
それでも六本のトウモロコシを倒しきった。レベルは上がらなかった。
ふと、ここで戻ったら、四天王が復活してるかな? そう思って本当に戻ってみた。
結果は、四天王の代わりに普通サイズのイノシシが居た。普通サイズって言っても、全長が一メートルちょいの大人のイノシシ。巨大化しているのが多いから、普通サイズだと小さいとか思っちゃう。けど、一般的には普通の大人のイノシシは危険な猛獣だ。油断せずに行こう。
それでも、四天王の牛と比べたら見劣りしてしまう。
一応四天王の牛と同じように穴を掘り、光で攪乱しつつ、躓いたら火であぶった。
ああ、やっぱり簡単だった。あの命がけの駆け引きみたいなモノが感じられなかった。あれ? 俺って戦闘ジャンキー?
そんなはずは、と思いながら再びトウモロコシ。二度目となると少しだけ簡単だと思うようになってきた。
トウモロコシの次はホオズキだった。漢字で書くと鬼灯。黄色と赤がまだらに入り交じった紅葉の色を背景に、赤い巨大な鬼灯が空中に浮かんでいる。
よく見ると中の実が光っているように見える。死者の提灯という意味の鬼灯にちなんで、本当に灯りになってるのかな?
どんな動きで来るのだろうと思ったらいきなり消えた。
空間跳躍? 転移? 瞬間移動?
なんか後ろの方に気配があるような気がする。と思って振り返ったら、真後ろに鬼灯が浮かんでいた。
「どわっ!」
思わず叫びながらその場から逃げた。どうしてそこに? と思うまもなく鬼灯が消えた。後ろに回り込む性質か? と思って振り向くとやっぱり居た。
そして消える。そしてやっぱり後ろに。
パターンは判った。なら、後ろに来たと思った瞬間に剣を真後ろに向かって振り抜く。
手応え有り。
でも倒せた感じじゃ無かった。さらに周囲を警戒しつつ、真後ろに来たと思った瞬間に剣を振り抜く。
今度はしっかりとした手応えがあった。
地面に落ちた鬼灯はそのまま消えるかと思ったけど、なんと、赤い皮が剥けて赤い実が剥き出しになった。そしてやや明るく光っていた実がさらに光を増す。
少しだけ離れていた俺にも判るほど温度が上がっている。
あ、ヤバい。高温攻撃に切り替わったのか。こんな所でそんな事をしたら火事の原因にもなる。そんな事になったら、俺がヤバい!
鬼灯はまだ地面に居たんで、そのまま踏み潰した。
靴の裏と熱との勝負かな、とか思ったけど、そんなに高温の被害は無かった。もしもあのまま高温になるのを止めなかったら、どうなっていたのかは判らないし、試すわけにも行かなかっただろう。
【ホオズキを倒した。経験値八百五十を獲得
勇者はレベルが上がった
次元魔法 ディメンションコントロール
を覚えた
次元顕現 アイテムボックスを覚えた】
あ、レベルアップだ。計算ではトウモロコシの前か後ぐらいでアップすると思ったけど、少し足りなかったのかな。でも、まぁ良い。念願のアイテムボックスだ。もっとも、コートのポケットの収納が有るのでありがたみとしては半減だけど。
アイテムボックスと念じると、周りの空間全てが擦れた様に見えた。頭の中では、コレがアイテムボックスの中身と現実世界の周囲を同時に見ている状態だと理解出来た。自分以外は見えない仮初めの視覚だ。でもこれだと見聞もし難いので、右肘ぐらいの位置に丸い窓のように表示するように念じた。
今は何も入っていないので判りにくい。なので剣と楯を入れて見た。
成功。
アイテムボックスから意識を反らすと直ぐに見えなくなるが、アイテムボックスと念じれば直ぐに同じ位置に現れる。
入る容量はポケットの比じゃ無く、学校の教室一部屋分ぐらい。レベルが上がれば容量も増えていくようだ。
他に判った事は、アイテムボックスに生き物を入れる事は出来る。但し、固体としての意識がある存在だと、その意識を壊してしまう事があるらしい。具体的に言うと、人間を強引に収納すると収納中は時間停止しているが、取り出した時には自意識が壊れて廃人になってしまうそうだ。廃人にならなくても、まるで別人の様になってしまう事から、魂が収納されなかったせいだと言われる事もあるとか。
いや、コレ、誰が言ったの?
とにかく、その所為で自意識を持つ存在を収納しないようにフィルター機能が付いているらしい。理屈や原理は不明だ。
あ、アイテムボックスの魔法が顕現したと言う事は、これからドロップアイテムが増えていくと言う事か? ちょっとワクワクしてきた。
そして次の敵は四天王だった。
やっぱり紅葉の木々が円形コロッセオのようになっており、真ん中に四天王らしきモノがいた。
例によって看板もある。カフェとか軽食屋の店の前に置いてある黒板になっている立て看板だ。チョークで書いたらしき色々な文字が躍っている。
『四天王やってます』『四天王の中では二番目に弱い』『お前がコレを読んでいると言う事は 四天王はもはや三人だと言う事だ』『オススメはタルタルソースで食べるエビフライ定食』『俊敏のキーン=タイガー登場!』
まぁ、ツッコミはこの際どうでもいいや。
出て来た二人目の四天王は。
虎だった。
酒は飲んではいないようだ。
主に熱帯の密林や動物園にいるネコ科の大型食肉目の虎。ソレが二本足で立っている。俺の知っているネコ科の体型とは違って腕と足が長くなっている。でも指は短めだけどデカくて鋭い爪が伸びている。
ネコってのは身体が伸びるから、実際はもっと胴長なのかも知れない。
うん。実際に近所のネコで試したから確かだ。脇の下に手を添えて抱き上げたらミョーンっと伸びたんだよ。
犬は抱き上げてもほぼ見た目通りの長さなのになぁ。アノ理不尽な仕組みを解明出来れば、合体ロボットの変形とかも現実味を帯びると思うんだけどなぁ。
おっと。くだらない事を考えている間に虎の方の準備が出来上がったようだ。
この虎も牛と同じ様な、古代ローマの剣闘士の様な格好をしている。でも得物は無いので、爪とスピードが売りなのかも知れない。
この虎相手には、牛のような躓かせ攻撃は無駄になりそうだ。でも光での目くらましは有効だと思う。
たぶんスピードとパワーが持ち味だろうから、動き始める前に妨害しないとならない。
つらつらと対応を考える。俺も慣れたなぁ。
そして虎が消えた。
瞬間移動とかじゃなく、高速移動だ。少しだけど残像が見えた。
光で攪乱? いや、間に合わない。火で防御? 何処に出すかが問題。一瞬でここまで考えたが間に合わなかった。
ドガッ!
背中を強烈に殴られた。その強烈さに身体が前方に飛ばされ、転がされる。身体を横にして転がるが、剣と楯を保持するのが辛いほどだった。
しかし、殴っただけ? いや、たぶん爪で引き裂いたんだろう。だけどコートの衝撃緩和能力(大)で強烈に殴られた程度で済んだワケだ。
実際に背中を見てみないと判らないけど、もしかしたら背中を切り裂かれているかも知れない。
強敵だ。これ以上強いのが他に二人と、さらに魔王がいるのか。結構キツい。
とにかくこの虎をなんとかしないと。
俺は弾かれたように立ち上がり、直ぐに周囲を警戒する。虎、というかネコ系は背中を見せると襲ってくると言う性質を本能的に持っている。高速移動するあの虎も、後ろに回る方が攻撃しやすいんだろう。と言う事で、警戒しつつグルグルと回る。背中は見せない、というスタンスだ。
さらに火の魔法を出し、高温状態を維持しつつ、背中から二メートルぐらい離れた場所に固定する。こうしておいて回れば、背中から襲ってくる事も難しいだろう。確実な解決策じゃ無いけど、対応を考える時間稼ぎは出来る。
それにしても、先ほどやられた背中がジンジンする。もしかして切られたか? 背中なんで見る事も出来無いし、両手は塞がっているから触って確かめる事も出来無い。さらに周囲を警戒しながら回っているから剣をしまう事も出来無い。
幸い地面が紅葉の落ち葉ばかりなんで、出血していれば判るし、液体が背中を流れる感触は感じていない。
切られたとしても出血多量になる程は切られていないと言う事だろう。もしくはコートが良い仕事してくれたか。
それでも呼吸するたびに背中が響く。治療魔法が使えればなぁ、と考えたら背中が暖かくなった。
あれ? 治療魔法使ってる? 今は火の魔法を防御の楯代わりに出しているから治療は終わってからと考えていたけど、同時に二つの魔法を展開出来ているようだった。
あ、複合魔法が顕現してたんだった。そりゃ、二つの魔法を使えるようになってるはずだよ。納得だね。
そして背中がすっきりした所で、改めて虎の対処方法を考える。魔法が二つ同時利用出来る事が判ったのが大きい。
それでも、ほとんど見えないほどの早さで移動している虎は強敵だ。周りは紅葉した林に見える風景で、その中で虎はなかなかの迷彩効果も発揮しているようだ。
一気に周囲を燃やせるのなら簡単なんだけどなぁ。でも現状でソレをやると俺まで焼かれてしまう。
魔法でどうにかならないか? 火水風土、空間、神聖、次元、そして複合魔法を覚えた。
複合魔法のおかげで二つを同時に操れる。試したけど三つは無理だった。たぶんレベルが上がればイケるんだろう。次元魔法はアイテムボックス。それ以外には思いつかないし、下手な事をしたら一番危険になる魔法なんだと思う。神聖は浄化や治療。まぁ戦い向きでは無いな。そして空間。次元魔法と空間魔法を複合出来れば時空間魔法になる? レベルが上がればコレで好きな所に転移出来るとかになればいいなぁ。
結局使えそうなのは風だけか? 風にしても、真空の刃を飛ばすとかは出来そうも無い。人間の皮膚でさえ、一瞬の真空ならなんともないんだよ。カマイタチが真空の仕業というのは間違いだから信じない方がいいぞ。
あ、風を操作して竜巻を作ってみたら?
単なる思いつきだけど、とっかかりも無いからやってみる事にした。
相変わらず虎は高速移動して、隙あらば攻撃してくるそぶりを見せる。だけど俺自身がクルクルと回っているから攻めあぐねているようだ。
そこに俺が風を渦巻かせて竜巻を作っていく。いや、正確にはつむじ風。竜巻は上空の雲と地上が渦で繋がる現象の事で、地上数メートルだけで渦巻いているのはつむじ風と言うそうだ。厳密には色々定義があるらしいが、竜をイメージするようなのが竜巻と言う方がしっくりくると言うのは俺の個人的意見。
出来るだけ集中して風の渦を強くしていく。
落ち葉や、まだ木に付いている葉をも巻き込んで黄色い渦が巻き起こっている。その風の筒を素早く左右に移動させる。虎が掻い潜って俺の攻撃してこないようにフェイントとかも織り交ぜて。
「ギャッ!」
捕まえた!
虎が風の渦の真ん中になる様に操作し続けて高速移動出来無い様する。そして、俺の背中の位置にキープしていた炎をそこに投入した。
一瞬で火柱になる。
ちょっと恐怖だ。
終わったら直ぐに周囲を消火しないと、とか思いつつも、炎を高温にし続けて風も強める。
あ、なんか、風の中で虎が脱出を試みているのが、手に取るように判る。これって、魔法を使う上での空間把握ってヤツなのかなぁ。
ここで逃がしたら拙いと思い、風を強めながら虎が動く方向に風を移動させる。
そして、魔法を使い続けた事から来る疲労っぽいのが俺の全身を襲うが、まだ虎は倒れていない。これってMP消費から来る魔力の欠乏状態なのかなぁ。とか思いながら、強引に絞り出すように風と炎を維持した。
疲れが溜まり、まるで眠くなるような感覚の中、やっと虎が倒れた。
魔法を解くと、少しだけ何かの物体があるのが判ったけど、直ぐに消えてしまった。あれが虎の消し炭だったんだろうな。
風に巻き込んだ落ち葉は綺麗に消え去っていたけど、周りの木々には延焼していなかった。そういう仕様なのかな。
虎がいた場所には何かの物体が出現している。あ、ドロップ? 近づいてよく見てみると、それは金属製の盾だった。
おっと。ここで今持っている楯を地面に置くと、今まで使っていた楯が消えてしまう仕様なのだろう。俺も学習するんだ。と言う事で、一度剣と楯を俺のアイテムボックスに収納して、それから金属製の盾を持ち上げた。
盾は大雑把に見ると下が尖った五角形のカイトシールドというタイプのようだ。何故か表面に『秋』という漢字が金属補強の様に貼り付けられている。裏を見ると革の帯が二カ所にあり、腕を通すと盾に対して腕が斜めになるように配置されている。
革の帯も含めて、腕と盾が触れる場所には何枚か重ねられた革が貼られてあり、いくらかの衝撃を緩和してくれる機能なんだろう。
今までの楯と比べてもかなり重いが、これぐらいの重さが無ければ攻撃に耐えられ無いと言うのは今までの経験から痛感している。
アイテムボックスを開くと中に剣と楯が収納されているのが判る。うん、大丈夫だな。剣だけをアイテムボックスから出して、剣と盾のスタイルに戻った。
【俊敏のキーン=タイガーを倒した。経験値二千を獲得
勇者はレベルが上がった
第三位階の魔法が使用可能になった
雷の魔法 氷の魔法 木の魔法 金属の魔法 薬の魔法 時空間魔法
を覚えた】
ホオズキに引き続き、連続でレベルアップだ。流石は四天王だ。しかも第三位階の魔法まで。
時空間魔法ってのはやっぱり長距離跳躍とかなんだろうな。他は、なんか錬金術でも出来そうな感じだ。魔王を倒すのに必要になるのかはかなり疑問だなぁ。まぁ、雷や氷の魔法は役に立ちそうだけど。
魔法の疲労も無くなったけど、これってレベルアップ特典?
四天王のエリアを出ると、今度も雰囲気が一転した。
石のブロックを積み上げて作った中世風の城とか、遺跡風の通路だ。雰囲気としては牛までのダンジョンに近いけど、ここでは空が見えている。こういう石で出来た場所なら、炎の魔法が使い放題だな。
そして敵は…。あ、使い回しだ。
おっと、失言。こういうのは制作者に失礼だったな。
再び登場のイガグリだ。ただ、その数が十個ぐらいはある。しかもトゲの先がバチバチと火花を散らしているから、帯電でもしているのかも知れない。
つまり突進して来たのを避けてトゲを切り落とすと言う戦法がとれないと言う事か。しかも金属製の盾を装備しているから、盾で防御するのも危険が伴う可能性がある。一応、盾と俺の身体の間は革や服で直接は触れてはいないけど、だからと言って油断するわけにも行かない。
俺の雷とか氷の魔法はまだ顕現していない。たぶん次のレベルアップまでお預けだろうな。なら、基本の四属性の魔法で対応しないとならないわけか。
どんな戦い方が出来るかな、とか考え始めた所でイガグリが転がり突進して来た。しかも三、四個がいっぺんに。難易度上がりすぎだろう。
大きく避けていたら、残りの六、七個の栗の実も動き出した。ヤバい、取り囲まれての袋だたきにされる。
使用出来ない金属製の盾は邪魔以外の何物でも無い。俺は盾をアイテムボックスに収納し、ついでに剣も収納した。
身軽にして魔法に集中だ。
まずは虎と同じ様な風で渦を作って足止めさせる作戦。
うん。上手くいったよ。いったけど、一個のみだった。
この方法は集団相手にはヤバすぎる。このイガグリ一個のために位置取りがかなりヤバくなった。囲まれたよ。何か身を守る方法を、と考えて、風を俺自身を中心に回してみた。
ちゃんと、俺の右手から前、左手へと回る左回りにしてみたけど、コレであってるかな? まぁ、強引に動かしている時点であまり関係無いかも知れない。
お? イガグリが怯んだ? もしくは攻めあぐねている? とにかく進行が少しだけ緩くなった様な。もしかしたらココが攻め時なのかも?
俺は自分の出した炎が自分自身を焼かないと言う事を改めて自分に言い聞かせ、俺の周りで渦巻く風に高温の炎を纏わせた。
周りが完全に白くなった。
その白の中に、赤い流星のような火の流れが出来る。ああ、あそこでイガグリが燃えているのか。
まぁ、巨大になろうが、帯電していようが、元は植物だし、良く燃えるようだ。
現在、俺を中心にした円形に炎の渦巻きが出来ている。その渦巻きは俺の意思でどんどん広がり、転げ回るイガグリをドンドン焼いていってる。
あ、破裂した。
栗を直接火にくべちゃイケません、と習わなかったのかな? あ、焼いてるのは俺か。焼く前に栗に切れ込みを入れておかなくちゃならないんだよね。イガのままだとどうだがは知らないけど。
これってファイアーウィールという状態だよなぁ。確かそういう魔法設定がゲームかなんかにあったと思う。
炎の輪が充分に広がったと判断した所で魔法を消した。
香ばしい匂いがしてる。でもイガグリはほとんどが消し炭状態のようだ。
そして残骸が消えてドロップが現れた。
でっかい、竹で組まれたザルに、イガが割れて中の栗が見えているイガグリが山盛り。それが六つある。
え? お土産?
それじゃ遠慮無く貰っておこう。
と言う事でサクサクとアイテムボックスに収納する。これって、魔王討伐の後にどうなるんだろう?
まぁ、なる様になるんだろう。
イガグリは十個ぐらい有ったはずだけど、ドロップしたのは六つだった。ドロップにも確率があるんだねぇ。
収納し終わったら剣と盾を再装備して次の敵へ。
次は柿、アケビ、サツマイモの三点セットがたくさん。
えっと、三点セットが十数セットある。
とりあえずイガグリと同じ戦法でイケるか? とか思い、炎の渦を顕現させる。
そして半径が三メートルになり掛かった所で炎の渦から、焼けたままのサツマイモが飛び出して来た。
美味そうじゃねぇか!
すぐさま盾で防御したが、弾かれた焼き芋はまた炎の渦の外側に待避したようだ。炎の渦の外側で回復するのかな?
そんな事を考える暇も無く、焼かれた柿も突っ込んで来る。
柿の場合はグラニュー糖をまぶしてから焼きたかった。
焼きアケビまで! アケビは中を見るとタピオカを思い出すのは秘密、っていうか、タピオカを見るとアケビを思い出す方が多い。
それからは、飛んできた秋の味覚を剣で叩き切るか、盾で一時的に防ぐという作業の繰り返しになった。どの方向から来るのか判らないけど、来る前に微妙に炎が揺らめくから、飛んでくる位置は判りやすかった。
でも一瞬でも気を抜けない状態が延々と続き、いつ終わるかも判らないと言うのは疲弊する。
炎の渦巻きで火と風の魔法の同時使用も疲労の元になっている。
それでもなんとか倒しきった。
魔法を解くと、周りには既にドロップがあった。
期待通り、柿、アケビ、サツマイモの山盛りセットだ。サツマイモは石焼きにはなっていないから、単純に焼くか煮物の具になるかな。天麩羅という手もあるし、単に水だけで煮ても美味しくいただける。
疲労からの回復も念頭にゆっくりとアイテムボックスに収納。
お土産じゃ無く、この後の攻略にこの秋の味覚が必要なんじゃないかな? とか考えたら少し憂鬱になった。違うよね? お土産だよね?
そして次はサンマだった。よしっ!
でも二十匹以上いる! 確かにサンマは魚群行動する魚だし、二十匹ぐらいなら少ない方だと言えるかも知れない。でも一匹が二メートルで二十匹って言うのは多すぎない?
いや、バラバラに動いているワケじゃ無く、魚群として動いているから一塊という感じだけど、幅が五メートルぐらいあるし長さも長さも十メートルを超えてるよ。
その所為で通路の半分以上を占めている。行き過ぎて方向転換する時なんかはほとんど通路一杯に広がってる。
つまり、避ける空間が無い。
今までの流れで、炎の風を俺の周りに回転させる。出来るだけ高温。出来るだけ風の密度を上げて。
でもやっぱり燃えながら突き抜けてくる!
拙い! ヤバい! 拙い! ヤバい!
魚群行動という密集行動のせいで突き抜けてくるサンマを格個撃破出来無い。盾で弾いてやり過ごすだけで精一杯だ。
何か他の魔法で? 今は風と火の魔法を同時展開している。火を止めて風だけにしても同じように突き抜けてくるし、風を止めたら一カ所の一つの火になるだけだ。
ど、どうする? どうしたらいい? 火と風の魔法以外で。火か風のどっちかが残っても良い。
き、きたー!
焦って出した魔法は水だった。
しかも水の塊が浮かんでいるだけ。
サンマは何も無いのと同じように水にツッコミ、突き抜け、通過していった。
ですよねー。
サンマの無表情な目が『ドヤッ!』ってしたように見えて、一瞬で俺のテンションが振り切れた。
顕現させた水の塊を動かす。そしてサンマに叩き付ける。
駄目だ。力が足りない。水の動きに補助を…、って、風だ!
そう思った時には魔法が顕現していた。水で出来た大きな渦巻きが俺を中心に激しく回転する。俺はさらに早く、強くなれと念ずる。
その渦巻きに触れたサンマが弾かれていく。
うん。火と風の組み合わせだと、ぶつかる物って空気しかないよね。水と風の組み合わせなら、激しい水流がぶつかっていくワケだ。
俺は水の渦をさらに大きくし、ほとんどのサンマを渦の中に取り込んで水流の中で揉みくちゃにする。コレを洗濯物の気持ちアタックと名付けよう。
かなりヨレヨレになったと思った所で、一瞬だけ水流を整え、綺麗な円を描く様な流れにして速度を一杯に上げる。そして一気に魔法を解いて水流からサンマを解放させる。その勢いで水流から解き放たれたサンマは壁にぶつかり、瀕死状態になったようだ。
それでもまだピクピクしてる。倒し切れていない。
とどめとして、火と風の渦巻きを作ってサンマを巻き込んでいく。もう抵抗する力も無いのか、火の渦の中でドンドンとサンマが消えていく。全てのサンマがいなくなった所で魔法を解くと、地面にはドロップが!
期待通り、竹のザルの上に笹らしき葉が敷かれ、その上に三十センチから五十センチ程度の銀色の綺麗なサンマが盛られていた。
よっしゃー!
【サンマの群れを倒した。経験値三千を獲得
勇者はレベルが上がった
雷の魔法 サンダーコントロール
氷の魔法 アイスコントロール
木の魔法 プラントコントロール
金属の魔法 メタルコントロール
薬の魔法 メディカルコントロール
時空間魔法 ワールドコントロール
を覚えた】
あ、レベルアップだ。内容は全てコントロールか。実際に使えるのは顕現した後だから、次のレベルで、だな。
やっと確信出来たけど、レベルアップすると身体と心の疲労が一掃される。ゲームでは良くあるシステムだけど、実感すると不思議な感じだ。
疲れも消えて気分一新。揚々と次へと進んだら四天王だった。
石造りだけど今度は空が見えるコロッセオ。円形闘技場の中央にお立ち台と看板が置いてある。
看板はネオン付きだった。少しずつ金かかっている看板になっていくなぁ。
『いらっしゃいませ』『営業中』『閉店特売』『セール中!』『四天王でっせ』『知脚のシェディング=ラビ』
まぁ、今更ツッコミするのは無しだよな。
そして降りてきた三番目の四天王は、ウサギだった。ウサギの着ぐるみとか、顔だけウサギと言うわけじゃ無く、かつては小学校の飼育小屋に飼われていたという伝説のウサギだ。それが人間大に巨大化し、強引に二足歩行状態にした上で、手足が長く補正されている。着ているのは例によって剣闘士の様な簡単な服装だ。
そして戦闘開始。
ウサギは走り出すかと思ったけど、普通に歩いて近づいてくる。しかし、その手には魔法の炎が顕現している。
対魔法使い戦だ。
火の魔法に対する防御処置は? 火は意味が無い。風はよほど力の差が無ければ火を強めるだけ。水は温度的に相殺する媒体になり得る。土は火に対して耐え易い素材。
なら水だろうけど、速度を追加されると相殺する前に突き抜けるとかになるかも知れない。
色々考えすぎてワケが判らなくなりかけた所でウサギが火の玉を槍状に変化させて投げつけてきた。なるほど、ああいうやり方もあるのか。
単なる水の塊だけじゃ炎の槍を消しきれない、と感じて、水の玉をウサギにぶつけるようにしてみた。しかし、ウサギはしっかりと避けた。もちろん俺も炎の槍を避けたけど。
一度でも水に通せばある程度は弱くなるけど、それでも突き抜けて俺を焼こうとしてくる。それに対して俺の水の塊じゃ、ウサギにたいしたダメージも与えられない。
土に切り替えても良いけど、ココは風を追加して水の渦で対抗だろう。
水で出来た渦の壁、と言うよりも、土星の輪のようにリング状に水の帯を作る事にした。幅を少なくした分、密度を増やす作戦だ。
そして剣を振り回しながら、ウサギに向かってダッシュ。
ウサギの方もただやられるのを待つというワケじゃ無く、炎の槍を放ちながら横へと走り出す。魔法プラス速度か。こっちも瞬間的な判断が求められるワケだ。
ウサギはそこそこ早いが、虎ほどじゃない。そして動きが直線的だ。
元々、四足歩行の動物は真横への移動そのものが難しい仕組みで歩いている。二足歩行の人間なら、片足に体重を乗せて浮いた片足を横に出すという感じで真横に移動出来る。でも四足歩行の場合、片側に全体重を乗せる脚の動かし方はしていないため、強引にやろうとしたらかなり意識的に不慣れな動かし方になる。
つまり正面切って胸元に攻め込まれる事自体が考えられていない。
俺は水流の輪を維持しつつ、手に持った剣をグルグルと振り回す。そのまま、ある程度の被弾は覚悟してウサギの胸元へと迫る。ウサギも接近戦による不利を嫌って後ろに下がるが、その行動は直線的だ。さらに迫る速度を上げると、魔法を使う余裕が無くなったようだ。俺のように二つの魔法を使いつつ、剣と盾による攻防を展開する事が出来無いようだ。
考えてみれば、ゲームでも剣士と魔法使いは別扱いで、魔法剣士は半人前の技量を二つ持って、一人前という設定になっている。それはパーティを組む都合上のゲームバランスでそういう扱いになっているわけで、ソロなら万能型じゃ無いと話にならない。
そういえば俺は勇者セットを持っている事になっている。勇者って、この場合は単独万能型を意味するんだな。
そしてこのウサギはパーティを組むタイプの攻撃方法。ああ、元々四天王って言ってた。
なら、それらの弱点は大いに利用させて貰おう。
剣の攻撃、水流の攻撃で、ウサギは自分のペースを維持する事が出来無い。
結局、初めの一発以外はまともな攻撃をさせずに倒す事が出来た。
パーティ組んでた魔法使いが単独で万能型勇者に戦いを挑んちゃ駄目でしょう、という典型的なパターンになったな。
倒れたウサギの消えた後にはゴツい革のグローブがドロップしていた。元々の革が厚いのと、甲や指の外側に金属板で補強が入っている。片手だけで重さが五百グラムから一キロの間ぐらい。手首にはすっぽ抜けないように巾着方式の紐が長めに通してあり、絞ってから余った部分を手首に巻き付ける方式のようだ。
手にはめた感触では中に鎖帷子みたいな鎖で編んだグローブを革でサンドイッチしたような構造に感じられる。単純に握るだけでもかなりの力が必要だし、握った拳を開くにもやっぱり力が必要だ。
でも、このグローブなら、飛んできた手裏剣を手で払うとか掴む事も可能になるかも知れない。場合によっては振り下ろされた剣を掴むとかも出来るかな。まぁ、剣と盾を装備しているからあり得ない状況だけど、剣か盾が手から離れた場合を考えればかなり心強い。
重いけどね。剣と盾も重いから誤差の内かも。
【知脚のシェディング=ラビを倒した。経験値五千五百を獲得
勇者はレベルが上がった
雷の魔法 雷顕現
氷の魔法 氷顕現
木の魔法 木属顕現
金属の魔法 金属顕現
薬の魔法 生体反応顕現
時空間魔法 空間超越顕現
第四位階の魔法が使用可能になった】
レベルも上がった。空間超越の魔法を覚えたからか、魔法を行使出来る範囲が認識出来る範囲まで広がった。まぁダンジョンの中なんで、見えている範囲内という宣言が付くようだけど、外でなら認識力の限界まで広げられそうだ。
ただ、この認識力の限界ってのがくせ者で、見晴らしの良い場所で見えている範囲というわけには行かない。存在を知るという『認識』が必要で、俺自身の認識力のリソース内に収まる程度と言う事になる。
簡単に言うと、ゴチャゴチャといろんなモノが在る場所だと範囲が狭くなり、何も無くても、何も無いという認識が必要なのである程度の範囲に限定される事になる、というわけだ。
それでも、範囲を絞れば認識力の有効活用も出来るんで、地下水脈や地下鉱物の発見や、知っている場所への長距離転移も可能だ。
ぶっちゃけ、地下資源の発見や内緒で純金を魔法採掘する事もできるというぶっ壊れ仕様だ。これって、この『ゲーム』の中だけじゃ無ければどうしようか。
俺の中の『魔法を使う』感覚はしっかりと理解してるんだよねぇ。
複合魔法の頃から『理解』し始めて、○○の魔法と言われただけでどんなことが出来るか判る。
まぁ、応用は俺の知能に因るけど。
俺は次のエリアへと歩きながら、革のグローブの感触を馴染ませる。そして金属魔法を使って少し細長く変形させる。振り回した時にダメージが乗るように剣先を重くしつつ、振り上げた時のバランスや、振り回した時のバランスを確かめていく。
ククリ刀みたいな形にしてみようかという遊び心も出たけど、鉄の量自体が少ないから断念した。短くなっちゃったら意味がないからねぇ。
次のエリアは石組みと木材と漆喰の様なモノで作り上げた、ヨーロッパ調の木造住宅が建ち並ぶ街中、という感じの通路だった。
ご丁寧に家に窓はあるけど出入り口は見えない。ほとんどは窓の内側にカーテンが下ろされ中は見えないが、少し覗くと中も外見に合った部屋が見える。
まぁ風景なんだろうけど。
そして敵は、赤トンボのアキアカネが数十匹!
ぎゃーっ!
思わず逃げたくなった。反射で炎の渦を作って防御したけど、この後どうする?
一面を覆い尽くしている。俺の前面限定だけど、赤とんぼが六、空や町並みが四の割合だ。それが俺の作った炎の渦に飛び込んで燃えて行ってる。俺にはまだ届かない様だけど、見ているだけで気持ちの悪い光景だ。
トンボ自体はかなり素早い速度で移動出来る様だが、羽は薄く透明でかなりの高温に達した炎には為す術も無い様だ。それでも抜けてくるのはいるけど、俺に届く前に地面に落ちている。たぶん、持ち前のホバリングとかしようとしたんじゃ無いかな。炎で傷ついた羽では無茶だったんだろうなぁ。
羽が傷つくほどだから、足も無事では済まされない。
焦げて地面に落ちたトンボはしなびた赤唐辛子を彷彿とさせる。決して、アブラ虫にも柿の種にも見えないから、その点は注意だ。
このままイケるか? と思ったのも束の間。何も被害を受けていないトンボが炎を突き抜けてきた。
え? 耐熱仕様とか?
盾で防いで振り回し、剣で切り倒す。剣を長くしておいて良かった。
でも、炎を突き抜けるアカトンボが増えている。
俺は急いで炎の渦を消し、水の渦を張り巡らせた。
あ、今度は効いてる。
っと思ったのも束の間。さらに水の渦を突き抜けるトンボが出て来た。
次は? 試していない土を使って見た。うん、直ぐに泥になったけど、泥まみれになったアカトンボがバタバタと落ちてる。
残りのトンボもほとんどが泥まみれで、満足に飛べるのがいなくなった。そこで、剣を使うのも面倒なので、トンボの頭を踏み潰していく。
ちょっと自分でも引いたけど。
ドロップは? 赤トンボの詰め合わせは勘弁して欲しいなぁ、とか思ったんだけど、出て来たのは米俵だった。たぶんお米が入っているんだろうけど、これってどうやって米を取り出すんだ?
とりあえず、米俵に手をついてアイテムボックスに収納と念じてみたら素直に入った。コートのポケットには手で持てないと収納出来無いけど、アイテムボックスだと自分のモノだと認識出来れば収納出来るのは便利だ。
場合によってはアイテムボックスを米俵の真下に展開? とか思ったのは仕方無い事だと思う。
そんな、約六十キロぐらいある米俵が十と五俵。全部で約九百キロ。あと百キロで一トンかよ。
それだけのモノを収納しているのに、重さは全く感じないと言うのはかなりの脅威だ。戦争があったら戦略的に重要視される事請け合いだね。
収納し終わったんで次に進む。
次は、スズムシだった。勘弁して。
例によって巨大スズムシが数十匹。羽を立ててこすり合わせ、不快なこすれる音を響かせる。一キロ先から聞けば良い音色なのかも知れないけどねぇ。
まずは炎の渦。次に水の渦。土の渦を試したけど、変わらずにキーキーというガラスがこすれるような音が混じったリーンという音が響いている。
もしかして魔法そのものに対する耐性とか? もしそうなら一匹ずつ剣で倒さなくてはならないが。
とにかく他の魔法も試そう。二つ同時に使える魔法の内、一つは風を強風状態で渦を作っておく。そして残り一つで個別に魔法を当てていく。
まずは雷の魔法。一匹にだけ当てようとしたらしょぼい静電気のようなモノだった。一瞬だけバチッ! っと音と火花が出て終わり。撃たれた鈴虫も平気で羽を震わせてい……、あ、倒れた。
あれ? 一体何が効いたんだ? 単に雷が弱点属性だった?
もう一度。
バチッ!
当たったスズムシは力なく蹲り、そして消えた。
単純に雷属性が弱点だった? ココまでの流れで、それ程単純では無い様な気がするんだけどなぁ。
疑問は残るけど、数が減らせるのであればやって損な事も無い。
風でガードしつつ、雷を一匹ずつに当てていった。
風に渦に合成するとどうなるんだ? ………やってみよう。
結果。電流の渦が出来た。
見た目は風の渦なんだけど、時々、ランダムで火花が散る。ただそれだけなんだけど、電流の流れるうなりが聞こえる。高圧電線の下の方で時々聞こえるうなりだ。それが俺の周りの風の渦に乗っている。
ヴーン。
めっちゃ怖い。
あ、もしかしたら電波放射してるかな? もしそうなら、近場にいるだけで健康被害が出て来てしまう。
あまりこの魔法は使わない方がいいな。
と言う事で、サクサク終わらせるために、電流の渦を大きく広げていってスズムシをチンする。厳密に言えば電子レンジとは仕組みが全く違うし、結果も異なる。電子レンジの場合は水分の加熱沸騰だけど、コレは電流で燃やして行っている様なモノだしね。
通路の端まで渦を広げきった所で魔法を解くと、スズムシの群れは綺麗に消えていた。
踏み潰す行程が必要無くて良かった。
そしてドロップ。
ドロップはたくさんのボトルだった。
一つ一つは小さく、百ミリリットル有るかどうかという大きさしか無い。缶ジュースのミニ缶より小さいかも。たぶん俺なら一口で飲み干せる。
ドロップは必ず出るとは限らないけど、二体の化け物がいれば最低でも一体はドロップする。なので数十匹のスズムシだとかなりの量だ。しかも、一体のスズムシから二本から三本は出ている。
その内一本を取り上げて見ると、中には黄色っぽい液体が入っている。あ、秋と言えばボジョレーヌーボーがあったな。だとするとコレはワインか? 色合い的には白ワインっぽいが。そう思って見つめるとヘッドアップディスプレイが表示された。
【体力回復ポーション 疲労が解消される 飲むタイプ】
ワインじゃ無かった。ナンテコッタイ。
別の色の瓶を取って見る。
赤ワインっぽいのは【治療ポーション 怪我が治る 傷口に直接かけるタイプ】
透明な水っぽいのは【状態異常解消ポーション 毒や病気が治る 飲むタイプ】
ヒットポイントやマジックポイント、それにスタミナとかの数字じゃないんだな。考えてみれば、攻撃力がいくつ、とか、防御力がいくつとか言われても、体調やタイミング、それにその時の状況とかが関わるから、その数字のままを常に出し続けるなんて不可能だしな。
そう考えると、この三種類のポーションは色々納得出来る。
怪我なんて、何処の場所を怪我したかで変わるからねぇ。足を怪我すれば移動力とか攻撃力そのものが減る場合もあるし、頭を怪我すれば攻撃力は変わらなくても出血で視界を塞がれれば命中率とかにも影響される。そんな様々を一つの数字で表現なんて出来無いんだから、無理矢理数値化する方がおかしい。
まぁ、取り扱える数字が少ない状況でのゲームから来た慣習みたいなモノだったから仕方の無い事かも知れないけど。
ゴチャゴチャ考えつつ、ポーション類はコートのポケットに収納する。右のポケットには治療ポーションを。左の内ポケットには体力回復と状態異常回復ポーションを入れ、剣を盾と一緒に片手で纏めて持つ練習も少し行った。
革の頑丈なグローブがあるから、盾を持つ手で剣の刃の部分を握るとかも出来るのは大きい。
一応治療魔法もあるんだけどね。魔法を使っている最中だと他の魔法を使えないからポーションは便利だ。
次へと進むと菊人形だった。
侍タイプの菊人形で、手には刀をむき身で握っている。六体いるけど、一対一で尋常に勝負、とかってワケにはいかないだろうな。顔は完全にマネキンのそれで、皮膚がのっぺりしている。男性型のマネキンに侍の衣装を着せて、そこに菊の花をみっしりと装飾したという感じだな。
それが人間のように歩いて俺を取り囲んだ。
あ、人間のようにと言うのは間違いで、動きはぎこちない。たぶん球体関節の人形なんだろう。動きがガクガクしている。
一応、と思いつつ、炎の渦であぶってみる。
うん。予想通り、なんの影響も無かった。
水の渦。多少動きが阻害されたかな?
泥の渦。菊人形が汚れただけだった。
雷の渦。影響無し。
他には? とか考えている間に、泥に汚れた菊人形が刀を振りかぶって迫ってきた。
俺は金属製の盾を押しつけるようにして菊人形のバランスを崩し、そこに剣を叩き付けるが、他の方面から迫ってくる菊人形に俺自身のバランスを崩される。
なんとか一体を押し崩して、菊人形の輪の中から脱出しようと試みるが、六体菊人形の連携から輪の中から出られない。
日本刀は速度と鋭さの武器。西洋剣は重さと破壊力の武器。六対一の状況でその差が明確に出ている。
かなりヤバい。この状況を覆すには、俺には魔法しか無いが、火、水、風、土、雷は悉く無効化された。
あとは何があった? 時空系は意味が無さそうだし、……あ、木魔法があった。菊だから、草花と樹木は違うとかじゃないよね? 同じ植物枠だよね?
イメージは植物が成長して、伸びて、相手を拘束していく様。
それを菊人形一体に向けて発動するイメージを重ねる。
成功。
体中の菊があり得ないほどの茎を伸ばして行く。あれ? 植物的におかしくない? 生命体としてもおかしいよ?
かなり不気味な光景が終わると、菊の花から伸びた茎で雁字搦めになった人形がギシギシと軋んでいる。
俺は動けなくなった菊人形の横をすり抜け、包囲を脱出してから、残りの人形も菊で拘束していく。
宇宙から来た謎の触手生物とかじゃ無いよね? 若干の不安を抱えつつも、菊人形の動きがほぼ止まった。
さて、殲滅だ、と言う所で、初めに拘束した菊人形が動きを徐々に取り戻している事に気付いた。もう一度魔法をかけるかを迷ったけど、それって一周したら、また初めからやり直しになる無限ループじゃね? と気付いて、さっさと倒す事に決めた。
どうやって?
あ、剣しか無い。
俺は剣を振りかぶって人形を袈裟斬りにするが、十センチ程度食い込んだだけで止まった。やっぱ力不足。
今度はと、剣を振り回し、最後に身体全体も横に回転させて、その勢いを全てぶつける。それで、やっと半分。もう一度同じ場所を、と攻撃したが、少しずれて当たったのでさらにもう一度。と、結局全力の回転グルグル斬りを四回やって一体を倒せた。
他の菊人形が動き始めている。
二体目の菊人形を回転グルグル斬り三回で倒した所で、他の菊人形に再度菊拘束魔法をかけ直し、三体目も目を回しながらやっと倒した。
残り三体。
けっこうキツい。
他の方法を考えてみる。理由は? 疲れたからだよ!
体力回復ポーションを飲むと、疲れも取れるし、魔法を使った時の精神的な疲労も取れる。けど、全力で攻撃してもほんの少ししか効果が無い事を延々と続ける心の疲労はどうしようも無い。
だから考えろ! 俺! 諦めるな! 熱くなれよ! ファイヤー!
うん。炎は効かなかったんだよな。
あ、氷があった……、けど、植物の拘束が氷での拘束に変わるだけか。
炎が効かないとしたら、氷もあまり効果が望めない。雷も効かなかったし、土も汚しただけだった。土は頑張れば拘束の代わりになるんじゃ無いかとは思ったけど、氷と同じだという結論になった。
よくラノベであるのが、剣に魔法を纏わせるとかいうヤツ。
出来るかどうかやってみたら出来た。
ただ、感覚として判るのはコレも複合魔法の一環みたいで、一つの魔法を纏わせるだけで二つの魔法を使っているのと同じ扱いになるようだ。
まぁ、まだコレが有効かは判らないので、コレで一旦試してみよう。
そしてまずは炎を纏わして、菊人形を袈裟斬りにしてみる。
結果。なんか威力が上がったような感じはしたけど、せいぜい二割増しって感じだ。
次に水を纏わしたけど、コレは失敗で衝撃緩和の効果があったようだ。余裕が出来たら盾に纏わせるとかも有りかもな。
雷は五割増し。けっこう良い。
土と氷は重くなっただけだった。コレはコレで使い道はありそうだけど、今じゃ無いな。
結局、雷を纏わして、全力のグルグル回転斬りをする事になった。
一体につき、二回で済んだのは朗報と言えるのだろうか? たぶん、大きくは間違ってはいないだろう。もしかしたら、もっと効率的に倒せた方法があったかも知れないけど、それは考えないようにしよう。そうしよう。
全てを倒しきった所でドロップが出て来た。
六カ所全てに出て来たけど、今度はそれぞれがバラバラだ。布製らしき筒状のモノが二つ。金属製らしき円筒形のモノが一つ。金属製の長方形の箱が一つ。巾着袋が二つだ。
一体何がドロップしたのか。
金属の筒に近づいて判った。これ、鍋だ。蓋を開けるとさらに小さい鍋が入っていて、さらにその中に盾に細長いヤカンらしきモノが入っていた。金属の箱はグリルだった。野外でバーベキューとかするヤツだ。折りたたみの足も付いている。中には金属製のコップや皿が収納されていた。布製のモノはテントと寝袋だった。敷布とハンモックもある。巾着袋の中は細かい道具が色々。全部合わせると完璧なキャンプセットというわけだ。
ヤバい。
これは、勇者として冒険に出ろ、とか言われそうなアイテムだ。
一応貰っておくけどね。
冒険? 行けと言われたら速攻で転移で逃げる! 当たり前だろう。
体力回復ポーションを飲んで疲れを取って、次へと進んだ。
そして次は最後の四天王だった。
背景が街の中という見た目なので、街の中にある円形広場という感じだ。
看板はついに電光掲示板形式になった。ドットで描かれた文字がしたから上に流れていく。横型のヤツはしっかりと右から左に流れてる。
『はじめまして』『本日はお日柄も良く』『日本は終了しました』『豪竜のテンペスト=ドラゴンだよ』『ダンジョンニュース 本日、四天王の三人が倒されました 詳細は夜七時のニュースで』
そして出て来た四天王の最後の一人。しかもドラゴン?
まぁ、今までがアレだったからなぁ。
………………………………。
えーっと、鳥?
口はワニみたいな形で、ワニと犬の口を足して二で割らない感じ。身体はダチョウをかなり肥満させたら、同じ感じになるかなぁ? 翼は立派なんだけど、それで飛べるの? と疑問になる。足はダチョウよりも鶏の足を極限まで太くしたような感じだ。
うん。ダチョウを見た事の無い子供の描いたダチョウか、ダチョウを元にしたキメラか? と言いたくなる。
ああ、そう言えば、コモドオオトカゲとかイグアナとかが発見されて、その姿形が伝聞で伝わってから、ドラゴンの形が現在の羽のあるトカゲに落ち着いたって聞いた事がある。
それ以前のドラゴンは突然襲い来る絶対的な暴力の象徴で、バイキングとかの海賊や徒党を組んだ山賊、他国の軍隊、暴風雨の事で、それらを纏めてドラゴンという災害と呼んでいた、とか、なんとか。
本当かどうかは良く知らん。古い話だから俗説がいっぱい有るようだし。
とにかく、自称ドラゴンというダチョウもどきが敵として現れた。四天王だから、パーティを組んでそれぞれの役割をこなしてきた戦い方なんだろうけど、こいつはどんな戦い方をするんだろう。
俺も剣と盾を構え、どんな魔法でも出せる様に心の準備を済ませる。と、そこでダチョウが突進して来た。
羽ばたいてはいるけど、走るための補助という感じだ。そして主な攻撃方法は噛みつき? たぶん足も使うんだろう。
あ、突風で吹き飛ばされる! 風の魔法か? 体勢が崩れた所に噛みつき攻撃が来る! 俺も風を渦巻かせて防御するが、かなりの部分が相殺されてダチョウのワニの口が迫る。
一度盾で口を反らせてから、魔法の火をワニの口の中に放り込む。
その一瞬でダチョウは身を引いた。
それを追いかけて剣を振り下ろすが、ダチョウの火の魔法が俺の視界を塞ぐ。
ここは俺も一旦距離を取って仕切り直しだ、っと下がった。
魔法と噛みつき攻撃。たぶん足での攻撃は隠しているとっておきなんだろう。戦い方も慣れているという感じで、流石は四天王最後の一人って感じだ。一人って呼称で良いのかは別として。
今までの流れから魔法があまり効かないという予想は出来る。なのでこちらからの攻撃は剣をメインにするしか無い。それは良いんだけど、剣に魔法を纏わせるか、それとも魔法は剣とは別にして攻めるかが問題だな。今の俺だとどちらかしか出来ない。
っと、悩む暇も無くダチョウが再度突進して来た。相変わらず風を放ってきたから、相殺するつもりでこちらも風をぶち当てる。それとは別に剣を振り回して勢いを付け、風で進路がずれるだろう、俺とダチョウの位置を予測する。
この予測が間違っていると無駄な攻撃になるし、最悪、俺が不利な状況になる。
ほとんど本能のままに予測ポイントへ剣を振り下ろす。
しかしと言うか、やっぱりと言うか、予測はズレ、ダチョウの翼を剣で叩いただけになった。それでもかなり痛かったようだ。ダチョウは文字に出来無い様な叫び声を放っていきなり後ろにジャンプした。
しきりに攻撃を受けた翼を気にしている。
チャンス!
俺は風から水の渦に魔法を切り替え、さらに土の魔法を足して泥の渦を作り、俺の周りに回転させた。そしてそのまま剣を振り回しながらダチョウに向かってダッシュ。
俺の攻撃に気付いたダチョウが風をぶつけてくるが、風と水プラス土の合成魔法とじゃ質量が違う。勢いはかなり殺されたけど、泥水がダチョウに降りかかり、その視界を塞ぐ。と、同時に俺の剣がダチョウの頭を思い切りぶっ叩いた。
日本刀のように斬る刀じゃ無いけど、それでも頭蓋に深刻なダメージを与えたと思う。
さらに追撃するため、剣を突き出した状態で体を回転させるジャイアントスイング。剣に速度と遠心力を追加した勢いで剣を叩き付けた。
今度は頭じゃ無く首筋にヒットしたが、さらなる深刻なダメージにはなったようだ。
泥だらけの顔を振る事も出来ずにふらふらしている。
とどめだ。
俺は泥水の渦を止めて、雷の魔法を剣に纏わせる。
そして一旦下がってからのダッシュで剣をダチョウの体に突き刺した。
その一撃でダチョウは倒れ、消えていった。
「真剣な殺し合いって、相手を出し抜く事が出来るかどうかに掛かってるんだよな」
俺のつぶやきを聞く者はいなかった。フッ。俺ってカッコイイ。他人がいる前では出来無いけど。
ダチョウが消えた場所に何かが出現。あ、ドロップだ。
ホクホク顔でドロップを拾うと、それはゴツいブーツだった。ミリタリーブーツと言う方が正確かな。分厚い靴底はかなり深い溝が掘られているし、靴先は丸く、さらに補強されている。きっとつま先部分は鉄板とかで覆われているんだろう。基本は靴紐なんだろうけど、縫い付けられたベルトが三本あり、簡単には揺るまい様にもなっている。
トンボを踏み潰す時にコレがあったらなぁ。
っと過去を悔いる。
倒せば消えるんだけど、倒しきれない内は虫汁も飛び散ったままだったしねぇ。靴の履き口から汁が中に染みる気がしてたんだよ。
さっそく履き替える。今までのはアイテムボックスへと収納。
サイズはぴったり。だけど固いから、履き慣れるのに時間が掛かるかな? 軽く走ったり足の筋を伸ばしたりで慣らしていく。
本来ならブーツを慣らすためのキャンプが必要なんだろうけど、軍曹も隊長もいないからスルーと言う事にしておこう。
次へと進むと、今までの市街地風から城の中の雰囲気に変わった。
床は石畳なのは変わらないけど赤い絨毯が敷かれ、壁には松明風じゃなくロウソク風の魔法の光、壁も石を積み上げた感じだけど、等間隔で垂れ幕風な縦長の旗が掛かっている。
初めは地下通路風で次は林道、要塞風を経由して市街地、そして城の中か。一応順を追っているって事かな。
ここではどんな敵が? と構えながら進むんだけど、なかなか敵が出て来ない。初めの頃は二十メートル。ダチョウまではだいたい百メートルで次の敵が現れたけど、そろそろ三百メートルぐらいは超えているんじゃ無いかな。
そして警戒しながらで十五分ほど歩いた所で広い場所に出た。
あ、とうとう看板がディスプレイモニターになった。
『魔王登場!』『魔王降臨!』『魔王顕現!』『魔王だよ!』『世界の半分は我のモノ』『暴力 権力 包容力』『ブラック企業の社長』『年賀状の準備はお忘れ無く』
あれ? 魔王には名前が無いのかな? 完璧に忘れたけど四天王にはそれぞれ、なんとかのなんとか、ってのが有ったと思ったような、気のせいのような?
………まぁいいか。
そして玉座の間らしき広い場所の真ん中に、ポスター通りのキメラのようなごちゃ混ぜな大男が立っている。
ポスター通り。イノシシ顔、デカい犬歯、鶏冠、蛇、馬、羊、猿のパーツだ。そう言えば四天王は牛と虎とウサギとドラゴンだったな。
……今年は年賀状は誰に送ろう? ボ、ボッチじゃないからちゃんと送る相手はいるんだよ! メールで済ませるとかはしないからね!
まぁ、年賀状を使うまでも無い相手にはメールだけど。
そう言えば最近はメールの年賀状しか来ていないような……。
泣いている俺にかまわず魔王が俺にダッシュしてきた。なんて非情な! ヤツには血も涙も無いのか!
俺の魂からの抗議も虚しく、魔王が雷を纏ってタックルを仕掛けてくる。単なる体当たりじゃ無く、体中の動物が牙をむいて口を開けている。
マジ、怖い。
一旦、盾に雷を纏って防いでから距離を取る。でも魔王は追撃してきた。
剣で攻撃するのは良いけど、仮に剣が囓られ、引きずられたり固定されたりしたら、剣を手から放すという選択しか無くなる可能性がある。必ずそうなるとは限らないけど、もし剣を手放したら、おそらく俺に勝つチャンスは無くなるだろう。
普通の人間や動物相手なら、囓られたら剣を引っ張りつつ足蹴にしてやれば良いけど、魔王には凶悪な口を持つ頭がいくつもある。蹴飛ばそうとした足まで囓られるかも知れないからなぁ。
緊急避難処置として泥水の渦を作って魔王を巻き込む。
あ、ほとんどが頭だけというか、顔だけだから上手く泥を拭えない様だ。この隙に剣で攻撃を、って、魔王は雷を纏ってたんだった。
ヤバい、ヤバい。
あのまま攻撃していたら、俺の方がダメージを負っていたかも知れない。
さっきは盾に自分の雷を纏って、魔王の雷を防いだ。自分の魔法は自分には影響されない、というヤツの応用だ。でも、革のグローブやコートが無かったらヤバかったかも知れない。革のグローブをしているから、剣に雷を纏えば同じ効果があるかも知れないけど、『攻撃』になるかどうかは微妙だ。
なんの魔法も纏っていない状態で普通に剣を突き出すのと変わらないなら、囓られて奪われる可能性が高い。
結局、魔王の魔法をなんとかしないとならないわけか。
魔法使いなら剣や格闘で倒せる。剣士なら魔法。魔法剣士なら魔法の強さや剣技の巧みさで勝負が決まる。
なら魔法使い同士、剣士同士、魔法剣士同士なら?
答えはケースバイケース。弱点を狙ったり瞞したりなどなど。相手とそれをするタイミングで考えなくてはならない。
単純に力の差が大きく離れていれば簡単な話だけど、十回の内三回以上は勝てるとか言う場合は力が拮抗していると言えると思う。
まぁ、とどのつまり、俺がこの魔王の攻略をほぼノーヒントで解き明かさなければならないって事だけど。
あ、魔王のヤツ、自分に水魔法使って泥を洗い流してやがる。
あ、チャンスだ! 水を身に纏っている魔王に向かって、雷をぶつけてみた。
「ギァ%&○グラ¥!$ー」
いくつもの獣の口から悲鳴が上がった。
もう一度イケるか? とか考えたけど、魔王もそれは許さないと言う感じだ。纏った水を払って、再び雷を纏った。
一応ダメージらしきモノは入れられたけど、きっと直ぐに再生するんだろう。同じ手は使えないから、別の手を考えなければならない。
勇者が魔王と対決する時に、魔王の絶対防御を崩す魔法を勇者だけが使える、と言う設定のゲームがあったと思う。そうじゃないと『勇者』という職業枠自体が存在意義が無くなるとか、なんとか。
で、俺にその魔法があるか?
持っているのはせいぜい浄化魔法ぐらいだ。この魔王がアンデッドとか言うのなら判るけどなぁ。
とにかく試してみないと判らない。と言う事で発動!
普通に生きている俺でさえ浄化されて成仏しても良いかも、っと思える凶悪な聖なる光が輝く。
「グギグオォォォー!」
あれ? 苦しんでる? 浄化だったらもっと清らかに安らいだ表情になるはずなんだけど? 今の俺みたいに。
浄化の光を止めて見てみる。すると、魔王の体から蛇が離れていた。
確かに魔王の体には蛇の頭は無くなってる。そして、その横に、俺の太ももぐらいの太さの胴を持つ五メートル以上はある蛇がトグロを巻いて俺を睨んでいた。
これって敵が二体になっただけで俺が不利なんじゃね?
そう思ったけど元には戻りそうも無いのでやるしか無い。俺は再度泥の水流を浴びせかけた。
これが意外に効果的で、蛇は顔に掛かった泥を落とそうとのたうち回ってる。あ、目、舌、ピット器官が全て泥で使えないのか。ならばチャンス。
魔王本体も怯んでいるけど、まずは蛇の方だ。
俺は火の魔法を顕現させ、火を槍のような形に変える。コレを投げつければ、範囲は小さいけど火の部分が長く一カ所を焼く事になる。当然高温にしてから投げつけるが、一瞬の火ってのは意外にダメージが少ない。だからこその槍状の炎。
出来るだけ高温に、とイメージして白く輝かせてから投擲。
イメージの産物だからか、投げる動作も必要とせず、思った場所へと飛んでいくのは便利だ。
そして炎で焼かれた蛇がさらにのたうち回る。今度はダメージを受けて、苦痛にのたうち回っているようだ。さらに追撃を、と思った所で余計な考えが浮かんだ。
氷でも同じ事が出来るんじゃね?
思いついたモノは仕方無い。俺は氷を顕現させ、同じように槍状に整えてから投擲した。
あ、ぶち刺さった。
凍らせるんじゃなく、槍として刺さってしまった。あー、そりゃそうだ。氷として物質を顕現させて、尖らせて、投げつけたんだもんなぁ。
キラン! 俺は投擲武器を手に入れた!
剣と盾で両手が塞がっていても投擲出来る武器だ。しかも魔力の続く限り投げっぱなしに出来る。
まぁ、調子に乗って使いすぎるとヤバいかも知れないけど。あ、回復ポーションがあったんだ。遠慮無く使おう。
さらに試しにと、金属を顕現。
あれ? 出ない?
あ、金属ってなんだよ。そんな金属なんていう金属は聞いた事が無いよなぁ。
まずは鉄だ。
鉄が顕現するイメージを持つと灰色の塊が出来てきた。でも俺のイメージ力か、それとも魔力か熟練度かで、握りこぶし二個分ぐらいの量だ。でも顕現出来れば形を変えるのはたやすい。俺はその鉄の塊を同じように槍状に変える。
あ、もし、投擲し終わった鉄の槍を逆利用されたら? 敵に武器を与える事になるな。なら。逆利用出来無い様に、持つ事が出来無い様にしよう。
俺は鉄の槍を半分ぐらいに短くして、全体に鋭いトゲが無数に飛び出した、槍状のトゲの塊、という感じに形成し直した。
そして強く早いというイメージで蛇に向かって投擲した。
あ、蛇が無残な事に。
コレってかなりヤバい魔法だった。かなりの殺傷能力がある。
……うん。いっぱい使おう。
蛇の方は放っておいても直ぐに消えそうだった。念のため近づかなければ問題無いだろう。俺は同じ鉄のトゲ槍を作り投擲した。
しかし弾かれた。
なんで?
何か、魔王の体の表面に薄い光で出来た膜のようなモノがある事に気がついた。あれってバリヤみたいなモノか?
鉄のトゲ槍は再利用されないようだけど、効果が無いんじゃ同じ攻撃は無駄だな。
あ、蛇が消えた。魔王の体には戻らないから、無くなったと見て良いだろう。
あぁ、つまり、一体ずつ剥ぎ取って倒していかないとならない、ってワケかぁ。
攻略法が判ったので直ぐに実行。俺は再び浄化の光を出して、魔法に浴びせかけた。
これ、俺の心も浄化させそうなのが欠点だよなぁ。勇者って、浄化されない濁った心を持っていないとなれないのかなぁ。
今度は鶏が分離した。
ボロ水で牽制するが、泥をかぶったのは魔王だけで、鶏は羽ばたいて避けてしまった。結構飛べるんだなぁ。
追加で風をぶつけるがコレは相殺された。ならばと火の渦を作って広範囲を攻撃。見事羽を焼かれた鶏が墜落した所で鉄のトゲ槍を叩き付けた。
見事に鶏をトゲの串が貫いている。このまま焼いたら? とかくだらない事を考えてしまった。まずは羽をむしらないとならないのにねぇ。
トゲ槍が貫いたままなので再生しないと勝手に決めつけ、魔王へと向かう。一応警戒は解かないけどな。
そして浄化。今度は羊が分離した。
羊は雷を纏っている。あれ? 魔王の使っていた雷の魔法って、もしかしてこの羊の魔法だった? だとすると魔王はもう雷の魔法を使えないのかな? まぁ、可能性はあるけど、決めつけて油断する事も無いな。一応まだ雷を使えると見ておこう。
そして泥水流。あ、魔王は顔を隠してガードした。羊は、一瞬で顔を拭って持ち直した。畜生、自前のタオルがあるとこういう時便利なんだな。
まずは火の渦で様子見。
って、魔王にも羊にも効いてる。さっきは効かなかったんだけど、何かが変わった?
とにかくこのチャンスを使って攻めないと。
俺は鉄のトゲ槍を作って投擲。結果を見ずに直ぐ次を作って魔王にも投げ付けた。
羊は避けた様だ。あ、少しかすったか? 魔王は、なんと顔の一つである猿の顔に突き刺さっていた。
っと、ここで羊からの猛攻で俺の方のタイミングが取れなくなった。
雷を纏ったダッシュで突っ込んで来るし、避けるとその場で止まって後ろ足蹴り。バランスを崩した俺は魔法の風を使って俺自身を後ろに後退させようとした。
したんだけど、動かない。
ああ、自分の魔法は自分には影響しない、というヤツかぁ!
後ろ蹴りはなんとか躱したけど、反転した羊が一瞬でダッシュ。それは盾で受け止めてしまったので、雷撃の激しいダメージを左腕に喰らった。グローブとコートがあったけど、痛みと痺れが抜けない。
羊の攻撃を受けた事のショックで切れてしまい、後先考えない程の魔力を注ぎ込んで火の渦を発生させ、羊と魔王を巻き込んだ。
両方とも怯んだ隙に、鉄のトゲ槍を投擲。
今度は羊の頭に突き刺さった。
魔王は……。あ、血まみれの猿を片腕で抱え上げて、鉄のトゲ槍に対する盾にしてた。
ダメージを負った猿を排斥して、さらに盾として使ったワケか。
俺の怒りも一瞬で冷めた。
それと同時に消える猿と羊。
魔王のイノシシ顔がニヤリと笑ったような気がした。
この程度、さほどでも無いわ。とかって言っていそう。なんとなく気分が悪くなったので、浄化魔法を強めにかける。
「ブボォォォォ!」
あ、叫んでる。俺は良い気持ちになったよ。
見ると、イノシシ顔の魔王の横に大きな犬がいる。あれ? どこにいたの? ふと見るとイノシシ顔の口から伸びる牙が、下から上に伸びている。さっきまでは上から下に、まるで吸血鬼の牙の様に伸びてたのに。
あそこに犬がいたってワケかぁ。
まぁ、それは良いけど、出て来た犬が凄い。闘犬として育てられただろうと思われる、ゴツい筋肉とよだれを垂らした口。そしてかなり伸びた犬歯。ボーリングの玉なら簡単にかみ砕けそうだ。
鉄のトゲで出来たボールに噛みつかせる事が出来れば、あの牙は封じられるんだけどなぁ。
あ、思いついた。
まずピンポン球ぐらいの鉄の玉を作り、それに太めのトゲを何本も生やし、先をしっかりと尖らせる。そして、それを覆うように鉄の玉を薄く作る。
見た目と、人の手で持った感触ではボーリングの玉ぐらいの大きさで、二キロぐらいの重さの鉄の玉という感じだ。
イメージで作ったから一瞬で出来上がったけど、一応製作過程は犬には見えないようにした。そして、ダミーの鉄の玉も作り、先にダミーを投擲。
地面を跳ねるイメージで投げたけど、ほとんど転がって行っただけだった。それでも犬の興味を引く事は出来たようで、俺への攻撃態勢は崩さないけど目は転がる玉を追っていた。
本命の玉を投擲! 犬目掛けて直進していく。
そして、見事食いついた。
単なる破裂するだけで終わる玉だと思ったんだろう。思い切り噛みついたせいで、思い切り口の中にトゲが突き刺さったようだ。
しかも抜けない。
舌で押し出す事も出来無いし、基本的に噛みつく系の獣の口は外から中には入りやすいけど中から外へは出にくい様に出来ている。なので口を大きく開けた状態でのたうち回るように体ごと頭を振り回して、口の中から吐き出そうと必死になっている。
まるでネズミ花火みたいだ。
なんか見ていてかわいそうになって来る。なので普通の鉄の槍を作って思い切り投擲。足に当たったので次の槍。さらに次の槍と、合計五本を撃ち込んだ所で動かなくなり消えた。
なんか、余計に非道な事をしたような気がするのは………、うん、気のせい。
犬がネズミ花火していた所為で攻めあぐねていた魔王が改めて俺に迫ろうとした所で浄化魔法。
魔王の体格が一気に半分ぐらいになったというか、二足歩行のイノシシと四足歩行の馬に分離した。
イノシシはゲームの初めの方で出て来そうなズングリとした体型で、馬はロバに近いような野暮ったい感じだ。そして馬の方が先に動き出した。
しかも体全体が暗いモヤっぽいモノに覆われて、まるで大きなモヤの塊の様になった。アレは闇の魔法か? 薄暗い場所なら効果的だろうけど、ここの明るい場所だとほとんど意味が無いな。
と言う事で鉄の槍を思い切り投げつけた。
うん。しっかりと刺さったようだ。しかも前足の付け根だ。頭を貫かなかったのは残念だけど、前足の付け根を指された馬は満足歩けなくなったようだ。
馬って本当に足が弱点なんだなぁ。
闇の魔法が晴れると、倒れた馬が苦しげにしていた。体が大きいからのたうち回る事も出来無いのかも。まぁ、のたうち回っても回復しないから意味ないけどな。
その馬の頭を、イノシシが踏み砕いた。
なんかとんでもない光景を見たような気がするけど、あれも優しさの一つなのかもという考えが浮かんだ。
そして最後の一体になるイノシシとの対決。
突然、イノシシが前のめりになって地面に手をつき、四つん這いになった。な、何をする気だ?
って普通の状態に戻っただけだった。
元々四つ足の生き物だしなぁ。
って、要するに突進攻撃が来るって事じゃん。
イノシシがダッシュした。と同時に俺の足下がうねる。あ、イノシシの土魔法?
踏ん張りが利かないまま、イノシシの突進を盾で受け流す。が、かなりのダメージを受けてしまった。ゲームを見ていた時は盾で防ぎながら剣で攻撃、とか気楽な事を考えてたけど、実際に盾で受け止めると他の事をする余裕が無い。
受け止めるなら全力で踏ん張らないとならないし、受け流すとしたら受け流す方向から流し方までしっかりと考え尽くさないと倒されてしまう。倒れたら後はタコ殴りだ。
いつ、足下の地面が変形するか判らない状況は攻撃出来るタイミングを取るのが難しくなる。
力が乗らなくても攻撃してみるとか言うのも有りじゃね? とか、ゲームならそう思ったけど、実際は中途半端な攻撃をすると簡単にひっくり返されてしまい、最悪な状況になってしまう。やるなら全力で、だ。
なら、体は動く地面に対応させておき、全力で魔法だ。
まず、火の渦。効かない。あ、水の魔法を纏ってる。
ならば雷の渦。
「ブオォォォ!」
大いに効いている。
連続で攻めるが、雷を纏って防御とかはしてこない。
初めは一匹に一つの魔法かと思ってたんだけど、このイノシシは土と水を使っている。楽な方への思い込みは危険だから、場合によっては全ての魔法が使えると想定しておいた方が良い。
でも効いている内はソレで攻めておこう。
自分の魔法は自分には影響しない。という法則を信じて、雷の渦をぶち当てながら剣を振り回して体重を乗せて叩き付ける。
雷を受けて余裕が無くなっているのか、土の魔法を使ってこないのでしっかりと踏ん張れる。
頭をかち割るように剣を叩き付けたから、脳しんとうを起こしているようにフラフラしている。そこで一旦下がって魔法を解き、改めて剣に雷の魔法を纏わせる。
そして腰だめに構えてダッシュを加えて突き刺す。
剣は首から頭にかけて突き刺さり、イノシシはそのまま後ろへと倒れた。
終わった。
全身の力を抜くと、体中が疲れに染まる。
っと、そこに水の塊が!
え? まだ力尽きてなかった?
水の塊はなんとか避けた。改めて見ると、イノシシは消えていく所だった。
あれ? 最後の一撃だった?
そこにまた水の塊が飛んできた。
ま、まだ敵がいた?
完全な油断だ。見えない敵か? どこから攻撃してきている?
最後の最後でやられてしまうのか?
かなりの不安が俺を襲った。
が、しっかりと前方を確認すると、そこには一匹のネズミがいた。
あ、いたんだ?
えっと、雷の渦。
うん。倒れた。
終わった。
えっと。なんか最後の最後で不完全燃焼な気分。あ、いや、苦戦したかったワケじゃ無いんだけどねぇ。
まぁ、いっか。
これで魔王を討伐出来たって事になるんだろ?
周りを見回すと、今まで無かった【出口】の看板がある。そこから出ると白い壁紙の落ち着いた通路があった。ここも赤い絨毯が敷かれている。さっきまでは土足が当然の城の中という雰囲気だったけど、ここは上履きが必要なんじゃないの? という感じをうける。まぁ、靴脱ぎ場が有ったわけじゃ無いから、かまわず進むけど。
そして目の前には【湯】の文字の入った暖簾。くぐると【男】と【女】の文字の暖簾が別々の入り口に掛かっていた。
俺は冒険者で勇者だ!
って事で勇気ある決断を取ろうかと思ったけど、心底疲れていたんで普通に男湯に向かった。
はい。良いお湯でした。
檜造りの湯船を満喫して出て来たら宴会場に誘導された。
なんだよ。この二百人ぐらいは余裕で宴会が出来るって畳張りの宴会場で、真ん中にぽつんと一つだけの宴会膳が置かれているのは。確かに宴会場で食事って書かれてたよ。それがこの仕打ちか。イジメか?
仕方無く真ん中に行き、金糸の刺繍の入ったふかふか座布団に座る。改めて見ると、宴会膳はかなり大きく、一人用鍋のセットも乗っている豪華仕様だ。小皿も多く、メインは寿司みたいだな。
ここは開き直って、しっかり堪能しよう。
俺が箸を取ったと同時に、真正面に変化があった。
気にしていなかったけど舞台だったようだ。一瞬、着物姿の女性が出て来て踊るのかと思ったけど、そうじゃなかった。
出て来たのは巨大なモニター。十年以上前なら映写式のスクリーンだったんだろうなぁ、と余計な事を考えていたら映像が始まった。
出て来たのは、俺の戦いの様子。なんで? どこから何時撮ってたの?
俺が紅葉と木の楯一つで戦っている映像を見ながら食事を摂れって事?
俺にとっては最後の魔王との戦いまで、全て忘れたいよ! お願い! 消して! 俺の記憶を消してー!
それでも流れ続ける俺の戦い。あ、皿との戦いになった。
諦めた俺はそんな戦いも流れている映像も無かった事にして鍋をつついた。かに鍋とは気が利いている。
そして、最後にと取って置いた大トロを口に放り込み、お茶を飲んで食事が終わった。
そのタイミングで魔王戦が終わるなんて、どんな高等な編集技術してるんだよ。
さぁ、終わった、終わった。
っと、立ち上がった所で目に移る光景がガラッと変わった。
俺は今、町内会の掲示板の前にいる。
あ、足下に俺の鞄。空は夕焼けから群青に変わりつつある。要は俺が魔王討伐ツアーとやらに出かける前の状態だ。
やっぱ夢だった?
掲示板を見るとそんなポスターは無く、秋の運動会の参加申し込み。消防団の団員募集。角の爺ちゃんの訃報が貼ってあるだけだった。
うん。
夢だったんだよ。
なんか、買った覚えの無いコートを着てて、分厚いグローブもはめてて、ゴツいブーツを履いてるけど、気のせいさ。あ、アイテムボックスには、剣と盾とサンマや秋の味覚の盛り合わせや米俵も確認出来る。
夢さぁ!
さぁ、帰ろう。
今晩の飯はサンマか? とか思ったけど、さっき食った寿司や鍋が圧迫して食えそうも無い。
帰る途中にある缶ジュースの自動販売機であたたかいという缶コーヒーを買ってアイテムボックスに収納する。時間停止か確認用だ。
そして帰宅。
お米一俵とサンマ四匹と芋を渡したけど困られてしまった。まだまだ有るんだけど、アイテムボックスの肥やしか?
次の日。
帰宅途中に掲示板を見ると、別のポスターが貼ってあった。
『冬の大魔王殲滅旅行』
はっはは。俺は指一本を出して。
「触らないよ」
っと指を引っ込めようとした。
その腕を、がしっと捕まれた。あれ? バスガイドさん? いつの間に?
にっこり笑うバスガイドさん。その力にあらがって下がろうとした所で、真後ろからも体を捕まれた。な、なんで魔王が。
ジリジリと、俺の指がポスターに押しつけられる。
と、まぁ、そんな事があったワケだよ。
俺は『春の宇宙魔王虐殺祭り』で十二天の一人と戦いながら回想した。
なんと十二天を倒すと白い陶器のお皿が貰えるらしい。
俺は魔法を展開し、精霊魔法を駆使しながら、進化型パワードスーツを操って十二天の一人であるミスターヘルに向かって時空跳躍ミサイルを撃っている。
木星衛星軌道にあるという中継ステーションでのお昼ご飯はなんだろう?