12 雪霧のラストゲーム
どこにでもある町のパン屋の息子。
彼は、唐突に思い立って、隣町へと向かった。
「フォグっ!いったいどうしたんだい!?」
兄が後追って走ってきたので、フォグは足を止めて兄と向き直った。
「兄さん、僕は確かめないといけないんだ。大丈夫、隣町に行くだけだから。」
「確かめる?何を確かめるんだい?」
「・・・まだ、間に合うかどうかを。」
「?」
フォグは、覚悟を決めた目で兄を見つめて、それから駆けだした。
兄は、止めることはせずに追いかけることにした。
隣町に着くころには、日が落ちてあたりが赤く染まっていた。
ここまでの道のりで、フォグは森を通ってきたが、見慣れた小屋は見当たらず、そのまま町に入ることにしたのだ。
フォグには、前世の記憶があった。フォグではないフォグとあざのあるキリトとネーベルの記憶が、フォグを動かした。
フォグには、あざがない。最初も今も、どちらのフォグにもあざがなかった。
もしかしたら、自分は最初の自分なのかもしれない。そんな期待をして、スノーが悪魔に出会う前に会えるかもしれないと考えて、フォグは隣町まで来た。
だが、もう遅いかもしれないとは思っている。
それは、フォグが前のフォグより成長していて、前のフォグとは違った人生を歩んでいるから。
もしかしたら、いないかもしれない。
前世のことを思い出したのは今朝のこと。それまで、フォグは幸せを感じていた。でも、思い出してしまってからは、すべての景色に色がなくなったようだった。
君がいなければ、生きている価値がない。
黙ってついてくる兄を引き連れて、フォグは町を歩き回った。
店じまいをする店もあれば、これからが稼ぎ時だとにぎわい始める酒屋。それらを横目で見ながら、フォグは考えた。
どこにいる?どこなら、いるかもしれない?
そのとき、子供の笑い声が耳に入った。それは、思わず微笑んでしまうような無邪気な笑い声でなく、汚い残酷さがうかがえる笑い声。
憎まれていた。
スノーの言葉が頭をよぎったフォグは、その笑い声の方へと走り出した。
思い出さなければよかった。
自分の罪、愛される喜び。どちらも今の私を苦しめる。
一人、冷たい風にさらされたスノーは、空虚だった。
それは、前世を思い出したからだけではない。スノーの前に現れない悪魔、スノーの胸元にないどくろのあざ。それが、スノーを空虚にした。
もう、彼とは会えないのかしら。
くしゃり。目の前で、音を立てて果実がつぶれた。それを確認したスノーの頭に、同じ果実がぶつかり、地面につぶれた果実が落ちた。
「罪人め~俺が成敗してやる!」
「いけいけっ!」
「きたねーの!」
同い年の男の子の笑い声が聞こえて、スノーはただぶつけられた果実を見ていた。
こんなもので、死ねない。どうせなら、石でも投げつけてくれればいいのに。もう、私を解放して。
自分が犯した罪の重さと、愛を知ってしまい愛されない苦しみを感じたスノーは、消えてしまいたいと願った。
そのとき、悪魔の笑い声が背後から聞こえた気がして、スノーは振り返る。
遠くに見える黒い人影。よくみれば、それは神父だったが、こちらを見て笑うその姿はひどく見覚えのあるものだった。
「悪魔・・・」
一歩、スノーは悪魔に近づいた。
消えたいと願うのなら、悪魔に魂を食べられるのがいいだろうと、スノーは悪魔に近づく。
「スノーっ!」
「!」
スノーの足が動きを止めた。背後から聞こえた声は、何度も聞いた声。
悪魔が聞かせる幻聴か?振り返って失望しないように、スノーは心の中で呟いて振り返った。そこには、少し成長した、頼りがいがありそうな少年の姿。
「フォグ?」
スノーが震える声で呼べば、フォグは泣きそうに笑って駆け出し、スノーをその腕の中へと閉じ込めた。
「また、会えた・・・スノー!」
「・・・フォグ。ごめんなさい、私・・・ネーベル・・・あなたを殺してしまったわ。あなたはただ、私を守ろうとしただけなのに。」
「そんなことはいいよ。ただ、また会えた。それだけでうれしい。」
感動の再会を遠くから見守った兄は、やれやれと言った様子で2人を見て、遠くにいる神父を見つけて睨んだ。
神父はにたりと笑った後、その姿を消した。
「どういうわけかわからないけど、悪魔と契約してなかったことになったのよね?」
「たぶん、そうじゃないかな。あざもないし、悪魔も現れないし。」
「悪魔なら、さっき遠目にこちらを見ていたわ。でも、すぐに消えてしまったの。」
「・・・どういうつもりなんだ?」
「わからないわ。でも、もしもまたあざが出たとしても大丈夫。」
「大丈夫って?何か対策でもあるのか?」
「・・・」
スノーはフォグの手を握る。
「今度は、笑ってあなたに殺されるわ。だから、ちゃんと私を殺してね?」
「・・・スノー!」
フォグはスノーを再び抱きしめた。それを見ていた兄が、近寄って2人を引き離した。
「兄さん、何するんだ!」
「・・・それで、これから2人はどうするの?もう、夜になるわけだけど、俺たちはどこで寝るのかな、フォグ?」
「・・・ごめん、考えていなかった。」
「うん、知ってた。ま、宿をとろうか。お金は持ってきたし。で、その子はどうするの?家に帰すの?持ち帰るの?」
「テイクアウトで。」
「な、フォグ・・・」
「ていくあうと?」
フォグの言葉に赤くなるスノーと訳が分からない兄だったが、とりあえず今日のところはフォグと兄は宿に泊まり、スノーは今世も孤児だというので教会に帰った。だが、明日一緒にフォグの家へ持ち帰ることになった。
後日、両親にこっぴどく怒られたが、スノーの境遇を聞いて同情した両親は、フォグが責任を取るという言葉を信じ、スノーを家に招き入れた。
それから、2人は悪魔に出会うことなく、温かい家庭で愛する者と生活をしていくことになった。日々祈りながら。
彼がその手を血に染める結末が訪れないようにと。




