レウィシア・トレース・ルートリンゲン ㊦
――レウィシアの魔の儀の当日
数日高熱にうなされていたレウィシアだが、今ではすっかり回復しており、予定通りに魔の儀を執り行う事となった。
トーレス家の悲願であるレウィシアの魔の儀式に立ち合うべく集まった親族や使用人の面々を見渡すランディスの表情は、憎悪の念がこもった酷く醜いモノとなっていた。
「くそっ、僕の時は末端の使用人1人しかいなかったのに……」
他の人に聞こえない位のトーンで、悪態をつくランディスだったが「それも今日までだ……くくっ」と長年の仇をこの手で討つかの様な歪んだ笑みを浮かべていた。
「レウィシア、こっちへ」
トーレス家の当主であり、レウィシアの父であるランバルトが既に結果が分かったような、破顔した表情でレウィシアを呼ぶ。
「はい、お父様」とレウィシアは言われた通りランバルトの元へ近付くと、父の隣に紺青のローブに包まれた壮年の男が立っていた。彼は、魔法士協会から派遣され、魔の儀にて魔力の器を解放させる役割を担っている。
「魔法士協会から派遣して参りましたダレスと申します。これよりレウィシア・トーレス・ルートリンゲン様の魔の義を始めます。レウィシア様、目をつぶって身体から力を抜いていただけますか?」
「はい」
レウィシアの身体から力が抜けた事を確認したダレスは、レウィシアの腹部に両手を伸ばす。レウィシアの身体に触れるか触れないかの絶妙な距離で両手は止まり、ダレスは独りでに言葉を紡ぐ。すると、次第にダレスの両手は青いオーラに包まれ、そのオーラがレウィシアの腹部に吸い込まれるかのように入っていく。
しばらくすると「ん?」とダレスは不思議そうな表情をする。
その様子に「どうされた? ダレス殿」と居たたまれずランバルトが口を出す。
「いえ、何故かレウィシア様の魔力の器に私の魔力が浸透しなくて……もう一度やってみます」と、ダレスは改めて儀式をやり直すが結果は同じだった。
この時は、レウィシアは病み上がりであり身体が本調子ではないからだと考え、日を改める事にしたのだが、それでも結果は変わらなかった。
トーレス家の者達は、この結果をダレスの所為にし、他の担当者の派遣を魔法士協会に要請したのだが、他の担当者が来ても結果は変わらなかった。
――そして、誰もが不審に思い始めたある日の朝、それは起こった。
「お嬢様、おはよう……ご……」
レウィシアの朝のお世話をしている専属メイドは、主の姿に絶句する。
メイドは一心不乱にその場を離れ、ランバルト達を連れて戻ってくる。
気が気じゃないメイドの様子に訳も分からず連れてこられたランバルトは、変わり果てたレウィシアに自分の目を疑った。
「お父様? どうされたのですか?」
自分の身に何が起こったのか理解していない眠気眼のレウィシアは、不安そうに問いかける。
「レ、レウィシア……そ、その髪の色は……」とランバルトは何とか声をふり絞って愛娘に問う。
「髪? ですか?」と自分の毛先を目線の高さまで持ち上げたレウィシアの眠気眼は、一瞬で開かれる。
「な、な、なんで? え? どういう事?」
レウィシアは、ガバッとベットから飛び降り、化粧台の鏡で自分の姿を恐る恐る覗き込むと、そこには美しかった白金色ではなく常闇のごとき紫色の髪をしたレウィシアが映り込んでいた。
「なんですか……これは……なんで、髪の色が紫色に……」と混乱しているレウィシア。
――そこで、あの少年が口を開く
「レウィ、お前はみんなを騙していたのかッ!」
ランディスは、責め立てる様に強い口調をレウィシアに向ける。
ランディスは、知っていた。
あの呪いの副作用で、レウィシアの髪の色が変色すると言う事を。
「お兄様……何を?」
急に責め立てる兄に、レウィシアは更に混乱する。
「我々を騙していた……?」
「お父……様……?」
「父上! レウィシアは今まで我々を謀っていたのです! それなら、魔の儀が上手くいかない事も辻褄が合います! こいつは、トーレス家の悲願ではなく、魔法も使えないトーレス家の恥だったのです!」
よく考えてみると支離滅裂な言い分であるが、何度も試しても上手くいかない魔の儀に拍車を掛けるようなレウィシアの髪の色の変化。
その場にいる者達はすんなりとランディスの言葉が耳に入っていった。
「違います! 謀るなんて、私はそんな事!」とレウィシアは大粒の涙を流しながら否定をするのだが、「ええいっ! 黙れ、この恥さらしの無能が!」とランディスがとりつく島も与えない。
「そうか……レウィシア……貴様は……」
ランバルトは今まで愛娘に向けた事のない酷く冷めた目を向け、何も言わずその場から離れた……。
その日からレウィシアを取り巻く環境は180度変わった。
ランバルトをはじめとする家の者達は、もう二度とレウィシアの顔を見たくないと、屋敷から離れた、今では誰も使わない使用人用の小屋に追いやり、必要最低限の食料だけを渡していた。
怒り狂っていたランバルトは、レウィシアの首を落とそうとしたのだが、ランディスがそれはあまりにも可哀想だと進言し、今の環境に置いておく事になったのだ。
ワザとらしい芝居の掛かったランディスの演技により、家の者達は皆、感動し、今までのランディスに対しての仕打ちを謝罪すると、ランディスは快くそれを許した事でトーレス家でのランディスの株は急上昇し、レウィシアと立場が真逆になったのである。
すべての元凶がランディスと誰と疑う事なく……。
――そして月日が流れる
レウィシアが屋敷を追い出されてから五年の歳月が過ぎたある日の午後。
いつもの様に彼女は、食料を確保するため森の中をさ迷っていた。
家からの食料の供給が止まった数年前から行っている日課だ。
今となっては、あの温もりに溢れていた屋敷での生活が、実は夢だったのでは? と疑うくらい、思い出は薄れていった……。
最初は泣いてばっかりで何も出来なかった彼女だが、今では出来る事が増えた。食料の調達、服の作り方、寒さを凌ぐ方法など。
生き抜くために覚えたのだ。
「はぁ~今日はあまり成果が芳しくありませんね」と、手に持つリンゴの様な二つの熟れた果実に目を落としため息をつく。
それでも収穫が全くないよりはマシだと肯定的に思いながら、雲行きが怪しくなった事もあり、レウィシアは食料の調達を早々に切り上げて住処へと戻る事にする。
家路に着くため方向転換をして数分が過ぎた辺りから、ぽつっ、ぽつっとレウィシアの絹のような滑らかな頬に大粒の雫が当たる。
「あぁ~やっぱり降ってきました、急がないと!」
今日は気分が良い時にしか着ない大切なドレスを着ており、雨に濡れたくないのだった。
レウィシアは、雨が本降りになる前に住処へと戻るため急いでいたのたが、健闘虚しく、雨はザァザァ降りへと変わっていった。
「はぁ~濡れるのは変わらないし、急ぐ必要もなくなりました。ふふふ。それなら、折角だしこの雨を楽しみながら家路に着くとしましょう」
そう呟いたレウィシアは、まるで幼子の様に両手を広げグルグルと廻りながら進んでいく。
住処まであと少しという所で突然「随分と楽しそうだな?」と、小馬鹿にした様な声がして、レウィシアは廻るのを止めて正面を向く。
雨足が強いため見通しが悪いのだが、そこには黒いローブに身を包んだ、体躯からして男だろうと思われる人物が数名立っていた。
「どちら様でしょうか?」
「ほぅ、この様な境遇に陥ってもまだその瞳の輝きは失わないのか……大したものだな」と先頭に立っていた男がローブのフードを外す。
「――ッ!? ギムレット様……」
「トーレス家の悲願とも言われたお前が、こんなゴミの様な生活を送っている、気分はどうだね?」
「私は、ただ、今の現状を受け入れているだけです。それは、あの屋敷にいた時も同じでした」
「くくく、素晴らしい。実の兄に裏切られ屋敷を追い出されたとも知らず、健気に現実を受け止めるか」
「なぜ、そこでお兄様が……?」
「彼女の疑問を解消してやれ、ランディス」
ギムレットの背後から一人が前に出て、ギムレット同様フードを外す。
「はははは。不様だな、レウィ!」
「お、お兄様?」
歪んだ顔でレウィシアを笑い飛ばすその顔は、実の兄であるランディスその人だった。
「笑いが止まらないぜ! バカだよな? 何も疑いもせずあの薬を飲むなんて」
「……あの薬? あっ……」
レウィシアは思い出す。
――兄が自分の為に用意してくれたあの薬
――兄が初めてくれた物だったから嬉しかったあの薬
「そうだ! あの薬は、ここに居られるギムレット様が長年の歳月を掛けて製造した呪いの薬なんだよ! 魔力の器を解放させないためのなっ! お前の髪の色が変わったのもその薬の副作用なのさっ! ぐひゃひゃっひゃ!」
兄の狂った様な物言いに、レウィシアの頭は真っ白になる。
今の生活は、受け入れたつもりだった。自分に力がなかったため……だけど、そうではなかった! 仕組まれていた事だった!
「みんなにその事を話します!」
レウィシアは、ランディスを睨み付ける。
「おぉ~怖いね。だけど、それは叶わないよ。お前はこれから人族に売られるのだからなっ!」
タイミングを計ったように「やれっ!」とギムレットが腕を横に振ると、背後に待機していた男達が一斉にレウィシアを目掛けて走り出す。
レウィシアは、すぐに踵を返し全速力で逃げる、のだが、雨によって出来た水溜まりに足をとられて転んでしまう。
仕立ての良いドレスをはじめ、髪から爪先まで泥だらけになってしまったレウィシアを、一人の男が肩に担ぎ、ギムレット達の元に戻る。
男から逃れようとジタバタと暴れるレウィシアの目線に合わせるようにギムレットは近づく。
「私は慎重な男だ。そして、こう考えた。呪いによってお前の魔力を封じたからといって予想だにしない事が起きそれが解かれてしまう事があるかも知れない」
一旦言葉を切るギムレットは、レウィシアの髪を乱暴に引っ張り自分の顔に引きを寄せる。
「いたっ、離してください!」と言うレウィシアを無視してギムレットは続ける。
「だから、お前はこれから私の友人である人族の男に売られる事になる。もう二度とこの地に足を踏み入れる事はないだろう」
ギムレットは、そういってレウィシアに透明な液体を飲ませる。
「い、いやっ!」と必死に抵抗するが大の男の力に抗う事ができず、液体はレウィシアの喉を通り抜ける。
「心配する事はない、これはただの睡眠薬だ」
徐々にレウィシアの目蓋が重たくなる。
「私の友人は、独特な性癖の持ち主でな。お前も可愛がって貰えるだろう……おっと、もう落ちたか……おい、これを樽に詰めて人族の運び屋に渡せ」
男達は、ギムレットの指示通りに眠りに落ちた泥だらけのレウィシアを樽に詰めて蓋をし、運び屋であるギュスター盗賊団に預けた。
こうして、レウィシアは魔大陸を出る事となった。
いつも作品を読んでいただき、ありがとうございます!
次話から、また、咲太の話に戻ります。
更新まで数日空く予定ですが、出来るだけ早く更新できるよう頑張ります!
また、面白い、続きが気になると思った方は、ぜひ、ブックマークや評価の方をよろしくお願いいたします!
作者のヤル気アップにご協力をよろしくお願いいたします!w




