酒樽と少女
酒樽の中には泥にまみれ憔悴しきった少女がシクシクと涙を流していた。
「予想はしていたけど……実際に目の前にすると胸糞悪い光景だね」とワタルは、縄に縛られているギュスター達を睨む
「早く出してやろうぜ? こんな狭い所に入れられて可哀想だ」
俺は力任せに酒樽を両サイドに引っ張ると、まるでリンゴが二つに割れる様に酒樽が割れると同時に少女が前のめりに倒れ、そのまま荷台に顔を打つ。
「ふぎゃっ」
「おいおい、大丈夫か?」
「痛いです……」と涙目の少女は尻餅をついたままおでこを擦る。
「どれ? 見せてみろ」と俺が少女に近付こうとすると、少女は物凄いスピードで俺達から距離をとる。
「いや……」
「俺達は悪い人間じゃないよ、お前を拐った悪い奴らは俺達がやっつけたんだ、信じてもらえないか?」
盗賊団に拐われてこんな所に閉じ込められて、俺達を警戒するのはしょうがないと思い、俺は最大限柔らかい口調で少女に話しかける。
「あ、あなた達の事を悪い人達とは思っておりません……ただ、その……」
と少女は恥ずかしそうに、自分の身体に目線を移す。
「なんだ? どこか痛いのか?」と問い掛けると
「……かしぃ……」と少女はギリギリ聞こえるか聞こえないか位の声で返事をするのだが、全く聞こえない。聴力が強化されている俺でも聞こえないんだから、常人の耳では、この少女が喋っている事すら感じ取れないだろう。
ワタルの方へと視線を移すとワタルは苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
「全然何言っているか聞こえないんだけど……」
俺の言葉に少女は、深いため息をつきながら
「恥ずかしいと言ったのです、こんな泥だらけで汚い姿。何日も身体も洗ってないし……その、く、臭いと思うから! あんまり近付いて欲しくないのです……」
少女の顔は見る見る赤くなっていき、羞恥心のせいか、両手で顔を覆い隠す様にして俺達から背中を向ける。
「ぷっ、ぷはははははは」
「ふふふ、そんなに笑ったら失礼だよ咲太」
「むっ、わ、笑う事ないじゃないですか!」
少女は振り返り俺達を睨み付ける。
「ごめんごめん。馬鹿にしてる訳じゃないんだ。ただ、拐われて、そんな酒樽の中に入れられてもそんなこと気にするんだなぁって」
「あ、当たり前です。一淑女として気にしない方が可笑しいと思います」
少女は頬を膨らませて、プイッとそっぽを向く。
「悪かったよ、機嫌を直してくれ」
「……はい」
どうやら仲直り出来たみたいだ。
「取り敢えず僕達はこの荷台の物を僕達の馬車に移す作業をしないといけない、見たところ魔法を使える年は過ぎているようだし、外に出て汚れを洗い流すといいよ」
「そうだな、早くやらないと日が暮れてしまう」
「…………」
少女の返事を聞かぬまま、俺とワタルはギュスター達の戦利品を俺達の馬車へと運ぶ。
御者のカッセルさんは、次々と積まれていく高価な品々に最初は驚いていたが、詮索する事なくいつもと変わらない表情で俺達を手伝ってくれた。
流石、グレンさんお抱えの御者さんだと感心する。
「さて、一通り終わったかな?」
「そうだね、後は……」
俺達の視線はギュスターの荷台の前で気まずそうに立っている少女へと向けられる。
「汚れを洗い流さないのかい?」
ワタルの問い掛けに少女は俯いたまま返事をしない。
「悪いけど俺達は早く町に向かいたいんだ、お前がそのままでいいなら俺達は別に気にしないから馬車に乗ってくれ」
この少女をここに置きっぱなしにして行こうとは思っていないし、これくらいの臭いや汚れなど元奴隷だった俺にとっては何の事もない。まぁ、ワタルも気にするようなたまでもないし……。
「レウィは魔法が使えないのです……」と少女はまるで罪を告白するかの様に重々しく俺達に打ち明ける。
「失礼だけど、君は今いくつだい?」
「十五になりました」
「十五歳で魔法が使えない……おかしいね」
この世界の人間であらば十二歳を境に大なり小なり誰でも魔法が使える。十五歳で魔法が使えないのはおかしいとワタルは感じたのだろう。
「なぁ、それは一旦あとで話すとして、とりあえず移動しないか?」
「そうだね、君も一緒に行こう。心配しないでくれ、訳ありみたいだし悪い様にはしないよ」
「それはありがたいのですが……その……」
「あぁ、気が利かなくて済まないね。僕の魔法で君の汚れを落としてあげるとしよう」
ワタルの言葉に、少女は破顔する。
ワタルはそんな少女の様子に笑みをこぼしながら魔法を唱えると、右手は青い、左手は赤いオーラが浮かび上がる。
そして、ワタルは両手を重ねた後、少女の元へと近づき「お湯を出すから、好きに汚れを落としておくれ」と少女に伝え、少女の頭上からお湯を発生させる。
少女は気持ち良さそうに、髪や顔、服などに付いている泥を洗い流す。
しばらくすると、泥で隠れていた少女の全貌が明らかになる。
まるで紫水晶の様に美しく艶のある長い髪に、やや目尻が下がったおっとりした瞳に程よい高さの鼻に小さめの口。そして、服が濡れている事で少女の身体の線が露わになるのだが、出るところは出て、締まるところは締まっているバランスの良い体躯。
俺もワタルも一瞬言葉を失うほど、見蕩れてしまうほどの美少女がそこいた。
「マジかよ……」
「ふふふ。これこそギャップ萌えというやつかな?」
ギャップ萌えは若干意味が違う気がするが、ワタルの言いたい事は十分伝わる。
「ありがとうございます、もう大丈夫です」
少女の言葉にワタルは「そのままだと風邪をひいてしまうね」と今度は、少女に向けて温風を出すとものの数分で、少女の全身から濡れた感じが無くなり全体的にふんわりとした仕上がりになる。
「何から何まで、ありがとうございます。私の名前はレウィシア、助けて頂き誠にありがとうございました」
レウィシアは、纏っているワンピースの裾を、ちょこんと摘み頭を下げて礼をのべる。泥が落ちて現れる仕立ての良さそうなワンピースに、洗練された一連の動作にこの子は普通の子ではない事が俺とワタルに伝わる。
だが、話を聞くのは町に着いた後でも遅くないだろうと思い、俺達は簡単な自己紹介を終えその場を離れた。
いつも読んでいただき、誠にありがとうございます!
ブックマーク、評価等いただけますと凄く力になりますので、何卒よろしくお願いいたします!