次の日
「995……996……997……998……999……1000! よしっ、終了!」
昨夜の出来事から一夜が過ぎ、朝日が昇る頃に目覚める。
そして今現在俺は、グレンさんの屋敷の庭で鍛練を行っていた。
いつものルーティンワークなので、やらないと何か不安になる為、この世界に来ても欠かさず鍛練を続けていた。
逆立ち状態を解除し、屋敷のメイドさんから借りた手拭いで汗を拭いている最中に「精がでるな!」と声を掛けられ、声がする方へと振り向くとグレンさんが立っていた。
「おはようございます、グレンさんも鍛練ですか?」
俺がそう思ったのは、汗だくの顔と何も纏わない上半身からはもくもくと湯気がたっており、その右手には普通の木刀の五倍はあるだろう木の棒が握られていたからだ。
「貴殿と同じく、私もこの習慣が身体に染み付いていてな、よっぽどの事がない限り鍛練は欠かさず行っているよ。歳を取るにつれて、こういった鍛練を怠ると、何故か自分が弱くなってしまいそうでね」
俺と似たような理由だが、グレンさんは俺の何倍もの時をこの習慣に費やしているためか、言葉に重みを感じた。だが、気持ちは十分に分かる。
「俺もその気持ちが解ります」
「そうか! ははははは!」
グレンさんは、俺の返事が気に入ったのか、嬉しそうに声を上げて笑う。
「貴殿には、我が家の問題で世話になった」
一頻り笑った後で、グレンさんは真面目な表情を俺に向ける。
「いいえ、ワタルの為に動いただけです」
「そうか」
俺の返事にグレンさんは満足そうな顔で頷く。
グレンさん達には、俺が異世界から来たことを話している。
その目的もだ。
だから、俺はワタルの護衛としてではなく、正式なアルパトス家の客人として扱われている。
ただ、俺が『殺戮者』と言うのは明かしていない。直接的ではないがワタルをこの家の人達から奪い、今回の騒動の原因を作ったのは俺だからな……、後ろめたい気持ちはあるが、そう言ってワタルに口止めをお願いした。
ワタルが、この家にいる間最期まで皆幸せな気持ちでいて欲しかったから。
まぁ、ワタルには「君はそんなんじゃない!」とめっちゃ怒られたけど、そこは宥めた。
「色々大変なんじゃないんですか? その、結婚式がこんな事になって」
この世界には新幹線も飛行機も無い。移動にはかなりの日数を要するのだ。つまり、結婚式の参席者達は既にこの街へと足を運んでいるハズだ。
「近隣の領主達には昨晩の内に報せを出した。遠くからの参席者達にはこの街に着いたら事情を説明して謝罪し、補償するしか他ないだろう。マングースめっ! この分はタップリ踏んだくってやる!」
「マングース家は取り潰しにならないんですか?」
「もちろん、取り潰しになる。マングース家は一人残らず打ち首の刑になるだろう。マングース家を懇意にしていた貴族達も流石に私とミラ殿を相手には出来ないからな、今回の件で一斉に手を引くだろう。もう、あの家の後ろ盾になる者はおらんよ。ただ、あの家の商権は惜しい。恐らく国で管轄する事になるだろう……。私は王に進言し慰謝料を要求すればいい、王は寛大だからな間違った事でなければ大抵の事は首を縦に振ってくださる」
俺の中での王の像は、あの腐ったオルフェン王国の豚王しかないから、この国の王がやけに眩しく感じた。
「それにしても、貴殿の昨夜の動きは見事であった」
うん? あぁ、ガイエンと対峙した時の事を言っているのだろう。
「いえいえ、俺なんて大した事ないです」
「あっははは、謙遜するな! あの男はSランクハンターと聞いている、私でもやりあったら苦労するだろう」
あぁ、負けるとは思ってないんですね。
「ははは……」
「さて、そんな貴殿と一度剣を合わせたいと思うのだが、私と模擬戦をしては貰えないだろうか?」
「えっ? いや、そんな恐れ多い。一国の将軍様と模擬戦なんて!」
おいおい、なんの罰ゲームだよっ!
「あっははは、勘違いしないでくれ! 一国の将軍ではなく、アルパトス家の当主でもなく、ただのグレンとして貴殿と単純に剣を交えたいのだよ。武人であれば強者と戦いたいと思うのは当然だ!」
言い切ってるし……あぁ、時間が時間なのか家の人達が興味津々な顔で集まってきたし……。
中には、クレアさん、ミラさん、シエラさんにワタルまで……。
「はぁ、何を言ってもダメそうですね。得物はどうしますか?」
「おい、剣を持ってきてくれ」
グレンさんの指示で、庭師の男が同じ形のロングソードを二本持ってきて、グレンさんと俺に手渡す。
「勝敗は?」
「先に降参した方の負けでいいだろう」
俺は頷き、グレンさんから五メートルほど距離を取る。
お互い、剣先を相手に向け見合う形になる。
「ふむ、立ち姿も中々隙が無い。見合っていてもしかないな、行くぞ!」
そう言ってグレンさんは、地面を蹴る!
「うぉっ!」と想像以上に速いグレンさんの動きに驚きの声が漏れる。
「うおりゃっ!」
キーン!
馬鹿真っ直ぐなグレンさんの上段からの一振りを俺は剣を横にして止めるが、ズンと俺の腕にグレンさんの力が伝わる。
おいおいおい! このオッサン強いぞ!?
「咲太! 本気で挑んだ方がいいよ! グレン殿は、爺様の後継者なんだ、剣の腕でこの国で一番だから武の将軍なんだよ~」
早く言えっつーの! ワタルはどちらかと言うと剣より魔法の方が凄いが、剣の腕も達人並みだ。
そんなワタルより、剣の腕が上と言う事は、間違いなくグレンさんは強者だろう。
ガイエンに対する評価も頷ける。
「あっはははは、このグレン、まだまだ若者には負けんっ!」
目にも止まらないグレンさんの連撃が俺に迫る。俺は躱せる斬撃は躱し、それ以外は剣で受け流ししばらく防戦一方が続いた。
「すごい……お父様の攻撃が……全然当たらない……」
この国一の剣の使いである父の剣が全く当たらない事にシエラは驚きを隠せないようだ。
「ふふふ、驚いたかい? 僕がライバルと言うだけの事はあるだろ?」
「うん……」
気がつけばシエラだけでなく、アルパトス家の面々も唖然としてる。
「こんなに剣を防がれたのは、カケル様以来だ! 強いな貴殿は!」
「救国の英雄様と同じだなんて光栄です!」
「だが、守ってばかりかっ!」
グレンさんの横一閃の斬撃をバックステップで避ける。
「じゃあ、今度はこっちから!」といって俺は本気のスピードでグレンさんとの距離を肉薄にする!
「なんとッ!?」
俺の本気のスピードにグレンさん口から驚きの声が漏れるが、そんな事はお構い無しに俺はグレンさんのに向けて刃を向ける。
キーン!キーン!
「うっ! この! うぉっ!」
最初は経験の賜物か俺の斬撃を紙一重でかわすグレンさん。段々と速く、鋭く、重くなっていく俺の攻撃に今度は、グレンさんの方が防戦一方になる。
そして、ついに俺の攻撃に対処しきれなかったグレンさんの首元に、俺の剣先が突き出される。
「俺の勝ちでいいですかね?」
「うむ、参った!」
潔いグレンさんの言葉に俺は剣を降ろすと、グレンさんが右手を差し出してくる。
俺はその手を握り返し「ありがとうございました」と敬意を示す。
「いや、こちらこそ感謝する。まさか貴殿の様な強者に出会う事が出来るとは、私は幸せ者だなっ! あっはははは」
その様子に、周りのギャラリーから拍手が巻き起こる。
「そろそろ、朝飯にしよう!」
「はい! もうお腹と背中がくっつきそうな位、腹が減りました!」
「あっはははは、面白い例えだな! さぁ、行こう!」
この世界ではこの表現は使われないらしい、日本では結構聞くんだけどな。
そんな事を考えながら、俺はグレンさんに連れられその場を後にした。
「それで、これからどこに向かうんだ?」
朝食が一通り終わり、食後にお茶を飲んでいるグレンさんがワタルに質問する。
「ハーヴェストに向かいます。魔大陸に渡るためには船に乗る必要があるので」
あっ!? ハーヴェスト!
こっちの世界に来る直前にハーヴェストに転移するって……あぁ、そう言う事か、俺はチラッとワタルとシエラさんを交互に見る。
「うむ、魔王に会うんだったな。何か私が手伝える事はないか?」
「いいえ、咲太と一緒なら何も問題なく魔王まで辿りつけます」
「それにしても、咲太殿は何者ですの? その若さで夫をあんな簡単に」
俺の存在がクレアさんの好奇心を刺激したらしい。
俺がワタルに目線を向けると、察した表情でワタルはコクリと頷く。
本当は最期まで隠し通すつもりだったが、何か騙しているような後ろめたさを感じ俺は正体を明かす事にした。
「俺は、以前この世界に来た事があります」
「うん? どういう事だ?」
「俺は、オルフェン王国によって、奴隷としてこの世界に召喚されました」
「――!?」
室内が騒然とする。
「まさか……貴殿は……」
「はい、『殺戮者』と呼ばれていました」
俺のカミングアウトに沈黙が漂う中、俺は続ける
「ワタルを死に追いやったのは俺です」
「咲太! それは違うっていつも言ってるよね?」
俺の言葉にワタルが椅子から思いっきり立ち上がる。
「だけど、あの時俺が一騎打ちなんて挑まなかったらお前があんな死に方することなんてなかったんだ!」
そう。ワタルであれば、危なくなったら上手く抜け出せただろう。
「何を言っているんだい君は! 君との戦いをそんな言葉で片付けて欲しくない!」
「だってさ! お前には大事な人もいて……本当だったら今頃幸せな家庭を築いてたかも知れないのに……」
シエラさんがこんなに悲しむ事もなかった。
「はぁ……馬鹿にしないくれ。僕も国に仕える軍人だったんだ。いつも覚悟はできていた……だけど、ありがとう咲太。僕は君のそういう所を凄く気に入っているんだ」
「男に気に入られても嬉しくないよ」
「ふふふ、そう言うわけだから咲太があの国の戦闘奴隷だからって酷い扱いをするのは無しですよ? 爺様もそれを望まない」
ワタルの爺さんは、何があっても戦闘奴隷の事を気に掛けていたからな。
「貴殿らのそんなやり取りを見ていたら、こっちは何も言えん」
「全くです、良い友達を得たようねワタルちゃん」
「妬ける……」
「私は事前にワタルに聞いていたからな、これからも弟分をよろしく頼む」
「はいっ!」
どうやら俺は受け入れて貰えたらしい。
◇
「もう発ってしまうのか?」
「えぇ、そんなに時間があるわけじゃないので」
俺達は更に一日アルパトス家で過ごした。今は出発のため屋敷の表に立っていた。
「ワタル様……」
「事が終わったら、もう一度戻ってくるよ。母様達にも会いたいしね」
「絶対……」
ワタルは「うん!」と言ってシエラさんを抱きしめた。
「では、お世話になりました!」
「うむ! 気をつけるのだぞ!」
「頑張るのよ、ワタルちゃん、サクタちゃん!」
いつの間にかクレアさんからちゃん付けで呼ばれている俺……。
「お師匠様には私の方から伝えておくから、戻ってくる前に報せを出してくれ」
「うん、よろしく頼むよミラねぇ」
「じゃあ、いってきます!」
俺達は用意された馬車に乗り込み屋敷を後にする。
「なぁ、ワタル」
「うん? なんだい?」
「ハーヴェストではなく、こっちに来たのは……いや、なんでもない」
「ふふふ、ゴメンね。君の思っている通り僕のわがままだよ」
やっぱり!
「いいんじゃないか? 人間なんて元々わがままな動物なんだからさ」
「ふふふ、そうだね!」
「あはは、そうだ!」
パッカ、パッカとリズミカルな蹄の音が消される位の笑い声を発しながら、俺達はルンベルを離れた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
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修正しました(20.9.22)
修正前)「救国の英雄様と同じで光栄です」
修正後)「救国の英雄様と同じだなんて光栄です!」