かつて友と呼んだ男(下)
(ここは……?)
自分の置かれている状況を確かめるために、少女はキョロキョロと辺りを見渡す。その度に少女のふわりとした桃色の髪が少女の目線とは反対の方向に揺れる。
(私は……先程まで学園でワタル様を待っていたのですが……)
そう思いながら、自分の置かれている状況を再確認する。
触れたら壊れてしまいそうな、可憐な少女は樽が敷き詰められているカビ臭い部屋の片隅で、両手両足を縛られ、口には布を巻き付けられていた。
少女はまさに囚われのお姫様という言葉がピッタリと言えるほど可憐であった。
辺りをキョロキョロとしているうちに、彼女をこのシチュエーションに置いたと思われる男達の言葉が嫌でも耳に入る。
「チョロい仕事だせ! こんなガキを一人攫って金貨百枚なんてな!」
「全くもって、その通りだ! これで当分遊んで暮らせる!」
「早く終わらせて飲みに行きてぇぜ~」
「なぁ、女も買おうぜ?」
この王都で四人家族がひと月生活するには最低金貨二枚が必要とされている。
人の命にいくらの金貨が妥当なのかは分からないが、段取りまで全て整った状況で数時間働いただけで、金貨百枚は破格な報酬と言えるだろう。
誘拐犯と思わしき男達は、もう仕事が終わったかのように上機嫌でこれからの事を話していた。
通常この様な荒くれ者達の言葉は、齢僅か十三歳の少女にとっては身の毛がよだつものだが、彼女は確信していた。
必ず自分の最愛の婚約者が自分を探してくれる、助けに来てくれる、と言うことを。
少女の名前は、シエラ・アルパトス。
アルパトス伯爵の次女であり、英雄カケル・タマキの実の孫であるワタル・タマキの幼なじみであり、婚約者である。
余談だが、シエラの父であるグレン・アルパトス伯爵は、カケル・タマキの右腕と言われる程の優秀な部下だ。
カケル・タマキは非常に厳しい男だった。
規律と規則を非常に重要視し、かつての主であるローランド王が白と言えば、それが黒であっても白を貫き通す絶対的な忠誠をも備え持っていた。
だからというか、そんなカケルがいる場所ではいつも彼の怒号が響き渡っていた。
救国の英雄—―そんな男に怒鳴られたら流石に強靭なマインドを持っている屈強な兵士達でも参ってしまうかと思いきや、カケルの部下達は彼の部下である事に誇りを持っていたためどんな事があろうと折れる事はなかった。
そして、カケルも怒鳴り散らすだけではなかった。
怒鳴り散らした部下に対しては、その日の夜には食事に誘い、自分の気持ちをぶつけ相互分かりあえるように尽力した。
普通なら上司に口煩く言われたら耳が痒くなるものだが、皆が尊敬してやまないカケルの言葉だからなのか、すんなりと受け入れていた。
慕われているカケルの元には、貴族は勿論、商人や、学者、聖職者、職人などなど、様々な分野、身分の者達が足を運んでいた。
異世界から来たカケルの知恵を借りる為だ。
カケルもこの国が良くなる事ならと、快くその者達を受け入れた。ただ、私欲に塗れた者は除いて。
大人同士の話だとワタルはいつも蚊帳の外に追いやられ、大好きな祖父との時間を取られているようで、ワタルは不機嫌極まりなかった。
その日も祖父に客人が訪れて、ワタルは不貞腐れながら自宅の庭園を小石を蹴りながら散歩していた。
そこでワタルは出会ったのだ。
ふんわりとした桃色の髪を揺らしながり、泣きそうな顔で庭園をさ迷っている可憐な少女に。
「うぅ……ここは、どこなの……?」
「やぁ、迷子かい?」とワタルはひょこっと少女に顔を近づけ声を掛けが、少女は「ひぃっ……」と急に現れたワタルに驚き、ビクビクする。
「うふふ。そんなに怖がられると流石の僕も傷ついてしまうのだけどね」
「ご、ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」
ワタルの言葉に少女は申し訳なさそうに俯く。
「冗談だから、そんな顔をしないでおくれ」
「冗談って……」
先ほどまで怖がっていた少女は、目を細くして明らかに不機嫌になる。
「すまない。意地悪するつもりはなかったんだが、困っている君の顔があまりにも愛らしくて、ついつい意地悪を言ってしまったよ」
「そんな言い方ズルい……」
「それにしても綺麗な色の髪をしているね。僕の祖父は異世界人でね」
「……」
急に語りだしたワタルの言葉に、少女はただ黙って耳を傾ける。
「祖父の故郷であるニッポンという国の国花がサクラという綺麗なピンク色の花らしいんだ。花が咲いて、あっという間に散ってしまう……そんな儚くも美しい花らしい」
「はぁ……」
「君の髪の色はそんなサクラと同じ色なんだ。そして、君は少しでも触ってしまったら壊れてしまいそうな儚さを持つ美しい女性…………うん! 決めた! 僕がそんな儚くも美しい君を生涯を掛けて守ろう! 正直いうと一目惚れなんだ。出来れば僕のお嫁さんになってほしい」
十歳にも満たない少年のプロポーズに、少女は一瞬戸惑うが、嫌とは思わなかった。
この人懐っこい少年の瞳は全く濁りのない綺麗な目をしていたからだ。
少女が一瞬で恋に落ちる程の……。
そして、少女は勇気を振り絞って答える。
「わ、私で良ければ……」
そんな少女の返事を聞いて、少年は眩しい程の笑みを溢す。
「僕の名前はワタル! 君の名前は?」
「シエラ……」
こうして、将来を誓いあった少年と少女は出会った。
(ワタル様はきっと来る……)
シエラがそう心の中で呟いた時、ガラガラと部屋の扉が開かれた。
来た! と思い俯いた顔を上げるのシエラだが、そこに現れたの予想だにしなかった少年だった。
「シエラ! 大丈夫か!」
現れたのは、少女が待っていたワタルではなく、カルロス・マングースだったのだ。
「なんだ~? てめぇは~」
「てめぇ~みてぇなガキが来る所じゃないんだよっ! とっとと失せろ!」
「黙れ! この犯罪者共め! よくもシエラをこんな目に!」
カルロスに対して悪態をつく荒くれ者達に勇敢に対峙する。
「このガキ、痛い目を見ないと分からないらしいな? おい、やっちまえ!」
リーダー格らしい男の声で、荒くれ者の中の一人がカルロスに殴り掛かる……が、なんとカルロスは男の拳を紙一重でかわし、カウンターで男の左頬に拳をねじり込む。
「ぐぇっ!」という汚い声を残し、男はその場に倒れる。
「ふん! 見たか! お前らこそ痛い目を見たくなければサッサと失せろ!」
カルロスは自信満々な顔で、荒くれ者達に人差し指を向けた。
「くっ……行くぞ! 野郎共!」
リーダー格の男が、カルロスに殴られ倒れている男を肩に背負いその場から逃げようとし、カルロスは男達に背を向けシエラの元へと近づこうとしたその時、「三文芝居もここまできたら怒りが込み上げてくるね」と入り口の方から柔らかく、そして、確かに怒りが籠ったまだ声変わりのしていない少年の声が室内に響いた。
その声に目が輝くシエラとは正反対に「な、なんでお前がここに……」とカルロスはここに来るはずのない少年の姿に驚愕する。
「なんで? そうだね、お姫様を迎えに来るのはいつの時代も騎士と決まっているものさ。さて、カルロス……よくも僕のお姫様をこんな目に合わせてくれたね?」
「何を言っているんだ! ぼ、僕は彼女を助けに来たんだ!」
「そう、君がそういうなら彼らに聞いてみよう」
ワタルはそう言って、荒くれ者達に近づく。
「な、何なんだてめぇ! そこをどきやがれ!」
「ねぇ、貴方達はどうしてシエラをこんな場所に連れ込んだんだい? 彼女は伯爵家の娘だ、こんな事してタダで済むとは思ってないよね?」
「う、うるせぇ! そんな事知るか、ガキがっ! おい、このガキをやれ!」
リーダー格の一声で、先ほどまで気絶していた男を含めた三人の男がナイフを抜いてワタルに襲いかかる!
「「死ねえええええっ!」」
「え……っ?」
リーダー格の男は、自分の目を疑った。
ワタルに襲い掛かった、自分の部下三人の首が一瞬で宙を舞ったのだから。
「次は、貴方だね。もう、一度聞くよ? なぜ、シエラをこんな所に連れ込んだんだい?」
ワタルの淡々とした様子にカルロスは、青ざめその場に尻餅をつき、リーダー格の男に向けて震えながら「や、やめろ……話すな……」と口にするが、男はそんな言葉は耳に入って来ない。
「そ、そこのマングース商会の長男に依頼されて……その娘を攫ってくれば、き、金貨百枚くれるって言われて……なぁ、いいだろう。俺は話したじゃないか! 見逃してくれよッ!」
男は必死にワタルに縋るが、「僕が貴方を許すわけないじゃないか」と言って、先程の三人と同様男の首を刎ねた。
「さて……次は、君の番だねカルロス」
カルロスは今まで見た事のない、怒りに満ち溢れたワタルの形相に恐怖する。
浅はかだった。今思えば、こんな手ワタルに通用する分けないのに……ワタルは魔法の天才だ。彼ほどなら探知魔法で直ぐにでもシエラを見つけられたはず……。ワタルは剣の天才だ。彼ほどなら四人程度のチンピラなんて敵じゃない……。
「ゆ、許してくれ! ぼ、僕はただ、シエラを!」
「その汚い口で俺の婚約者の名前を呼ぶな……殺すぞ?」
「ひぃっ!」
ワタルの殺気にあてられ、カルロスはジョボジョボと股間を濡らす。
そんなカルロスはほっといて、ワタルはさっさとシエラの元へ近づき、手を縛った縄を解き、口に結ばれた布を取る。
「お待たせ、お姫様」
「おそい……」
シエラはぷくーっと頬を膨らまして、そのままワタルに抱きつく。
「あの……」カルロスは、シエラに向けて何か話しかけようとするが、「……最悪……もう私達の前に現れないで……」と背筋が凍る様な視線を向けられ、カルロスの目に涙が溜まる。
ワタルは、「少し待っていてくれ」と抱きついているシエラを一度離し、すすり泣いているカルロスの下へと近づく。
「さて、カルロス。君は物凄い過ちを犯した。商人の子である君が、貴族の子弟を誘拐するなんて狂気の沙汰としか思えないよ。君を含め、君の家族一同打ち首は免れないだろう」
「ゆ、許してくれ! いや、許してください! お願いします! どうか! どうか……」
ワタルの言葉に、カルロスは自分がいかに重大な罪を犯した事に改めて気付き、大粒の涙を流しながら懇願する。
「シエラに傷一つなかったという事と、一応君の事は友人だと思っていたと言う事で、この事は僕達の中で留めて置こう」
シエラに傷一つ付いていたら、君は消しくずになっていたけどねと付け加える。
「本当ですかっ!?」
「ワタル様……甘すぎ……」
シエラは、カルロスが嫌いだ。いや、嫌いになったと言った方が正しい。
基本シエラは、ワタル以外興味がないため、カルロスの事はただの空気としか見ていなかった。だが、ここ最近のカルロスの所業には目に余るものがある。特に、ワタルに向けた態度がシエラにとっては許せなかったのだ。
「あくまで、この件について黙っていてやると言っているんだ。罰を与えないとは言っていない」
「分かった……」
「罰とは……?」
「安心してくれ、死ぬ程の事じゃない。ある事を制限させてもらうだけだ。それとも、一家打ち首がいいのかい?」
「い、いえ! 打ち首は嫌です!」
カルロスは、首がもげる位横に振る。
すると、ワタルは革の鞄から長さ十センチ程の細い針を取り出した。
そして、その針をカルロスの手の甲に差し込む。
「――!?」
予想だにしなかった、ワタルの行動にカルロスは驚いて声が出なかった。
そして、カルロスの手の甲から抜いた針は、光と共に消え去っていった。
「遺物……」
「そう、君の大好きな遺物さ。そして、この遺物の効果はね……」
カルロスはゴクリと喉を鳴らす。
「今後一切女性に触れる事も出来ない、女性に触れられる事も出来ない」
「えっ? それって……?」
「シエラ、彼に触れて見てくれるかな?」
「いや……」
「そこを何とか! 君が好きなケーキ買ってあげるからさ」
「むぅ……分かった……」
凄く嫌そうな顔をしてシエラがカルロスに触れると……。
「ぎええええっ!!」
「この様に激痛が走る! カルロスが女性に触れても同じさ。昔性犯罪を起こした罪人に使っていた遺物らしい」
「君は死ぬまで女性を愛する事も、愛される事もできない。これが君が犯した罪の代償さ」
ワタルは、泡を吹きながらビクビクと小刻みに震えているカルロスにそう投げかけ後、「さぁ、約束どおりケーキを食べに行こう」とシエラを連れその場を後にした。
この事件以降、カルロスは学園を自主退学し、二度とワタル達の前に現れる事はなかった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
感想・評価・ブックマークよろしくお願いします!
評価は最新話の下部からできます。