服部家訪問
「だーれだ?」
と言う可愛らしい声と共に背中に柔らかい感触が伝わってくる。
「普通は目隠しだろ?」
「フフ、知ってる通り、アタシは普通とは程遠い女子なのですよ?」
「それでも、女の子がそう易々と男に抱きついちゃいけません!」
「ぶぅー! サクだからサービスしてるんですぅ!」
紗奈は俺に絡み付いたまま、器用に俺の目の前に移動し少しだけ頬を膨らませている。
そんな俺達の様子をすれ違う男共が、忌々しい顔で舌打ちをしたり、ボソッと「死ねばいいのに」と言う言葉を吐き捨てて行く。
それらは明らかに俺に向けられたモノだ。やるせない……。
「ほら、いくぞ」
「はいっ」
今日は母ちゃんが主催している服部家のBBQパーティーの日だ。
以前、明美さんストーカー事件を解決した際に開いたBBQパーティーが楽しかったらしく、母ちゃんはみんなのスケジュールに合わせて月に一度、定期的にこの催しを開いている。
メンバーは基本の固定で、母ちゃん、明美さん、美咲、くりさん、そして俺だ。
まぁ、この日ばかりは、レディースデーと称して、俺は焼き担当に徹しているのだが、みんなの楽しそうな顔を見ていたら、それくらいのサービス別に苦とは思わない。
そんな日になんで紗奈がここにいるかって?
以前から紗奈が母ちゃんに逢いたがっていたので、折角なら俺がお世話になっている人達にも紹介したかった事もあって、紗奈を誘ってみたら二つ返事で今日という日を迎えた。
紗奈と少しの雑談を交えながら、駅から歩くこと十分。閑静な住宅街に位置するその一軒家の表札には『服部』と刻まれている。
そして、表門のからは既に真っ昼間からビールや酎ハイを片手に楽しそうにはしゃいでいる三人がいた。
「ここだよ」
「ここがサクの……」
「さぁ、みんなに紹介するよ。行こうか?」
「は、はい」
心なしか、紗奈は少し緊張しているように見えた。
「サクちゃん! おっそーい! ママお肉たべたいぃぃっ!」
「服部咲太君、こんな華のような乙女達がビール片手にあたりめを齧っている……君の心は痛まないのかい?」
母ちゃんとくりさんがうるさい。
「私が焼くって言ったんだけど……舞さんがそれは咲太君の仕事だからって……」
明美さんは少し申し訳なさそうな顔をしている。
「いや、明美さんは悪くないです! てか、くりさん! あんた自分で肉奉行とかいってなかったですか? 炭の準備まで全部終わってるのに焼いてくれてもよかったじゃないっすか!」
そう。くりさんは、自分で肉奉行だと主張しては俺が肉を焼いているとやたらと横槍を入れてくる癖に、自分では絶対焼かない。
先程、肉を焼く事が苦とはならないと述べたが、くりさんに関しては……いや、止めておこう。せっかくの楽しいパーティーだ。
「それで、咲ちゃんそちらの可愛らしい子が紗奈ちゃん?」
一応事前に母ちゃんには紗奈の存在を知らせている。
「うん、室木紗奈っていうんだ」
「は、初めまして! 室木紗奈でしゅ!」
あ、噛んだ……紗奈の顔が見る見る赤くなっていく。
「あはは。よろしくね、紗奈ちゃん。私は服部舞子、咲ちゃんのママだよ!」
「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「そんなに緊張しないで。あっちゃん、くりちゃんもご挨拶だよ!」
母ちゃんの一声で興味津々な目で眺めているくりさんと、若干落ち着かない様子の明美さんが、紗奈の方へと近寄ってくる。ちなみに美咲は、所用で少し遅れてくるらしい。
「やぁ、初めまして! ボクは、要春子。要って字が栗に似てるから、くりちゃんと呼ばれてるのだ」
「私は中西明美です。咲太君が前にバイトしていた居酒屋の店長をしていて、今は服部家にお世話になっています」
「室木紗奈です、よろしくお願いします!」
「よしよし、みんな挨拶も済んだことだし、乾杯しよう! 紗奈ちゃんは未成年だからオレンジジュースね」
と、頃合いを見て母ちゃんが紗奈にオレンジジュースの入ったプラスチックのコップを渡し、「ありがとごうざいます」とお礼を言って紗奈はそれを受け取る。
「じゃあ、今月もお疲れ様でした、今日はじゃんじゃん食べて、じゃんじゃん飲もう! かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」
母ちゃんの音頭で、服部家のBBQパーティーが始まった。
俺は缶ビールに口をつけながら、黙々と焼き係に徹っする。
◇
~紗奈視点~
緊張します……。
以前からサクには、フィアンセとしてお母様に紹介して欲しいとおねだりしていたのですが、いざ本人を前にするとドキドキが止まりません。
アタシは現状、サクの焼いたお肉や野菜を口に運びながら楽しそうの談話している女性陣の輪の中に、まるで借りてきた猫の様な感じでちょこんと座っています。
汗だくになりながらお肉を焼いているサクの隣でイチャイチャしたいっ! てのが本心ですが、初対面の方々を前に失礼だと思いますし、サクもこちらにいる皆さんと仲良くなってもらいたいと思っているはずですのでここは頑張り所です!
そんな事を考えていると先ほどからチラチラとアタシの方を伺ってくる中西さんが、「あの、室木さんは咲太君とどういう関係ですか?」とアタシとサクの関係を聞いてきました。
女の勘と言いますか、この中西さんはサクに気があると見ています。謂わば彼女はライバル! ここは宣戦布告ですっ!
「えっと、サクのフィアンセです……」
「えっ……?」
中西さんはアタシの言葉に驚き、持っていた缶チューハイを地面に落とします。
小さな缶の口からジュワーっと泡立つ、薄紫色の液体が地面を濡らします
。
お母様は中西さんが落とした缶を拾い、キッチンペーパーで周りを拭いますが、中に砂が入ってしまっていたらしくて、「これはもう駄目だね」と言い、クーラーボックスから新しい缶を取り出し中西さんの手に渡します。
「ほら、あっちゃん」
「あ、すみません……舞さん」
中西さんは、缶の蓋を開け勢いよくチューハイを口に流すと、一度深く深呼吸をして再度アタシと向かい合います。
「フィアンセってどいう事ですか? 見た感じ室木さんは、その、大分若いように見えるのですが……」
「今、高校二年生です。サクとは将来を誓い合った仲と言うか……」
ピッピ―! ピッピ―!
どこから取り出したのか分からないが、要さんがサクの耳の近くでホイッスルを鳴らします。
「ちょっ、くりさんうるさいから! 鼓膜やぶれたらどうするんですか!」
「服部咲太君! 未成年に手を出すなんて!」
「いや、手なんか出してないよ! 将来を誓い合ったと言うのはあってるけど、付き合うのは紗奈が高校卒業してからだし!」
「室木紗奈君、彼の言っている事は本当かな? 」
要さんが、サクの言葉を確認する様にアタシに詰め寄ってきます。
「残念な事に……私はいつでも準備は出来ているのですが、サクは駄目だと……なので、実質まだ友達以上恋人未満な関係です」
「まぁ、服部咲太君が犯罪に手を染めるような男ではない事は重々承知しているけど……まぁ、彼も男だからね」
そう言って要さんはぐびっとビールを口に含み、肉に齧り付きます。
アタシとサクの関係を聞いた中西さんはボソッと、「恋人未満。まだ終わったわけじゃない……」と言っていた事をアタシの人間離れしている耳は聞き逃す事はありません。
やっぱり、この中西さん……危険です。
落ち着いた感じの大人な美人さんで、おそらく性格も良さそうです。一番のネックはサクと一つ屋根の下に住んでいると言うこと……。
「うふふ。息子がモテると言うのは見ていて気分がいいね~。みんないい子だから、みんな嫁に来てくれればいいけどね~」
「ちょ、舞さん! 私は別に……」
「いいからいいから! あははは」
顔を真っ赤にして俯く中西さんの背中をお母様がパンパンと叩きながら豪快に笑います。
お母様は、流石というか何と言うか……。
「はぁ~美咲ちゃんだけでも手強いのに……こんな美少女が加わるなんて……」とまたボソッと漏らす中西さんの声にもう一人ライバルが居る事を知らされます。
サクは約束をちゃんと守ってくれると信じていますが、この世に絶対なんてないですし、中西さんは素敵な人ですし、その中西さんが手強いと言うのですから、美咲さん? と言う方も素敵な方なのでしょう。
だけど、絶対に負けません!
アタシ達は世界を超えて巡り逢えたのですから!
◇◇
~咲太視点~
「ふぅ~あっついな~」
俺はとめどなく流れてくる汗を首に掛けたタオルで拭い二本目の缶ビールを飲み干す。
状態異常耐性の所為か、俺は酒に酔い難い。なのでビールを飲んだとしてもただの炭酸飲料を飲んでいるのと同じだ。
俺は新しい肉のパックを開け、塩コショウをしたのち網に肉を並べていく。
そして、一通り並べたあと女性陣の方に目を向ける。
まだ少しぎこちなさそうにしているが紗奈だが、それでも所々笑顔が見えているので、みんなの中で溶け込んでいるようで何よりだと思う。
あっちの世界に戻る事は、まだ紗奈には伝えていない。
「付いて来るって言うよな……絶対」
ワタルの力があっても向こうに行けるのは、俺とワタルの二人……。
「何とか説得しなくちゃな……」
「服部咲太君! お肉まだかい?」
「今持ってきます!」
俺はどんどん焼きどんどん肉を女性陣に運んだ。
◇◇◇
「お邪魔しました!」
「また、いつでもいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます!」
日が暮れてきて、BBQパーティーはお開きになった。
明美さんとくりさんは、途中で酔いつぶれて絶賛お昼寝中だ。くりさんならまだしも、明美さんが酔いつぶれるなんて珍しい。ペース配分が上手な人なんだけどな……。
因みに美咲は今日来れなかった。
「ちょっと駅まで送ってくるね。あ、片付けは戻ってきてやるから、母ちゃんは二人をお願い」
「片付けは気にしないで、ゆっくりしてきなさい」
「ありがとう! じゃあ、行こうか?」
「はい! では、失礼いたします!」
紗奈は母ちゃんに頭を下げてもう一度挨拶をしてから、俺と駅へ向かって歩き出す。
「どう? 楽しめた?」
「はい、とっても! 皆さん凄く優しくて、良くして貰いました!」
「それは良かったな」
「それで、サクはアタシに何か言いたい事があるんじゃないですか?」
一拍置いて紗奈が下から俺の顔を覗き込む。
「えっ? なんで?」
「何か、ずっと様子を伺っている様に見えたので」
極力普通に過ごそうと思っていたけど、紗奈の目は誤魔化せないらしい。
「少しあそこで話そうか?」
俺は近所の公園にあるベンチを指差す。
「はい……」
タダでさえ住宅街の夕食時、辺りは静寂に満ち溢れていた。
俺達は砂場が近くにあるベンチに並んで腰を下ろす。
「さぁ、言って下さい! 覚悟はできていますっ!」
覚悟? まぁ、正直に伝えよう。
「俺、少しの間あの世界に戻る事になった」
「えっ? そっち?」
「そっち?」
「うふふ。アタシと結婚できないとか言われると思ってました」
「それはない。約束した事は必ず守る」
「約束したというだけでの結婚は嫌です……」
「約束したからと言うだけじゃないよ。これから先は、紗奈が高校を卒業してからな?」
「はい……えへへ」
紗奈は少し照れくさそうに笑みをこぼす。
「話戻すけど、あっちの世界に戻って魔王と話をつけてくる」
「アタシにそう言っているって事は、アタシはお留守番と言う事ですね?」
「察しが良くて……そうなんだ。ワタルの魔力だとワタルと俺しか行って帰ってくる事が出来ないんだ。田宮が夏休みに入ったら出発する」
「そうですか……」
「紗奈には日本に残って『憑依者』の対応をしてほしい。紗奈にしか出来ない事なんだ」
「分かりました!」
「あはは、即答? 一緒に行くって言われると思ったよ」
「うふふ。物理的に出来ないならダダをこねる訳にはいきません。それにアタシの役割もありますし。その代わり、無事に早く戻ってきてください。折角の夏休み……もっと沢山一緒にいたいです!」
「ああ、約束する。傷一つない身体で出来るだけ早く戻ってくるよ」
「あと……まぁ、男性だから仕方ないと思うんですけど、向こうの女性に本気にならないように!」
「ああ、約束する。俺が本気になれるのはお前だけだよ」
「うふふ。よろしい」
心配していたが、物分りの良い紗奈には無用だった様だ。
俺達は、辺りが暗くなるまで他愛もない話を交えた後その場を離れた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
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