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【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男  作者: いろじすた
第5章 退治する男
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元召喚奴隷同士の戦い

「死ねっ!」


 三上は二階から飛び降りた勢いそのままで俺に向けて蹴りを放つ。


 俺達の中で最弱だったとはいえ、三上の身体能力は元召喚奴隷のそれであり、加えて魔力まで纏っているため、流石の俺でも結構なダメージを喰らうだろう。


「よっと!」


 喰らってやる理由も義理もないので、三上の蹴りを体一つ分横にズレて躱す。


 躱される事を予測していたかのように、三上は着地と同時に後ろ向きのまま両足の踵を俺の顎に向けて放つが、俺はそれが当たるか否かのギリギリのタイミングで上半身を後ろに反らすと同時に無防備な三上の鳩尾を目かけてトゥーキックを放つ。


 「ちっ」と舌打ちが洩れる三上は、地面についている両手を戻し胸部をガードするが、ミシミシッという鈍い音と共に壁に向かって吹き飛ぶ。


 壁にぶつかる寸前で三上はクルンと体を反転させ、その勢いそのままで壁を蹴り、俺に向け土魔法で岩を生成し連発する。


 俺は、迫りくる岩を拳で難なく砕くが、三上は岩に紛れて俺との距離を肉薄にし、魔法で生成したとみられるメイスを俺頭部に向けて目一杯振り下ろす。俺は冷静にメイスを掴んでいる三上の右手首に手刀で衝撃を与えると、俺に向かってきていたメイスの軌道が面白いように反れ、床に突き刺さる。


 俺の追撃を警戒したのか、三上は床に突き刺さったメイスを抜こうともせず、手から放し、バックステップで俺から距離を取る。間もなく、メイスは光の粒となって消え、再び三上の手に具現された。


「ちっ! やっぱり一筋縄ではいかないか」

「相変わらず、そんなもの振り回しているんだな?」


 三上は、あっちの世界にいた時に剣の才能が全くなく、力任せで振り回せるメイスを使っていた。

 本人は、聖剣使いになれると信じて止まなかったため、隊長に剣を没収された時はみっともなく泣きわめいていた。


「う、うるさい! 剣は練習中なんだよっ!」


 どうやらまだ諦めていないようだ……。

 

「な、なんですのあの二人は……」


 目の前で繰り広げられる、同じ人間とは思えない人外同士の戦いに、御堂筋加代子は信じられない物を見ている様子で呟く。上尾は声を出す事さえ忘れている。


「や、やはり私達では到底遂行不可能な任務でした……」


 いつの間にか意識を取り戻したレンが口を開く。


「レンさん! 大丈夫ですの?」

「はい、心配をお掛けして申し訳ございません」

「良かった……」


 御堂筋は自分の部下が無事な事に安堵する。


「そこのレンさん?の言う通り、最初から出しゃばらないでアタシ達に任せておけばこんな事にはなりませんでした。これは、御堂筋課長、貴方の判断ミスです。」

「仰る通りですわ……」


 紗奈の厳しく的確な指摘に、御堂筋は俯き、悔しい表情で肯定する。


「次は絶対間違わないで下さい。貴方に何かあれば、美也子さんが悲しみますので」


 紗奈の言葉に、「う……っ」口を押える御堂筋の頬に一筋の雫が伝う。


「そんなものか? さっきの余裕はどうした? 俺達を始末するんじゃなかったのか?」


「くっ、ぼ、僕はまだ本気を出してない! 余裕ぶっていられるのも今の内だっ!」


 軽く挑発されただけなのに、三上は沸点が低いのか、顔を真っ赤にして喚き散らす。


 正直、予想以上に厄介だ。魔力を扱えるだけでこんなにも違うのか……ただ、アイツの比じゃない。


 ワタルはもっと凄い。こんなやつに手こずる様じゃ、アイツのライバルを名乗る資格がない。


 圧倒してやるっ!


「今度は俺から行くぞっ!」


 一直線に地面を蹴り、三上との距離を肉薄にする。


「――!?」


 俺の速さに驚愕したのか、三上は、避けるのが無理だと踏んだのか、自身の前に何重もの結界を作り出すが、速度を緩めず、結界とぶつかるか否やで拳を振りぬくと、その拳圧だけで全ての結界が粉々に砕けた。


「うそだろっ!」


 こんなに簡単に破らると思わなかったのか、三上は次の行動に移れずその場で棒立ちになっていた。


「こんなショボい結界で俺を止めらると思ったのかっ!」


 俺の力の籠った拳が、三上の横っ面に突き刺さると一拍おいて、三上は弾丸の様に吹き飛ぶ。壁にぶつかる数メートル前に三上は、自分の背後に結界を重ねるがそれでも勢いを殺す事が出来ず壁に衝突する。

 

「まさか、これで終わりじゃないよな?」


 震える足で立ち上ろうとしている三上にゆっくりと近づく。


 三上は治癒魔法を掛けているのか、陥没していた顔が徐々に元通りになっていき、「ち、ちきしょう……なんて奴だッ」と恨めしそうに俺を睨む。


「治癒魔法まで使えるのか。身体強化、土魔法、結界魔法に武器の具現化、ずいぶん多才だな」

「ふん! 魔力を奪った相手の魔法も使える様になるんだよ!」

「それに元々の身体能力……チートだな」

「そうだっ! チートなんだ! 最強の筈なんだ! なのに……何なんだお前は」

「まぁ、俺と紗奈は十の戦場を生き延びたからな。あんたとは地力が違うんじゃないか?」

「くっ……そういう事か」


 二度目の戦場で命を落としたとしても、三上は俺達の特性を知っている。


 鍛えれば鍛える程にその力は何乗にもなって自分のものになるという事を。自分より長い期間、本気の命のやり取りをしてきた俺達が、すぐに死んでしまった自分より元々のレベルが違う事を三上は痛感していた。


「そういう事だ」


 俺は止めていた歩みを進める。


「く、来るなっ!」


 たった一撃。そう、たった一撃で自分と俺との差が分かったのだろう。そして、こっちの世界で圧倒的な強者でいた事が、恐怖を増幅させているのだろう。


 俺は怯えている三上を無視して、歩みを進める。

 

「そ、そうだ! なぁ、僕と一緒に日本を牛耳ろう! 僕と君だったら簡単なはずだ。贅沢し放題だ! 悪い話じゃないだろう?」

「別に俺は贅沢がしたいとは思わない。雨風凌げる場所で、今は母ちゃんの旨い飯、嫁さんができたら嫁さんの旨い飯を毎日食えれば、俺はそれで十分だよ」


 そう、あっちの世界で味わった苦悩に比べれば、今の環境は何不自由のない幸せといえる環境だ。


「ありえない……それだけの力を持ちながら……お前に欲という物はないのか!」

「欲は沢山あるさ。だけど、俺の欲がお前の欲と同じとは言えないだろ?」


 いまのところ俺の欲というのは、困っている人を助けたいとか、この国をもっと平和にしたいとか、そんな感じなの保護欲だ。三上とは完全に違うだろう。


 一概に自分のためとは言えない俺の欲は、逆に俺が何不自由無く今を生きているという事の裏返しとも言えるのかも知れない。

 

「クッソ! ふざけんな! 僕はこんなところで終わるわけにいかないんだっ!」


 悪態をつきながら三上は先程までいた二階へと飛び込む。


「逃がさねーよ!」


 後を追うため動きだそうとした瞬間、「ぐゅあああっ!」「ぐごごごっ!」とこの世のものとは思えない複数の断末魔が聞こえてきた。


 俺は急いで二階に向かうと、そこには先程のローリー同様萎んだ風船の様な数体の『憑依者』が横たわっていて、その中には先程俺が蹴っ飛ばしたバッカスもいた。


「ぐふふふっ! たまらないねぇ~! 最高だよ魔力はっ!」

「随分と男前になったじゃないか? やっぱりゲスいあんたにはその姿がお似合いだよ」

「何を言っているんだ? 美少年の僕が男前なのはあたりまえだろ!」


 俺は無言で壁に掛かっている大きめの鏡を指差した。


「ふん、何を……って、なんだごれはっ!?」


 鏡に写っている三上の体は風船の様にパンパンに膨らんでいた。

 三上の体を包んでいる魔力は先程とは違い、漂っていると言うよりは、漏れている感じがした。


「美少年の僕が……こんなのありえないっ! イヤだ!」

「魔力の器の許容範囲を越えたんじゃないのか? 食い過ぎなんだよ!」


 魔力を扱う者の体内には、魔力の器という、タンクの様な物があり、魔力量の増加と伴って徐々にその器も成長するらしい。


 一気に魔力を取り込み過ぎた反動で、器から魔力が漏れたんだろう……。


「う、うあああっ! お前のせいだっ! お前さえ現れなければっ!」


 三上は狂ったように叫びだし俺に向かってくる。

 風船の様に膨らんだ見た目に反して、さっきよりもかなり早い!

 予想よりも速い三上の動きに俺は判断が遅れ、避ける事が出来ずガードでヤツ攻撃を凌ぐ。


「お前のせいで! お前のせいで! おまえのせいでぇぇっ!!」


 三上は腕を休める事なく、左右の拳で俺を攻め立てる。

 一撃一撃が重く、ガードしている両腕から衝撃が伝わる……が、それだけだ。三上の攻撃など痛くも痒くもない。


「何で俺のせいなんだよっ!」

「ぐぶぉおっ!」


 俺は雑な攻撃でおろそかになっていた三上のボディー目かけて拳を突き刺す。すると三上は苦痛が滲む顔を浮かべる。そして、三上の口からは真っ黒な霧の様な物が漏れる。


「おっ? その口から出てるのって魔力じゃないか?」

「ふぅふぅ……そんな……僕の魔力が抜けていく」

「ドンドン行くぞっ!」


 俺は三上のボディーに追撃を行う。一発、二発、三発……俺の拳が三上のボディーに入る度に「ぐぇっ」という苦しそうな声と一緒に魔力を吐き出す。


 三上は必死にガードしようとするが、俺はそんな事お構い無しといわんばかりにガードの上から拳をぶつける。何度も何度も拳を振るっていると、限界なのか醜く腫れ上がった三上の両腕は糸が切れた人形の様に垂れ下がり、また俺のボディー攻撃が続く。


 もう三上の口から魔力が漏れなくなった頃、げっそりとした彼は泣きながら懇願する。


「あ……ああ……や、やめて……」

「残念だよ……あんたの事は好きじゃないけど、一緒にあの日々を過ごした同士だったのに……」

「いやだ……死にたくない……まだ何も楽しんでないのに……」

「……次に生まれ変わる事があったら、真っ当な人生を歩んでくれ」

「いやだ……助けて……」


 最期の餞だ。

 俺は自分が持てる最大限の力を振り絞って三上を殴り飛ばした。

 

 遠目で見ても三上はビクともしていないが、念のために倒れている三上に近づき死亡を確認した俺はその場に尻餅をつく。


「はぁ……」


 あの世界で散っていた仲間達の為にも何か人の役に立つ事をしようと決めたのだが……俺にそう思わせた仲間を倒す事になるとは……。


 俺は複雑な思いで三上の亡骸を眺めていた。

 

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三上の最期のセリフを、変更しました。2019.12.15

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