御堂筋加代子の葛藤
「課長。顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
一課の課長代理である桂木が、不安な面持ちで『憑依者』の潜伏先に向かう車窓の外を眺めている御堂筋に声を掛ける。
「桂木君。本当に彼らのバックアップを断って良かったのかしら……?」
「何を仰いますか! あんなゴミ集団、いた方が足手まといですっ!」
御堂筋も最初は彼らの事を桂木と同様に思っていた……先程の紗奈の人間離れした攻撃とそれを止めた咲太を見るまでは。
そして、咲太が口にした「紗奈の今のスピードにも反応できないようじゃ、あんたら束になっても一分持たない」という言葉が頭を過り、胸の奥が不安で一杯になる。
自分の部下は優秀だと自負している。
ただ、その優秀な部下の桂木が彼女の動きにまったくついていけなかった。
今から討伐に行こうという相手が本当にあんな化け物じみた者達なら……六課から提供してもらった動画では、咲太と紗奈が『憑依者』を瞬殺している姿が映っていたため、大した事のない敵だろうと思っていたが、それは見当違いだった。
咲太達が強すぎるのだ!
(今からでも彼らを呼び戻しては……いいえ、だめですわ。今更どの面下げて彼らに……私達だけで十分対処出来るはずですわ。今まで私達が任務に失敗した事があって?)
今までの経験と彼女の高い自尊心が、自分や部下達を危険に晒す羽目になるとは今の彼女の頭になかった。
「そうだぜ! 課長! さっきは奴らが何のトリックを使ったかは分からないけど、俺達がヤれないわけないじゃん!」
迷っている御堂筋の背中を押すように、助手席に座っている部下の一人である、鱸 拓也が顔だけ後ろに向けて言い放つ。そして、「お前もそう思うよな? 上尾」と鱸の隣でハンドルを握っている上尾一二三に同意を求めると、上尾はオロオロした様子で「あ、はい」と返す。
「課長、みなこう言っています! 心配ありま「私は反対です」――何を言っているんだ遠藤!」
最後のまとめに入ろうとしていた桂木の言葉を遮ったのは後部座席に座っている遠藤レンだ。
御堂筋と同様艶のある長い黒髪を後ろに一纏めで結んでおり、まだ幼さが残っている顔立ちに反して、睨まれたら目を背けたいと思わせる程の眼力は、二十半ばの女性にしてはあまりにも鋭く強い。まるで、壮年の戦士を思わせる様なそんな眼差しで、遠藤は御堂筋に静かに進言する。
「課長、桂木代理は彼らの動きに全く反応できていませんでした」
「黙れ! あんなの何か仕掛けがある筈だ! 人間にあんな動きが出来てたまるか!」
「桂木代理、黙っていてください。私は課長に話しているのです」
「なっ、お前!」
遠藤の物言いに、顔を真っ赤にして彼女に掴みかかろうとしている桂木を御堂筋が右手で制する。
「レンさん、聞かせてもらえるかしら? 貴方の意見を」
遠藤は、「はい」と頷き落ち着いた表情で口を開く。
「あの二人は、尋常ではない強さを持っています。先程の動き、私の目でやっと追える程でした。あれは確かに室木さん自身の身体能力で、桂木代理の目を抉ろうとしていました。そして、それを止めたのが服部さん。彼は、その彼女より後発に動いたにも拘らず、彼女が突き刺すナイフを掴んだのです。それに、気づきましたか? あんな鋭利な刃物を掴んだにも拘らず、彼、血の一滴も流していなかったんですよ? しかも、私の見立てではあの二人、あれでも全力を出していません。」
遠藤レンの実家は、二百年年以上続く古武道の名家で物心ついた頃から現当主である祖父に徹底的に鍛えられており、一課の最大戦力である。
そんな遠藤の言葉に車内は静けさが支配する。
「な、何を恐れている! 例えあの二人が化け物じみていたとしても我々に遂行不可能な任務はない!」
「そうだぜ! 俺達に敵はねぇ! いつもの様にササっと終わらせて打ち上げといこうじゃねーか! なぁ? 上尾」
「そ、そうですね!」
皆を鼓舞する様に桂木が声を張り上げ、鱸と上尾はそれに賛同するが、俯き考え込む御堂筋には桂木の言葉が耳に入らない。
「課長!」
「えっ? あ、ごめんなさい」
「しっかりして下さい! 課長は今まで通り私達を信じてドッシリ構えていてくださればいいいんです! それとも私達が信じられないのですか?」
「貴方達の事は誰よりも信頼していますわ! ただ、今まで対峙した事のない敵だから……」
「『憑依者』でしたっけ? 何が異世界人の魂が入り込んだ……バカバカしい、そんなの手柄欲しさに奴らがでっちあげた嘘に違いない! 常識的に考えてそんな漫画みたいな事をあると思いますか?」
御堂筋の答えはNOだ。ただ、今は仲違いをしているが姉のように慕っていた美也子が言うんだから間違いないだろう。美也子は絶対嘘を吐かない事を御堂筋は知っているのだ。
御堂筋は今頃になって、口出しせずそのまま六課に任せておけば良かったと後悔する。
部下達を見渡し……決断する。
「私達だけで行きますわよ」
御堂筋の決断に桂木は「やっと分かっていただけましたか!」と破顔する。
御堂筋は顔だけを後ろに向けて後部座席に静かに座っている遠藤に視線を向ける。
「レンさんもそれでいいですね?」
「課長のご命令であれば」
遠藤の回答を聞いた御堂筋は再び前を向く。
「さぁ、そうと決まれば急いで下さい! いつもの様に完璧な仕事をしますわよ!」
一課の面々を乗せた車は『憑依者』の潜伏先に向けて加速する。
自分達が地獄の入り口に向かっているとは誰一人分かるはずもなく。
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遠藤早苗の名前をレンに変更しました。(2019.12.8)※紗奈と被りそうなので