退治する女 下
周囲を警戒しながらビルの地下へと続く階段に足を踏み入れます。
地下は思ったより深くなく、すぐに狭めの踊り場と塗装が剥がれ所々錆びている鉄製のドアが正面に現れました。
アタシはゆっくりドアを開けて隙間から中を覗き見ようとしますが……
ギィィィ――。
「誰だッ!?」
物の数秒で気づかれました。アタシに隠密行動なんて無理の様です。
しょうがないので、アタシはドアを開けて中に入ります。
「すみません、隣のビルと間違えたようです」
中には長髪の男、短髪の女が座ってタバコを吸っていて、一人だけ離れた場所で2リットルの炭酸飲料のボトルを片手にピザを口に詰め込んでいる巨漢の男がいました。
そして、次にアタシの目に映ったものは、そこら中に人が横たわっている光景でした。
恐らく彼らは生きてはいないと直感が教えてくれました。
「お邪魔しました、アタシは出ていきますので」
アタシがその場から去ろうとした瞬間、短髪の女が「バッカス!」と叫ぶと長髪の男は「おう!」と答え、人間離れしたスピードでアタシに近づいて来ます。
そして、アタシはバッカスと呼ばれた男にに両腕を片手で掴まれ、そのまま壁へと追いやられました。
人間離れしたスピードと言っても、余裕で捉える事の出来る速さなのでかわす事もできましたが、情報を得る為にワザと動かなかったのです。
「ナイスなのさ、バッカス」
「当たり前だローリー。相手は魔力も持たない人間の小娘だぞ?」
長髪の男はバッカス、短髪の女はローリーと言うらしいです。
「や、止めて下さい……」
「いひひ、残念だけどお前をこのまま帰すわけ訳にはいかないのさ~運が悪かったと思って諦るのさ!」
ローリーは、アタシの顔を指でなぞりながら不気味な笑みを浮かべています。
「さっさとやるぞ、時間が惜しい」
「やるって……な、何をするつもりですか……」
「お前にはあいつらと同じ『器』になってもらう」
そう言ってバッカスは、倒れている亡骸を指差しました。
「うつわ……?」
「いひひ! そうなのさ、器になってウチらの仲間になるのさ!」
「仲間って、どういうことですか」
「今から喰われるお前が知る必要はない」
「喰われるってなんですか!?」
「いひひ、お前にはウチらの同志の魂の受け皿になってもらうのさ。お前の身体を有効活用させてもらうのさ!」
「そうですか、貴方達はそうやって仲間を増やしているのですね? 貴方達もマルクスと同じくあちらの世界から来たのですか?」
「「――ッ!?」」
アタシの発した言葉で、二人に緊張が走ります。
「お、お前なんでマルクスの事を!」
アタシの両手を拘束しているバッカスの手に力が入ります。
「この格好は窮屈なのでそろそろ離してもらいます!」
アタシは、壁に背を向けたまま脚力だけで壁伝いに駆け上り、クルンと回転したその反動でバッカスを地面に投げ飛ばしました。
「ぐぁぁッ!」
「ば、バッカス!」
「あら? 投げられただけで大袈裟ですね」
そして、アタシの足で背中を押さえつけられたバッカスは「な、何て馬鹿力だ……」とアタシに苦痛の表情を向けます。
「こ、このっ! バッカスを離すのさっ!」
予期せぬ事態による混乱と、アタシに対する怒りが混ざった様な表情のローリーがアタシに向かってきます。
アタシはバッカスから足を離し、そのままバッカスをローリーに向けて蹴り飛ばします。
「ぎゃああっ!」
ローリーは迫りくるバッカスを避ける事ができず、二人はそのまま未だに我関せずでピザを食べている巨漢の男の方まで吹き飛びました。
「ピザが……オラのピザがあああ!」
ローリーとバッカスによってぐちゃぐちゃになってしまったピザをを見て、男はプルプルと震えながら怒りを露わにしています。
「何て馬鹿力なのさ! ボーン! あの女なのさ! あの女がお前のピザをこんなにしたのさ!」
ローリーはアタシを指さしながら声を荒げます。
すると、ボーンと呼ばれていた巨漢の男は、アタシの顔を見るなり「お、お前! 絶対に許さないいいい!」と叫び、顔を真っ赤にしてアタシの方へ突進してきます。
その体型では想像できない、放たれた弾丸の様なスピードで向かってくるボーンをアタシは、左手一本で防ぎます。
「う、この! この! 何で!? 前に進めない!」
ピクリとも動かないアタシにボーンは困惑しながらも力任せで押し切ろうとしますが、アタシは逆に片手でボーンを押し返します。
「う、う、うおおお! なんだこれ! なんなんだお前!?」
そしてその勢いのままボーンを壁まで追いやり、そのままボーンのふくよかなお腹にアタシの拳をぶつけます。
「ぐえええええええええ!」
たった一発のアタシの攻撃によってボーンはその場で膝をつき、お腹の中の物を大量に吹き出しました。
「うぇ……汚いですね」
いくら向こうの世界で汚物には慣れていると言っても、汚いものは嫌なのでバックステップでその場を離れました。
「な、なんなのさ……この世界の小娘ごときが何でそんなに強いのさ……」
「このままではマズイぞローリー! 本気を出す!」
「そうなのさ! いくら強くても所詮魔力も持たないこの世界の小娘。ウチらの本気には敵わないのさ!」
一瞬で二人の身体が陽炎の様にゆらゆらとしたオーラに包まれます。どうやら身体強化の魔法を使ったようです。
この人達もマルクスの様に変身をするのかと思ったのですが、体を紫色の魔力に包まれている以外は元の姿と大して変わりはありません。
そして、バッカスの手には槍、ローリーの手にはショートソードが握られており、魔法で練成したのでしょう、向こうの人達、特に魔法士がよく使う手です。
「行くぞ!」
バッカスの声を皮切りに二人はアタシに向かってきます。
その動きは先程よりも数倍も早く、二人はあっという間にアタシとの距離を詰めます。
まずは、バッカスがアタシの顔を目かけて槍を突き出します。
女の子の顔に向けて槍を突き出すなんて酷い人です!
アタシがそれを後ろに仰け反る様にかわすと、アタシの顔面の上を鋭い矛先が通過します。
避けられる事を予想していたのか、あたしの首元を狙いローリーが剣を振り下ろしてきます。
なかなかのコンビネーションです。
アタシは後ろ頭が地面スレスレになるまで状態を低くし、迫りくる剣身を掌底で叩き、遠心力を使いローリー顔にヒザ蹴りの喰らわせます。彼女の「ぎゃっ!」と言う声が聞こえると同時に、アタシの膝に久しく感じていなかった骨を砕いた感触が伝わります。
アタシは着地と同時にバッカスに向けて胴を回し、あびせ蹴りで追撃を行ったのですが、彼は両腕でキッチリとガードをしたまま攻撃が当たると同時にバックステップで下がりました。上手いこと力を流したみたいです。
「くっ、大丈夫かローリー!?」
「くそなのさ! お前は何なんなのさ! 聞いてないのさ、お前みたいのがいるなんてさ!」
「そんな事知りません! 貴方達はマルクスの様に変身しないのですか?」
「ちっ! 変身したマルクスと対峙してお前がここにいるという事は、やっぱりマルクスはヤられたのか!」
「えぇ。因みに倒したのはアタシじゃないですよ?」
「なっ!? お前以外にもヤツを、マルクスを倒せる奴がいるのか!?」
アタシの様な戦力が他にもいる事に、バッカスは信じられない様な顔をしています。
「ふふふ。アタシなんて彼と比べたら足元にも及びませんよ? 貴方達なら知っているかもですね。『殺戮者』と言えば分かりますか?」
「『殺戮者』って……」
「お前! なんでお前があの忌々しい奴らの事を!」
「ふふふ。 初めまして、アタシは元オルフェン王国軍 第四部隊所属戦闘奴隷 No.12と申します」
本当は、もう二度と口にしたくないコードネームだったのですが、二人が中々良い反応を見せていたので、あえて名乗ってみました。
「な、なんだと……?」
「でたらめなのさ! あいつらは全員処刑されたって聞いたのさ!」
やっぱり、中々いい反応をしてくれます。
「あら? 貴方達もあっちの世界で死んでますよね?」
「だけどお前の事なんてあの方に聞いてないのさ!」
「そんな事は知りません。ともかく、あなた達だけではないんですよ?」
今のところ、アタシ、サク、それにワタル。それに他にもいるかもしれないません。
「では、おしゃべりはここまでにしましょう」
アタシはジャケットの中、背中に備えている一対のチタン製サバイバルナイフを取り出します。
元々、向こうにいた時から、敏捷さが武器だったアタシの武器は一対のナイフでした。
「ボーン! いつまで吐いているのさ! お前もこっちに来るのさ! この小娘は全員でやらないとマズイのさ!」
どれだけ沢山食べたのか、ボーンは未だに吐いていました。
「腹の中空っぽ! おら腹減った! ピザほしい! ピザほしいいいいい!」
「あの小娘を倒したら何枚でも買ってやる! 今は戦え!」
「ピザ沢山! おら戦うううううう!」
ボーンはバカの一つ覚えの様にアタシに向かって突っ込んできます。
「また、吐かれると困るので」
アタシは一瞬で突っ込んでくるボーンの背後に回り、右手に持つサバイバルナイフを彼の首もとに突き刺します。
「痛い! 痛い! 嫌だ! 消えたくない! もっとピザたべ……る……」
アタシの攻撃で致命傷を負ったボーンの巨体は、一瞬で灰となりました。
「うそなのさ……、一瞬で……」
「仕方ない! ローリー撤退だ!」
「アタシが逃がすと思いますか?」
アタシはバッカスの下へ詰め寄り、高速でナイフを振り回します。
バッカスはソレを右腕で受け止めますが、受け止めた右腕の肉がそぎ落とされます。
「ぐっ……」
苦痛の表情を浮かべているバッカスは、左手で呆然としているローリーの腕を掴み骨が見え隠れしているボロボロの腕で、ボールのような物を握りつぶすと、バッカスとローリーの姿は段々と薄くなりその場から姿が見えなくなりました。
「逃がしました……転移かなんかの魔道具の様ですね……」
アタシは、すぐさま横たわっている人達の下へと近づきます。
彼らは今にも『憑依者』になりそうな様子で、アタシは一人一人の「助けて上げられなくてごめんなさい」と謝りながら、彼らを天に送りました。
先ほどまでぎっしり人で詰まっていたこの室内には、アタシ一人だけがポツンと取り残されている状態です。
「ふぅ。とりあえず戻りますか」
モヤモヤを残したまま、アタシはみなの待つワゴン車へ戻るため踵を返しました。
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
感想・評価・ブックマークよろしくお願いします!
評価は最新話の下部からできます。




