現場調査①
時刻は午前八時。
習慣である朝のトレーニングを終え、シャワーで汗を流した俺は朝食の席についていた。
食卓を囲んでいるのは、俺と母ちゃん、それに家に居候している俺の元バイト先の店長である明美さんといつもの顔ぶれだ。
「今日、もしかすると帰ってこれないかも」
「福島に行くんだっけ? どこら辺?」
母ちゃんはご飯を盛りに盛った茶碗を俺に渡してくる。
「南の方。栃木寄りって言ってたけど、地名は分からないや」
「神田川さんだっけ? 一緒に行くの。彼は大丈夫? そ、その……あっち系の人なんでしょ?」
今度は明美さんがやや顔を赤らめながら、言いにくそうに聞いてきた。
「あはは、大丈夫だよ。襲われたら返り討ちにするから!」
俺は笑いながら「そんな事はないだろうけどね」と付け加える。
それから母ちゃんと明美さんの日々の愚痴を聞きながら朝食タイムを終えた。
念のために準備した一日分の着替えが詰まっているリュックを背中に掛ける。
玄関で見送りをしてくれている二人に、俺は「いってきます」と一言だけ口にして、市ヶ谷に向かうべく玄関を出た。
家を出発してから、一時間しない程で俺は職場に到着する。
「おはようございます!」
「おう、来たか咲太。海は駐車場で車の準備をしているから、準備が出来たらそっちに行ってやれ」
と、美也子さんは机で資料眺めながら目線だけを僕の方に向けていた。
「すぐに行けます」
「そうか。お前なら心配ないと思うが……気を付けて行ってこい」
あれ? 何か今日の美也子さん優しくない?
「なんだぁ? ボケーッと人の顔を見て」
「いや、何か今日の美也子さん……優しいなぁと思って」
すると、美也子さんの顔がみるみる赤くなり、「ば、ばかもの! 上司をからかうんじゃない!」と、珍しく慌てる様子を見せる。
「す、すみません!」
「うふふ。今日……久しぶりに……海外赴任している……旦那様が……帰国されるのです……。なので美也子様は……機嫌がいいのです……」
「鈴! 余計な事言うな!」
「美也子さん、結婚してるんですか?」
「し、してちゃ悪いのか……」
「いえいえ! 少し意外でして。美也子さんって何だかんだ仕事に生きるキャリアウーマンって思っていたので」
美也子さんは、俺の言葉に少し平常心を取り戻した様子で軽く笑みを浮かべる。
「仕事は好きだ。特にこの仕事はな。国を守る、そこに住む民を守る。実にやりがいがある仕事だ」
「そうですね」
性格に少し問題はあるけど、さすが課長だな……言葉に熱がこもっている。
「ただ、私はそれと同じくらい旦那が好きなのだ」
うん?
「旦那は凄いぞ? ハンサムで背が高くてスタイル抜群、運動神経抜群。米国のトップクラスの大学でPhDまで取得している。また、家事はお手のもので、家の掃除、洗濯、料理まで全部やってくれるんだ!」
何を言っているんだこの人は……? なんで、旦那自慢?
「す、スゴいですね。超人みたいな人ですね……」
「だろだろ? 元々最初に出会ったのは「美也子さんすみません! 海さん待ってると思うので、その話はまた今度時間がある時にでも!」」
俺はなぜか出会い編まで話が遡っている美也子さんの言葉を慌てて切る。
「むっ……そうだな。とりあえず、気を付けて行ってこい! 帰ってきたらたっぷり聞かせてやる!」
「はい……」
ヤル気満々の美也子さんの声とは正反対に、俺は力の籠ってない声で答えた。
「咲太様……これを……」
すると、鈴さんが俺に風呂敷に包まれた角ばっている物を渡してきた。
「これは?」
「お弁当です……神田川様と……仲良く……召し上がって……下さい……」
「ありがとうございます! この間の様に空ってオチないですよね?」
「うふふ……それは……開けて……見てからの……お楽しみ……です……」
「分かりました! 楽しみにしています。それじゃ、行ってきます!」
「おう! 行ってこい!」「お気をつけて……」
二人に挨拶をすませ、俺は海さんの待っている駐車場へと向かった。
駐車場に辿り着くと、海さんが車のボンネットを開け点検の様な事をしていた。
今日は四駆のSUVで行くらしい。まぁ、山道に入ると思えば妥当かな……。
「海さん、おはようございます!」
俺の声に海さんは振り返りイケメンスマイルを向けている。
「おはよう、咲太君。今日はよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「うん? それは?」
海さんの視線は、俺が手にしている風呂敷に向けられる。
「鈴さんから預かってきました。お弁当らしいです」
「やったね、鈴ちゃんの特製弁当美味しいんだよね~。楽しみだ!」
「そうなんですね。俺も楽しみにしています!」
海さんはニコッとしながら、車のボンネットを優しく閉めた。
「さぁ、乗って。出発しよう」
「はい!」
俺は助手席に乗り込み、ベルトを締める。
海さんも同様にベルトを締めて、カバンから眼鏡を取り出し掛ける。
海さんがアクセルを踏むと同時に車はゆっくりと動き出し、駐車場から外へと抜け出した。
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