しつこい男は嫌われる
もう少し紗奈の視点が続きます。
「やっと終わりました! あっ……」
(嬉しくて、ついつい声を出してしまいました)
クラス内の全ての視線とクスクスと言った笑い声が向けられ、アタシは羞恥心により顔が真っ赤になりました。
今日の授業は午前中だけでしたが、いつもよりスゴく長く感じました。
(これでやっとサクに会えます!)
アタシは念のため、教室の窓から校門の方を見下ろします。
道路を挟んで校門の向かい側に、ピンク色の巾着袋を手にしたサクが立っていました。
(いた! ふふふ、本当にアタシの弁当箱を持ってきたのですね)
今すぐにでも教室の窓から飛び降り校門まで一直線!――という気持ちを抑えながら、アタシは足早に教室を出ます。
下駄箱で外履きに履き替えたアタシは、そこからは駆け足で校門に向かいました。
本気を出せば世界新記録を大幅に塗り替える位のスピードを出せるのですが、絶対メンドクサイ事になると思うので、最大限自重します。
アタシは校門を抜けると同時に携帯用の鏡で顔の状態を一頻り確認します。
そして、まだこっちに気付いていないサクに手を振りますが、彼は別の方面に視線を向けていました。
釣られてサクの視線の先を辿って見ると、そこは四、五十メートルほど離れている公園でした。
そして、その公園では。
「いい加減にしてよ! もう、私達は終ったんだから!」
「うるせぇな! 俺は納得してねぇ!」
今朝に続き原君が中野さんに迫っていました。
アタシは、サクの方に向かいたい気持ちを抑え、急いで二人の間に割り込みます。
「またですか、しつこい男は嫌われますよ?」
「紗奈……」
「またてめぇか! 邪魔すんじゃね!」
原君は怒り狂った様子でアタシを押し退けようとしているのか、手を伸ばしてきます。
たがその手はアタシに届く事はありませんでした。
「なッ!?」
「お前、紗奈に何しようとしてるんだ?」
サクに腕を掴まれた原君は、サクの顔を見た途端青ざめてしまいました。
「おい、あいつ……この間の」
「なんでこんな所にいるんだよ……」
原君の取り巻き達もサクの顔を見た瞬間、原君同様の反応を見せていました。
口ぶりからすると、彼らはサクの事を知っている様子です。
「な、なんでお前が、イテテテ!」
原君の顔が苦痛で歪みます。
「おい、お前じゃないだろ? 目上の人に対して口の聞き方がなってないんじゃないのか?」
「は、離せ! お、折れる!」
「離せ? 離してくださいだろ? このまま握り潰してやろうか?」
「や、止めて下さい! 離してください!」
「ったく、最初ッからそうしろってんだ。ほらよ」
サクの手から解放された腕を擦っている原君の目には涙が溜まっていました。
「サク」
「まぁ。紗奈の強さなら止める必要ないと思ったけど、ほら、一応な?」
「ふふふ。ありがとうございます。カッコよかったですよ?」
アタシの言葉にサクは照れているのか、アタシから視線を外しながら口を開きます。
「で、何があったの? これ。」
「振られた男が諦めきれず執拗に彼女に迫っているのです」
アタシの言葉にサクは「そっか……」と答え、原君達の下へ近づきました。
「おい」
「は、はい!」
「前に言ったよな? だせぇ事するなって」
サクも彼らの事を知っているようです。
「俺はただ、縒を戻したくて……」
「それで力ずくで迫ったと……お前馬鹿か? そんな事されて喜ぶと思うのか?お前が彼女の立場だとして、嫌いな相手から執拗に迫られたら嬉しいか? それで好きなれるのか?」
「それ嫌ですけど、亜希子は俺の事が嫌いな訳じゃないんです! 理由があっての事です」
「って言ってるけど、そこん所どうなの? えっと……亜希子さん?」
「嫌いです。もう、うんざりですッ!」
「そんな……嘘だろ……?」
キッパリと言い放った中野さんの言葉に、原君はその場で崩れ落ちました。
「そういう事だ。今日はこれで見逃してやる。だけど、次はないからな?」
「「は、はい!」」
原君は放心状態になっているため、代わりに取り巻き達が答えました。
「じゃあ、行こうか?」
「はい! 中野さんも一緒にいきましょ!」
アタシ達はその場を離れました。
時刻は十二時四十分。
アタシ達は三人でファミレスに来ていました。
鈴さんから渡された弁当は中身が空っぽでした。まったく粋な事をしてくれます。感謝感激です。
サクは「なんで!?」ってなっていましたが……恥ずかしいので教えてあげません。
お昼時間と言うことで店内は満席でしたが、丁度入れ替えの時間なのか思ったほど待つ事なくボックス席に通されました。
「2人とも遠慮なく食べてくれ、ここは俺が持つから」
「いいんですか?」
「ふふふ。いいんですよ、中野さん。ここはサクに花を持たせてあげましょ。」
「あはは、紗奈の言う通りだよ。俺に花を持たせてくれ」
「はい! では、お言葉に甘えさせていただきます」
アタシ達は、各々好きな物を頼んだ後、ドリンクバーで飲み物を持ってきました。
「さて、食事が来る前に簡単に自己紹介をしようか」
「そうですね。私は中野亜希子です。紗奈とクラスメートです」
「俺は、服部咲太。二十歳。紗奈とは……何て言えばいいんだろうか……」
「アタシの旦那様です」
「えっ!? 紗奈結婚してるの!?」
中野さんがあまりの驚きにガバっと立ち上がります。
「いや! 結婚してないから! 付き合ってもいないし!」
サクが慌てて訂正します。
「ぶぅー! そこまで必死に訂正しなくても……どうせサクはあの時の約束なんて……」
「バカ。そう言うことじゃないよ。約束は守る。ただ、お前まだ高校生だろ。色々まずいだろ?」
「そんな事言って……」
「お前の心が変わらないのなら、付き合うのは高校卒業してからだ」
「そんな……後、二年も……」
「二年なんてあっという間だろ?」
二年。確かにあの地獄の二年も今考えたらあっという間に思えますね。
「高校生活なんて、今やらないと二度と出来ないし、お前大学行きたがってただろ? だから、今は一生懸命自分の事をやってくれ。俺は待ってるから」
「サク……。分かりました! 高校卒業したらその時は彼女にしてください!」
「その時になれば、こっちからちゃんとお願いするから」
アタシとサクはお互いに見つめ合います。
「ゴホン!」
「「あっ……」」
中野さんの事を一瞬忘れてしまいました。
「いいなぁ。二人見てるとただ好きあっているんじゃなくて、何か強い絆で結ばれてる気がして凄く素敵でうらやましい」
(強い絆か……確かに一理あるかもね)
「まぁ、俺達の事は後にして。彼は元気にしているかな?」
「彼? 彼って?」
「田宮君の事ですね」
「田宮君って……なんでサクが知ってるのです?」
「あぁ、原だっけ? あいつらに虐められてるのを偶然見かけてね、見ていられなくて首を突っ込んだんだ。まぁ、高校生だったんだな。俺はてっきり中学生だと思っていたけど……」
「凄かったんだよ! みんなデコピン一発で泣かしてたから!」
「デコピンって……ぷっぷふふふ!」
アタシはデコピンで吹き飛んでいく原君達を想像してついつい笑いがこぼれてしまう。
「あの時はまだ原君と付き合っていたけど、正直スカッとしました。そう言えば、その時凄く可愛らしい女性と一緒にいませんでした?」
(うん? 可愛らしい女性……ですと?)
「サク……?」
アタシはサビサビのロボットの様にぎこちなくサクの方へと向く。
「あ~明美さんの事か。元バイト先の店長で、今ウチで下宿しているんだ」
「え? 同棲!?」
「同棲じゃないから! 母ちゃんもいるし! 本当そんなんじゃないから!」
「分かりました。アタシはサクを信じます。その代わり今度会わせてください」
「お、おう! それで? その田宮君は?」
サクは必死に話を元に戻しました。
「不登校になってしまって……」
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「ここだな?」
「住所間違いないし、表札にも田宮って……てか、本当にやるの?」
「あぁ……やらないと気がすまねぇ! あいつのせいで亜希子とも別れる事になったんだ! ボッコボッコにしてやる」
原は、亜希子に拒絶された事と、咲太に屈服したことで溜まった鬱憤を晴らそうと、自分達が不登校に追い込んだ田宮文人の家の前に来ていた。
「君達。僕の家の前で何してるんだい?」
いきなり背後から声を掛けられ、原一行はビクッとするが、その声の相手が今まさに自分達が会いに来た田宮文人本人だと知った時、彼らは目を細めるしかなかった。
「よぉ~田宮。会いたかったぜ?」
『文人、彼らって確か君に暴力を振るってた愚かな奴らだよね?』
「そうだよ、わたる」
原は一人で訳の分からない自問自答している文人をみて、細めていた目を顰めた。
「おいおい。愚かな奴って俺達の事か? てめぇ、引きこもっている間に頭可笑しくなったんじゃねぇのか?」
「原君、君の目は節穴なのかい? 僕は引きこもってなど居ないよ。現に今外にいるじゃないか?」
自分達を前にしても余裕の態度の文人。
違和感を感じるが、それよりもその態度に原は頭に血が上り文人の胸ぐらを掴む。
「てめぇ! 田宮のクセに生意気だぞッ!?」
「ははは。口調がジャ○アンみたいになってるよ?」
「うるせぇッ! 舐めやがって!」
原はもう自分の感情を抑える事が出来ず、文人の顔を目かけて拳を振り下ろす。
胸ぐらを掴まれたいた文人は、まともにその攻撃をくらってしまう。
その光景をみて、原の取り巻き達はニヤニヤとしていたが、文人を殴った原は段々と顔色が悪くなっていく。
「いってえぇぇ!」
そして、我慢できずとうとう叫びだし、文人の胸ぐらを掴んでいた左手を乱暴に離し、右手を抑えて蹲っていた。
「ちょ、原君どうしたんだよ!?」
「てめぇ! 田宮! 原君に何をしたんだ!」
取り巻き達は、原の様子に訳が分からずパニック状態になる。
「あははは、可笑しいね。僕が何かしたように見えた? 原君が勝手に僕を殴って、勝手に痛がっているだけだよ。バカだよね彼。あははははは!」
『うふふふ。バカな奴らだね。こんな哀れな奴らに虐められていたのかい? 文人』
こいつは本当にあの田宮文人なのか?とその場に居る全員が思っただろう。
明らかに今までとは様子が違う。
「君達に言っておくけど、僕は別に虐められていたから学校を休んでいたわけじゃない。少しの間動けなくてね。身体が動ける様になってからは、それを馴染ませるために修行? みたいな事をしていたんだよ。それも一段落ついて、来週からは学校に行こうとしていたんだ」
淡々と話す文人を前に、誰もが口を挟む事ができない。
「それと、君達にも少し痛い目に遭ってもらいたいと思ってたんだよね。いやぁ、会いに来てくれて手間が省けたよ!」
そう言って文人は、一歩ずつ彼らとの距離を詰める。
「や、やめてくれ!」
「悪かったから! 冗談のつもりだったんだ!」
彼らは必死になって弁明をするが、文人の歩みが止まる事はなかった。
「そんなに怖がらないでくれないかな? 大丈夫、殺しはしないよ。君たちも僕を殺してはいないからね。その代わり僕が受けた分は返させてもらうよ?」
文人が浮かべた爽やかな笑顔に、彼らは、ただただ恐怖するしかなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
中野さんの名前を明子から亜希子に変更しました。(2019.11.5)