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【本編完結済】帰ってきた元奴隷の男  作者: いろじすた
第11章

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死に場所

誤字修正しました。(21.11.8)

 ワタルの実家に来て四日が過ぎた。

 こんなに長居するつもりはなかったのだが、居心地が良すぎてついつい「あらあら、折角来たんだからもっとゆっくりしていけばいいのに……」というワタルのばあちゃん、バイオレットさんの言葉に甘えてしまっていた。

 

 てか、「そろそろ」と口にするたびにめっちゃ寂しそうな表情を向けられてしまって、その言葉の続きを口にする事が出来ないのだ。バイオレットさんはなんというか、凄く落ち着く相手だというか、変に虚勢をはらなくてもいいというか……凄く不思議な感じの人だ。家の事情であまりばあちゃんという存在については分からないのだが、これが親とは違う愛情なのだろうと感じてしまう。


「サクタ兄様、覚悟ッ! どおおりゃあああああ」

「よっ、と!」

「まーだまだッ!」


 そんな俺は、今現在無数の斬撃を躱しているところだ。 

 サクタ兄様と呼ばれて、一人っ子の俺としては少しこそばゆい感じがする。

 あッ、因みに俺を殺す勢いで斬撃を飛ばしているのも、サクタ兄様と呼んでくれているのもワタルの妹であるウヅキちゃんだ。


 両手に持つ二本のロングソードを振る度に、プラチナブロンドのポニーテールが乱雑にゆれる。

 ウヅキちゃんは、今年十六になったばかりというが……その剣の力強さと鋭さはワタルを凌駕するかもしれない。まぁ、魔法はからっきしだと言うのだから、カケルさんの血を最も色濃く受けついたのかもしれないな。


「もぉおおおお! なんで当たらないのよおおおお!」

「あっははは、それなりに修羅場はくぐってきたつもりだからなッ!」


 俺は、ウヅキちゃんの双剣のつばの部分を弾き、その勢いのままウヅキちゃんの顔に目掛けて拳を突き出す。


「――ッ!? ……まいりました……」

「うん、お疲れ様ッ」

「もおおお、また負けたあああ! 悔しいいいい」

「ふふふ、そんな簡単にやられては僕の立場がないというものだよ」

「……でも、二人とも、スゴい」


 頭を抱えて悔しがるウヅキちゃんの背後から、パチパチと俺達の勝負を労うかの様に拍手をしながらワタルとシエラさんが近づいてくる。


「むぅう、それはそうだけど……負けるのは悔しいのッ!」

「ふふふ、サクタを負かすのは僕が先、これだけは誰にも譲れないんだ」

「ぬかせ、今度こそ完封なきまでぶっ倒してやるッ」


 俺とワタルは互いに獰猛な表情を浮かべる。


「あわわわわ……ち、ちょっと、兄様達、殺気、殺気抑えて! シエラ姉様が」


 いつの間にか俺達から殺気が駄々洩れになっていたらしく、その殺気にあてられシエラさんはぺたんと尻もちをついてしまっていた。


「あッ、ごめん! ついつい」

「ごめんねシエラ、大丈夫かい?」

「えぇ……少し怖かった……でも、ワタル様とサクタ様のそんな関係、嫌いじゃない……」

「ふふふ、ありがとう」

「はぁ~私ってまだまだだなぁ。結構腕っぷしには自信あったんだけどな」


 ウヅキちゃんはそう言って肩を落とす。


「いや、ウヅキちゃんの剣なかなかだと思うぜ? 剣だけだったらワタルよりも上だと思うんだけどな」


 と俺は、ウヅキちゃんに率直な感想を伝える。


「私がワタル兄様より? ないない」

「そうかい? 咲太のいう通り、僕としてもウヅキの剣は、僕よりも上だと思っているんだけどね」

「兄様まで……慰めなんていらないんだから! べぇえええ」


 慰めではないのだが……まぁ、下手に有頂天になってウヅキちゃんの成長をとめるよりましかと、あっかんべぇしているウヅキちゃんを眺めていたそんな時だった。


「サクタぁあああ!」

 

 急に呼ばれて振り向く。

 屋敷の入り口にオリビアさんが立っている。

 その表情は酷く険しいものだ。


「オリビアさん、どうしたんですかって、ちょっと、走っちゃだめですって!」


 オリビアさんは、絶賛双子ちゃんを身ごもっている妊婦さんだ。そんな妊婦さんが全速力で俺の方へと走ってくる。


「ええい! 少し走ったくらい問題ないッ! それよりも大変なんだ!」

「一体、どうしたんですか?」

「お父様がッ」

「うん? 師匠? 師匠がどうかしたんですか?」

「いなくなった……おそらく、ルフェンへと向かったと思う」

「ルフェン? あッ!? まさか、ミルボッチ王子の所に!?」

 

 オリビアさんはコクリと頷く。


「あぁ、必死に伏せていたのだが、オルフェン王国とベルガンディ聖国の戦の噂をどこからか耳にしたらしい。昨日は夫の公務の付き添いのため留守にしていて、今朝方なかなか部屋から出てこないお父様を起こしに行ったら『我が命は祖国のためにあり』という書置きだけを残して……」


 あぁ……師匠らしいな。


「師匠らしいじゃないですか?」

「そう、お前の言う通り、お父様らしいと言えばお父様らしい。だが……今のお父様は……」

「……何かあったんですか? 師匠に」


 オリビアさんの沈痛な表情。

 師匠くらいの実力があれば、よっぽどの事が無い限り戦場で何かとはならないだろう。【鉄拳のオニール】の名は伊達じゃないんだ。オリビアさんもそれは十分知っているはずなのに……なんでそんな顔をするんだ。


「咲太……すまない、君には黙っていろとオニール殿にお願いされて明かしていなかったんだ」

「明かしてないって、何を?」

「オニール殿は、以前ほどの力を持っていない」

「はぁ? どういう事だ?」

「この世界で最高峰の魔力を持っている魔王様に施された奴隷紋の解呪には多大な生命力が必要だったんだ」

「だからなんだよ?」

「オニール殿の魔力の器は……ボロボロなんだ」

「え……ッ?」


 この世界の人達にとって、魔力の器は生命の源泉。命そのものなのだ。その実、ワタルも命は落としたものの魔力の器が原型をとどめていたお陰で、今ここにいる。


「当初、魔王様はオニール殿を気遣って、何も束縛しないと誓い奴隷紋をそのままにするという事を打診したんだけど、オニール殿は、深々と頭を下げて「ワシのこの命は祖国オルフェン王国のものですのじゃ」と奴隷紋の解呪を要望したんだよ……まぁ、普通に生活する分には今すぐどうこうという訳じゃないけど……戦闘となると……」

「まじかよ……」

「お父様は、お前達と別れた後すぐに体調を崩してな……喀血までしていたんだ。おそらく、お前達と一緒の時は元気にふるまっていたんだと思う……」


 くそッ、全然気づかなかった。なんで俺には何も言ってくれなかったんだ!


「お父様は、あんな人間だ。最期の最期まで国のために戦場で死に場所を求めるような、そんな根っからの軍人だ」

「はい……それは、良く分かります」


 以前、戦場を求めているというような事をいってたしな。


「だけど、もういいじゃないか……残りの余生を私と、これから生まれてくる孫たちとのんびり過ごしてくれてもいいじゃないか……お父様の死に場所が私の胸の中でもいいじゃないか……どうして……どうして、行ってしまうんだ……私の肉親はもうお父様しかいないのに……」


 オリビアさんは、両目に涙を溜めて弱々しく訴えかける。

 そんなオリビアさんを見て、胸にちくっと痛む。

 俺も、師匠には生きていて欲しい。

 

 よしッ!


「オリビアさん、俺が師匠を連れ戻してみせます」

「……サクタ」

「いいのかい? 君はもう戦争には関わらないんじゃ」

「別に戦争をしにいくわけじゃねぇよ。弟子に内緒でそんな事態になっていたなんて、一言文句くらい言わないと気がすまないんだ!」


 戦争なんて起きなければそれはそれでいいだろう。

 それにベルガンディ聖国には片瀬達もいるだろうし、何とかなるだろう。


「サクタ……恩にきる、どうかお父様をッ」

「任せてくださいッ! てか、一発ぶん殴る準備でもして待っててください」

 

 オリビアさんは、俺の冗談にクスクスと笑い声を漏らす。


「さて、あとはルフェンまでどういくかだな……お前の転移魔法は……って、無理だよな」

「すまない……」


 ワタルは、ユーヘミア王国の軍人だ。

 同盟国のベルガンディ聖国に敵対している師匠を追いかけようと言うんだ、ここで俺に手を貸すことはできないのだろう。


「いや、俺の方こそすまん、お前の立場ってものもあるのに」

「咲太……確かにユーヘミア王国のいち軍人として君をルフェンに送ることはできない……でも、友として、君を送り出す事くらいは許されるだろう……君を、ルフェンから少し離れた場所に転移する」

「ワタル……ありがとう」

「ふふふ、その代わり、オニール殿の事は頼んだよ?」

「あぁ、任せろ」


 こうして俺は、関わるつもりがなかった旧オルフェン王国とベルガンディ聖国の戦場に出向く事になった。

 

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

次話は水曜日辺りに更新する予定です。

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