恩人
滅茶苦茶になったクレーリア家の敷地を指さすオリビアさん。
「どうするのよこれ……今夜は主人主催のパーティーがあるのに……はぁ、この有様ではお客様なんて呼べないじゃないの……」
この惨状を作り出した大元の原因が師匠にある事を理解しているため、俺達に対して怒るに怒れずプルプルと身体を震わせているオリビアさんがそう嘆く。
「本当にすみません!」
と身体を直角に曲げて、謝罪する俺の隣で「がっははは、それはまずい事をしたのぉ!」と呑気に高笑いをしている師匠。今すぐぶっ飛ばしたい。
「今から庭師に作業させても間に合わないし……主人に言って、今夜のパーティーは取り止めにしてもらうしかないわ……」
ーー当日キャンセル。
レストランや旅館でも100パーセントキャンセル料が発生するくらいだ。それは、よろしくない。
伯爵家が主催するパーティの招待客だ、それなりに地位のある人達に違いない。一人、二人ならまだしも、パーティーというくらいだ、結構な数の人のスケジュールに穴を開ける事になるだろう。それは、クレーリア伯爵の信用問題に関わる事案だ。それも、俺達のせいで。
ここは、あれしかないッ!
「ワタルえも~ん! 魔法でなぁ~んどかしてよおおお」
俺は、秘技ウソ泣きを発動し、ワタルに泣きつく。
「ワタルえもんって……まぁ、今回は、僕の魔法にも原因があるし。完璧には戻せないけど、来賓の目を誤魔化せるくらいには復元してみるよ」
決して、無理、出来ないとは言わない男。
それが、我が友ワタルえもんだ!
「オリビアさん、何とかなりそうです!」
「本当に? でも、どうやって?」
「ワタルが出来るって言っているんですから、出来るんです!」
「ワタル? ワタルって……いや、でも……」
オリビアさんも今やユーヘミア王国の人間だ。ワタルの名前に何かピンとくる物があったのだろう。
「恐らく、オリビアさんが思い浮かべている人物で間違いないです。こいつの名前は、ワタル・タマキ。英雄の孫にして、このユーヘミア王国の最年少魔法師団長という肩書を持つ天才です」
「そんな、まさか……ワタル様は、戦場でお亡くなりになったと……」
「はい、俺達との戦争でワタルは確かに死にました。だけど、生き返ったんです。話すと長くなりやすので、その話はまた後日にでも」
「えぇ、わかったわ」
ワタルは、俺の踏み込みのせいで出来たクレーターを土魔法で盛り返したあと、自分の魔法で発生した蔦を全て地面から抜き、跡形もなく消し去る。そして、蔦のせいで出来たボコボコの地面を、先程のクレーター同様に均していく。
「こんなものかな? 流石に芝は元に戻せないからそのままだけど、幸い芝が剥がれている場所は、屋敷の玄関から離れているし、招待客は陽が落ちた頃に集まると思うから、気づかれずに済むと思うよ」
うん、見事だ。
見た感じなんの違和感も感じられない。
招待客は、馬車で来るため、先程までの荒れた敷地ならまだしも、暗い中、芝が剥がれているなんて目にも留まらないだろう。
「さすが、頼りになる~」
「すごいわ……これ程のレベルで復元できるなんて、なんて繊細な魔力操作なの……」
オリビアさんは、ワタルの魔法によって修復されたクレーターに手をあて感嘆する。
ズレや切れ目など一切なく、まるで何事もなかったかの様な出来映えだ。俺とそんなに変わらない年で一国の小隊長に抜擢されていた優秀なオリビアさんが驚いているくらいだ、俺には逆立ちしても真似できないだろう。
「これで、パーティーはキャンセルせずに済んだのぉ! がーはっははは」
相変わらず通常運転の師匠に、俺の中で怒りよりも、呆れが勝ったのか自然と苦笑いを浮かべてしまう。
問題も解決したことだしそろそろ行くか。
「では、俺達はそろそろ」
「えっ? もう行くのか? せめて、お茶でも」
「いいえ、今日は色々と忙しそうなので、また、日を改めて伺います」
パーティーの準備で忙しいだろうし、折角の親子の再会を邪魔したくない。それに、ワタルも早く家に帰りたいだろうしね。
「そうか……気を遣わせてしまってすまないな。サクタ……父を連れて来てくれて本当にありがとう」
「いえ、師匠にもオリビアさんにも世話になりましたし」
「私は別に……」
「いえ、オリビアさんがいつも牢屋まで運んでくれていた時に交わした言葉の数々で俺がどれだけ救われていたか」
他愛もない会話かもしれない。
だが、それによって故郷や家族、そう、俺には帰るべき場所があると言うことを忘れずにすんだ。
「オリビアさんが、俺の心を救ってくれていたのなら、師匠は俺を肉体面で救ってくれました。正直、いつも殴り飛ばされるばかりで、理不尽極まりなかったのですが……そのおかげで俺は生きてます!」
オリビアさんが俺の帰るべき場所を思い出させてくれ、師匠は、生きて帰る事の出来る身体を与えてくれた。
間接的ではあるかも知れないが、俺の基盤になっているのは確かなのだ。そんな二人は俺の恩人なのだ。
「そこまで言うなら何も言わん」と師匠は感慨深く目を瞑る。
そして、目を開き、俺の両肩をつかみ、その鋭い眼光を向ける
「色々と世話になったのぉ、ほんに感謝するッ」
師匠は決して雄弁な人間ではない。
その事を知っているからか、この短い言葉に詰められた師匠の気持ちが心に沁みる俺は、その言葉に笑顔で返し、近いうちに必ずもう一度会いに来ると約束し、クレーリア伯爵家を後にした。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
遅くても明日までには、次話「ワタルの帰省」をあげるようにします。




