グレイスと贈り物
「グレイシュでしゅ、よろしくお願いしましゅ」
舌足らずなしゃべり方でペコリと頭を下げる幼女。
そう、この幼女こそが昨日ララにディグリス王国へ連れて行って欲しいと頼まれた魔族だ。
予想外だった、一国の王子の従者というから、もっと大きな子を想像していたのだが……グレイスは、小学校低学年ほどの大きさで、下手したら幼稚園児と言っても通りそうだ。
グレイスは濃いオレンジ色の癖のある髪を腰の方まで伸ばしており、その頭上には今にもへたりそうなこれたまた髪の毛の色と同じ濃いオレンジ色と白の混ざったケモミミと腰と尾骶骨あたりから均一に伸びている三本のふわふわな尻尾に、けっして太っているわけではないのだが、まだ、幼いせいか、顔を含めて全体的に丸みを帯びており、まさに、保護欲を搔き立てられそうな……簡単に言えば、凄くかわいいのだッ!
「こちらこそよろしくな、俺は咲太、こっちはワタルだ」
「サーしゃま、ワーしゃまって呼んでもいいでしゅか?」
グレイスは頭をさげたまま恐る恐る目線だけど俺達にむける。
「あぁ、好きなように呼べばいいよ」と返すと、グレイスはニッコリとした表情で「はい!」と元気よく返す。
あぁ……かわいい……。
そう思ったのは俺だけじゃないらしく、この場にいるみんなはグレイスの可愛さにメロメロになっていた。
「グレイスはいくつなんだ?」
「ななしゃいでしゅ」
「二十年近く眠らされていたから実年齢はユー達よりも年上だぞ」
「あ~確かに……グレイス姉さんって呼んだ方がいいか?」
「いえいえ、とんでもないでしゅ! 二十年間も眠らしゃれていたなんて未だに信じられないでしゅし、グレイシュはななしゃいのままでしゅので」
「あははは、分かった。じゃあ、グレイスって呼ぶな」
「はいッ」
「それにしても……グレイス、もしかして君……目が見えていないのかい?」
「うん? どういう事だワタル」
「いや……先程からグレイスの瞳が話相手の方に向いていないから少し気になってね」
言われてみれば、グレイスと話をしていた際に変な違和感を感じていたがその正体はわからなかった。だが、言われてみれば、俺と会話をしていた時、グレイスの瞳は俺に定まっていなかった気はした。違和感の正体はこれか……。
「はい……」
グレイスは、ワタルの問いかけにシュンとなり俯く。
ララの話では、ガレイスに捕まる前はちゃんと見えていたらしいが、二十年間もあの特殊な薬品につけられていたせいか視力が戻っていないそうだ。因みに、グレイスの他にコレクションにされていた少女達の中にも数名同じ症状に掛かっているらしい。
「視力を失った他の子達は誰かに手を引いてもらわないと生活ができない状態なんだけど、グレイスは緋狐族という魔力の扱いに非常に長けている希少種だから、魔力感知でなんとか生活できるんだよね。少しの不便はあるけどね」
「ガレイスの野郎……こんな子供達を家族から引き離して、自由や尊厳を奪っただけでなく、光まで失わせるとは、腹が立ってしょうがないッ!」
「まぁまぁ、ユー達がガレイスを捕まえてくれたお陰でこれからはグレイスちゃんの様な被害者は生まれないんだから、ユーが気に病むことはないよ。それに、ガレイスはとっくに処刑されているしね」
ガレイスは俺達とひと悶着あった数日後に裁判にかけられ、もちろん有罪となり、見るに絶えない拷問の末に処刑されたらしい。これで少しは溜飲が下がるってもんよ。
「それはそうと、グレイス、君は、ディグリス王国に行ってどうするつもりだい? 言いにくいが、君の主である、ダリウス王子は既に……」
「信じられましぇん、あるじぃは必ず生きていましゅッ。感じるんでしゅ、あるじぃの事を」
「感じるって言ってもね……」
「カーしゃまに会えば何か分かるはじゅでしゅ」
「かーしゃま? 母ちゃんか?」
「いえ、あるじぃの弟のカシウス王子しゃまでしゅ」
「って言ってるけど、カシウス王子は存命か?」
ここで、カシウス王子まで死んでいたら確かめようがないからな。
「存命であられるよ。ちなみに、カシウス様は今は王子ではなく、ディグリス王国の国王だけどね」
「かーしゃまが、国王? マーしゃまは……」
「前王のマリウス陛下は、残念ながら病でお亡くなりになられたんだ……」
「そうでしゅか……」
グレイスのケモミミは力なくペタンと前に倒れる。
悲しそうなグレイスにつられてか、室内が一瞬で重い空気に包まれる。つい先ほどまでは嬉しそうなグレイスにつられてまるでお花畑にいたかの様な雰囲気だったのだが……まさに、この場は、グレイスの一喜一憂に支配されているかのようだ。
それにしても、前王が亡くなったと言うだけでこんなに悲しんでいるのに、主である、ダリウス王子の死をこの子は本当に受け入れられるのだろうか? いや、主の死を乗り越えられるにせよ、乗り越えられないにせよ、せっかくこうして知り合った縁だ、できる限りの事はしてあげよう。
――となれば善は急げだな。
「そんな表情をしてる暇はないぞ? お前の主に会いに行くんだろ?」
「咲太、あんまり期待を持たせるような言い方は……」
「ダリウス王子は亡くなったというけど、グレイスはダリウス王子の事を感じると言っている。もしかすると、対外的には死んだ事されていて本当は生きているかもしれない。ほら、狐は霊的な何かがありそうだし、こっくりさんとか……緋狐族のグレイスだからこそ感じられる何かがあるかもしれないしさ」
「こっくりさんって……まぁ、君の言う通り、僕も実際にダリウス王子の死をこの目で確認した訳じゃないからね……」
「そうだぜ? 実際に死んだお前もほら、生き返ってるしさ。何があるか分からないだろ?」
「ふふふ、そうだね」
「というわけで、グレイス。とことん付き合うから、気が済むまでダリウス王子の事を追えばいい」
「うん、僕もつきあうから」
「はいッ! サーしゃま、ワーしゃま、ありがとうございましゅ!」
「というわけで、俺達はそろそろ発ちます」
俺は、俺達を温かく見守ってくれていた魔王様に向けて一礼する。
「うむ。少し待ってほしい。貴殿らに渡すものがあるのでな」と魔王様は、近くにいるメイドに「あれを」と何かを持ってくるように指示をすると、メイドさんはすぐさま白い布の掛かったトレイの様なものを魔王様に渡す。
「これを貴殿らに」と魔王様に手渡された物は、丈夫そうな生地で作られた革製のコートだった。俺には黒を基調にした、ワタルには白を基調にしたものだ。
早速羽織ってみると、見た目より軽く非常に気心地が良い。うん? 左肩の方に何か……。
「これは?」
「それは、ルートリンゲン家の家紋である」
「家紋……ですか?」
「咲太、それを贈られたって事はアーノルド様が咲太の後ろ盾になるって事なんだ! 凄い事なんだよ!?」とピンとこない俺にワタルが興奮気味に説明してくれる。
「咲太は魔王である我の直轄の特務補佐官という肩書を与える。だが、これで貴殿を縛るとかはないから安心したまえ」
「いいんですか? 俺なんかに……元はただの奴隷ですよ?」
「そう、自分を蔑むでない。自分の周りを良く見てみるがよい」
「俺の、周り……」
言われた通り、ぐるっと俺の周りを見渡す。
そこには、魔王様はもちろん、ララやレレやリリ、師匠、イドラさん、グレイス、それにワタルが……みんな、柔らかい表情を俺に向けている。
「これ程の人材をこの時、この場所に、巡り合わせたのは誰でもない、貴殿なのだ。貴殿は凄い男だ咲太」
「いえ、そんな俺は」
魔王様から凄く褒められている事を自覚してか、メチャメチャ照れくさくなる。
「貴殿は、大抵の事はその拳で乗り越えられるだろう……だが、時には力だけではどうにもならない事もある、その時は、その家紋を使いなさい」
「いいんですか? 乱用するかもしれないですよ? やれ飯が不味いだとか、態度が気に喰わないとか」
「あははは、好きにするが良い」
「いや、そこは否定してくださいよッ、咲太がそんな事するはずないであろう! とか言って」
「心から貴殿を信用しているのだ、それ以上の言葉はいらんよ」
「さいですか……」
何かすべてを見透かされているようで、複雑な気持ちになるが……まぁ、今は難しく考える事はやめよう。褒めてくれているようだしな。
「あれ? ワタルの方には家紋が入ってないようですが」
ふと、ワタルが羽織ったコートを見るとどこにも俺と同じような家紋は見当たらない。
「ふふふ。これでいいんだよ咲太」
「どういう事だ?」
「僕には仕えている国があるからね」
「あぁ~そういう事か」
「それに、これ、祖父と同じデザインのコート……」
ワタルは愛おしいそうにコートの袖をなぞる。
「うむ。生前カケルに贈ったコートと同じ物を仕立てたのだ。当時、カケルのコートに家紋を入れようとしたのだが、自分が仕えるのはユーヘミア王国のみと言われてな」
「祖父は、アーノルド様から頂いたコートを大事にしておりました。なので、祖父の火葬の際に一緒に持って行ってもらったのです」
「そうか……」
魔王様は、嬉しそうな悲しそうなそんな二つの感情が混じったかの様な表情で目を瞑る。
「魔王様、ありがとうございます。このコート大事にします!」
「僕も祖父同様、あの世まで持っていきます!」
「こらこら、貴殿は生き返ったばかりであろうに」
「ふふふ。そうですね。魔王様からいただいたこの命、大事にします!」
「うむ」
「では、そろそろ行きます」
各々に別れを告げ、俺とワタルとグレイス、そして、師匠を含めた四人は、地獄城を発った。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。