出発前日
ワタルの瞳の色をライトグレーから、黒に修正しました。(21.10.12)
「おはよう咲太。今日もいい天気だね」
「おう。身体の調子はどうだ?」
ワタルの復活から数日が過ぎた。
いくら元の身体に魂が戻ったからと言って、すぐに動けるはずもなく、復活したワタルは指先一つ動かす事も出来ずベッドの上で過ごす事を余儀なくされていたが、やっと魂が身体に定着したらしく、今となっては何事もなかったかのように飄々としている。
信じられるか? こいつ数日前まで死体だったんだぜ?
そんなワタル君だが、相変わらずのイケメンだ。
肩まで伸びている気品溢れるプラチナブロンドの髪は後ろで一つに束ねられており、人の良さそうなおっとりした黒い双眸に、俺の倍はありそうな鼻の高さ。悔しいが顔のどのパーツを見比べても完敗だ……。
「調子は良いよ、すごくね」と立ち上がり目線を落とすワタル。そう、この男背も高いのだ。
「ちッ、この完璧イケメンが!」
「ふふふ、褒め言葉として受けて取る事にするよ」
嫌味も笑って流す性格の良さをも備えている。
「ねぇ、誰か男紹介してよ~」と頼まれたら、俺は間違いなくワタルを紹介するだろう。胸を張ってな。
「それはそうと田宮の事はもう大丈夫か?」
学校の出席日数もあるため、長い事この世界に留まる訳にもいかなかった田宮だが、せめてワタルが動ける様になるのを見てからじゃないと帰れないと言い出し、ワタルの世話をしてくれていた。
そして、ワタルが動ける様になった事を確認し、昨日、後ろ髪を引かれる思いで日本へと帰還したのだ。
その際に抱き合い、涙を流しながら別れを惜しむイケメン二人は凄く絵になっていた。
「う~ん、正直に言ったらさみしい。凄く、ね。まるで自分の半身を無くしてしまったかのような気持ちさ」
「まぁ、お前らは言葉の通り一心同体だったからな」
「まぁね……」
「そんな顔するなって! 転移魔法使えるんだからいつでも会えるだろ?」
悲しげに苦笑いを浮かべるワタルを励ます。
ワタルは転移魔法が使えるため、いつでもこの世界と日本を往来できる。
会おうと思えばいつでも会えるんだ。
「そうだね! ありがとう咲太、慰めてくれて」
「おう! それはそうと、出発の日取りはどうするんだ?」
いつまでもここに留まる訳にもいかない。ワタルには帰るべき場所と待っている人がいるのだから。
俺も早々に日本に戻ることもできるのだが、ワタルがぜひとも自分の家に来てくれと懇願していたため、その話に乗ることにした。師匠を娘のオリビアさんの元に届けないといけないしな。
因みにオリビアさんはワタルの実家がある、ユーヘミア王国の王都にいるらしく、一石二鳥というわけだ。
「すっかり身体も馴染んできたし、僕はいつでも出発できるよ」
「シエラさんに早く会いたくてしょうがないって顔だな?」
「ふふふ、まぁね。まさか、今生で再びシエラを迎えに行けるとは思わなかったよ」
「本当だよな。まさか、お前の身体を保管していて、さらに魂を戻して生き返らせるなんて……本当に凄すぎる人達だよ」
実のところワタルはあの戦場で命を落としていた。シエラさんと再会した時も、全てを諦めていたんだ。そんなワタルを甦らせた魔王様とイドラさんは、本当に凄い。
「なぁに他人事のように言っているんだい、君は」
「うん?」
「そんな凄い人達を引き合わせてくれたのは誰でもない君なんだよ?」
「いやいやいや、それはないだろ。俺は、お前にこの世界に連れてきてもらっただけだしよ」
「ううん、君は本当に凄い男だよ……本当に感謝しているよ咲太」
ますっぐ見つめられ、お礼を言われた事が照れくさかったのかぶわーっと毛穴が広がる感じがした。
「まぁ、元はと言えば。お前を死に追いやった俺のせいだけどな」
「それは言わない約束だよ?」
ワタルの表情から笑みが消える。
照れ隠しのつもりでつい口にした言葉でワタルの機嫌を損ねてしまったようだ。
「あ、あぁ、そうだったな。わりぃ……」
「分かればよろしい。だけど次また同じ事言ったら怒るからね?」
「お、おう!」
何とか機嫌を直してくれたみたいだ。と俺は胸を撫でおろす。
「いつでも行けるって事は、明日、発つという事でいいか?」
「うん、そうだね。今すぐにでもと言いたいところだけど、アーノルド様やララ達に別れの挨拶もしないとだから、今すぐという訳にはいかないね」
魔王様は、ララを伴って僻地に視察に出ており、今夜戻る予定だ。不都合な事がない限り、世話になった主の留守中に顔も見せずサヨナラという訳にはいかないからな。
「そうだな。それがいいだろうな」
「うん」
「そうだ、お前の家族の事教えてくれよ」
「急にどうしたんだい?」
「いや、ほら、お前んちに行くわけなんだからさ、事前に色々聞いとかないさ。失礼な振る舞いをするわけにはいかないじゃんか」
「ふふふ、君がそんな事を気にするなんてね。大丈夫。君は君のままでいいから」
「なんだよ、俺のままって」
「そのまま、自然体の君って事さ」
「自然体ね……まぁ、お前がそう言うなら……」
この後、レウィやレレ、リリを交え魔王様達が戻ってくるまで話に花を咲かせた。
◇
「そうであるか、明日には発つのか」
夕食を済ませ、明日この魔大陸を発つということを魔王様に伝える。
「はい、明朝にはユーヘミアに向かう予定です」
「魔王様、色々とお世話になりました」
俺とワタルは魔王様に頭を下げる。
「世話など、我にとっても実に有意義な時間であった」
「寂しくなるね……この世界で暮らすワタルはともかく、サクタ、ユーとは次にいつ会えるか分からないしね」
魔王様の隣で、ララが眉を八の字にして悲しそうな顔を向けている。
「そんな顔をしないでくれ。ワタルが時間をみてあっちの世界に来てくれる。そのタイミングでワタルに連れてきてもらうからさ。またすぐ会えるから」
「ホントに?」
「あぁ。その代わりに、俺、この世界にあんまり友達いないから、ちゃんと相手してくれよな?」
「もちろんだよ! ミーとユーはマブダチなんだから!」
「あぁ! マブダチだ!」
先程の寂しそうな表情から一変、ご機嫌なララを見てこの場にいるみんなの頬が緩む。
最初に会った時から、ララは本当に感情豊かだ。
そんなララだからこそ俺は行動を共に出来たのかもしれない。思えば、ララがいなかったら、まだ、俺達はここにはたどり着けず、魔大陸をさ迷っていたかもしれない。
あぁ~本当に俺ってやつは、一人ではなーんにも出来ないんだな。色んな人に背中を支えてもらって、初めて両足で立てるんだなぁと改めて思い知らされる。
だけど、それでいいんだ。
頼れる人がいれば頼ればいい。
その代わり、逆に頼られたら俺は全身全霊をかけてそれに応えよう。
「あっ、そうだ!」
「うん? どうした?」
「ユー達にお願いしたい事があるんだ」
早速キターッ
「おう、何でも言ってくれ!」
「いいね~頼もしいね~。実はね、君達に連れていって欲しい子がいてさ」
「連れていって欲しい? 誰を? どこにだ?」
「以前助けた、ガレイスのコレクションにされていた魔族の子なんだけどね」
ガレイスとは、年端のいかない魔族の少女達をコレクションにしていた変態貴族だ。俺達が成敗したのだ。
「どう言うことだ? その時に囚われていた子達はベルなんとかって国が保護してるんじゃないのか?」
「ベルガンディ聖国だよ、咲太」
「あぁ、それそれ」
「解放してすぐは確かにベルガンディ聖国で保護してもらっていたんだけど、引き渡してもらったのさ」
「いつのまに……」
「そんな訳で、囚われていた子達は、家族の元に送り届けたんだけど、一人だけ、元々人族に仕えていた子がいてね……どうしても、主の元へ戻りたいと言っているんだよ」
「人族? その主については何か聞いているのか?」
「うんとね、ディグリス王国の第一王子ダリウス・ディグリスって言っているんだけど……」
へぇ~王子様か……と感心していると、
「ダリウス・ディグリスって……あの?」
「多分、ワタル、ユーが想像している人物であってると思う」
「なんだ? 有名な人なのか?」
「ディグリス王国は大陸でも三指に入る大国、その王位継承権第一位だった人物なんだが……」
大国の王子様に向かって、有名人なのか?って質問は流石におかしいな……と羞恥心で顔が火照る感じがする。
「あはは、有名どころの話じゃないな」
「まぁね……」
「どうかしたのか?」
「いや、ダリウス王子はお亡くなりになっているんだ。それも、二十年近く前にね」
「――ッ!?」
「そうなのよ、それをその子に言っても全然信じてもらえなくてさ……直接自分で確かめるってきかなくてさ。ミーも仕事があるから、一人でいかせるわけにもいかないし困っていたのさ」
「そうか、じゃあ、その子をディグリス王国まで連れて行けばいいんだな?」
「いいの? 咲太達なら安心して任せれるから願ったり叶ったりだけど」
「もちろんだ! 任せてくれ」
「一度、オルフェン王国には寄ってもらうけど、その後、僕の転移魔法で行けばすぐだし。問題ないよ、むしろこれ位はさせてほしい」
「う~~~~ん、やっぱりユー達はいい子だよおおおおお」
「おぷっ」
ララがテーブル越しの俺とワタルに飛びつき、身体を密着させ「よ~しよしよしよし~いいこいいこ~~」と二人して頭を撫でられるしまつ。
恥ずかしいけど、なんだか悪い気はしない。
その魔族の子は、今日は既に就寝中との事で明日紹介してもらう事にして、俺達は、地獄城での最後の夜を過ごした。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
今回の話で二百話になりました。
書き始めた当初は正直ここまで続けられるとは思っていませんでした。
これもすべて、いつも懇意にしてくださる皆様のおかげです。
この章を含め後二章で咲太の物語は終わる予定です。おそらく年内にはそこまで辿りつけると思います。
それまで、引き続きお付き合いいただければ幸いです。