帰ってきた元王子 終
「グレイスをどこにやった」
「…………」
「ほぅ、良い度胸だな。別に今すぐお前の首を落としてやってもいいのだぞ?」
ダンマリを決めこんでいるバルカンの首元に剣先を向けると、「ま、待ってくれ! 話すから命だけは!」と慌てて助命を乞うバルカンを床に放り投げる。
「では、もう一度聞く、私の従者であるグレイスはどこにいる」
「べ、ベルガンディ聖国の貴族に、売った……」
「売った? とはどういう事だ?」
「ベルガンディ聖国には変わった趣向を持っている貴族がいる……その者に売ったのだ」
「その貴族の名は? 変わった趣向とはなんだ」
「ガレイス・レッドタイド、爵位は子爵だ。やつの趣向は……年端もいかない魔族の娘をコレクションにしている……」
グレイスは、魔族の中でも希少種である緋狐族。
「さぞ高値で売れた事だろうな?」
「…………」
「それにしても、魔族の中でも上位種に入るグレイスをよく従わせられたな?」
魔族は人族に比べて高い戦闘力を有している。
上位種のグレイスであればなおさら、バルカンの子飼い共に後れを取る事はないだろう。万が一、遅れを取ったとしても、逃げだせば先程のSランクハンターでさえ捕まえるのは難しいだろう。
「……従わなければダリウス王子を殺すと脅して、【封力の遺物】を使いあの娘の力を封じた……」
「なるほど、それなら納得だッ」
「ま、まってく、うぎゃあああああ」
私の一振りによってダリウスの右腕が胴体から引き離され、床一面を真っ赤に染め上げ、室内にバルカンの耳障りな悲鳴が響く。
「うっぐうあ……ま、待て、はぁはぁはぁ、わ、ワシはあの娘を生かしたのだぞ」
「言いたい事はそれだけか?」
「や、やめ、ぐぎゃあああああ」
今度は、左腕が宙を舞う。
「腕が捥げたくらいでぎゃあぎゃあと五月蠅い」
「ツカサ~あぁなるのが普通だぜ? おいちゃんだったら、失禁もつけちゃうなぁ~」
レフがおちゃらけた口調で近づいてくる。
「兄上は、四肢を落とされた時に悲鳴一つ上げませんでしたよ?」
「嘘でしょ? ツカサ、あんた本当に人間?」
カシウスの言葉に驚くジュリエットの背後にはいつの間にか場内の兵士達が集まっており、固唾を飲んでこちらを立ちすくんでいた。まぁ、襲ってこない事をみれば状況把握は出来ているのだろう。
「失敬な、れっきとした人間だ」
「あはは、そうですね。さて、兄上。バルカンをどうされますか?」
「このまま殺して私の復讐を終わらせる、という手もあるが……この汚い命、カシウスのために有効活用させてもらおうではないか」
「どういう事ですか?」
「よいか? カシウス、お前は今後もこの国の王としても君臨し続けなくてはならない。だが、今、この国の状況は最悪だ。貧富の差が両極化し、持たざる者は明日の食い扶持さえままならぬ状況だ」
「はい……」
「そして、その原因となったのがお前の政策によるものだと民は信じており、お前を憎んでいる」
かつて民から絶大な人気を誇っていたカシウスだが、今ではみる影もない。それを本人も自覚しているのか、カシウスは悔いるような表情でギリッと奥歯を噛み締める。
「全てをバルカンの所業として民に発表する事でお前に対する憎しみをバルカンに向け、そして、バルカンを処刑する事で民の溜飲を下げ、お前の人気を取り戻す」
自然と全ての視線がバルカンに集まる。
バルカンは、顔中の穴という穴から汁をたらたら垂れ流し放心状態になっていた。
「これから忙しくなるぞ」
◇
バルカンに復讐を果たしてから数週間が過ぎた。
その間、バルカンの息の掛かった貴族を炙り出しをした。揃いも揃ってロクでもない奴らだったのでその殆どの爵位を剥奪した。それに加えてバルカンによって甘い汁を吸っていた商会や組合などの者達にも同様にそれ相応の罰を与えた。
これによって国の重要ポストは一新される事になる。父上が健在だった頃の優秀な家臣達を呼び戻したのだ。彼らはバルカンに追いやられて不当な扱いを受けていたようで、みな、カシウスに感謝し、忠誠を尽くすと誓った。
ある程度の根回しを終え、予定通り今までの悪政は全てバルカンが行った事と国内外に大体的に公表し、つい先程、ここパゴニアの中央広場にてバルカンの処刑が執行された。
最期の最期まで、死にたくないと泣き喚き散らすバルカンは民衆から罵倒と石を浴びせられ、落とされた首には大歓声を浴びせられていた。
鉄は熱いうちに打てという言葉がある通り、民衆の興奮が冷め止まぬタイミングで、カシウスは自分の不甲斐なさについての謝罪を述べ、賢王と呼ばれていた父上以上の王になる事を宣言すると、民衆は鳴りやまないカシウスコールで応えた。
「なかなか良い演説だった」
全ての公務を終え、自室に戻ったカシウスに労いの言葉を掛ける。
「ありがとうございます。全て兄上のお陰です。兄上がいなかった僕は立ち上がる事ができず、民の窮地に見て見ぬふりをしていたと思います」
「今まで立ち止まっていた分、突き進むのだ。私は、お前が父上よりも良い王となる事を確信している」
「はいッ!」
「それはそうと、シェリー嬢はいつこちらに?」
「数日後には!」
「そうか、よかったな」
カシウスはバルカンの策略によって婚約破棄となったシェリー嬢を娶る決心をし、彼女がいる修道院へとプロポーズの文を出したところ、シェリー嬢から二つ返事でOKという回答を貰った。
正妻だったイザヴェラは、病死した事にして城から放出した。いくらカシウスから愛されなかったとは言え、バルカンの様な者と不倫していた娘を、彼女の実家も受け入れを拒否したのだ。もう、貴族の世界には戻れないだろう。
カシウスの本当の人生がこれから始まるのだ。
「ひと段落ついた所で、お前に会わせたい人物がいる」
「会わせたい人物ですか?」
コンコン
「丁度来た様だな」
私はそう言って、カシウスの部屋の扉に向かいドアノブを回すと、ゆっくりと扉が開かれる。
「ご無沙汰しております、陛下」
「貴方はッ!?」
扉から現れた人物にカシウスは驚愕する。
カシウスがこれ程までの反応を見せるのは仕方ない事だ。
扉から現れた人物、それは、オルフェン王国の第三王子であるミルボッチ・オルフェン。
豚王と揶揄されるボボルッチ・オルフェンの腹違いの弟だ。
見目麗しく、優秀だったが故にボボルッチ煙たがられた事で、戦地に追いやられ、最期は自軍を逃がすために魔法で自爆したとされていた。
「貴方は味方を逃がすための自爆によって戦死されたと聞き及んでいます」
「えぇ。自爆したところまではあっております」
「では――」
「ここにいる、ダリウ、いや、ツカサに助けてもらい何とか生き長らえました」
ミルボッチ王子。ミルは、生前の私の数少ない友の一人だった。
戦場からそう遠くない場所にいた私は、一種の好奇心に負け戦場を覗いていたのでが、丁度その時、ミルボッチが自爆魔法を発動しようとしていたため、魔法に巻き込まれない様に逃げていく両軍の兵士とは反対にミルボッチ王子に近づき、魔法の発動を中断させ、私の魔法であたかもミルボッチ王子が自爆したかのように見せたのだ。それからは、私達と共に行動をしていた。
「あんな下らない戦場で死なすには惜しい男だからな」
私が口にした言葉で、場の空気が和むような気がした。
「兄上の仰る通りです。ミルボッチ殿下」
「恐縮です」
しばらく三人で懐かしい昔話に花を咲かせ、頃合いをみて、私はゴホンとわざとらしく咳き込むと、会話が止まり、二つの視線が私に集中する。
「お前に頼みがある」
「何なりと」
「ははは、内容も聞かず、二つ返事か」
「兄上の頼みです、断る道理はありません」
私を真っ直ぐに見据えるカシウスの真剣な眼に口元が緩む気がする。
「そうか……なら、遠慮なく頼むとしよう。ミルをオルフェン王国の王にしたいと思っている」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
次の話から咲太の話に戻ります。