帰ってきた元王子⑪
誤字修正しました、ご指摘ありがとうございます。(21.9.19)
文章が入れ違っていたので修正しました。(21.10.7)
「この国の現状は、ここに辿り着くまでに色々と耳にした」
「…………はい」
このパゴニアまでの道中、少なくない町や村に滞在した。
町や村の規模や環境は様々だったが、どこもかしこもそこに暮らしている民は一様に疲弊しきっていた。
私が殺された数年後に父上が亡くなり、後を継いだカシウスの圧政によるものだと皆が口を揃えて嘆いていた。
私と違い、民に絶大な人気のあったカシウスだ。民の失望はかなり大きいのだろう。
「バルカンだのだな?」
「……はい、僕はただのお飾り、父上がお亡くなりになってからこの国を掌握しているのは……バルカンです」
「なぜ、お前はバルカンを放っておいているのだ? 民が圧政によって苦しんでいる事を知らないとは言わせぬぞ?」
「何もかもが遅かったのです……。兄上を手に掛けた罪から抜け出せずにいる私に追い打ちを掛けるように、父上が……何も考えたくなかった私は全てバルカンに委ねてしまったのです。そして、数年かけて何とか立ち直り、父上の様な賢王になるべく立ち上がったのですが、時すでに遅し……バルカンの力は王である私を凌駕していたのです。私はどうする事も出来ず……」
「それで今に至っている、という訳だな?」
私の問いにコクリと頷くカシウスは、何もできないこの現状を生み出した自分を悔いているのか、下唇を噛む真っ白な歯が小刻みに震えている。
「カシウス、お前なら父上よりも立派な賢王になれると私は確信している……お前の障害を私が取り除いてあげるとしよう」
「兄上……」
「バルカンを呼び出せるか?」
「呼び出す必要はありません。毎週この時間、バルカンは城にいます」
「ほう、こんな真夜中まで仕事熱心だな」
「仕事……ではありません」
「どう言うことだ?」
「こちらへ」
と浮かない顔で部屋の外へと向かうカシウスの後ろに続くような形で、私はその場を後にした。
◇
長い廊下をカシウスと並んで進む。
時間が時間のせいか、人の気配一つなく、そのせいか照らされている月の明かりがやけに眩しく見える。
「そういえばあの日、バルカンに何をされたのだ?」
あの日とは、私が殺された日だ。
私を慕っていたカシウスが自分の意志で私を手にかけると言うのはありえない。
「おそらく、バルカンに洗脳されたのだと思います。あの日、バルカンはリラックス効果のあるお香だと私の部屋でそれを焚いたのち意識が途切れ、気づいたら、兄上に矛先を突き刺した後でした……」
「そうか……次に、グレイスは存命か?」
私の唯一の従者であるグレイスは魔族の中でも上位種族の緋狐族であるため、そう簡単に命を落とすとは思えないが……。
「申し訳ありません……グレイスの行方については、分かりません……兄上亡きあと、姿を見ておりません……」
「そうか……」
グレイスの行方についても、バルカンが関与している可能性が高いと私は思う。バルカンを懲らしめるついで、グレイスの件についても問いただそうとしよう。
「ここです」
「か、カシウス様!?」
カシウスの登場に、兵士が慌てて扉の前に立ちはだかる。
「中に入るぞ」
「なりません、イザヴェラ様は既にご就寝になられ……「あぁぁん! も、もっと、もっとおおお」…………」
兵士の言葉を遮るように、室内から甲高い女の喘ぎ声が漏れてくる。
「何だこの不快な声は……」
このフロアは王族のフロアという認識なのだか……私の知る限りあんな下品な声を出す王族はいない。
「恥ずかしいながら、私の妻、つまりこの国の王妃の部屋です」
「なんだと……? お前は、私にバルカンを会わせてくれると言って、ここに連れてきた。まさか、そう言うことなのか……?」
「はい……」
「はぁ……」
不憫な弟を見て、自然とため息が漏れる。
「シェリー嬢はどうしたのだ?」
シェリー嬢とは、才色兼備、品行方正の言葉がピッタリな素晴らしい少女で、カシウスの婚約者だ。
「バルカンに無理矢理婚約破棄をさせられ、修道院に入ったと……そして、この中にいるイザヴェラという他国の貴族の娘と婚姻を……」
不憫だ……と思うが、これは明らかにカシウスが蒔いた種だ。
「何故、抗わない……」
「それは、僕が兄上を」
「私のせいにするな……これは、全て心の弱いお前が招いた事だ」
「……決して兄上のせいにしては……いえ、兄上の言う通りです、僕は、全て兄上のせいにして嫌なことから逃げてきたのだと思います……」
「嫌なことから逃げる事が悪いとは言わないが、後悔するくらいだったら逃げずに立ち向かうのだ」
「はい、僕は今日から逃げません! おい、そこをどけ!」
「し、しかし!」
扉の前に立つ兵士は、必死に私達の進行を妨げようとしている。
「貴様の主は誰だ?」
「な、何を……」
「事と次第では……」
カシウスは、剣を抜き兵士の首に刃をあてると、「ひぃっ! 小職の主は、カシウス様であります!」と、扉から離れる。
「今日の事は不問にしてやる。直ちにこの場から去れ」
「はっ!」
兵士が立ち去ったことを確認したカシウスが眼前の扉を足蹴にすると、ドン!と大きな音を立て、部屋の中に向かって扉が吹き飛ぶ。
「な、なんじゃ!?」
案の定、ベッドの上では、一対の裸体がまぐわっていた。
そして、その状態のまま両名、首だけがこちらを向けていた。
「なに勝手に入ってきてるのよ!?」
この女がイザヴェラか……品行の欠片もない、性悪そうな顔だ。それにしても、旦那の前で家臣と事を及んでいたくせに悪びれた様子もなく、勝手に入ってきた事に怒りを露にするとは……全くヒドイものだ。
「そうであるぞ、カシウス。早々にここから立ち去れ。ワシらは忙しいのでな。くっくっく、さぁ、続きといこう、ほれ、ほれ」
バルカンは私達を見向きもせずパンパンと腰を振り、それにあわせるかの様にイザヴェラが喘ぎ声を漏らす。
バルカン……。
忘れもしない、カシウスの背後であざけ嗤っていたバルカンの顔を。奴隷に落とされたのは気にくわないが、バルカンに復讐出来る機会を与えてくれた事に感謝しないとな。
私はゆっくりと、ベッドに近づく。
「あ、兄上?」
そして、ベッドの前で立ち止まる私を、はぁはぁと息を漏らすバルカンは「な、なんだ、貴様は?」と、不機嫌を露にするが、腰を動きは一定だ。
「バルカン、逢いたかったぞ?」
そう言って飛ばした私の拳は、バルカン顔にめり込んだ。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。