帰ってきた元王子⑩
誤字修正いたしました。ご指摘ありがとうございます。(21.9.12)
「随分とやつれたものだな……」
「だ、誰だ!?」
かつて弟と呼んでいた人物のあまりにも変わり果てた姿に、たまらずそう零してしまう。
戦場から離脱した私達は、数ヶ月の時間を掛けてディグリス王国の王都、パゴニアに到着した。
向こうの世界では飛行機で数時間という距離だが、生憎そんな便利な物はこの世界にはなく、また、パゴニアまでの道のりは、いくつもの険しい山脈を越える必要がある。
そんな訳で、各々の二本の脚に頼るしかない私達にとっては結構な時間を要してしまった。
道中、オルフェン王国の戦闘奴隷の話をよく耳にする事があり、数日前とうとうオルフェン王国は全面降伏による敗戦国となったという噂を耳にした。
私達が離脱したのち、彼らは段々と数を減らした。元々戦闘奴隷頼みの戦略も何もない力押しの戦だったのだから、この様な結果になる事は必然だったのかもしれない。
私が一人だけ気になっていた青年、服部咲太。
彼は最後まで生き残った殺戮者と恐れられる三人の内の一人だという。
そんな服部は、戦闘奴隷中では群を抜いて高い戦闘力を持っていた。いくら、オニール殿に数ヶ月指導してもらったからって、これほど他と差が開くのか?と、そんな疑問を常々思っていた。まぁ、今となってはそれを確かめる術はないのだがな……。
さて、そんなこんなで、私は現在ディグリス王国の王都であるパゴニアの北側に聳え立つ城、つまり私の元実家に来ている。
ここが私にとってもう一つの故郷だからなのだろうか、目に映る全てと、鼻孔をくすぐる全てに懐かしさを感じる。
話を戻そう。
この城の各王族の部屋には、城の外と繋がっている抜け道があり、それを知っているのは、成人した王族のみだ。
今の私はダリウスではないのだから、城に正面から乗り込む訳にはいかないため、これをうまく利用させてもらった。
そして、辿り着いたのは誰でもない、私の腹違いの弟であるカシウス・ティグリス。
このティグリス王国の王族にのみ継承されるく水色の髪の合間から現れる双眸は、生気が抜けているかのようにとても弱々しく感じられる。
かつて、国一番の美少年と謳われ、私とは違い老若男女問わず絶大な人気を誇っていた、我が義弟はそこにはいなかった。
そんな変わり果てたカシウスに掛ける言葉が見つからず、口を噤んでしまっていると、カシウスは自嘲的な笑みを浮かべる。
「もし、貴方が僕の命を狙った暗殺者の類であれば丁度いい」
「……何がだ?」
「私は抵抗する気などない、ひと思いに殺してくれ」
「なんだと……?」
「もう疲れたんだ……兄上をこの手に掛けたあの日から……私は……うぅ……」
カシウスは、その場で泣き崩れる。
「お前は兄を、ダリウス・ティグリスを殺した事を悔やんでいるのか?」
「……悔やんでも悔やんでも悔やみ切れないほどに。もっと僕の心が強ければ……バルカンなどに利用されずに……兄上も……」
「そうか……」
「私は死後の世界で兄上に詫びたいのだ。だから、さぁ、私を殺してくれ」
「詫びたところで許して貰えると思っているのか?」
「簡単には許して貰えない事は重々承知している。それでも、僕は兄上に詫びずにはいられないのだ」
今の私の倍以上に年をくってしまったカシウスだが、幼き日のカシウスと姿がかぶって見え、自然と口元が緩む。
「な、何がおかしい!」
「そう、怒鳴るな。ただ、懐かし日々を思い出してな……いくつになっても変わらぬものだな。いつだったかな、お前が私の大切にしていた騎士の人形の腕を折ってきた時も今と同じ顔をしていたな」
「な、何を……いや、それよりもなぜそれを……」
「まだあるぞ? お前が私が母上からもらったブローチを溝に落とした時もだ」
「だから、なぜそれを知っているのだ!? それは、僕と兄上だけの秘密で――「カシウス」」
私は狼狽えているカシウスの言葉を切り、カシウスの頭を撫でる。
「私はお前を恨んでなどいない……だから、そんな顔をするでない」
「ッ!? そ、そんな……ま、まさか」
『私はお前に怒ってなどいない……だから、そんな顔をするでない』
私は、いつもそう言ってカシウスの頭を撫でていた。だからなのか、カシウスは私の正体に辿りつこうとしている。
「私は、あの日命を落とし、こうして新たな生を手に入れた」
「でも、そんな事が……」
どうやらまだ半信半疑らしい。
まぁ、それもそうであろう。いきなり、見ず知らずの男が急に現れて、自分が死んだ兄だと言ったところで私なら信じないのだから。
「だが、そうだな。まず、私がどうやってこの部屋まで辿りついたのか」
「王族であった兄上であれば、外への抜け道を知っている……」
私はカシウスの返答に頷き続ける。
「極めつけはこれだ」
「――ッ!?」
私は、壁側に設置してある本棚に近づき、中段の右端と左端の本を同時に引っ張る。
ゴゴゴゴゴゴゴォォォ
そこに現れたのは、ドレスがぎっしりと立て掛けられているウォーキングクローゼットだ。
実は、カシウスは女装癖があり、この様に数えきれない程のドレスを隠し持っているのだ、もちろん、この事を知っているのは、カシウス本人と私だけだ。
「ほぅ、コレクションが増えたのではないのか?」
「兄上ええええ」
「うおっと、危ないではないか」
「ごめんなさい、僕は、僕はッ」
私の胸元に飛び込んできたカシウスは、おんおんと大声を上げながら、何度も何度も私にごめんなさいをくりかえす。
そんな大きな弟の頭を、「もういいんだ」と口にしながら優しく撫でる私の手は、なぜか少し震えていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。