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帰ってきた元王子⑦

 昨夜はひどい目にあった……。


 私達に出された食事、それはスラム街の孤児ですら口にする事はないであろう、石の様に硬いカビの生えたパンと泥水だった。思い出しただけでも吐き気がする。


 結局、奴隷紋の所為で無理にでも食べざるを得なかったのだが、その後は地獄のような光景が繰り広げられていた。腹を壊し牢屋の隅に設置してある、不衛生なトイレモドキで用を足す。一度では収まらず何度も何度も……思い出しただけで脱腸してしまいそうだ。

 

 流石に紅一点のジュリエットの時はどうしようかと思っていたが、向かい側の牢屋のグループが、トイレモドキから一番離れた所で、背を向け耳を塞ぎ、しまいには歌で音を誤魔化すという事をやっていたので、私達もそれを真似る事にした。看守にはかなり怒鳴られたが、そんな事はどうでもよかった。


 私の場合は、魔法を使って腹痛を治す事はできるのだが、現状、魔法は使わない様にしている。基本、召喚者は、魔法が使えないと認知されているため、私が魔法を使えると知られた場合にどの様な作用があるのか分からないためだ。


 あまりにもひどい腹痛のため、何度か心が折れ、魔法を使いそうなになったところ何とか踏みとどまった昨夜の私を褒めてやりたいと思う。


 さて、そんな事があり、一夜が明け、我々は訓練場らしき場所に整列している。

 チラッと、他のグループの面々の顔を見渡すと、どうやら私達と同じ状況だったのか満身創痍といった表情をしていた。


 あの青年……。

 私の目に一人の青年が映り込む。

 

 私達の向かい側の牢屋のグループの青年だ。

 

 どこにでも居そうなごく普通の庶民と言った感じの青年で、普段であればそんな青年に対してなにも思わないのだが……。あの青年は、昨夜、食事を食べられない少女を殴った兵士を突き飛ばし、奴隷紋の制約に反した罰を受けていた。


 ひょろっとした見た目からは、争いごとを好むタイプには見えないのだが……そんな青年が自分の殺生権を握っている兵士に立ち向かえるとは、人は見かけによらないものだ。

 

 感心する私の視線に気づいたのか、青年はげっそりした顔で私に笑顔を向ける。

 こんな時どう反応すればいいのか分からず、私は、青年から視線を外し、今しがた壇上に現れたある人物に注目する。


 ほぅ……。鉄拳のオニール殿か。


【鉄拳のオニール】いついかなる時も己の身一つで敵を圧倒してきた、オルフェン王国の英雄。このオルフェン王国が誇れる数少ない傑物だ。


 オニール殿の話では、オニール殿は私達戦闘奴隷が所属するこの部隊の隊長だというのだが、なぜ、オニール殿の様な英雄が、こんな部隊の隊長に……。普通に考えれば、軍のトップに君臨するべき存在なのだが。


 この国は、いったい何を考えているのだ……。


 オニール殿の話がひと段落つくと、私達の足には鉄球が付けられた。これから、持久走の鍛錬を行うらしい。ノルマはこの訓練場の内周を五十周。身体強化の魔法が使えば問題なくクリアできそうなのだが……魔法を行使すれば瞬時に察知される可能性があるため、それはできない。


「自力でやるしかない、か」


 ここ数年、服部三幸の襲撃に備えてかなり鍛えた。

 それも身体強化の魔法を併用しながらのトレーニングを行ったため、私自身の身体能力はかなり凄いことになっているのだ。


 その結果、鉄球をつけての持久走は十五周走り、私が断トツ一位と言う結果になった。


 ノルマの五十周には届かないが、十周以上走れたのは私しかいなかった。おそらく本気を出せば二十周は優に超すと思うのだが、初日からそれは目立ち過ぎると思い手を抜かせてもらった。


 変に目について、行動に制限が掛かるのは御免被りたい。


 その次には、鉄の棒を持っての素振りだ。ノルマは三百回。

 先程の持久走と言い、この素振りと言い……なんとまぁ原始的な……。


 心の中でため息をつく私は、オニール殿のタイミングにあわせて無心で鉄の棒を振る。ここでも私は手を抜き百回ほどで終わらせた。素振りについても、私がトップだった。


 これで、レフ達が私の認識を変えてくれればいいが……他人に憐れみの目を向けられるのはどうもいただけない。


 最後の訓練は対人戦闘だ。


「さぁ、二十五番。掛かってこい」


 

 私の前には、私の体格の倍はありそうなゴリラみたいな男が刃の潰れた訓練用の剣を構えている。


 それにしても、なんとまぁ隙だらけの構えだ。

 私を弱者として侮っているのか、それともただ単にこれがこの男の実力なのか分からないが、いかに訓練だかはといって敵を前にして、これはいけない。

 

 常日頃から緊張感を持たない者で実際の戦場で生き残れる者は少ないからだ。

 もう少し良い人選をしてほしいものだ。と二度目のため息が洩れる。


「こないのか? それなら、こっちからいくぞ!」 


 ゴリラ隊員は、剣を上段に構えて私に斬りかかる。

 お粗末な攻撃だ。


 喰らってやる気もさらさらない私は、わざとらしさ全開でゴリラ隊員の攻撃を剣で防ぐ。

 

 そんな感じでしばらくゴリラ隊員の攻撃を往なしていると、なかなか攻撃が当たらない事に頭にきているのか、徐々に顔が真っ赤に染まっていくゴリラ隊員は、「何で当たらない!」と恨み節を吐く。


 周りの様子を見る限り、奴隷のみんなは隊員達によってぼろ雑巾の様にされていた。

 

 このゴリラ隊員も私を他の者達と同様にぼろ雑巾になるまで嬲り、日ごろの鬱憤を晴らそうと思っていたのだろうが……逆に鬱憤は溜まっていくばかりのようだ。


 心の中で、ゴリラ隊員を嘲っていると、「ちッ、それなら!」とゴリラ隊員の身体が紫色のオーラに包まれる。身体強化の魔法だ。


 下品な魔力の色だが、ゴリラ隊員の身体能力は数倍に跳ね上がる。


「死ねええええ、クソ奴隷があああああ!」


 なんと大人げない……。


 それから私は他の者達と同じ様にぼろ雑巾の様にされ、その日の訓練を終えた。


 スッキリした顔のゴリラ隊員を見て、ダリウスとしてやる事リストに“ゴリラ隊員の抹殺”を加えた事は言う事も無いだろう。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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