偉大な友
脱字修正いたしました。(21.6.29)
服部幸咲。つまり俺のじいちゃんの襲来から数日が過ぎ、母ちゃんとばあちゃんは、母娘の時間を取り戻すかの様に暇さえあれば連絡を取り合っている。今朝なんて、今度二人で温泉旅行に行く計画を立てていた、実に微笑ましい光景だ。やっぱり家族は仲良しが一番だ。
――俺のクソオヤジは今頃何をしているんだか。
余所に愛人を作って、借金までして母ちゃんと離婚した駄目な奴だが、なよなよして頼りない奴だが、それでも、俺の記憶にあるオヤジは、家族思いの優しい良いオヤジだった。
こっちの世界に戻ってきてすぐの時は、母ちゃんの置かれていた状況に憤怒して、オヤジの事を絶対ゆるせないと思っていたが、時間が経つにつれてオヤジを許してやろうと思う気持ちが芽生えるのは、オヤジと俺が血を分け合った父と子だからなのだろうか?
母ちゃんは、オヤジの事を許さないと思うけど、もし、オヤジが無事に生きていて、再会する事があれば、文句の一つでも言いながら酒でも飲もうと思う。
さて、俺は今田宮の家に来ている。
何故かって? それは、イドラさんと師匠を連れてあっちの世界に戻るためだ。でもって、俺達の中で転移の魔法を使えるのはワタルだけなので、今回の出発地も田宮の家という事になった。
「いつも悪いな」
「いえ、これがワタルの幸せに繋がるんですから、僕に出来るなら何でもします」
「ありがとうな。あっ、それと聞いたぜ? 亜希子ちゃんとやっと結ばれたらしいじゃんか」
「あっ、はい! おかげさまで……へへへ」
幸せそうな顔しやがって……でも、よかったあああ!
二人が互いに思っているとしても、田宮の夏休みを奪ったせいで亜希子ちゃんと上手くいかなかったらどうしようかと内心ドキドキしていたからな。
「では、咲太さん、ワタルと変わります」
照れ隠しの様に田宮は、両目を閉じる。
そして、すぐさま「やぁ、咲太」と我がライバルであるワタルが登場する。
いつ見ても、一人芝居の様に思えておちょくられているかの様な気持ちになるのだが……俺には分かる、俺の目の前でニコニコと上機嫌に俺を見つめているのが、田宮ではなく、ワタルだと。
「よッ、久しぶりだな」
こっちの世界に戻ってきたのがお盆辺りで、今は既に九月の半ばになっている。だから、こいつとは、おおよそ一ヶ月ぶりなのだ。
「うん、久しぶりだね。アーノルド様の案件を任せっきりにして悪かったね」
「気にすんな、田宮の身体をそんなに頻繁に借りる訳にもいかないし、結果、上手くいったからな」
「ふふふ。そこは、流石だと言わせてもらうよ。
さて、はじめまして。ワタル・タマキです」
そう言ってワタルはイドラさんと師匠に向けて、右手を胸に置き、右足を軽く後ろに引いて頭を下げる、所謂貴族流の挨拶を二人に向けた。流れる様な動作に少し見入ってしまう。
「確かに先程の田宮様とは、魂の色が違いますね。
一つの身体に二つの魂が宿るなんて不思議ですわ。普通は互いに反発し合い身体を己の物にしようとするのですが……。
あら、いけない私ったら。興味深い現象だったのでつい、我を忘れてしまいました。大変失礼いたしました」
「いえ、お気になさらず」
「ふふふ。ご丁寧な挨拶ありがとうございます。私はイドラです。以前、ワタル様のおじい様、カケル様にも何度かお会いした事があるのですよ? 懐かしいですわ」
大好きなカケル爺さんの話をされて、ワタルの口元が綻ぶ。
続いて師匠が一歩前に出る。
「そうか、魂がのぅ。ワシには良く分からんが、イドラ殿がそう言うのなら間違いないじゃろう。
さて、ワタル殿、貴殿の事は良く知っておる。ユーヘミア王国の麒麟児と言わしめた貴殿とこうして相まみえて光栄じゃッ!」
「こちらこそ、オルフェン王国の英雄殿とお会いできて光栄です」
さすがというべきか、元軍人である二人は互いの事を知っていた。
まぁ、二人とも国の中枢を担う優秀な軍人だ。名が知れ渡っても不思議ではない。
それにユーヘミア王国との戦争では、ワタルさえ押さえれば戦闘奴隷の力で勝てると言わしめたほどだからな。
「よし、挨拶も済んだ事だし。そろそろ出発しようぜ」
「そうだね。お二方とも準備はよろしいでしょうか?」
ワタルの伺いに二人は、首を縦に振り頷く。
その反応をもってワタルは、ゆっくりと目を閉じブツブツと詠唱を唱える。
魔法が使える様になった今の俺ならわかる。
ワタルから零れ落ちそうな程に莫大な魔力が溢れ出ている事に。そして、この魔法がどれほど複雑で、高難易度な物なのか。これを俺にやれって言っても、一生無理だろうな。
だけど、ワタルはこの転移魔法を試行錯誤を経て完成させた。本当に凄い奴だ……。
英雄を祖父に持つ由緒正しい家柄に生まれ、容姿端麗、品行方正、魔法や剣の才能に溢れて、それに胡坐をかかず誰よりも努力家であり、勉強家……。
なんだこの完璧超人は! こんな完璧超人に俺はライバルと言われているが……俺にこいつと肩を並べられるだけの何かがあるのか?
容姿普通。家柄はじいちゃんは置いといて、育った環境は普通。頭脳普通。元奴隷。自慢できるのは腕っぷし。
全然釣り合わないぞ……?
「何をぼーっとしているんだい? 咲太」
「あぁ、すまん」
ワタルの一言に引っ張られる様に思考が元に戻る。
いつの間にか黒い渦が現れていた。イドラさんと師匠が見当たらないのを見ると二人は既に黒い渦の中に入ったらしく、この場には俺とワタルだけが残っており、ワタルは俺の事を待っている様子だ。
「ほら、早く行くよ?」
今この瞬間と同じ様にワタルは俺を待っていてくれるだろう。
焦るな俺、時間はまだある。
今できる事をするんだ。友の名に恥じない心を持ち、友が誇れる行動をしよう。
そして少しずつ俺はこの偉大な友に近づいて行こう。
真のライバルになるために。
「うん? どうしたんだい?」とワタルは、イケメンスマイルを向けてくる。
ちっ、人の気も知らないで。
「今行くよ!」
待ってろよ、絶対負けねーからな!
俺はそう誓い、黒い渦の中へと飛び込んだ。
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