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【閑話】親と子(下)

閑話終了です。

誤字修正しました、ご指摘ありがとうございます!(21.6.15)

脱字修正しました、ご指摘ありがとうございます!(21.6.19)

「沙江子さんって、じゃあ……この人が?」

「そうだ、ワシのワイフ、つまりお前の婆さんだ!」

 

 予想だにしていなかった沙江子さんの登場によって、驚き固まっている母ちゃんの代わりに爺さんが答え合わせをしてくれる。

 

「初めまして、服部咲太です」


 俺は、佐江子さんに向けてぺこりと頭を下げる。


 母ちゃんは基本俺が何をしようと、それが人様に顔向けできない事でない限り口出しをしない。


 だが、三つだけ母ちゃんが常日頃から口を酸っぱく俺に言ってる事がある。それは、正直である事と挨拶をしっかりする事、そして目上の人を敬う事だ。

 そんな母ちゃんの教えがあったからか、こんなシチュエーションでも俺は佐江子さんに向けて挨拶をする事を優先的に考えた。


「そうですか……貴方が……」と佐江子さんの鋭い目が一瞬だけ和らぎ、続けて「服部沙江子です」と奇麗なお辞儀を返してくれた。


「……どうして、沙江子さんがここに?」


 頑張って声を搾り出しているかのような母ちゃんは、沙江子さんの登場に動揺を隠せない様子だ。


「そうですね……幸咲さんと同じ理由だと言ったら、信じてくれますか?」


 爺さんと同じ理由、それはつまり、母ちゃんと俺を家に連れ戻すためという事だが。


「いえ、信じられません……だって、さ、沙江子さんは私の事が嫌いじゃないですか!?」

「――ッ」


 母ちゃんがこんなに取り乱すなんて初めて見た……。

 この二人にいったい何があったんだ?


「舞ちゃん、誤解だ。婆さんは、舞ちゃんの事を嫌ってなんかいないッ!」

「誤解? 何が誤解よ……いっつも私の事を腫れ物扱いしてさ! 私が沙江子さんに好かれようと思ってどれだけ頑張ったか分かる? なのに、沙江子さんはそんな私の事を迷惑そうに……いつも、三幸みゆきばっかり可愛がって……私がグレた時も叱咤の一つもなかったわ!」

「それは……」


 佐江子さんが何か弁明をしようとしているのだが、それを覆いかぶせる様に母ちゃんは佐江子さんに向けて続ける。


「咲ちゃんを授かった時もそうよ! 高校生で妊娠なんて世間体がって、いの一番に咲ちゃんの事を諦めろって、じゃなかったら家を出て行けって言ったのは沙江子さんだったはずよ!? 私が居なくなってさぞスッキリしたんじゃないの? 自分が産んだわけでもない他人の子供なんて「母ちゃん!」……ッ!?」


 俺は、タガが外れてしまったかの様に全てを吐き出す母ちゃんを止めた。

 母ちゃんが、佐江子さんからどんな仕打ちを受けてきたのかは正直分からないけど、いつもひょうひょうとしている母ちゃんがこんなになるくらいだ、母ちゃんにとって凄く辛い事があったのだろう。


 なら、母ちゃんの気の済むまで言わせてあげればいい。俺は母ちゃんの味方だ。


 そう思って黙って聞いていたのだが……目の前で止めどなく流れる涙で頬を濡らしている佐江子さんの姿が目に映り俺は考えを変えた。


「な、なんで泣いてるのよ……泣きたいのはこっちよ……」

「舞子さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「い、今更謝ったって……」

「舞子さん、私はアナタの事を蔑ろに思った事なんて、一度もありません」

「嘘よ! だって……」

「舞ちゃん、婆さんの言ってる事は本当だ! なんせ、元々舞ちゃんを引取りたいと言い出したのは婆さんなんだからな」

「えっ? だって、三幸もいるし、反対してたんじゃないの?」

「誤解だ。むしろ反対してたのはワシじゃ」

「どういう……こと?」

「あれは、舞ちゃんの両親である裕介と雪の葬式のすぐ後の事だった―――」



「えっ? 舞子ちゃんを引取るって……本気で言ってるのか?」

「何が問題ですか? 舞ちゃんは、私の大好きな雪先輩の忘れ形見なんですよ?」


「それは俺だってできる事ならそうしたい。雪もそうだが、裕介は俺の親友だからな……。しかし、今は会社も軌道にのって忙しい。それに加えて、うちには舞子ちゃんと同じ年の三幸がいるだろう! 幸一と幸二はそれなりに大きくなったからそこまで手は掛からないとして、仕事をしながら三幸と舞子ちゃん、二人の面倒をみるなんて無理だ。ただでさえ、自分の手で全てやらないと気が済まないお前なんだ、身体がいくつあっても足りないぞ! 舞子ちゃんには、雪と祐介の親戚がいる。血の繋がった本当の家族といるのが一番良い。彼らに任せるんだ」


「幸咲さん……お葬式でのあの人達の態度見てないとは言わせませんよ?」

「それは……」

「あの人達は、舞ちゃんの面倒をみたくなくて互いに押し付けあっていました。それも雪先輩達の前で……そんな人達に舞ちゃんを任せる事なんてできません! 幸咲さん、お願いします……私は今まで幸咲さんにワガママ一つ言った事がないと自負しています。これが最初で最後のワガママです、どうか私を舞ちゃんの母親にさせて下さい」

「お前……」


◇◇


「という事があって、舞ちゃんはうちの子になったのだ」

「そんな……それなら、どうして……」


 爺さんの反対を押し切ってまで母ちゃんを引きとる事にした佐江子さんが、母ちゃんを蔑ろにするのはおかしい。いや、責任感のかけらもない人であれば、やっぱり育てるのが大変とか何とか言って育児放棄をする事もあるがだろうが、佐江子さんはそんな事をするような人には決して見えない。


 何か理由があったのだろう。

 

「何があったんですか?」


 この短い言葉で十分だろうと思い、俺は佐江子さんに質問を投げかけた。


「あれは、「幸咲さん、待ってください」」

 

 爺さんが、佐江子さんの代わりに答えようとしたのだが、佐江子さんはそんな爺さんを制する。

 そして、取り出したハンカチで涙を拭い、深く一度深呼吸をして真っ直ぐ俺と母ちゃんを見据える。


「これは私の口から伝えるべきです」

「……分かった」


 そう言って爺さんは、それ以上は何も言わず、ソファーに腰を下ろした。

 そして、佐江子さんが口を開く。


「あれは、舞子さんが四歳の時でした。私をはじめ、幸咲さんや長男の幸一、次男の幸二まで大層舞子さんを可愛がりました。それはもう目に入れても痛くない程に。ただ、末っ子の三幸はそうではなかったのです。自分の居場所を舞子さんに取られたとでも思ったのでしょう……自分以外の関心が全て舞子さんに向けられている事に嫉妬し始めたのです。舞子さん、右肩の部分をめくって肩を見せてもらってもいいですか?」


 母ちゃんは、佐江子さんに言われた通り、Tシャツの右肩の部分を捲る。

 すると、そこには三つポツポツポツと何か細い鋭利なもので刺されたかの様な跡が出来ていた。

 佐江子さんは、悲しそうな表情で再度口を開く。


「私が舞子さんと距離を取ったのは、ソレのせいなんです」

「母ちゃん、それなに?」

「分からない……覚えてないの」

「それは……三幸が、舞子さんをコンパスの針で刺した傷です」

「――ッ!?」

「三幸が……!? そんな……」


「会社から戻ってきた私の耳に舞子さんの泣き声が聞こえて、何事かと舞子さんの部屋に行ってみたら、馬乗りになって舞子さんの肩にコンパスの針を刺している三幸がッ……四歳の子が、人を傷つけて悦に浸っていた……あの時の三幸の表情を未だに忘れる事ができません。私はすぐに三幸を舞子さんから跳ね除けて叱咤しました。そしたら、三幸は私に向けて『僕は悪くない! ママが悪いんだ! 舞子ばかり可愛がって! 舞子なんて死んじゃえばいいんだ!』と尋常ではない目で舞子さんを睨みつけていて……あぁ、このままでは駄目だ。私達の目の届かない所で三幸は、また舞子さんを傷つけ、取返しのつかない事になる――そう思った私は幸咲さんと相談して、三幸の心のケアに神経を注ぐ事にしたのです。それから、三幸は落ち着いたのですが、少しでも私が舞子さんを構おうとすると、あの時の目で舞子さんを睨みつけて……私、それが怖くて……そのせいで舞子さんとドンドン距離が離れてしまい、修復もできない状態にまでなってしまったのです」


 そう言い終えた後、またしても佐江子さんは両目に涙をため、そして愛おしそうに母ちゃんを見つめる。


「咲ちゃんを授かった時、産むなら出て行けって言ったのは?」

「子育ては大変です。自分の人生のすべてをかけなくてはいけない程に。舞子さんが咲太さんを授かった時、あなたはまだ十六だったんですよ? これから、もっと沢山遊んで、学んで、夢をみて……もっと人生を謳歌して欲しかったんです。咲太さんには、申し訳ありませんが」

「いえ、俺は別に……」


 本当は、俺を産む事を反対され母ちゃんが駆け落ちしたって聞いた時は腹が立った。

 いや、もし今日この二人に会っていなかったら、俺は未だに腹を立てていたままだったかもしれない。

 だけど、佐江子さん達の立場になって考えてみたら、それは至極当然なのかもしれない。

 もし、俺の娘が母ちゃんと同じことを言ってきたら、佐江子さん達と同じ事を言っているだろう。

 それが、子を思う親の気持ちなのだろう。


「私が、もっと上手く立ち回っていればこんな事にはならなかったのです。舞子さん、貴方を傷つけてしまってごめんなさい……」

「何で今更そんな事を……」

「離れてしまった関係を修復する機会が中々訪れず、これが最初で最後の機会だと思ったのです。幸い、三幸ももう大人です。貴方に嫉妬心を向ける事はないでしょう」


「私を避けていたのは、私を守るため?」


 そう言って母ちゃんは、佐江子さんに一歩近づく。


「そうです。貴方が傷つくところを見たくなかった」


「妊娠した時に、世間体がどうのこうのって言ったのは」


 そう言って母ちゃんは、佐江子さんに二歩近づく。


「貴方に一人の女の子として人生を楽しんで欲しかったからです」


「じゃあ、私の事……嫌いじゃない?」 


 母ちゃんは佐江子さんの目の前に立っている。


「貴方の事は世界で一番愛しているわ!」


 ガバッ!と母ちゃんは佐江子さんに抱き付き、胸元に蹲る。


「ま、まい、こさん?」

「ばか、ばか、ばか……」


 そう言って、まるで子供の様にうえーんと泣く母ちゃんの頭に佐江子さんは恐る恐る手を近づけたのち、優しくなでる。


◇◇◇


「本当に戻って来てくれないのか?」

「うん、咲ちゃんが結婚して自立した時に考えるわ」


 どうやら母ちゃんは、実家には戻らないらしい。

 

「舞子さん……」

「大丈夫よ、ちょくちょく遊びに行くから」

「はい、楽しみに待っています」

「父ちゃんも……()()()()も、仕事無理しないで元気に長生きしてね」


 少し、照れる様に言う母ちゃんを見て、

 どうやら、親子関係の修復はできたように見える。

 多分、俺を産んだばかりの母ちゃんであれば、こんなにすんなり親子の溝は埋まらなかっただろう。


 時間が過ぎて、子の親になった母ちゃんだからこそ、佐江子さん、いや、婆ちゃんの気持ちが分かるのだろう。


 黒塗りの高級セダンに乗り込んだ二人を見送る母ちゃんの顔は、とてもスッキリしているように見えた。


「母ちゃんは、俺を産んだ事……後悔してない?」

「どうしたの突然?」

「ほれ、婆ちゃんも言ってたじゃん。もっと遊んで、もっと学んで……もっと幸せになれる道があったかもなのに……」

「そうね。ママにとっては、咲ちゃんと一緒に遊んだのが一番楽しかったし、咲ちゃんを育てる時に咲ちゃんから沢山学んだ。それに、咲ちゃんの存在自体がママの幸せなんだから、これ以上の事を望んだらバチが当たるわ。だから、いいの。ありがとうね、ママを選んでくれて」

「かああちゃあああああん!」


 母ちゃんに抱き付いて涙を流す俺を、紗奈は温かい目で見守ってくれた。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

次話から新章に突入します。


修正)時間が過ぎて、親の子になった母ちゃんだからこそ ⇒ 時間が過ぎて、子の親になった母ちゃんだからこそ 22.02.08 

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