【閑話】小さな恋の詩
誤字修正しました、ご指摘ありがとうございます!(21.6.3)
今日こそ必ず!
(ふふふ、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかい?)
「だ、だめだよ。明後日にはワタルがあっちの世界に帰ってしまうんだから。君に心残りを持たせたままサヨナラなんて、できないよ……」
昨晩、服部さんから連絡があった。
魔王様から課せられた任務を全て終え、明後日にはあっちの世界に戻る、と。
魔王様は、ワタルの身体を保管しており、今回の騒動の大元であるイドラさんがいれば僕の中にいるワタルの魂をワタル本来の身体に戻せる。
信じられない話だが、ワタルは生き返る事ができるんだ。
そして、それはワタルとのお別れを意味する……。
正直、ワタルと別れるのは凄く寂しいけど、僕の中でこれからの人生を共に歩むより、ワタルにはシエラさんとワタルの家族と一緒にワタル自身の人生を歩んで欲しいと思う。
それが、ワタルにとって一番の幸せだから。
そんなわけでワタルとの別れについては、ある程度心の準備はできている。ただ、ワタルが僕に投げ掛けた一言が、後一歩踏ん切りのつかなかった僕を鼓舞した。
その一言とはーー。
(君と亜希子ちゃんの恋の行く末を見守れないのが唯一の心残りかなぁ)
ワタルの残念そうなその一言で、僕の心の灯に火が付いた。
玉砕覚悟で僕の初恋の行方を見てもらうんだ!
僕は今日、中野さんに……こ、こ、告白するッ!
(玉砕覚悟って……文人の鈍感さには感服するよ……)
と言うのことで、夏休みも残すところ後わずか、僕は中野さんをデートに誘った。
後楽園にある遊園地で楽しい時を過ごし、いつもなら夕飯前には解散するのだが、今日は思いきって中野さんをディナーに誘った。
場所は神楽坂にある、【NACAL CAFE】。
このレストランは、中央線の路線と靖国通りに挟まれたお洒落な水上レストランだ。主なメニューはイタリアンで、ピザが有名らしいのだが……それよりもレストランに備え付けてあるボートに惹かれてこの場所を選んだ。
ボートの上で告白するんだ!
僕は告白までの完璧なプランを練った、ハズだった。
ザァーーーーーーーーーーー!
「結構、本降りになってきたね」
食事を終えた僕達は、デザートのティラミスにスプーンを走らせていた。
「そ、そうですね」
なんてタイミングの悪い……こんな日に限って、局地的な大雨って……。世の中、雨不足、雨不足って騒いでたクセになんでよりにもよって今日なんだ!?
「……や君?」
あぁ、僕の告白までのプランが、どうしよっ!?
「田宮君ってば!」
「あっ、はい!」
「もう、どうしたの? 何度も呼んだのに……何か心配事でもあるの?」
「い、いや、何でもないです!」
「ふーん……」
その後、大した会話もせず、デザートを平らげた僕達は会計を済ませて店を出ようとするのだが、生憎外は大雨。そして、予想外の雨に対して僕が傘を持ってきている訳もなく……傘を手に入れたい僕は、スマホの地図アプリで周辺のコンビニを探す。
一番近いコンビニは、どうやら道路を渡った向かい側にあるようだ。
「コンビニで傘を買ってくるので、少し待っててもらえますか?」と、足早にその場を去ろうとすると「待って」と中野さんは僕の腕を掴んでくる。
「中野さん?」
「そんなに慌てないで、私折り畳み式の傘持ってきたから」と中野さんは、バックから紫色の折り畳み式の傘を取り出して僕に見せる。
「よかった~中野さんは濡れずに帰れますね」
「もう、中野さんはってなに? 田宮くんもでしょ?」
そう言って中野さんは、折り畳み式の傘を広げる。
傘の左半分が空いている。
「一緒に帰ろ?」
「……はい」
生まれて初めての、異性との相合傘で僕はレストランを後にした。
ドックンドックンドックンドックン
心臓に直接イヤホンをつけたかの様に、僕の鼓膜に心臓の鼓動が突き刺さる。
折り畳み式の傘故にそのサイズは小さく、いくら僕と中野さんが小柄だからって高校生二人がそのサイズに収まるハズもなく僕の右肩は大粒の雨に打たれていた。
そんな僕と中野さんの距離は拳一つ分って所だ。横を向けばすぐに中野さんの可愛い顔がある。
かつて、こんなに中野さんに近づいた事があったのだろうか?
僕の記憶ではないハズだ。
雨で周辺の匂いが消された事によって、ハッキリと分かる中野さんの柑橘系の香水の香りが僕の心臓の鼓動を早めるカンフル剤になっている。
「ねぇ、もっとこっち来なよ。肩びしょ濡れだよ?」
「い、いえ、そんな訳には……」
これ以上近づいたら僕の心臓は破裂してしまう。
「もぅ……。それにしても、夏休みも後もう少しだね」
「はい、そうですね」
「田宮君は、この夏休みどうだった?」
「どうっていうと?」
「うーん、私は予備校に殆ど時間を取られたけど、予備校は紗奈と一緒だったから楽しかったし、それ以外の時間はこうして田宮君と一緒に過ごせて凄く楽しかったよ」
「ぼ、僕と一緒で楽しかったですか?」
「ふふふ。楽しくなかったら、こんなに一緒に出掛けたりしてないよ?」
僕と一緒の時間を楽しいと言ってくれた。凄く嬉しい。
「田宮君は、私といるの楽しくなかった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! 凄く楽しいというか、幸せと言うか……」
「よかった……ねぇ、田宮君。さっきは何であんなに落ち込んでたの?」
「えっ?」
「ほら、レストランでデザート食べてた時。田宮君、暗い顔してたから」
僕、そんなに顔に出てたのか……どうやら、中野さんに心配をかけてしまったようだ。
「心配かけてすみません。少し予定が狂ってしまってパニックになってました……」
「予定って?」
「それは、その……ボートに」
「ん? ボート?」
「はい。中野さんとボートに乗ろうとしたんですが、雨が降ってしまったので……」
「え? それだけ?」
「そ、それだけって! 僕が今日中野さんに告白するためにどれだ、け……あぁっ!?」
やばい、何を口走ってるんだ僕は……ムードも何もないじゃないか!
「私にこく、はく?」
あぁ……終わった……僕の初恋が……今度こそ本当におわった……。
僕は断念して、首を縦に振り肯定する。
「ボートの上で……私に告白しようとしてくれてたの? だけど、雨でボートに乗れなくて、パニックになっていたと言うこと?」
僕はもう一度首を縦に振る。
「嫌ですよね……こんな僕が中野さんと付き合いたいなんて、烏滸がましいですよね……」
根暗な僕と人気者の中野さん……釣り合うハズがない。
「ねぇ、田宮君。田宮君がボートの上で私に伝えようとした事……今、ここで言って欲しい」
「えっ? 今ここでですか?」
中野さんはコクりと頷く。
もしかして、脈があるということ?
付き合えるか振られるかの確率は五分五分。僕は一回中野さんに振られているから、次は……いやいや、楽観的に考えすぎちゃだめだ。
振られるにしても何にしても、このままでは不完全燃焼だ。
ここは、ハッキリと気持ちを伝えよう。
ワタルに僕の勇姿をみせるんだ!
僕は一度深呼吸をし、中野さんを真っ直ぐ見据える。
ザーザー降りの雨の雫が二人が入っている折り畳み式の傘に当たる音がやけにうるさく感じる。この音に負けてたまるかと、僕は腹の底から声を絞り出した。
「僕は中野さんが好きです! 僕と付き合ってください!」
至ってシンプルな僕の気持ちを中野さんにぶつけると、中野さんはポロポロと泣き出した。
「な、中野さん!? どうしたの? へっ?」
狼狽える僕の胸に中野さんが顔をうずめてくる。
そして、中野さんの細く柔らかい両腕が僕の胴体を絡め引寄せる。
中野さんの女の子特有な柔らかさが全身に伝って、僕の頭はグルグルと回っていた。
「……私が原因で田宮君がみんなに酷い扱いにあっているのを見て凄く辛かった……誰も私の言葉なんて聞いてくれなくて……田宮君に何もしてあげられなくて……だけど、田宮君はそんな私にありがとうって……凄く辛いハズなのに、こんな無力な私に……」
僕が虐められていたのは中野さんのせいじゃない。
中野さんだけは、最後まで僕の味方でいてくれて、そんな中野さんがいてくれて凄く心強かった。
「そんな大変な状況だったのに田宮君は自分で全部解決して……凄くかっこよくて、優しくて、温かくて……田宮君に辛い思いをさせた私にそんな資格はないのに……田宮くんの事が凄く凄く好きになって……」
うん? 田宮君の事が凄く凄く好き……だと?
「えっ? 僕の事、好きって……?」
「私は、田宮君の事が大好きです」
◇
「信じられないよ~ワタル~あの中野さんが僕の彼女になるなんてさぁ~」
僕は中野さんとのデートを終え、冷めた身体を温める為に家の浴室に浸かっていた。
(良かったね、まぁ、結果は分かっていたけどね)
「そうなの?」
(彼女の気持ちに気付いてなかったのなんて、文人ぐらいさ。あの咲太でさえ気付いていたんだからね?)
「それならそうと言ってよ~振られるかもって思ってた僕がバカらしいじゃんか」
(知らなかったからこそ、今の幸せがあるんだよ? もし、知っていたら、あんなドキドキを味わう事もできなかっただろうからね)
「もぅ……これで、安心して向こうに戻れる?」
(元々、文人の事はそんなに心配してなかったんだけど、そうだね……)
「僕はワタルがいなくなっても上手くやれるかな?」
(君なら出来るさ。君は僕と出逢う前と比べて身体はもちろん、何よりも心が強くなった)
「全部ワタルのお陰だよ、今の僕がいるのは」
(僕はほんの少し君の背中を押してあげただけだよ。ここまで成長できたのは君の力さ。それは元々君の中に備わっていたものだよ)
「そうだとしても、やっぱりワタルがいてくれなかったら……今の僕はいない。ありがとうワタル……僕を助けてくれて。僕の友達になってくれて」
(それは、僕も同じ気持ちさ。ありがとう文人……僕を受け入れてくれて。僕の友達になってくれて)
共に生きる世界は違えど、僕とワタルの友情は決して消えない。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
脱字修正しました。(21.8.29)
(彼女の気持ちに気付いてなかったのなんて、文人ぐらいさ。あの咲太さえ気付いていたんだからね?)
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(彼女の気持ちに気付いてなかったのなんて、文人ぐらいさ。あの咲太でさえ気付いていたんだからね?)