ランディス(下)
誤字修正しました。(21.5.16)
ランディスが転移してきたのは、幕末の越後国だった。
ランディスが罰ゲームの類だと思っていた男達の髪型は、ちょんまげであり、サーベルと思っていた武器は刀だったのだ。
「はぁ…はぁ…」
ランディスは、自分が作り上げた屍を眺める。
「何だと言うのだ……ここはどこだ……私は、どこにいるのだ……ん?」
ランディスの頬に雫が落ちる。
天に目をやると、あれほどぎっしり詰まっていた漆黒の宝石箱は閉ざされており、ポツリポツリと雨が降り落ち始める。
「取り合えず、雨宿りできる場所を探すか」
と、ランディスはその場を離れた。
足早に歩くこと数分、幸いに雨脚が強くなる前にランディスは雨をしのげる場所を探した。
「何だ、ここは? 門にしてはやけに何もないないな……」
と、初めて見る鳥居の感想を述べる。
ランディスが辿り着いたのは、こじんまりとした神社だった。
ランディスが、雨をしのげる屋根の下に辿り着いたと同時に、見計らった様にバケツをひっくり返したように天から大粒の雫が勢い良く落ちてきて、ある一定の間隔で雷が迸る。
「雨の音が心地良い……あぁ、今日はなんて素晴らしい夜なのだろうか」
決して牢屋の中では味わう事の出来ない、自然の流れにランディスは胸が熱くなっていた。
このザーザー降りの雨が、まるでランディスの増悪を洗い流されている様な気がしていた。
「それも悪くない、か」と思えるくらい。
ドックン!!
「ぐっふはぁっ!」
何か得体の知れないものが、身体の奥からこみあげてくる。
「な、なに、なにがどうし、たと、いうのだ……私のか、らだ、は……」
ランディスは訳の分からないままブラックアウトした。
土砂降りの雨の音だけがやけに響く古びた神社で異世界転移位初日目を終えた。
「もし? 大丈夫、ですか?」
「……うぅ……っ」
重い瞼を開けるランディス。
「あっ、気が付いた……大丈夫ですか? 見た所異人さんの様ですが……私の言葉が
聞こえますか?」
目の前にホッとした表情のボロを着た少女いる。どこか垢ぬけていない、薄汚れたそばかすだらけの少女だった。だが、それよりもランディスには驚くべきことが、それは――。
「こ、ことばが、わ、かる?」
昨晩の男達の言葉は一つも分からなかった……。だけど、この少女の言葉は分かる。魔大陸に戻って来たのかと一瞬思うが、今自分がいる場所が、昨晩自分の脚で辿りついた場所だとすぐに理解する。
「どうしたら……」
少女はオロオロしている。
ランディスの事を心配してくれているというのが分かるため、ランディスは警戒感が薄れていた。
「ここはどこだ?」
「あ~良かった。言葉が通じるんですね?」
「あぁ。それで、私の質問に答えてくれるか?」
「えっとここは――」
どうやらここが日本という国の越後国という事をランディスは少女の口から聞かされる。
「そうか……」
魔大陸にいたら、捕まる可能性が高い。
こんな聞いた事ものない国で身を隠すのもいいだろうとランディス思った。
「それで……あなたは?」
「私は、ランディスだ」
「らんですさんですか」
「ランディスだ」
「らんですさん」
「……好きなように呼んでくればいい」
どうせ、名前なんてもう何の役割をなさないとランディスはらんですのままでよしとした。
「私は、しずくって言います。らんですさんよろしくです」
それが、ランディスとしずくの出逢いだった。
◇
ランディスがしずくと知り合って半年が過ぎた。結局なんで言葉が通じるようになったかは分からない。
ランディスは、その日本人離れした容姿があまりにも目立つため、しずくの家に閉じこもっていた。しずくの家は、他の民家と距離があるため、今のところ誰にもランディスの存在は知られていない。
しずくは二年前に両親を流行り病でに亡くし、両親の畑を受け継ぎ野菜などを育てて生計を立てていた。天涯孤独なしずくがなぜか私とダブって見えた。
しずくに食わせてもらっている事に後ろめたさを感じつつ、ランディスは平穏な日常を送っていた。
そんなランディスとしずく。若い二人が心と身体を求めるのにそんなに時間は掛からなかった。
「うッ……」
「しずく、どうした!?」
しずくが急に外に飛び出す。
心配だが、ランディスはその後を追いかけるわけにはいかない。
誰かに見つかっては面倒だからだ。
ソワソワとしずくの戻りを待つランディスは、しずくの事を考える。
レウィシアが生まれて以降はじめてランディスを愛してくれたのはしずくだ。しずくと出逢ってランディスは初めて愛というものを知ったのだ。そんな、大事なしずくが嗚咽を我慢し、急に外に飛び出したのだ。心配するに決まっている。
ガラガラガラ
引き戸が開けられ、しずくが入ってくる。
「しずくッ!? 大丈夫か?」
「あ、あんた」
「どうしたんだ? そんな浮かない顔をして」
「わ、わたし、おっ母さんになったみたい」
「……へッ!?」
「赤子が出来たみたい」
ランディスの胸の奥から温かいものがこみ上げる。それは歓喜だ。
「私が、人の親になるのか?」
しずくは、こくりと頷く。
「はは、そうか、私が……しずくッ!!」
ランディスは、しずくを抱きしめ、そして、持ち上げる。
「ちょっと、あんた。赤子に良くないから」
「あぁ! そうだな。私としたことが……しずく、ありがとう」
しずくと出逢って、人の温かさを知った。愛を知った。だけど、ランディスはどこか不安だった。
それは、自分としずくの間に何か見えない壁があると感じていたからだ。
だが、これでしずくと本当の家族になれると、ランディスは歓喜した。
自分は決して生まれてくる子を蔑ろしない。自分の様にはしない。
ランディスはそう決心した。
◇◇
しずくの妊娠が発覚して、数ヶ月が過ぎた。
しずくのお腹は、結構な大きさになっていたが、タイミングが良いというか、冬季に入っていたためしずくは畑仕事を休んでいた。
そして、ランディスは、己が妻とお腹の中の子のため夜な夜な冬眠中の獣を見つけては狩っていた。
それが事件の発端だった。
ドンドンドンドン
「しずくッ! 扉を開けろ!」
夜の帳が落ちる頃、乱暴にドアを叩く音が聞こえる。
ちょうどランディスは、狩りにでておりこの家にはしずくしかいなかった。
だから、しずくは扉を開ける。
「はーい。どのようなご用件で?」と言い切ったあと、しずくは唖然とする。
自分の家を囲う様に数十名の屈強な侍たちが松明を持って立っているからだ。
「うん? しずく、お前、子を宿しているのか?」
そう投げかけたのは、ここら辺一体を取り仕切っている領主だ。
しずくは、反射的に腹を両手で隠す。
「い、いえ、これは……少し太ってしまって……」
苦しい言い訳だ。
「相手は誰だ?」
底冷えするかのような領主の言葉に、しずくはすぐに返事をできずに口を噤んでしまう。
「半年前、俺の子飼いの剣客どもが無残たらしく殺された。異人によってな」
「――ッ!?」
「そして、お前の家に異人が出入りしているとの通達があった。さぁ、正直に吐け!」
「異人さんなんて知りません……このお腹の子は流浪のお侍さんと一夜を共にしてできた赤子です」
「ふざけるなッ!? そんな嘘が通じると思っているのか!?」
「本当です。嘘じゃありません」
しずくは、まっすぐ領主の目を見る。
「ええい! お前ら、ここを動くな、異人が出てくるまで、ここから離れるな!」
「「おうッ!」」
それだけを言い残し、領主はしずくの前から去っていった。
「(あんた……)」
◇◇◇
「ただいま、しずく!」
「あんた! 逃げてえええ!」
家に戻ったランディスは、しずくの叫び声にハッとすると、家のいたるところから刀を持った侍に強襲される。
手に持った鹿の屍を盾に何とか攻撃を防ぐ、が。
「あんた! 危ないッ!!」
もう一人隠れていた侍は、油断していたランディスの背中に向けて斬撃を試みる。
「ぎやあああ」
「しずくうううッ!!」
侍の斬撃がランディスに届く前に、しずくが二人の間合いに這い込み、しずくの肩から腹部にかけて刀身がめり込む。
「ちっ邪魔しやがって!」
「きっさまあああああああああ!」
ランディスの拳が、侍の顔面にめり込み、そのまま破裂する。
「ひいいいい、ば、ば、化け物…」
他の侍達はこの一撃で戦意を失い、その場から逃げようとするのだが、ランディスはそれを許さなかった。そして、一人だけを生かし、残りは亡き者にする。
敵の残存を確認し、ランディスはしずくの元に戻る。
「しずく! しずく! いやだああ、しずく! せっかく、折角……」
ランディスの両目から涙が溢れだす。
「あ、あんた……わ、たし、しあわせ、だった……あんたに、であえ、て、ほんと、うによか、った。げんきな、あかごを、うめなく、ごめん、な、さい」
「いいんだ、お前が謝る事なんてないんだ、頼む、頼むよしずく、逝かないでくれええ」
「あん、た、あいし、てる、わ……あんた、は、いき、て」
しずくは、その言葉を残して目を閉じる。
「い、いやだ、いやだああああああ! ヒール、ヒール、ヒールうううう! くそ、なんで、なんで、こんな時に魔法が使えないんだ! くそッくそッ!」
何とかしずくを、と手を考えるランディスにある記憶がよぎる。
「グール化にすれば……」
ヴァンパイア族が、血を吸えば、吸われた相手はグールになって眷属になる。
だけど血を吸うのは禁忌……物覚えついた頃から頭に刻まれた禁忌に躊躇ってしまうが、しずくを助けるためだ!
ランディスは、細く柔らかい、しずくの首筋に牙をめり込ませ、血を吸う。
何度も何度も血を吸う……が、しずくに何の変化もない、逆に……「ぐあああああああああ!」ランディスの身体の中がひっくり返るような気持ち悪い痛覚が身体をめぐる……。
しずくは戻らない……。生きている状態で血を吸わないとグール化しないという事をランディスは知る由もなかった。
「何があった……なんで、お前らは、ここにいる」
殺気の籠ったランディスの言葉に、たった一人生かされていた侍はガタガタと震えながら「領主さまが命令したんだ、俺達は命令に、した、従っただけなんだ、だから、許してくグヴュア」
「…………」
侍は、命乞いすらまともにする事なく、頭を吹き飛ばされる。
「しずく……行ってくる。終わったら、お前達の墓を作ってやるからな……」
本当は、復讐の後に自分もしずくの元に行きたいと思っているランディスだが、しずくの最期の言葉、それはランディスに生きて欲しいという願いだった。だから、生きる。
◇◇◇◇
「な、なんで、お前がいきて……ええい、皆の者、であええ! であええええ!」
「誰も貴様の元には来ないよ……みんな、私が殺したらからな」
「そ、そんな、何人いると思ってるんだ……そんな、バカな……」
領主は、ぶるぶると震えながら後退りする。
「そ、そうだ! ワシがお前を雇ってやろ、え?」
領主はランディスに引き抜かれた自分の腕を見て顔面蒼白になる。そして、一拍遅れて血しぶきが壁を塗りつぶす。
「ま、ま、まて、わし「死ね……」」
ランディスの蹴りによって、領主の頭が破裂する。
領主の館を出たランディスは、しずくの元へと戻り約束した通り墓を作る。
「……しずく……おわったよ……。
私は、お前の望み通り生きる事にするよ……。
だから、私がそっちにいくまでできれば待っていて欲しい……そして、今度こそ家族に……」
ランディスは、そう願い、しずくの墓を後にした。
ここで、ランディスにとって一つの誤算があった。
それは、血を摂取してしまったヴァンパイア族は、陽の元での活動ができないという事だ。そんな事を知る由もなかったランディスは陽の光によって身体の一部が燃えてしまう体験により、ランディスは、闇に生きるしかなかった。
また、一度血を摂取してしまったヴァンパイア族は、定期的に血を摂取しないと生きていけない。ランディスの身体の構造が変わってしまったのだ。
そんなハンデを背負いながら、ランディスは眷属を増やし、北陸地方を裏で支配していった。
愛した女は、しずくただ一人。
――そして、今日に至る。
「まさかとは思って連れてこさせたが……。なぜ貴様がここにいる?」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。