ランディス (上)
更新が遅くなってすみません。
誤字脱字修正いたしました。ご指摘ありがとうございます。(21.5.12)
設定に矛盾がありました。この話では、ランディスは家を追い出された事になっていますが、この話以降は牢屋にいた事になっていましたので、最後部分を改稿いたしました。(21.5.26)
「どうして……どうしてこうなった……」
男は、薄暗い牢獄の中で決して長いとは言えない己の一生を振り返る。
男の名は、ランディス・トーレス・ルートリンゲン。
全ての魔族を統べる者【魔王】アーノルド・ルートリンゲンが当主である、ルートリンゲン家には三つ分家があり、家格としてはウーヌス家、ドゥオ家、トーレス家の順で各々責務を全うしている。
そんな中、ランディス・トーレス・ルートリンゲンは、その名の通り分家の中の最下位であるトーレス家の嫡男としてこの世に生を授かった。
分家の中で最下位と言っても、魔大陸の頂に座するルートリンゲンの家名を持つ者として勝ち組の人生を送るハズだった。
妹が生まれる前までは……。
ランディスが生まれて二年が経ったある日、トーレス家は歓喜に包まれた。
ランディスの妹が誕生したのだ。
新たな命の誕生に歓喜するのは当然の事だが、明らかにこの盛り上りが異常だった事に幼いランディスは知るよしもなく、自分に妹が出来た事を素直に喜んでいた。
トーレス家が歓喜した訳、それは、生まれてきた赤ん坊の髪の色が白金色だったからだ。
分家の中でも最も力を持たないトーレス家にとって、白金色の髪を持ったこの赤ん坊に歓喜せざるを得なかったのだ。
それもそのはず、ヴァンパイア族の髪の色は、種族の血が濃ければ濃いほど、その色は白に近づくと言われている。血が濃いという事は、それすなわち高い魔力を有すると言われており、白い髪を持つ現【魔王】であるアーノルド・ルートリンゲンという存在がそれを証明していた。
分家の中で最下位である為に気が遠くなるほど永い間、他家に頭の上がらなかったトーレス家にとって、この赤ん坊はまさに救いの女神なのだ。
この赤ん坊以上に白に近い髪を持つ者は分家の中には存在しない。いや、魔王アーノルド以外存在しないと言っても過言ではない。
この赤ん坊が順調に育っていけば【魔王】に次ぐ力を持つ者になるだろう、そして、分家の格位は一変する。トーレス家の面々が期待を寄せるには十分な理由なのだ。
少女はレウィシア・トーレス・ルートリンゲンという名を与えられ、トーレス家の夢として大事、そして愛情に包まれ育てられた。
ランディスが、自分の周りで起きている異変を感じ取るにそんなに長い時間を要さなかった。
自分の周りに人が少ない。
父も母も使用人も……自分の方を向いてくれない。
みんな、妹に付きっきりだ。
今まで自分に向けられた愛情が、すべて妹に向けられていると幼いながらもわかってしまう。
だから、大声で泣いたり、叫んだり、水を溢したり、みんなの気を引くために色々試すが、みんな苦笑いを浮かべるだけでランディスの相手をしてくれない……それでも、ランディスは自分に興味を向けて欲しくて更に色々試すが、結局、何の効果もなかった。苦笑いすら向けてもらえない。
そんな人生を歩んできた。
そして、ある出来事がランディスがギリギリ保っていた尊厳を粉々に砕く。
――十歳で迎えた魔の儀だ。
魔の儀は魔法を使うために体内にある魔力の器を開放させる儀式だ。通常、人族は十二歳に行うのだが、人族より魔力が高い魔族は十歳に行う、子供のいる家庭では一大イベントだ。
普通は家族みんなで立ち会い祝うものなのだが、トーレス家の者達はレウィシアに掛かりっきりでランディスの魔の儀は蔑ろにされたのだ。
その結果、ランディスは誰にも祝ってもらえなかった。それどころか、魔の儀に立ち会ったのも末端の使用人たった一人だった。
魔の儀を終わらせたランディスは、当主である父に魔の儀が無事に終わった旨を報告するため、両親のいるリビングへと向かう廊下でふと立ち止まってしまう。
楽しそうな父と母、そして妹の笑い声が聴こえるからだ。
決して自分に向けられたモノでないソレに、ランディスの腹の奥からふつふつと黒い感情が沸き上がる。
ランディスは、父に報告する事なく踵を返し自分の部屋へと戻っていった。
トーレス家の嫡男という立場にも関わらず、まるで日陰者の様な生活を送る事二年――妹であるレウィシアの魔の儀を迎えようとしていた。
トーレス家の夢とも言われているレウィシアの魔の儀だ。領地内は連日連夜お祭り騒ぎだった。
だが、ランディスは……。
「なんだ……これは、私の時なんて……」
自分との明らかな差に、ランディスは悲しさ半分、怒り半分といった複雑な気持ちに支配される。
そんな時、ランディスの元に一通の手紙が届く。差出人は、ギムレット・ドゥオ・ルートリンゲン。トーレス家と同じ分家であるドゥオ家の当主だ。内容は食事の招待。
何度か顔を合わせた事があるので、面識はあるが、何故自分に?と一瞬過るが、誰にも必要とされていないランディスにとってこの招待は素直に嬉しく、すぐにギムレットの元へと向かった。
ギムレットとの食事は、大変有意義なものだった。というのも、誰かと一緒に食事をするなどここ数年なかったため、終始ランディスの事を気遣ってくれるギムレットにランディスは久方振りの温もりを感じていた。
そして、食事が終わりギムレットは、ランディスにある提案を持ちかける。
ギムレットが長い歳月を用いて製造した魔力の器を封じる薬だ。これをレウィシアに飲ませて欲しいという事。これを飲めば一生魔法を使う事が叶わない。そんな役立たずは、トーレス家のお荷物にしかならない。ランディスにとっても願ったり叶ったりの提案だった。断る理由がないと二つ返事でギムレットから薬を受け取ったランディス。
その表情は、酷く歪んだモノに変貌した。
薬を手にしてから順調に事が進んで行った。
何の疑いも持たず、薬を受け取り飲み干したレウィシアは、何度も魔の儀を失敗する。
そして、極め付きは薬の副作用によるレウィの髪の色の変化である。白金に輝いていたレウィシアの髪の色が、まるで夜のとばりの様な紫色に変化したのだ。
ランディスは、ここぞとばかりにありもしない事を吹き込み、レウィシアを罵った。
普段であれば、少し考えれば髪の変色がおかしい事であり、レウィシアの言い分も聞いていただろうが、度重なる魔の儀の失敗に内心穏やかでない父は、ランディスの言葉を鵜呑みにして激怒し、有無を言わさずレウィシアを追放する。そして、自然とレウィシアの居場所はランディスのものとなった。
「くそ……すべて、すべて上手くいっていたのに……あの人族共のせいで……」
ランディスは、ギリッと歯を軋ませる。
レウィシアを追放した事でトーレス家の次期当主として順風満帆な生活を送っていたランディス。ギムレットの計らいでレウィシアは人族の変態貴族のおもちゃになるため魔大陸からも追い出した。もう自分に立ちはだかる壁はないと思っていた。
だが、レウィシアは戻って来た、馬鹿みたいに強力な人族を伴って。
たった二人の人族に手も足もでなかった……。
そこからの転落は面白いくらいに早かった。
ギムレットはウーヌス家の当主ダーメリックにより殺され、ギムレットの所業にに加担した思われるランディスは魔力の器を封じ込められ、終身刑が課せられた。
換気も悪く清潔感など皆無の牢獄は、鉄窓の一つもなく、松明による灯だけが唯一の光だったため、二十四時間三百六十五日薄暗いなか、虫の這いまわる音やドブネズミの鳴き声がやけに鮮明に聴こえ、牢屋にきたばかりのランディスは、眠れぬ夜を過ごしていた。
だが、住めば都とは良く言ったもので、こんな劣悪な環境も数ヶ月で慣れる事となるが、今度は別の問題が発生する。
看守による理不尽な暴力だ。
黒狼族の看守数名により、黒狼族は劣等感の塊といっても過言ではない種族で、自分達より格上の種族に対してただならぬコンプレックスを持っている。
魔族でも最上位に位置するヴァンパイア族の、しかも、ルートリンゲンに連なる者。黒狼族からすれば、雲の上の存在だ。
そんな雲の上の存在であるランディスが、囚人として自分達の前にいる。
黒狼族の看守達は、歓喜した。
自分より劣等な種族に理不尽な暴力を振るわれる日々が何年も続く。
そして、この日もランディスは、看守達の腹いせによる理不尽な暴力で牢屋の床に倒れていた。
「ど、どうして……どうしてこうなった」
自分の置かれた環境を嘆く。
「レウィシアッ、お前さえ、お前さえ生まれてこなければッ!」
未だに怒りの矛先は妹であるレウィシアに向いていた。
「……な、なんだ、あ、れは……」
そんな満身創痍のランディスの目の前に現れたのだ――あの、黒い渦が。
そして、ランディスは、黒い渦に飲み込まれた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ランディスの話は、もう1話続きます。
大体内容は決めているので、明後日までには続きを更新できればと思います。