見知った顔
誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。(21.3.15)
「相変わらずの馬鹿力だな」
守衛の男がぶっ飛んだ方を見ながら真紀と早紀が近付いてくる。
「結局なんだったんですかね?」
「お前達の様子を見る限り考えられる事は、お前達は何らかの方法で催眠の様なモノにかけられたんだろ。でも、俺にはなかった」
「そう言えば、兄さんと咲太さんが回転扉の前でふざけていた時、一足先にビルの中に入っていたのですが、今思えば明らかにおかしい事があったんです」
「ふざけてねーし!」
「おかしい事って?」
妹の言葉に過剰反応する兄を無視し、俺は早紀に続けるよう促す。
「ビルの中に入る前は、入口付近で人の出入りが全く無かったのに、ビルの中に入った途端、人の出入りが激しくなったんです。さっきまでは何の違和感も感じなかったのですが、明らかにおかしいですよね?」
確かにおかしい。
俺がビルの外で回転扉との決死の戦いに臨んでいた時、確かに人の往来は一度もなかった。
「真紀、お前はどうだ? 俺はビルの中に入る前、人の往来なんて一度も目にしてないんだ。まぁ、ビルの中に入ってもこの状態だったからな」
俺は守衛すら居なくなり、静寂に包まれている無人のロビーを見渡す。
「誰も通らなかった。早紀と一緒で回転扉を諦めて自動ドアで中に入った途端ってやつだ」
俺とは明らかに違う、真紀達が双子だからって訳じゃないよな。
「私達と咲太さんで違う所は……」
俺達三人のの視線がビルの入口に向ける。
「あれしかないな……」
真紀達は自動ドアから、俺は回転扉からビルに入った。
真紀達は自動ドアから入った途端、人の往来が始まった。それが俺にはない。
「ですね……」
「まぁ、そうであってもなくても今は上を目指そうぜ?」と指を上に向ける真紀に賛同し俺達は再び動き出した。
エレベーターホールに到着した俺達は、エレベーターを呼び出すため↑のボタンを押す。もちろん、周りには俺達以外誰もいない。
「えっと、何か階数少なくねぇか?」
「確かに……これ位の規模のビルだと普通なら三十階くらいはありそうですけど」
エレベーターに乗り込んだ俺達は、魔力の反応があった最上階に向かうべく最上階のボタンを押そうとするのだが、最上階は十八階となっており、更にその上層はRとなっている。
早紀の言う通り、このビルの外見は魔王の根城である地獄城よりも高く見えた。魔王城が地上約百メートルくらいなので、それ以上の高さはある筈だ。よっぽど一つ一つのフロアが高くない限り、早紀の言う三十階まではないにしろそれに近いくらいの階層はありそうなのだが……。
「ここで考えていても仕方ないし、とりあえず屋上に行ってみよう」と俺は勢いよくRのボタンを押した。
途中で降りる人もいないので、俺達は一階からストレートで屋上に到着した。
「なんじゃこりゃ!」
「不気味ですね……」
俺はある程度予想はしていたのだが、おそらく幻覚であろう、そんなの物を見せられていた真紀と早紀は驚きを隠せずにいる。
屋上から上にかけて、お粗末な土作りの階段が螺旋を描く様に設置されており、それを囲う内壁はまるで巨大な化け物の胃の中へと続く道の様な錯覚に陥るほど禍々しいものだった。
「これ崩れないよな?」
「怖いなら戻るか? 俺は行くけど」
「ば、おま、行くに決まってんだろッ!」
「兄さんは、高い所が苦手なんです」
「に、苦手なだけで、怖いわけじゃなしッ!」
「なら、早く行こうぜ?」
「お、おう!」
真紀は顔色が優れない様だが、真紀の名誉を守る為に気のせいという事にしておこう。
さて、俺達は螺旋状の階段に足を踏み入れる。
太い柱の様なものを中心に、塒を巻くかの如く階段が上空へと伸びている。
そして、俺達が一歩ずつ足を踏み込む度にポロポロと砂が落ちるのその現象は真紀の寿命を縮めているのか、上に行くにつれて真紀の腰が徐々にひけ、今となっては腰が折れた老人の様で、その姿に俺も早紀も苦笑いを浮かべる。
「おい真紀、無理すんなよ?」
「ぜ、全然よゆーだし!」
「ならいいけど……」
まぁ、本人が大丈夫っていうなら放っておくことにしよう……うん?
下の方から、ガラガラと何かが崩れ落ちていく音が聞こえる。
「何か下から変な音しない?」
「はい、ひどく不安な音が……します」
「……うそ、だろ……?」
俺達は、音がする下層の方へと視線を向ける。
「――ッ!?」
「やっべぇ! 走れえええええッ!!」
俺達は全速力で足を走らせる。
階段が崩れている。
それは、ご親切に一番下の方から徐々に俺達がいる上の方へと向かっており、その勢いは止まる事無く、まるで俺達を食い殺そうとしている魔獣が追いかけてきている様な、いや、魔獣なら殺ればいいが、階段が崩れ落ちるのに腕っぷしも何も関係ない。俺一人なら、ここから落ちても軽傷で済むだろう。ただ、真紀達はただじゃ済まない。
あれ? 階段が崩れていく速さが増している気がする。
よーし!
「キャッ」
「えっ? おい!」
「二人とも、舌噛むといけないから歯食いしばれ! うおおおおおおお!」
このままでは真紀達が危ないと思った俺は、ぜぇぜぇと息が上がってきている早紀をひょいっとおぶり、真紀を右手に抱え、全速力で階段を駆け上った。
あ、あれは!
真紀達を抱えてしばらくすると、階段の切れ目と木製の扉が見えた。
階段の崩壊するスピードが増しているのは気のせいではなかった。何故なら階段の崩壊は俺のすぐ背後まで迫っていたのだから。
「真紀、受け身とれえええ」と俺は右手に持っていた真紀を木製の扉に向けて目一杯ぶん投げる。
真紀は、一瞬「まじか……」という表情を作り、すかさず両手で頭を庇い亀の様に丸まる。
ドッカ―ッという、音と共に眼前の扉を突き破った真紀に続いて、早紀を背負った俺も扉の向こう側へと飛び込み、一拍おいて、俺達が登ってきた階段は塵一つ残すことなく崩れ落ちた。
はぁはぁ、やばかった……。
最後の崩れる速さが尋常じゃなかったし。俺じゃなかったら死んでたぞ。
「真紀、生きてるか?」
「いててて、普通投げるか?」
「すまん、俺の脳みそじゃ、あれが最善の策だった」
俺はおぶっていた早紀を降ろした後、真紀に手を差し伸べ起き上がらせる。
「ここが最上階なんですかね?」
早紀の言葉につられて、俺は今現在俺達がいる空間を見渡す。
角がない円形の空間。棚一つない、てか、物が何もない。ただ、中心部分に上へと向かう階段があるのを見ると、ここは最上階ではないらしい。
「あそこに階段が……」
階段の事を真紀達に伝えようとしたその時、ゆっくり階段から降りてくる人影が見える。
そして、その人影が近づいてくるにつれ、その全貌が明らかになる。
「嘘だろ……? なんであんたが……」
そこには、俺の知っている顔があった。
鍛え抜かれた筋肉隆々な体躯。
真っ白なオールバックに鬚を蓄え、右頬に大きな剣傷。
俺を見据えるその両目から放たれる鋭い眼光に、以前であれば蛇に睨まれた蛙の気持ちになっていたが、そう感じないのは俺があの頃とは違うからだろうか。
「うん? おぉ! サクタ、おぬし、生きておったか!」
元オルフェン王国軍第四部隊長オニール。
短い期間ではあったが、俺の師とも呼べる男がそこに立っていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。