魔力探知
誤字修正しましま(21.2.27)
「本当に紗奈たんを探す事が可能なのか? あの恵美たんが数日掛けたのにも関わらず何の成果もないんだぞ?」
数年前、とあるハッカーによって国内の大企業や官庁などの機密情報が不正にアクセスされるという事件が世の中を騒がせていた。
不正アクセスは国内だけに留まっていたのだが、世界規模で世の中を騒がせていた事を中学生だった俺も覚えている。どれほどセキュリティを強化しても、幽霊の様にスルリと入り込むその手口に対してメディアはこのハッカーの事を【ゴースト】と名付け、一時期トレンドワードの上位を常にキープしていた。
国は好き放題している【ゴースト】にこれ以上メンツを潰されないため、日本中の優秀なエンジニアを集結させ躍起になることひと月。【ゴースト】を追い詰め、とうとう居場所を突き止める事ができた。
そして、【ゴースト】は逮捕された。
だが、逮捕されたという緊急速報が流れて以降【ゴースト】に関する情報は一切にメディアで報道されなかった。
あれだけの事をしでかしたのだ、逮捕されても当分は【ゴースト】の話題で持ち切りだと思っていたため、俺はあっけにとられた感じになっていた。
そう思っていたのはもちろん俺だけじゃない。その実、逮捕後から友人達と【ゴースト】の正体について白熱した討論を繰り広げていたのだ。
そんな奴らがほとんどだろう。だが、人の噂も七十五日、次第に【ゴースト】の存在は民衆の記憶から薄れ去っていき、一つのブームが去ったかのようにある日を境に民衆は【ゴースト】という名を口にしなくなった。
正直、俺もその名を聞かされるまでは、スッポリと頭から抜けていたのだが、六課の一員になってその名を再び思い出す事になる。
東城恵美。六課のIT担当。
彼女が、【ゴースト】だったのだ。
初めてその事実を聞かされた時は驚愕のあまり、東城さんを三度見したくいらいだ。
逮捕当時、彼女はまだ高校生に上がったばかりの少女。国が数ヶ月にも及んで追い詰めた敵の正体がそれでは国も企業もメンツどころの騒ぎではないと考えたのか、報道規制を敷き、無理やりこの事件に蓋をしたらしい。
そして、東城さんの処遇については、機密情報への不正アクセスのため、企業や国のイメージを損なったが、当人が未成年という事もあり重い罪にはならなかった。だが、国は東城さんを危険因子とみなし国の管理下に置く事にした結果が、彼女がここにいる故である。
課長があのと言ったのはこういった背景があるからだ。
「【イドラ】は異世界人です。向こうの世界では“魔法”という非科学的で万能な力があります。流石に魔法を使われて姿かたちを隠蔽されれば流石の東城さんも探しようがありません。だから、異世界人には同じ異世界人をぶつけようと思います。あいつ、ワタルなら広域の魔力探知魔法を使えるので、それで探ってみようと思います」
魔法を駆使すると思われる存在を探し当てるのにモニターも齧りついていても意味がないだろう。
ここは、ワタルにもう一度力を貸してもらおう。
「分かった。お前に任せる」
「はい、それでは俺はもう一度ワタルの所に戻り、実行に移します」
美也子さんは、分かったと軽く頷き、真紀達の方を向く。
「真紀・早紀たん、二人は咲太と共に行動しろ」
「おう!」「はい」
「え? 俺一人で大丈夫ですけど……皆さん疲れている様だし休んでいて「咲太!」ッはい!」
「……いいから、一緒に行ってこい」
決して怒っている訳ではないが、何かを訴えかける様な表情を俺に向ける美也子さんの隣で海さんが「咲太君の強さはみんな分かっているし、君一人で行っても問題ないだろうとは思っている。だけど、その思い込みが今回の事態を招いたんだ。美也ちゃんは心配で心配でしょうがないんだよ。ね? 美也ちゃん」と物腰柔らかく俺を諭す。
急に海さん話を振られた美也子さんの顔が赤く染まる。
「うっせええ、命令だからなッ!」
「分かりました! 命令ならしょうがないですね!」
「分かればいいんだよ! ったく、私は寝る!」
と美也子さんは、俺に背を向ける様にソファに寝っ転がり、すぐにワザとらしいイビキをかく。
そんな美也子さんの様子にみんなの口元が緩み、場の空気が和らいだ事が感じられる。
俺は、美也子さんに向けて「では、行ってきます!」と頭を下げ、真紀と早紀と共に部屋を出た。
◇
「本当にすまない二人とも……」
「いえ、そんな!」「そうですよ、頭を上げてください」
頭を下げる俺の目の前で同じように慌てふためいているのは、ワタルの魂の宿主である田宮と田宮と友達以上恋人未満という歯に物が挟まった様な関係であり、紗奈の親友である亜希子ちゃんだ。
因みに真紀たちには外で待ってもらっている。
田宮は、俺と別れてすぐ亜希子ちゃんに連絡を取ってデートにごきつけたのだろう。場所も新宿三丁目にある映画館だし……。二人には本当に申し訳が立たない、ただでさえ二人の貴重な夏休みを数週間使わせてもらったのに……だ。
「室木さんが行方不明だなんて心配ですし、協力するのは当然ですよ」
「紗奈大丈夫かな……」
協力してもらうために紗奈の事を話したのだが……亜希子ちゃんに余計な心配をかける事になってしまった……俺のバカ! せっかくのデートがこれじゃ台無しじゃないか!
「紗奈は、必ず俺が連れて帰ってくるから安心してくれ」
俺の言葉に亜希子ちゃんは不安そうな表情を向けたまま頷く。
「え? 僕にやれって?」
「どうしたんだ?」
「ワタルが僕に悪いから服部さんが【イドラ】を捕まえてくるまでは表に出ないと言っています。だから、魔力探知は僕に任せるって言っていて」
「できるのか? 結構広範囲を調べないといけないんだけど……」
「う~ん、やれない事は無いと思います。魔力探知自体そんなに難しいわけじゃないし、ワタルもフォローしてくれるので」
ワタルの意思は固そうだし、あんまりしつこくすると説教喰らいそうだしな。
ここは、田宮に任せるのが吉だろう。
「分かった、じゃあ頼む!」
「はい!」
田宮は、目を瞑り何かブツブツと言葉を紡ぐ。
すると、一瞬田宮から風が発せられ俺の頬を振れるかの様に通り過ぎていきついつい振り向いて見えない風を目で追いかけてしまう。
「いました!」
「探すの早くね!?」
「ははは、さほど遠くなかったので」
東条さんが数日かけても探せなかったのに、一瞬で……やっぱり魔法はすごい!
「それで? どこなんだ?」
「駒沢公園の向かいにある建物の地下にいます。おそらく廃ビルか何かだと思います、地下以外に人の気配がないので」
「そんな事まで分かるのか……すげぇな」
「いえいえ、ワタルの力ですから。凄いのはワタルです」
「謙遜するなって、いくらワタルがフォローしてるからって普通はできないからな」
「あはは、そうですかね。それより服部さん、急いだほうが」
そうだ、こんな事してる暇はねぇ。
「すまない、この借りは必ずかえす! 二人ともデート楽しんでな!」
「で、デートって、いや、そんなんじゃ」
「そ、そうですよ、私達」
この二人は……紗奈の気持ちが良く分かる気がする。
「俺行くから! じゃあな!」
「はい、気を付けて!」
「紗奈をよろしくお願いします!」
俺は二人に手を振り映画館を出る。外で待機していた真紀達が俺の姿に気付き近づいてくる。
「咲太! どうだった?」
「何か手掛かりはありましたか?」
「おう! 駒沢公園だ! 早紀、悪いんだけど東条さんに駒沢公園周辺に取り壊し予定で人が入っていないビルがあるか調べてもらってくれ」
「あ、はい!」と早紀はすぐに行動に移る。
「そこにいるんだな?」
そう俺に質問する真紀に「少なくともそこ以外都内で魔力は探知されなかったらしい。よっぽど遠くに行ってない限り、間違いないと思う」
東京から出ている可能性もあるとは思うが、今はわずかでも可能性があるのならそれに掛けるしかない!
俺達はタクシーに乗り込み駒沢公園へと向かった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。