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会談(下)

誤字修正いたしました。ご指摘ありがとうございます!(21.1.5)

「我は……転生者である」

「――っ!?」


 魔王の突然のぶっちゃけに俺とワタルは驚きのあまり言葉を失う。

 転生者。他の世界からこの世界に生まれ変わった者の事を言う。

 引きこもりニートが生まれ変わった世界で頑張る。俺の大好きな異世界物の定番だ。だが、魔王のこの言い方からすると。


「ま、まさか魔王様は」


 俺の頭に、この先魔王が口にする言葉が過る。


「うむ。我の前世は、日本人だ。ワタルは気づいていたようだがな」

「えっ? そうなの?」


 気付く? 何処にそんな要素が。自然とワタルに視線が向く。


「気付いてたというよりは違和感があったんだ。そうだね……魔王様は、君を晩餐の席で歓迎した時に“日本”からのと言ってたし、“咲太”の発音が妙に良かった。それだけであって、転生者という線は全く考えていなかったよ。この世界で転生者がいたなんて聞いた事がなかったからね」


 俺の様に召喚されて、というのはよくある話だが、転生者は過去に例がないらしい。


「じゃあ、魔王様にとっても日本はある意味故郷じゃないですか? なのに、なぜ?」

「貴殿らにその訳を語る前に、我の前世の話を聞いて欲しい」


 魔王の何かを含む様な言葉に、今回の侵攻が関わっているのだろうと容易に考える事ができたため、俺とワタルは静かに首を縦に振る。


「先程、我は転生者であると言ったが、正確には転生者()()()という言葉が正しい」

「どういう事ですか?」

「実は、実感がないのだよ……。カケルがこの世を去って間もなく、我は前世の記憶を取り戻したのだが、実感がまるで湧かないのだ。正しい記憶であるとも思える、が、どこか引っかかるのだ……これが、本当に正しい記憶なのか、とね」

「分かりました、正しいかどうかは分かりませんが、まずは、聞かせてもらえまんせんか?」


 俺の言葉に、魔王は軽く息を吐き、そして、ゆっくり口を開いた。


「我の前世は、日本海側の雪国育ちのしがない庶民の女だ。名を幸という……」


 まさかのTS転生に驚きつつ、俺は物静かに語る魔王の言葉に耳を傾けた。

 決して裕福ではなかったが、底知れぬ愛情を注いてくれた両親と幸せに暮らしていた事。

 自分の心ない言葉で父を傷つけてしまい、それが要因で大好きだった父を亡くした事。

 母が、寂しさを埋める為にホストにハマり、父の遺産を湯水の様に使い、結果家を失い借金だけが残り、母はホストを刺し殺して自分も首を切って自殺した事。

 人殺しの子として、日陰を歩み水商売を続け生計を立て必死に生きた事。

 そして、彼女の最期が一番きつかった。

 お客さんと結ばれて今度こそ幸せな家庭を築こうとした矢先、ストーカーによって夫を殺害され、自分も拉致られぼろ雑巾の様に犯され、最期は人身売買の組織に売られ、身体で売れる部分を全て抜きとられ絶望の中、息絶えた事……。


 魔王には様々な思いがあるのだろう。


 だからなのか、幸という人物の壮絶な人生を語る魔王の表情は徐々に悲痛な物へと変化していく。


「という記憶が、カケルがこの世を去って間もなく蘇ったのだ……ふふ、なぜ貴殿が涙するのだ? 虚偽の記憶かも知れんのだぞ?」


 魔王は、俺に苦笑いを浮かべ優しく諭す。

 どうやら俺は涙を流していたらしい。気付かなかった。


「いや、つい……」 

「これが、我の前世の記憶である。この記憶が蘇った際に、我の胸の内にはどうしようもない程の負の感情が溢れかえっていた。この世界で最強と自負しているこの我が、あんな虐げられる存在だったという事がどうしても許せなかったのだ。だから、力を持って日本を、地球を制すればこの負の感情も消えてなくなる、そう思っていたのだ」

「だから、あっちの世界に配下の魂を送り込んで支配しようと?」


 ワタルの言葉に魔王は肯定するかの様に頷く。


「だが、最近、負の感情が薄れてきておる」

「どういう事ですか?」

「我にも良くわからん。だが、ハッキリしているのは、負の感情が薄れ始めたのは、前世の記憶に疑いを持ち始めてからなのだ」


 明らかに困惑している魔王にワタルは少し考える素振りを見せた後、「記憶に疑いを持ち始めた辺りで何か変わった事はありませんか?」 

「うむ……」と魔王は顎に手をあて考えこむ。

「変わった事と言えば、ある人物を日本に送った事くらいだが……何故、我は今までヤツの事を忘れていたのだ……」と思い出したは良いが、明らかに混乱している様子だ。

「ある人物とは?」

「我の相談役である。名を【イドラ】と言う」

「忘れていたというのはどういう事ですか?」

「言葉の通りだ。今、ワタルに言われるまで、我はイドラの存在自体を忘れていた」

「相談役だったんですよね? 忘れる程短い付き合いだったのですか?」

「いや。イドラは、我の父。前魔王の右腕だった者だ。我のおしめを変えてくれた事があるほどの古い付き合いであるのだが……」


 魔王が混乱するのも無理はない。

 そのイドラという人物は魔王からしてみれば、産まれた時からの付き合いだ。そんな存在を忘れるだろうか? 魂の状態のワタルに逢った事すら覚えている魔王だ。認知症ではないのだろう。

 だとすると……。


「怪しいね、そのイドラという人物」


 俺もワタルと同意見だ。


「そんな、まさか、イドラが……いや、実際にヤツが居なくなってから我の心境は変わってきておる。今思えば、前世の記憶を思い出し始めたのも……」

「どういう事ですか?」

「うむ。我が友カケルの死は、我に少なくない衝撃を与えた。唯一友と呼べる存在だったのだからな……。そして、塞込んだ我を気遣い、イドラは我のメンタルケアをしていてくれたのだ……」 

「その時、イドラによって何かされたという可能性がありますね」


 こんな隙も何もなさそうな魔王が友の死によって精神的に参っている隙をイドラにつかれた、ワタルの言う通りその可能性は高いだろう。


「いや、でも、なぜイドラが……イドラが我を裏切るなど……」


 こんな命の重さなど砂糖一握りより軽いこの世界で、無防備になれる相手だ。魔王はイドラにかなりの信頼を寄せているのだろう。そんな腹心とも言える存在だから信じられない、いや、信じたくないのだろう。


「魔王様、もし、魔王様の前世の記憶が偽の記憶であるならば、あっちの世界への侵攻を止めてもらえますか?」


 もし、幸さんとして生きてきた魔王の記憶が偽物であれば、魔王が日本を憎む理由はない。


「うむ。我が友カケルの故郷に、何故我が理由もなく害をなそうか」

「再確認ですが、イドラは日本に行ったんですよね?」

「うむ。今すべて思い出した。我が、ヤツを日本へと送ったのだ、ヤツは日本にいる」


 ワタルに確視線を向ける。「それが一番手っ取り早い」と俺の考えている事が分かったように返してくれる。


「では、魔王様。俺達がそのイドラという人物を捕まえてきます」

「い、いいのか?」

「はい、その代り白黒はっきりするまで、あっちの世界への侵攻は止めて下さい」

「我は、既に日本への侵攻を続けようとは考えてはおらぬ。だから、貴殿らにそこまでしてもらわなくとも……」


 やったああ! 侵攻やめてくれるって!

 これで日本は安泰だ。でも……。


「イドラが日本にいるという事で少なからず俺達の生活を脅かす存在となりえます。これは俺達の為でもありますし、魔王様もスッキリしたいのではありませんか? ここは、イドラとっ捕まえて、真実を明らかにしてスッキリしましょう!」


 俺は、右手の親指を立て魔王の前に突き出す。

 そんな俺の様子に、魔王は一瞬固まり、そしてすぐに顔を綻ばせる。


「頼まれてくれるか? 咲太、ワタル」


 魔王は俺に向けて右手を差し伸べる。


「はいっ! 任せてください」


 俺は、同じく右手で応えた。

 とりあえず、魔王とは話合いで解決出来そうだ。


 びびって損したあああああああ!

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

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