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幸(上)

いきなり話が変わって、なんだこれ?と思われるかもしれませんが、少しだけ付き合っていただければと思います。

 日本海側に面したこの一帯は、県内の他の地域よりいち早く真っ白な雪で包まれる。

 

 そんな冬真っ只中に私は二千七百グラムと平均よりやや小さかったが、指先一つも欠ける事無く、五体満足でこの世に生を享け、元気一杯に産声を上げる私のすぐそばで、母は生死をさ迷っていたという。

 出産による危機的出血による出血多量により命を落としかけたが、子宮を全摘した事により何とか一命を取り留めたという。

 

 父は母の命が助かったと担当医から聞かされた時、手術室の前の廊下で何度も床に頭を擦りつけ泣きなが母の手術に関わった医療関係者の皆さんに感謝を述べたという。

 

 父は「子供は最低でも三人欲しい」と豪語していたため、手術後、意識が戻った母は、その夢を叶える事ができない事に負い目を感じ、父にもう子供を産めない事を謝罪しようとしたのだが、母が口を開くより先に、父は床に頭を擦りつけ「かあちゃん、すまねぇ! 俺、何もしてやれなくて! 本当に無力で! かあちゃんが死にそうなのに、祈る事しかできねぇで! くそッ、本当に良かった……戻ってきてくれて本当によかったよおおお」と熊の様な図体で大粒の涙を流したという。

 

 父が落ち着いた後に母は改めてもう子供を産むことが出来ない事を父に謝罪したのだが、「母ちゃんとこの子だけいれば何もいらない」と言って母の手をぎゅっと握ったらしい。


 だから私の家は、両親と私の三人家族だ。

 そして、私は誰よりも幸せしてやる、だから幸せになれという父らしい発想で【幸】と名付けられた。 


 父は鋼材等を運搬するトレーラーの運転手、母は地元の盟主が営んでいる酒蔵で雑用などのパートをして我が家の生計は成り立っていた。


 私の記憶の中の父は、いつもクタクタになりながらも、率先して私の面倒を見てくれていた。

 常に私を笑わせる為に、可笑しい顔をしたり、不格好な踊りを踊ったり……私を笑わせるネタが尽きるとすぐにくすぐり攻撃を仕掛けてくる。そんな父が大好きだった。

 また、父はお茶処出身であり、そのせいかお茶には五月蝿かったのが妙に思い出される。


 そんな、父との関係も変わってくる。


 私が、流暢に言葉をしゃべれるようになって、共に過ごす時間が家族より友達の方が長くなった頃から、私は無意識に父と距離を取る様になった。

 以前であれば率先して父の頬っぺたにチューをしたり、父にだっこをねだったりしていたのが、そんな行いが恥ずかしくなったのか何なのかは覚えてはいないが、私はそれをしなくなった。


 そして、父がねだってきてもそれを躱す様になり、父と遊ぶ時間も段々と減ってきた。

 

 そんな日々が続いてたある日。

 その日、父は珍しく酔っぱらって帰って来た。

 常に安全第一を謳う父は、お酒は好きだが、次の日が休みでもなければ酔うほどお酒を飲んだりはしない。そんな、父は上機嫌で「さち~パパにチューは? してくれないなら、ごちょごちょしちゃうぞ~~」とソファーでテレビを見ている私に抱き付いてきたので「もう、止めて! 大っ嫌いッ!」とつい怒鳴ると、私を抱きしめていた父の太い腕の力が緩んだ事で父から解放された私の目に映る父の顔は、今まで見た事もない、酷く悲しそうな顔をしていた。


 私は父にどんな言葉を掛けていいか分からず、無言の父と叱咤を飛ばす母から逃げる様に自分の部屋に閉じこもった。

 

 部屋に閉じこもっている間、何度も部屋から出て父に謝る事を考えていたのだが、今日は酔っぱらっていただけだし、明日になればコロッといつもの父に戻っているだろうし、朝起きても父が落ち込んでいたらその時に謝ればいいと思い、その日はそのまま寝る事にした。


 翌朝。そっと部屋から顔を出す。


 普段であればこの時間、朝の情報番組の星座占いで一喜一憂している父がいるはずなのだが、今日は見当たらず、母に聞くと、今日は遠方に行く必要があって一時間前に出て行ったという。


 朝食の席で母に父の様子を聞くと、まだ落ち込んでいたらしいので、帰ったらちゃんと謝る様にと母から釘を刺され、わかったと返事をし、私は学校へと向かった


 ――三時限目の体育の時間。

 長距離走を終え、座り込んでいると担任が血相を変えて私の元へ走ってきた。

 そして、落ち着いて聞いてくれと、担任の口から出た言葉に私の頭は真っ白になった。

 頭が真っ白なまま、普段着に着替え、頭が真っ白なまま担任の車にのり、頭が真っ白なまま辿り着いた先は、市内の病院にある霊安室だった。


 無機質な金属製のドアを開ける値、肌蹴た冷たいコンクリートに囲まれた四方の中心部には、背もたれのないベンチの様な簡易ベッドが置かれており、その上には白いシーツで包まった“何か”があり、その隣で母は床に崩れ込んでいた。


 嫌な予感しかしない……今すぐ、この場所から逃げ出したい。

 ドアを閉めて、学校に戻ろう! もうすぐ給食の時間だし、昼休みはみんなとドッジボールやるって約束していたし。


 ……だけど、私の足は私の意に反し、“何か”に向かっていた。

 見なくても分かる。

 ここは、病院の霊安室で、母は、放心状態になっている。

 嫌だッ、見たくないッ! と思っていても私の足は止まらずついに“何か”の傍に私は立っていた。


「い、い……や……だ、お、おとう、さん……」


 父だった。

 首が半分程裂けており、縫合した痕が痛々しいが、間違いなく私の父だった。


「さち……、お父さん天国に行っちゃった……天国に行っちゃたよお、ううっ……うわーん」

 先程まで放心状態の母は、わんわんと大声で泣き叫んでいた。

 母のその言葉で、私は父が亡くなった事を痛感した。

 とめどなく涙が溢れ出る。


「わ、わた、わたし、あやまってないのに、お、とうさんは、わたしが、おとう、さんのことを、きらいって、おもったまましんじゃったあああ」

 

 母と二人で父の冷たくなった大きい手を握り、泣いた。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

後、もう1話続きます。

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