【回想】戦闘奴隷として⑨
回想編は次話でひとまず終わりですので、後もう1話だけお付き合い頂けると幸いです。
修正しました。(20.9.26)
そして、20年間生きてきて今初めて分かったんだ。 ⇒ そして、20年近く生きてきて初めて分かったんだ。
※ この時咲太はまだ19歳でした;;
茂みから抜け出た俺達はゆっくりと歩みを進める。
目指すは、前方に広がる【義足のジュレイ】が率いるジュレイ盗賊団のアジト。
――盗賊団。
その響きで俺は、不潔でむさ苦しい髭の濃いオッサンの集団を想像していた。
――盗賊のアジト。
その響きで俺は、日陰者にはお似合いの洞窟の様な薄暗くてジメジメとした不衛生な場所を想像していた。
だが、俺の想像を裏切るかの様な光景が眼前に広がる。
不格好ではあるが、しかっりとした作りの木造の住居、野菜や麦が生い茂る畑。
こっちの世界に来てから鍛えられた視力を駆使して、更にアジトの中を覗くとアジトの中心部分に目が行く。
ぽっかりと拓けた場所には、キャンプファイヤーを囲む様々な年代の男女が、食い物と酒を口にしながらバカ騒ぎをしている。
盗賊団のアジトということを事前に知らなければ、どこにでもある農村と言っても過言ではないに程に生活感に溢れているのだ。
あ、あれは……。
俺は一点に目を奪われ、歩みが止まる。
……こんがりと焼けた肉の塊だ。
焼き立てだろうか、モクモクと湯気を出しており、切り落とす度に肉汁が滴れる。
それを目にしたとたん、口の中にじゅわっと唾液が溢れ出す。
もし、俺が肉の味など知らなければ感じる事はなかっただろう。
だが、俺は肉の味を知っている。
陸海空とあらゆる肉の味を知っているのだ。
背後からごくりと唾液を飲み込む音が聞こえる。
どうやら、この感情は俺だけではないらしい。
俺達よりよっぽど人間らしい。
俺達は、盗賊よりも遥かに劣る生活環境にいるのか……。
薄暗くてジメジメとした不衛生な場所に住む、不潔でむさ苦しい……俺の事じゃないか……。
そこに俺達を勝手に召喚したオルフェン王国の理不尽さに対する怒りは無かった……やるせない、悔しい気持ちが勝っているのだ。
感情などとうに忘れてしまったと思っていたが、これが最後の砦だったのかも知れない。
俺の目から生気が抜けるような、そんな感じがした。
「いくぞ……」
ただ一言、それだけを口にしアジトへと再度歩みを進めた。
◇
「あぁん? 何だてめぇらは?」
アジトの見張りであろう二人の強面の男達が俺達の行く手を阻む。
「……ジュレイ盗賊団のアジトだな?」
俺がそう投げかけると、男達はやや警戒した面持ちを向ける。
「だったら、何だってんだ!」
今にも襲い掛かって来そうなモヒカン男を手で制止し、もう一人の髭もじゃの男が一歩前に出る。
「今日は頭の誕生日だ、俺達もあんまり血生臭い事はしたくねぇ。その女を置いて行くなら見逃してやるからとっとと消えな」
「おぉ~てめぇ天才だな! ほら、てめぇはこっちに来るんだよ!」
俺は、乱暴に紗奈に手を伸ばすモヒカン男の腕を掴む。
「汚い手で、俺の仲間に触るな」
「あぁん? 離せやこ、いててててて! ぐあッ!」
少し力を入れただけで、モヒカン男の腕はぐちゃっと潰れる。
骨や筋肉を潰した嫌な感覚が手に伝い鳥肌が立つが、これ位は我慢できる。
「て、てめえええッ! 何しやがった! ぐぼぇッ!」
「ウルサイです」
紗奈の目にも止まらないパンチが、髭もじゃ男の顔面にめり込む。
小柄な紗奈の身体からは信じられない程の質量が男に放たれたのだろう、男は数メートル先の柵までぶっ飛び、そのまま崩れ落ちた。
「いてぇ、いてえぇよぉ」と俺に潰された腕を庇い、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしているモヒカン男の腹部をベンが蹴り飛ばすと、モヒカン男は放物線を描き、上手い具合に髭もじゃ男の上へと重なる様に落ちた。
男達が動かない事を遠目で確認した俺達は、アジトの中へと足を踏み入れる。
アジトの中では、飲めや歌えの酒宴の真っ只中だったからか、見張りとの一悶着に誰も気づかなったのだろう。
そんな中、「何だ? お前らは」とドスの利いた声が俺達に向けら、その言葉にあれ程騒々しかったアジト内が静まり返り、視線が部外者である俺達に向く。
声の発生源に視線を向ける。
そこには、柔肌を露わにしている女に挟まれた栗毛色の坊主頭の男が鋭い目つきで俺達を睨んでいる。
見るからに鍛え抜かれた筋骨隆々なその体躯には似合わない細い右足。義足だ。
ざっと見渡した限り、彼以外に義足がいないのを見れば、彼が【義足のジュレイ】なのだろう。
一人だけ明らかに違うオーラを放っている。
「おいおい、だんまりか? まさか俺様の誕生日を祝いに来たってわけじゃねぇよな?」
軽口を叩いてはいるが、この男が俺達に対して気を緩める事はなかった。
「あんたが、【義足のジュレイ】か?」
「そうだ、俺様が【義足のジュレイ】様だ」
「俺達はオルフェン王国軍第四部隊所属の戦闘奴隷だ。あんたらを討伐しに来た」
俺の発した言葉に、その場の空気が一瞬にして変わる。
先程まで地面に座り込んでいた盗賊団は、一斉に立ち上がっており、いつの間にか各々の武器を手に俺達に殺気を向けており、女子供など非戦闘員と思われる者達は足早に住居へと隠れる。
テンプレ盗賊団であれば俺達をバカにして、気絶中の見張りの様に女を置いてさっさと去れば見逃してやるとか言うんだろうが、そんな隙は一切見せなかった。
正直、平和な日本で暮らしていた頃の俺であれば股間を濡らす程の迫力だと思うが、今の俺にとっては何も感じない。
「軍所属の戦闘奴隷だぁ? たった五人で俺様達をヤれると思ってんのか?」
「ヤれるかヤれないかじゃない、俺達は奴隷だ。命令に従うしかない」
「そうかよ、吹っ掛けてきたのはそっちだかんな? 死んでも恨むんじゃねぇぞ? おい、お前らも中に入ってろ」
女にその場から離れる様に指示したジュレイは、義足とは思えない流れる様な動作でその場から腰を上げ、剣を抜く。
「野郎どもッ! 相手はたったの五人だ! さっさと片付けて、宴会の続きだああ!」
「「「「「「「おおおッ!」」」」」」」
屈強な男達が、俺達を殺すために襲い掛かってくる。
奴らが持っている武器は訓練用の木剣でもないし、刃を潰した鉄剣でもない。
鋭い刃がついた、人殺しの道具だ。
初めての実践。
戦闘マシーンという自負があると思っていたのだが、実際に命のやり取りをするこの場の空気に少し気圧されそうになる。
俺達も各々の武器を構え、盗賊達と対峙する。
俺の武器は、刃渡り1.5メートルはある重厚なバスタードソードだ。
オニール隊長と同じものだ。
華麗に斬るというよりは、力任せに叩き潰す事に特化した耐久性重視の武骨な剣。
「訓練と思え、訓練と思え」と呪文の様に唱え俺は盗賊団の波に突っ込むと、「ちッ、なんて速さだ!」とジュレイは俺の脚力に驚きと苛立ちを見せる。
「おらあああ死にやがれええ!!」と襲い掛かってくる盗賊に向けて俺は横に一閃、剣を振るうと色々なものが剣によって潰れる感触が手に伝わると同時に盗賊の身体が上下に分かれ、地面に落ちると同時に臓物をまき散らす。
「……うぷッ」その様子に、胃の中の物が逆流してくるが、生憎俺の胃は空っぽだ。
くそ……殺すつもりはなかった……手が震える。
人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した人を殺した――。
頭の中が俺の手で人を殺した現実で埋め尽くされる。
「あぶねええ! サク!」
ホルヘの怒声により放心状態から目を醒ますと、目の前に複数の盗賊達が俺に向かって襲い掛かってきていた。俺は、焦る気持ちを抑え、盗賊の動きを視る。連携もクソもない個人技。しかも、こいつらの腕は、うちの隊員のそれに遠く及ばない。
迫りくる斬撃をよく視て紙一重で回避し、攻撃を試みるが、思うように剣が振れない俺は、咄嗟に蹴りを繰り出し盗賊達を吹き飛ばす。
自分の事で一杯だった俺は、目の前に敵がいなくなった事で周りを見渡すと、他の四人も無事だという事が確認できる。ベン達は年の功というべきか、表情はキツそうだが、それでも的確に盗賊を葬り去っている反面、紗奈は両手に持った短剣を振るう事も出来ず、攻撃を避けては肉対戦を繰り広げていた。
おそらく、紗奈も俺と同じ状況なのだろう。
そんな事を考えていると、もの凄いプレッシャーが俺を襲う。
ジュレイだ。
義足とは思えない俊敏さで俺に襲い掛かってくる。
キーン! 頭上に振り下されるジュレイの斬撃を剣の腹で受け止める。
「お前、実戦初めてだろ?」
ジュレイは、何を考えているのか俺に向けて軽口を叩く。
「だから、なんだ……」
「やっぱりな。しかも、人を殺した事もない」
「くッ……」
「くくく、お前は確かにバカげた力を持っているが、そんなじゃ俺様には勝てねえよ!」
ジュレイの身体が真っ赤なオーラに包まれる。
こいつ魔法を使いやがった。
ジュレイの力が何倍にも増幅しているのを見ると、身体強化の魔法か何かだろう。少しずつ押される。
「ほら、どうした! このままだと潰れちまうぞ!」
ジュレイの勢いが増し、これ以上だとジリ貧になると思った俺が前蹴りを繰り出すと、ジュレイは軽やかにバックステップでそれを躱す。
「おいおい、俺様を討伐しにきたんだろ? そんなんじゃ全然たりねぇぞおおお!」
俺との距離を詰めるジュレイは、目にも止まらない攻撃を繰り出す。
的確に急所を狙ったそれに、俺は防戦一方で対応する。
反撃のチャンスは何度もあるのだが、いざ剣を振るおうとする何かにつっかえたかの様に腕が止まってしまう。
「あめええええ!」
「しまった!」
そんな隙を見逃してくれるジュレイでもなく、ジュレイの突きが俺の左肩に突き刺さる。
「ぐッ!」
俺は、痛みを無視してジュレイの剣を掴もうとするのだが、「よっと」とジュレイは俺の左肩に刺さっている剣を引き抜く。
「惜しかったな! ほら、どんどんいくぞ!」
俺に攻撃が当たった事で、ジュレイの調子を乗らせてしまった様だ。
ジュレイは、先程よりもより正確剣を振り、より鋭く剣先を向けてくる。
肩が痛い。
このジュレイという男は、強い。
訓練で小隊をいくつも相手するよりも厄介だ。
だが、これは訓練じゃない、俺は反撃してもいいんだ!
だから、動け! 俺の腕!
……いや。
この際、もういいんじゃないのか?
別に手を抜いている訳じゃないから、命令違反にはならないだろう。
このまま、こいつに殺してもらえれば、俺は解放されるんじゃないのか?
俺は頭の中で自問自答を繰り返す。
このまま楽に……。
本当にいいのか? 日本に帰らなくていいのか?
家族の元に、あの温かい家に未練はないのか?
――違う!! そう思っているということ自体未練が残っているんだ!
奴隷という環境に縋る為に生にしがみ付いている訳じゃない!
まだ帰りたいと思う気持ちの為に生き抜くんだ!
そして、二十年近く生きてきて初めて分かったんだ。
俺は、意外と負けず嫌いだって!
――つっかえが取れたような感覚がしたとたん、俺はジュレイに向けて剣を振っていた。
今日で、【帰ってきた元奴隷の男】を書き始めてちょうど1年になりました。
1年も続けられたのは、いつも応援してくれている皆様のおかげだと心から思っています。
これからも、完結まで楽しんで書きたいと思いますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!