【回想】戦闘奴隷として⑧
「おらッ、入れ!」
二名の看守に両脇を抱えられ俺は、牢屋に放り込まれ、ドサッという鈍い音を立てて床に倒れこむ。
「サク!」
「ひでぇなぁ……これは」
俺ほどではないが、紗奈達も随分ボロボロだ。
だからなのか、俺の傍に近寄ってきた紗奈とベンは今にも倒れそうな様子だ。
ホルヘとアルは限界なのか、床に伏せたまま顔だけをこっちに向けていており、人の心配をする余裕などない。
――隊長は戻って来なかった。
誰もがギングレの暴虐はすぐに隊長によって粛清されるものだとばかり思っていた……が、次の日も、その次の日も隊長は戻って来なかった。
そして、隊長不在のまま三日が過ぎた今朝、ギングレは俺達に言い放った。
「オニール元隊長は、国家反逆罪の容疑者として捕縛された」
「「なッ!?」」
奴隷、隊員、分け隔てなくその場に驚愕が走る。
その様子が気に入ったのかギングレは口角をあり得ない程に吊り上げ、俺達に再度口を開く。
「取り調べには時間を要するだろう。結果がどうであれ隊を長い期間離れるという事は好ましくないと判断した国王様の勅令により、本日を持って、ドボルッチ子爵家が嫡男、このギングレ・ドボルッチ様がオルフェン王国軍第四部隊の隊長となるッ!」
「どういう事ですかッ! おと、隊長が国家反逆罪の容疑者なんて!」
オリビア小隊長は、周りを気にせず怒号を発する。
「言葉の通りだ。オニール元隊長は、この薄汚い奴隷どもを使って国を乗っ取ろうとした容疑が掛かっている!」
「そんな! 隊長がそんな事する筈がありません!」
「ふん! そんな事は私は知らんよ。上からのお達しだ。それとも何か? 貴様は、国王様の勅令に不服と言うのか?」
「ぐッ……」
オリビア小隊長は、押し黙りギッと歯を食いしばる。
「ふん! やっと黙ったか」
ギングレはゴホンとワザとらしい咳払いした後、俺達に視線を戻す。
「さぁ、訓練の開始だッ! うひひひひひひひ」
そして、このざまぁだ。
「くッ……あの野郎……」
今日も俺は、生きている事が不思議な程に痛めつけられた。
心配そうな表情をみせているジェイルメイトに俺は右手を上げ大丈夫アピールをする。
「俺は大丈夫だ……すまない、お前達もボロボロなのに心配かけて……」
「何を言っているのですか? サクの訓練に比べればアタシ達なんて……」
「いいから、休んでくれ……明日も生き残る為には……今は身体を休めるべきだ」
俺の言葉に紗奈は渋々といった様子で、自分のテリトリーに戻った。
こうしてギングレ新政権の元、俺達第四部隊は再出発した。
――――そして、この世界に来て半年が過ぎた。
「ええい! 何をしておる! さっさとその奴隷を痛めつけろ!」
俺の周りを両手では数えきれない程の隊員が敵意を剥き出しにして囲っている。
刃の潰れた鉄製の剣先を俺に向けて。
対して俺は、相も変わらず円の中に佇んでいた。
ただ、あの時と違うのは、既に生を諦めたという事だろう。
――もう、家に帰れなくてもいい
――明日を生きなくてもいい
何時からか俺は……いや、俺達はそう思う様になった。
この地獄の様な環境に終止符を打てるなら何でもいい……。
誰もが生気を失い、思考を失い、ただ機械の様に訓練をこなす。
俺達は何人の隊員に囲まれても負けない強さを得る事ができた。
病気をする事も、怪我をする事もなくなり、何年も訓練を受けてきた隊員達を簡単にあしらっている。
これが異世界人というものなのだろうか……まぁ、今となってはそんな事はどうでも良い事だ。
何時からか、ギングレは俺に動くなと言う命令を下さなくなった。
俺が、隊員達の攻撃を食らっても大したダメージを受ける事がなくなったため、詰まらないと思ったのだろう。
その代わり、俺に向ける隊員の数、動ける範囲の難易度を上げてきている。
今となっては、小隊を二つを俺に向け、組織的に俺に対して攻撃を仕掛けてきているのだが、そんなの俺には通用しない。
迫りくる無数の斬撃を往なし、魔法を素手で弾き飛ばす。
こんな欠伸が出る程の攻撃じゃ、俺の身体には傷一つ負わせる事は出来ない。
今の俺だったら、この場にいる全隊員が掛かってきても難なく回避できる。と思う。
ここ最近は、日が暮れる前に牢屋に戻っている。
体に傷一つなく、体力も尽きていない今日この頃、逆に体力が有り余っている程だ。
それでも、ジェイルメイト同士で団欒を分かち合う事はない。
そんな感情など、とうに忘れ去ってしまったからだ。
無機質な床に横たわり目を瞑る。
……オニール隊長の容疑はまだ晴れていない状況らしい。
国王は本当は分かっているだろう、オニール隊長が国を裏切るなどあり得ないって……この国で影響力があるオニール隊長を将軍という席から引き摺り下ろしたのでは飽き足らず、更に力をそぎ落としたかったのだろう。何をそんなに恐れる事があるのか……。
オリビア小隊長も、オニール隊長の一件以降隊を離れている。
オリビア小隊長とは、良くあっちの世界の話をしていた。それは俺が故郷を忘れないためのものでもあったのだが、オリビア小隊長がいない所為か、最近あっちの世界の事を少しずつ忘れ始めてきている。
どんな家に住んでいたのか、俺の部屋には何があったのか、かあちゃんのメシの味はどんなものだったのか……あっちで生まれ育ったのがまるで嘘だった様に……。
◇
「今日から実践訓練を行う」
以前だったらざわざわしていたと思うが、ギングレの言葉に誰一人反応する事はない。
命令された事を淡々とこなす戦闘マシーン、それが俺達だから。
「貴様らには、班に分かれて盗賊退治をやってもらう。ここら辺では、大なり小なり数え切れない程の盗賊団が存在する。丁度いい機会だ、この国の害である盗賊共で殺しに慣れろ。実際戦場に出て、人を殺せないじゃ何の役にも立たないからな!」
という事で、俺達は盗賊退治に赴く事になった。
俺達の中の大半はこう思っていただろう「やっと死ねる……」と。
「先に言っておくが、何もせず盗賊達にわざと殺されるというのは禁止だ。そして、お前らの監視役として小隊を同行させる。少しでも怪しい行動を起こせば、実践訓練はそこで中断、貴様らの代わりに帯同する小隊が盗賊を壊滅させ、貴様らは奴隷紋より罰を受ける。下手な真似はするなよ?」
こっち考えはお見通しという訳か。楽に死なせては貰いない様だ……。
こうして俺達は、盗賊退治へと出発した。
因みに俺達は第三班らしい。
奴隷紋の番号によって牢屋分けされていたので、それに沿ったものだろう。
俺達第三班のターゲットのアジトは、俺達が今いるオルフェン王国の王都であるルフェンから徒歩で半日行った所だという。今の俺達なら走っていけば、一時間もあれば着きそうだが……帯同する小隊と足並みを揃えないといけないため俺達は歩いて行く事にした。
――ルフェンを出発して何時間が経ったのだろう、既に辺りは薄暗くなっていた。
「集まってくれ」
第三小隊長のアッシュ小隊長は、盗賊のアジトらしき集落についたとたん、俺達を一ヶ所に集める。
「あそこが【義足のジュレイ】が率いるジュレイ盗賊団のアジトだ。事前の調査によるとこのアジトには少なくとも五十人以上の盗賊がいる。そして、【義足のジュレイ】という男は、戦場でその名を轟かせた、凄腕の傭兵だった男だ。片足を失って戦場での活躍の場を失い盗賊に身を落とした男ではあるが、いくつもの戦場を生き抜いたその実力は相当な物だと聞く。義足だからといって決して油断するなッ!」
隊長の言葉に俺達は静かに頷き、ジュレイ盗賊団のアジトへと向かった。
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