【回想】戦闘奴隷として⑦
「貴様らは強くなる。特に、ワシが直に鍛えている貴様はこの中でも断トツだろう」
隊長は俺に向けてそう言い切る。
そんな俺は、隊長に折られた腕をオリビア小隊長に治癒魔法で治してもらいながら隊長の言葉に耳を向けていた。
治癒時間は、謂わば束の間の休憩時間だ。
出来ればこのまま永久に休憩したいが、それは叶わぬ願いだろう。
隊長の尻ぬぐいをさせられているオリビア小隊長は、最初は「何で私が!」と文句を言っていたが、最近は毎日の様に愚痴を聞いているからか、オリビア小隊長の口から少なくとも文句が零れる事はなくなり、逆に隊長の鍛錬での改善点などのアドバイスをしてくれる様になった。
隊長は、何というか感覚タイプの人間だ。
先ほどもらったアドバイスは、「そこはドンと踏み込んで、ガァッと振る!」と非常に分かりにくいので、オリビア小隊長の通訳は非常に有難い。
怪我の治療とオリビア小隊長のアドバイスが一段落ついたあたりで座り込んでいる俺の目線に合わせるかのように屈み込む隊長は徐に口を開いた。
「サクタ、貴様はこれから人の命など簡単に捻り潰せる様になる……が、決して人殺しに慣れてはいかん。慣れてしまえばそれはただの殺戮を生業とする機械じゃ。いつも強い心を持ち、貴様が人である事を忘れるな。貴様は人として帰る場所がある事を忘れるな」
耳にタコができる程、隊長はいつも俺に忠告する。
その意味を俺はその時はまだ理解できず、痛みや疲労に支配されていた俺にとってその忠告は煩わしいものでしかなかった。
「今日はここまでとする!」という隊長の一言で一日の訓練が終わる。
辺りはすっかり暗くなっており、訓練場に他の奴隷の姿は見当たらない。
いつもの光景だ。
ここ最近は、訓練が終わると自分の足で牢屋に帰る事が出来る様になったが、オリビア小隊長は付き添ってくれる。俺達の世界の話を少ししたら、彼女はすごく興味を持つ様になり、この束の間の時間を使って俺達の世界の話をしてあげている。
だけどこれは俺のためでもある。
――決して故郷を忘れてはいけない。
――俺の帰る場所を忘れてはいけない。
「よし、私はここで戻るとしよう。また、お前の世界の話を聞かせてくれ」
「はい。今日も治癒魔法かけてくれてありがとうございました。オリビア小隊長のお陰で俺は今日も生きています」
「べ、別に、隊長の命令だからしかたなく使ってあげてるんだからなッ!」
最近、彼女はこのようなデレも見せてくれる様になった。
中々良好な関係を築いていると言えるだろう。
オリビア小隊長から看守へと俺の身柄が引き継がれ、俺は牢屋へと移動する。
「サク、お疲れ様です」
紗奈の声を皮切りに、俺はジェイルメイトと簡単な挨拶をする。
そして、紗奈以外は各々身体を休めるため、寝転がり口を閉ざす。
「あぁ、紗奈。お疲れ様」
因みに、俺達五人は敬称をつけてお互いの名前を呼ぶのを止めた。
満身創痍な身体を労わるため、少しでも口数を少なくしたかったための措置だ。
「ついにやりましたね。凄いです」
「うん? あぁ~四ヶ月かかったな。やっとスタートラインだな」
俺は、今日初めて鉄球をつけての持久走を時間内に五十周完走する事が出来た。
まだ、完走できたのは俺しかいない。
俺以外だと三十~四十周の間で、三上さんは更にその半分だ。
初日に一番走れていた竹本君は四十周で、今日完走した俺に対して仇を見るかの様な目を向けていた。
因みに午後の素振りについては、二ヶ月前にノルマを達成できるようになった。
「紗奈も、竹本君と競っていたじゃん。その小柄な体で凄いよ」
紗奈は、俺より頭一つ小さく、そして華奢だ。
いくら鍛えても、食事のせいかそこまで身体は大きくなっていない。
「すぐに追いついてみせます。そして、一緒に日本に帰りましょ」
すっかり艶をなくしたボサボサな栗毛色の髪、やつれきった顔。
だけど、その瞳だけはまだ希望を捨てていなかった。
「そうだな」と俺が軽く返すと、紗奈はニコッと笑みを見せ、横になる。
◇
「今日は、隊長不在のため、副隊長であるこのギングレ様が貴様ら下等な奴隷共の指導をしてやる! 有難く思う事だな」
隊長はあの豚王に招集されたため、一日不在にしているという。
今日はギングレがこの隊のトップだ。
「今日の体力鍛錬は免除にしてやる。慈悲深い私に感謝するが良い!」
思いもよらないギングレのその言葉に、俺達の表情は晴れやかになる。
それだけ体力鍛練は皆にとって辛い物だからだ。
「何を! 隊長からはいつもの鍛錬を行うよう指示をもらっています! 勝手な事をされては困ります!」
「ふん! 今日はこの私がこの隊の指揮権を持っているのだ! 一介の小隊長如きが口を挟むな!」
「しかし!」
「ええい! くどい! 上官命令に逆らうというのか! 貴様は、訓練が終わるまで倉庫整理でもしていろ!」
「くっ……」
押し黙ってしまうオリビア小隊長は、重たい足取りで訓練場を後にする。
てか、こいつどの口が言ってるんだ。
こいつこそ、隊長の命令に反しているじゃないか。あの厳しい隊長が、自分の命令に背いた部下を許す筈がないし、それをギングレもよく知っている筈なのに……。
それにしてもこの男が、俺達に対して情けを掛ける事に違和感を覚える。
この男は俺達をとことん見下している。
ゴミ扱いしていると言っても過言では無いだろう。
よりキツい鍛練をやらせるならまだしも……。
「続けよう。今日は一日中対人訓練をしてもらう。ただし、貴様らに反撃は認めない」
そんなの楽勝だ、とみんな思っているだろう。
その実、俺と三上さん以外のメンバーは、ここ最近対人訓練に於いて怪我等を負うことなく相手をあしらう事が出来ているのだ。
対人訓練の為に並ばされた俺達の口から「えっ?」という、驚きと戸惑いを含んだ言葉が自然と発せられる。
それもその筈、いつもなら一対一の筈が、現状二名の隊員と対峙しているからだ。
そんな事を考えていると「貴様はこっちだ!」とギングレの呼び声に振り向くと、そこにはギングレと三人の隊員が立っていた。
「え? なんで?」
「何を驚いている、貴様は隊長自ら手解きを受けているのだろう? これでも足りないくらいだ」
ゲスっぽい笑みを浮かべ、ギングレは俺に木剣を向け「やれ!」と、怒号を上げると、隊員達は一斉に攻撃を繰り出す……が、正直言って、遅い。
隊長の攻撃に比べるとこいつらの攻撃はスローモーションの様にしか見えない。
俺は迫り来る隊員達を淡々と往なす。
余裕があるので、他の奴隷の様子を見ると二人を相手にしなくてはいけない戸惑いや、経験不足によって殆どの奴隷達が苦戦を強いられていた。
余所見をしながらも、ひょいひょいと攻撃を避けている俺に痺れを切らしたギングレは、「何をやっておる! もっと真面目にやれっ!」と怒号を巻き散らす。
ギングレは、よっぽどボロボロにされる俺を見たかったのだろう。
全く俺に攻撃が当たらない事に怒りを露にしている。
「ふん! とことん気に食わない奴隷だ!」と悪態をつくギングレは「そうだ。うひひひ」と俺に向けて嫌悪感極まりない笑みを浮かべ、木剣の剣先で俺を中心とした周りに直径1メートル程の円を描く。
「おい、奴隷! 貴様、その円から出るな」
「はい?」
「命令だ! その円から出る事を禁ず!」
こいつは何を言っているんだ? 馬鹿なのか?
こんな狭い円の中で、こいつらの攻撃を避けろだと?
先程まで俺に攻撃を避けられていた隊員達は水を得た魚の様な表情を浮かべ、俺に近づいてくる。
俺をボコボコにするために。
「いけ!!」
「ちょ、ちょっと! うぉっ! しまっ、ぐあああああああああ!」
迫り来る攻撃に対して反射的にサイドステップで避けると、全身が千切れるかの様な痛みが身体を襲う。
くっそいてええええ!
痛みで転がっていると、更に痛みが増して来る。
動いてはいけないと言う制約に反したからだろう。
駄目だ、このままだとこの痛みを止める事は出来ない! 俺は歯を食いしばって円の中に戻る。
それでも痛みは続き、それに耐える様に円の中で縮こまり、痛みが治まるまでぐっと耐える。
いくら鍛えても、この痛みに慣れる事は出来ないらしい。
「うひひひひ、それだよそれ! 勘違いするなよ? 貴様は奴隷なんだ、私に逆らう事など出来ない薄汚い奴隷なんだ!」
ギングレは、狂ったかの様に蹲っている俺を足蹴にする。
正直、この短足野郎の蹴りなど痛くも痒くもないが、円から身体が出てしまうと制約に反した罰がエンドレスに襲ってくるので、亀の様に丸まってひたすら耐える。
ぜぇぜぇぜぇと息を切らすギングレは、「後は、お前らで痛めつけろ」と隊員達に指示を出し壁側に凭れ座り込む。
その表情はひどくスッキリしたものだった。
てか、痛めつけろって……。
円から出てはいけないという縛りは思った以上にきつかった。
一対二くらいまでであれば、何とかなったかも知らないが、三人から連携の取れた攻撃を繰り出されるとお手上げに近い。それでも、奴らの攻撃は奴隷紋の罰よりも耐えられる物だったため、俺は日が暮れるまで奴らの攻撃をひたすらこの身に受けるしかなかった。
「今日はこれまでだ!」
今日の訓練の終わりをギングレが告げる。
奴隷達は、俺よりはマシだが酷い状態になっていた。
骨折や内臓破損など重傷の者達は、その場で治癒魔法を掛けてもらい、血だらけなので軽傷と呼べるかどうか分からないが重傷でない者達は、ゾンビの様にユラユラと牢屋に向かって動き出していた。
かく言う俺も、両腕がおかしい方向に曲がっており、身体の中もぐちゃぐちゃ……生きているのが不思議な程だ。
木剣だったら俺の身体にこれ程のダメージを与える事は出来なかっただろう。
それに気づいたギングレは、隊員達に刃を潰した鉄製の剣を持たせ、俺に攻撃する様に命令した。
それでこのザマだ。
「サ、十一番! 待っていろ、今すぐ治してやる!」
「お、オリ、ビア小隊長……」
「くっ! 何て有様だ! ギングレ副隊長! いくら十一番が他より強靭な肉体を持っているからと言って、これはやり過ぎです!」
俺の様子に驚いたオリビア小隊長は、俺に治癒魔法を施しつつも、鬼の形相でギングレを睨みつける。
「ふん! 何を言うかと思えば。こいつらは痛めつければ痛めつける程より強力になるんだ。それなら、死なない程度で痛めつければいいだろう。それを持久走や素振りなど……いいか、こいつらは騎士でも兵士でもない、薄汚いただの奴隷だ!」
確かにギングレの言い分は間違っていないだろう。
俺は奴隷だ。人として扱われていない。
いくら危険なやり方であっても、強くなれる近道があるのなら、そうするのが当たり前だろう。
ただ、隊長は違う。
隊長は、俺達を人として、自分の部下として見てくれている。
だから、鉄球や鉄の棒はないにしろ、訓練も他の隊員達と同じ訓練をうけさせてくれているんだ。
おそらく、そんな父の背中を見て育ったオリビア小隊長も同じだろう。
「この件は、隊長に報告させてもらいます!」
「ふん! 勝手にしろ! 報告出来るならな! うひひひひひ!」
ギングレは、不快な笑い声を残しその場を後にした。
「す、すみません、オリビア小隊長」
「口を閉じていろ、治りが遅くなる……すまないサクタ……」
「なんで小隊長が、謝るんですか……小隊長のせいじゃないですよ……」
「それでもだ……」
オリビア小隊長は、それ以上何も言わず、口を横一文字で結び俺の治療にあたった。
その表情はどこか涙を堪えている、そんな感じがした。
治療を終えた俺は、この世界にきて初めて一人で牢屋に戻った。
紗奈や他の奴隷達は既に眠りについていた。
パンと泥水が人数分残っているのを見ると、食事に手を付けず牢屋に着いてすぐに眠ってしまったのだろう。
みんなにとっても今日の訓練は過酷な物だったに違いない。
食事をする気にもなれず、横になると急激に睡魔に襲われた俺は泥の様に眠った。
――そして翌朝
その日も訓練場に隊長の姿はなかった。
いつも読んできただき、ありがとうございます。
更新が遅くてすみません……。