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【回想】戦闘奴隷として②

王の話し方を変更しました(21.11.18)

「うぅ……ここは……」


 倦怠感によるものか、身体が鉛の様に重い。

 身体中から冷や汗が噴き出ている感じがする。

 何よりも極度の船酔いに襲われたかの様な気持ち悪さが俺の身体を支配する。

 だが、自分の置かれている状況が気になるという事が勝ったのか、俺は迫りくる吐き気を抑え込み重い瞼をゆっくりと開いた。


「な、なん、だ……これ」


 俺は自分が置かれていた現状に驚愕した。

 学校の教室くらいの広さはあるであろう空間に、俺は横たわっていた。

 それだけでは別段、驚く事ではないだろう。

 俺が驚愕したのは、この空間に俺と同じ様に横たわっている人達が多数存在しているからだ。


 どういう状況なんだ、俺は、一体どこに連れてこられたんだ……?

 そう思ったのも束の間、気持ち悪さに堪える事が出来ず俺は再び瞼を閉じた。


 次に気が付いたのは、周囲が騒がしくなりはじめた時だった。

 先程まで俺と同じ様に横たわっていた人達が騒ぎはじめたのだ。


 どれくらい時間が過ぎたのだろう。

 先程感じていた倦怠感や気持ち悪さが嘘の様に無くなっていた。

 

 俺はキョロキョロと騒がしい周囲を見渡すと、横たわっていた時は分からなかったが、俺と同じ東洋人、白人に黒人。様々な人種、性別が入り混ざっており、パニックになっている人達が殆どで、その他には天に向かって祈りを捧げている人や膝を抱えてボーッと地面を見ている人もいる。


 そして、俺達を囲む様に鎧姿の屈強な男達。兵士だろうか、剣や槍を手に俺達を見張る様に立っていた。


 コスプレにしてはリアル過ぎる兵士達の姿を見て、俺と同じ数名の東洋人の男達は、何か期待に胸が膨らんでいる様に目を輝かせていた。

 

 その内の一人、恐らく日本人だろう。

 俺の近くに立っているニキビだらけの太ったオッサンが「ぐひひ、ここは異世界に間違いないだろう。ハーレムだ、ハーレム」と欲丸出しの卑下た表情を浮かべていた。

 

 不覚にもオッサンと同じ事を考えてしまっていた俺が表情管理に勤しんでいると――ギギイィィーと重厚な鉄製の扉が開かれた先にこの部屋の兵士達よりも明らかに質の良い鎧を纏った者達が現れた。兵士というよりも騎士と呼んだ方がしっくりくる。


 騎士達は、部屋に入るや否や左右一列に半々に別れると、その間を豪華な服を身に纏った男が、風船の様に膨らんだお腹をヨイショヨイショと重たそうに近づいてくる。

 俺達を除く、その場に居た全員が敬礼をしており、男の頭上に存在する煌びやかな王冠の様な物を見る限り、この男は王、でなくとも高い地位にいる人に違いないと思わせた。


 男の登場により、俺の頭の中によくある異世界転移物のテンプレ台詞が過る。

 その台詞を思うと胸のワクワクが止まらない。

 

 さぁ、王よ俺を勇者様と呼んでくれ!


「これが奴隷共であるか、穢らわしい……早く使えるようにして、戦場に放り込むのである」


 王が放った言葉に俺を含む数名の男達が「えっ?」と返してしまう。

 王はそんな事はお構い無しで、さっさとその場から姿を消した。


 おいおい、何だよ奴隷って、勇者じゃないのかよ!

 予想の斜め上を行った王の物言いに、ここに来て初めてパニック状態になりそうになったその時、

「ステータスオープン! ステータスオープン!」と先程のニキビだらけの太ったオッサンが鬼気迫る表情で唾を飛ばしながら何度も叫ぶと、おのずと全員の視線がオッサンに集まった。


 自分に視線が集まっている事などお構い無しに、オッサンはステータスオープンを叫び続けるのだが、オッサンの様子を見る限りでは、ステータスは現れていない事が容易に分かる。


 そんなオッサンは数名の兵士達が囲まれたオッサンは、兵士達に血だらけになるまでボコボコにされ、その口を閉ざした。

 ゴミの様に放置された血だらけのオッサンの姿は、俺達の頭に恐怖として確かに植え付けられた。


 次にローブ姿の怪しい者達が現れた。

 俺達は、兵士達に抑えられローブ姿の者達の前に跪かされるとローブ姿の者達は俺達に向けてぶつぶつと呪文の様なモノを唱える。すると、俺達の右肩黒い靄が掛かり激痛が走る。

 

 ――奴隷紋が刻まれたのだ。


 この奴隷紋の制約は色々あるのだが、メインとなるものは次の5項目だった。


 ①俺達の命の所有者はこの国の王になる

 ②この国の者達の命令に逆らう事を禁ず

 ③許しがない限り、この国の者達を攻撃する事を禁ず

 ④自害を禁ず

 ⑤奴隷同士の殺し合いを禁ず


 自害を禁ず、奴隷同士の殺し合いを禁ず。

 この制約が課せられた理由を、この時の俺達は何も分からなかった。


 俺達は全部で二十五人で、各自識別ナンバーが奴隷紋に刻まれていた。因みに俺の番号は十一番で、これがこの国に与えられた俺の新たな名前だ。


 次に俺達は番号順で男女区分なく五人組に分けられた。

 そして、寝床と言って連れて行かれた場所に俺達は絶句した。


 牢屋だった。


 広さは十帖ほど。悪臭が漂う牢屋内には、見た事のない虫が多数這いずり回っており、現代日本で暮らす俺にとってはあり得ない寝床だった。

 

「こ、こんな所で暮らせるわけないだろ! ぐえっ!」


 俺達を代表して、血だらけのオッサンは更に血だらけになっていた。

 オッサンの打たれ強さに敬意すら覚えた。


 この牢屋に入る事が決定的ならば、反抗してボコボコにされるのは、殴られ損だろうと思い、俺達はオッサンに憐れみの目を送り、牢屋へと入っていった。


 さて、俺のルームメート違わぬジェイルメートを紹介しよう。


 No.12 紗奈ちゃん。俺と同じ日本人で高校二年生。

 No.13 ベンジャミンさん。二十五歳。アメリカ人で米軍に所属しており、今は横須賀の米軍基地にいるらしい。

 No.14 アルノルトさん。三十一歳。ドイツ人で日本でも良く見掛ける高級車メーカーでエンジニアをしている。

 No.15 ホルヘさん。三十歳。メキシコ人でトウモロコシ畑を営んでいる。


 幸いな事にみんな悪い人には見えなかった。ジェイルメートには恵まれたのかも知れない。

 団体生活で一人でもおかしい人がいたら、それだけでストレスだからな。


 原理は分からないが、俺達はこの世界の言語を問題なく扱えた。

 試しに各自の母国語で話してみたが、全くと言って良い程通じなかった。

 不思議な事もあるものだ。

 いや、この現状自体が不思議そのものなんだ。


 一時間程会話を交えていると、見張りの兵士達が俺達の食事を運んできた。


 絶句するには十分な献立だった。

 カビの生えた石の様に硬いパンとドブ臭い濁った水。

 それが俺達の食事だった。


 喰えたもんじゃないと食べる事を拒否すると兵士達の拳が飛ぶ。

 意を決して食べた所で、吐き出すのが殆ど、またもや兵士達の拳が飛ぶ。


「こんなのどうやって……」


 紗奈ちゃんは、涙を浮かべじっとパンと水を見ていた。

 気持ちは凄く分かるのだが……。


「何をやっている! 早く食べろ!」

 と、兵士の一人が紗奈ちゃんの顔面に向けて拳を振り下ろす。


「ぎゃっ」と言う短い悲鳴を上げて、紗奈ちゃんはその場に倒れ込んだ。

 

 兵士はそんな事はお構い無しに、紗奈ちゃんの胸ぐらを掴み立ち上がらせ、再度拳を振りかざそうとしていた。


 正直、何で俺がこんな行動を取ったかは分からなかった。

 俺は決して喧嘩とかするタイプではない。不良と目が合っただけでコンマ三秒で目を反らすビビりだ。そんな俺が、生殺与奪権を握っている兵士を突き飛ばすなんて、自分でもビックリだった。


 同郷の年下の女の子が理不尽に暴力を振るわれているという事実が許せなかったのだろうか、俺にもこんな一面があった事が少し誇らしく思えた。

 

「ぐあああぁぁぅっ!」


 そんな事を思っていた直後、俺の全身に味わった事のない激痛が走った。

 全身を捻られ、千切られるような痛みだ。


「くそっ、薄汚い奴隷の分際で!」と兵士は、激痛で転げ回っている俺を蹴りつけるが、そんなものは毛程も感じない程、この激痛が勝った。


 すると、頬を腫らした紗奈ちゃんが俺を蹴り続ける兵士の足を両腕で抱え込む様に掴む。


「もう、蹴らないで下さい! 食べますから!」


 紗奈ちゃんは、パンと水を手にし、少し躊躇いを見せた後それを全て口にした。何度も押し寄せてくる吐き気を押し戻すかの様な仕草をみせ、彼女は全てを飲み込みギッと兵士を睨み付けると、兵士はチッと舌打ちをしてその場を後にした。


「大丈夫ですか!? ごめんなさい、アタシのせいで……」


 紗奈ちゃんは俺の身体を起こして、ボロボロと涙を流しながら何度も謝罪の言葉を口にしていた。

 その頃には、先程まで俺の身体を支配していた激痛からは解放されていた。


「お、俺が好きでやったんだ、気にする事はないよ」

「でも……」

「大丈夫か二人とも」とベンジャミンさん達が心配そうな顔で近づいてくる。

「いや~あれはヤバイですね。身体がバラバラになるかと思いました。ははは」

  

 苦痛と激痛が合わさった酷いもので、我慢するとかそんな次元のものではなかった。

 奴隷紋に反した罰、出来れば二度と味わいたくないものだ。

 

 それから再度、みんなで話をしていると、紗奈ちゃんの様子がおかしいと気付いた。言葉を発しず急に黙り込んでしまったのだ。

 そんな紗奈ちゃんを見てみると、紗奈ちゃんは脂汗を滲ませながら必死に何かに耐えていた。

 彼女の右手が腹部を擦っている、恐らくお腹が痛いのだろう。

 俺はそんな彼女に近づき、声を掛ける。

 やはりお腹が痛いらしい。


 この牢屋にトイレなんて……と思ったら、牢屋の端の方にお粗末な木の蓋が被されている場所があり、その横には泥水が流れていた。

 俺は恐る恐る蓋を開けると、吐き気を誘導する汚物の混じりあった臭いが俺の鼻に突き刺さってくる。

 これがトイレだった。ボットン便所の様な物なのだろう。

 ここで用を足して、泥水で洗うのだろう。


 チラッと紗奈ちゃんの方を見てみる。

 このままにしていてもいずれかは……よし。


「紗奈ちゃん、少し待ってて。皆さん、少しいいですか?」


 俺はベンジャミンさん達を一ヶ所に集める。


「サナは腹痛なのか?」


 最年長のアルノルトさんの言葉に俺は頷くと、三人は悲痛な表情を浮かべる。

 日本より、レディファーストが浸透している彼らにとっては、女子高生がこんな男達の前で用を足さないといけないという状況に胸を痛めているのだろう。


「幸いトイレと思われる場所はこの牢屋の端にあります。ただ、トイレを遮る物も何もない状況で俺達に出来ることは、出来るだけトイレから距離を取り、背を向け耳を塞ぐ事だけ……協力してくれますか?」


 三人は、もちろんだと言わんばかりに、俺の言葉に首を縦に振る。

 俺は再度紗奈ちゃんに近づく。

 

「紗奈ちゃん、ここには仕切りも何もない。俺達が出来る事はあの穴から一番離れた場所で君に背を向け耳を塞ぐだけだ。それで我慢して貰えないか?」


 紗奈ちゃんは、何か覚悟を決めた表情を俺達に向ける。


「わ、分かりました。皆さんすみませんがそれでお願いします……」


 俺達は頷き、牢屋の鉄格子のギリギリの所で座り込み耳を塞ぐ。

 それでも、耳の隙間から聞いてはいけない音がする。

 もっと指を耳の奥に突っ込もうとした俺の隣で、ホルヘさんが突然歌い始めた。

 陽気で楽しそうな、ビールのコマーシャルか何かで聞いた事のある歌だったので、歌詞は分からないけど俺もホルヘさんに合わせて声を荒げ、他の二人もそれに追随した。


 兵士にはメチャメチャ怒鳴られ、殴られもしたが、紗奈ちゃんの名誉を守るためには仕方の無い事だと割り切る事にした。



 その後立て続けに全員腹を下したのは言う迄もない。



いつも読んでいただき、ありがとうございます。


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